石破茂首相は27~30日の日程で、ベトナムとフィリピンを訪問する。中国を念頭に両国と安全保障協力の深化を図るとともに、トランプ米政権の関税措置について意見交換する。首相は1月にもマレーシアとインドネシアを訪れており、東南アジア諸国との連携を重視する姿勢を打ち出す。
ベトナムでは、日本が同志国軍に防衛装備品を供与する「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の対象にすることを伝達する見通しだ。首相はファム・ミン・チン首相や最高指導者のトー・ラム共産党書記長とそれぞれ会談を行う方向で調整している。チン氏とは、OSAの活用や経済協力を盛り込んだ成果文書の締結を目指す。両国の外務・防衛当局間の協議体新設も確認する。
フィリピンとは軍事情報包括保護協定(GSOMIA)締結への議論開始で一致するとみられる。マルコス大統領と物品役務相互提供協定(ACSA)の交渉入りでも合意し、海上保安機関の合同訓練実施を申し合わせるとみられる。
また、先の大戦後にフィリピンに残され、無国籍状態となった日系2世と面会し、日本国籍回復を支援する考えを伝える。ルソン島ラグナ州にある「比島戦没者の碑」で献花し、戦後80年の節目に日本人戦没者の慰霊も行う予定だ。
◇
石破茂首相は大型連休の外遊先に東南アジアを選んだ。中国を訪問する案も一時浮上したが、政権内に慎重論が強かった。米中間で関税戦争が勃発しており、訪中は当面難しそうな状況だ。もっとも現時点で首相に求められるのは訪中ではなく、トランプ米大統領の関税措置で米国離れしかねない国々への関与を強め、対中傾斜に歯止めをかけることだ。
首相は2月に米国を訪れ、トランプ氏と面会後、周囲に「次は中国だ」と語っていた。首相は日中国交正常化を果たした田中角栄元首相を「政治の師」と仰いでおり、中国には強い思い入れがある。ただ、政権や与党内から「日本が米中間でバランス外交を展開するのは、リスクが大きい」との意見が上がり、首相自身も今は日米同盟の結束をさらに固めることが重要だと判断した。
首相が今回訪問するベトナムとフィリピンは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中で経済成長が著しい。両国とも南シナ海で中国との領有権問題を抱える一方で、経済面では中国との結びつきが強い。特にベトナムは中国が最大の貿易相手国だ。対米貿易黒字額も大きく、中国貿易網の「抜け道」と見なされたためか、トランプ氏が発表した関税率は46%に上る。
米国の高関税措置に対抗するため、各国が連携を図る中、中国の習近平国家主席は14、15両日にベトナムを訪れ、トー・ラム共産党書記長ら指導部と会談した。米国との追加関税の応酬に発展している中国はベトナムをはじめ東南アジア諸国と連携を強化し、トランプ政権に対抗する狙いがある。自民重鎮は「日本もしっかり東南アジアに関与しなければ、中国に持っていかれる」と危機感を示す。
高関税措置で米国離れの懸念が高まるのと比例して、日本が東南アジア諸国をつなぎとめる重要性は大きくなる。米国が最優先で関税協議を始めた日本の動向には東南アジア諸国からも注目が集まっており、政府はこれを追い風として連携強化を図る構えだ。(大島悠亮)