ただし、古代ではあまり広くは使われなかった。当時、「メメント・モリ」の趣旨は carpe diem(今を楽しめ)ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」というアドバイスであった。ホラティウスの詩には「Nunc est bibendum, nunc pede libero pulsanda tellus.」(今は飲むときだ、今は気ままに踊るときだ)とある。
この言葉は、その後のキリスト教世界で違った意味を持つようになった。天国、地獄、魂の救済が重要視されることにより、死が意識の前面に出てきたためである。キリスト教的な芸術作品において、「メメント・モリ」はほとんどこの文脈で使用されることになる。キリスト教の文脈では、「メメント・モリ」は nunc est bibendum とは反対の、かなり徳化された意味合いで使われるようになった。キリスト教徒にとっては、死への思いは現世での楽しみ・贅沢・手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものであり、来世に思いをはせる誘引となった。
具体例[編集] 墓石腐敗した死体を表現した墓(トランジ)は、15世紀にヨーロッパの富裕階級の間で流行した。『死の舞踏』は、「メメント・モリ」の最も知られているテーマで、死神が貧乏人と金持ちを等しく連れ去っており、これはヨーロッパの多くの教会に飾り付けられた。その後の植民地時代のアメリカでも、ピューリタンの墓には翼を持つ頭蓋骨、骸骨、蝋燭を消す天使が描かれている。静物画芸術では、「静物画」は以前「ヴァニタス」(羅: vanitas、「空虚」)と呼ばれていた。静物画を描く際には、なにかしら死を連想させるシンボルを描くべきだと考えられていたからである。明らかに死を意味する骸骨(頭蓋骨)や、より繊細な表現としては花びらが落ちつつある花などが、よくシンボルとして使用されていた。写真写真が発明されると、親族の死体を写真で記録することが流行した。時計時計は、「現世での時間がどんどん少なくなっていくことを示すもの」と考えられていた。公共の時計には、 ultima forsan(ことによると、最後〈の時間〉)や vulnerant omnes,ultima necat(みな傷つけられ、最後は殺される)という銘が打たれていた。現代では tempus fugit(光陰矢のごとし)の銘が打たれることが多い。ドイツのアウクスブルクにある有名なからくり時計は、「死神が時を打つ」というものである。スコットランド女王メアリーは、銀の頭蓋骨が彫られ、ホラティウスの詩の一文で飾られた、大きな腕時計を持っていた。文学作品イギリスの作品では、トーマス・ブラウンの『Hydriotaphia, Urn Burial』とジェレミー・テイラーの『聖なる生、及び聖なる死』がある。また、トーマス・グレーの『Elegy in a Country Churchyard』やエドワード・ヤングの『Night Thoughts』も、このテーマを扱っている。映像作品テレビドラマ『Xファイル』 - 『メメント・モリ』というエピソードがある(Xファイルのエピソード一覧を参照)。 映画『メメント』(2000年公開) - 『Memento Mori』という短編小説を原案としている。 TVアニメ 『機動戦士ガンダム00』に登場する衛星軌道から太陽エネルギーを利用して、都市を壊滅できる兵器の名称が『メメントモリ』である。 TVアニメ『デス・パレード』 - Episode 11(第11話)のサブタイトルが『メメント・モリ』であり、作品にはカクテルの名前として登場している。 やがていつの日か訪れて来る・・・・・ 死の関門これこそが公平にして平等なセレモニーなの かもしんないネェ~
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