やなせたかしが亡くなる4カ月前に伝えたメッセージ 「自分が傷つくことも覚悟して、それでもやらずにはいられない、それこそが正義」【あんぱん最終回】
■何のために生まれた 「僕はがんもやったし、心筋梗塞や膵臓炎など10種類以上の病気もやって、死ぬ寸前までいった。目もほとんど見えないし、耳も聞こえなくなってきた。あらゆる公職を辞めて、きれいさっぱり業界も引退しようと考えていた。生前葬をやって、僕の編集する雑誌で追悼号を作ろうと、そこまで考えていた。そこに震災が起きた。被災者のことを考えれば、自分が引退なんて言っていられない。命ある限り全力を尽くしてやろうと、そう決めたんだ」 《そんなとき、被災地からニュースが流れてきた。ラジオから聞こえてきた「アンパンマンのマーチ」に、傷ついた子どもたちが元気づけられ、被災者が一斉に歌い、笑顔を取り戻している、と。このころ、ラジオ局にはこのマーチへのリクエストが殺到した。》 「このニュースにはびっくりしたね。本当にうれしかった。アンパンマンのマーチの歌詞は実は、アニメの中で一番難しい。だって、子ども相手に、何のために生まれて、何をして生きるのかと聞くんだから、こんなの幼児番組の歌じゃないんだよ。子どもは歌ったりしないんじゃないかと思っていた。でも、子どもたちにはちゃんと伝わっていたんだね。 僕は長年、幼児向けの作品を作ってきたけど、子どもが喜びそうなものをすり寄って作ったことは一度もない。子ども向けだからと、内容を加減したこともない。 一つは幼児番組というのは、実は視聴者層は大人だとわかっているから。赤ちゃんは自分でチャンネルを選べないから、決めるのは親。映画館でも、映画を見て親が感動して喜ぶと、それを見て赤ちゃんも喜ぶ。だから、大人にちゃんと伝わる作品を作らなければ意味がないとずっと思ってきた。 そしてもう一つ、実は子どもはばかにできないことを僕は知ってる。アンパンマンを最初に発表した時に、批評家には散々批判された。こんな弱々しいヒーローがウケるわけないと言われてね。でも、アンパンマンは面白いと言いだしたのは、3歳くらいの子どもたちだった。子どもは純粋で何にも知らないからこそ見抜けるんだと思う」 ■史上最弱のヒーロー 《現在のアンパンマンにつながるキャラクターが生みだされたのは1973年。その時から一貫しているのは、困った人に顔の部分のアンパンを差し出し、助けるという設定だ。そこに込めたのは、やなせさん自身が戦争を経験したからこそ、人生をかけて伝えたいと思ってきた哲学だ。》 「作品を通してずっと描いてきたのは、正義とは何か、本当の強さとは何か、ということなんだよね。当時流行していたヒーローものは、正義の味方が現れて怪獣をやっつけるというものが多かった。だけど、それを見ながら僕は思ったんだよ。怪獣側に言わせれば言い分があるんじゃないかと。生きるための自然を次々と破壊されて、ビルなんかが建てられてしまったんだから、暴れるのは当然だと言いたかったんだと思う。つまり、どちらの側から見るかで、正義は真逆になる。正当性なんてものはない。
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