【メタバース関連記事】記事への感想をいただきありがとうございます。
記事への反応に感謝します
まず、あかみや氏による示唆深い記事、
そして私の記事への引用と感想の投稿に深く感謝します。
ただ、少し伝わり方がわたしの想定と異なっている点があるので、
その点だけお伝えさせていただきたいと思い、
再度このトピックを取り上げることにしました。
さて、私の見解は断じて
「閉じたコミュニティ(以下:閉じコミュ)が悪い」と言いたいが故に
今回の記事を書いたわけではありません。
※これよく勘違いされるので太字で書いておきます。
しかし、
こうした話題をnoteやSNSで取り上げるたびに
「閉じコミュ批判だ!自分たちの界隈への攻撃だ!」といった
過剰防衛的な反応が出てきます。それがおかしいと感じます。
・日本人が閉じコミュに依存するのは単なる国民性であり、
これはSNSでもリアルでも同じなので、そこを言っても仕方ない。
・閉じコミュの快適さや負担なく人間関係を築くことは合理性がある。
・新規開拓は面倒だしパブリックは面倒。
あかみや氏の記事で書かれていた内容には、
大枠で同意できる点が多く
「いや、その通りだよ?わざわざ書かなくてもわかってるよ?」と
というのが私の気持ちです。
確かに、私の記事内容を額面通り受け取るとするなら
「閉じコミュを開け!」という主張だろ?と言われたら、
「たしかにそう」以上の話ができないのは事実です。
当該記事の主眼と論点
今回のシリーズ記事の主眼は、
「閉じたコミュニティを否定すること」ではなく、
今後メタバースやソーシャルVRを普及・発展させていくためには、
“開かれた設計”や“中立的な橋渡し”が不可欠であるという
社会論的な提起です。
要は、日本人的な閉じたコミュニティを無理やり開くのではなく、
ちゃんと閉じたままにしつつ、
ソーシャルVRやメターバースを発展させるためには、
別のコミュニティをインターネット(公共)との間に置く必要が
あるじゃないんですか?ということが主張の内容です。
具体的には:
メタバース人口を増やし、ソーシャルVRをより広く普及させたい
経済圏を拡大し、そこで生活できる人を増やしたい
Vketをコミケやニコニコ超会議のように日本を代表する文化祭に押し上げたい
こういう話になってくるわけで、この目標を達成するためには
現在の「ぶいちゃ民」⇔「インターネット(公共)」という二層構造では
不十分だし、一生かかっても人も経済規模も増えない思うんです。
だから私は、「閉じコミュ」と「公共」の間には
“緩衝地帯”や“中立の交渉人”が必要だという考えを提示しています。
たとえば、
家(閉じコミュ)と道路(インターネット)の間に庭(別コミュ)を作り、
外から必要な人だけその庭まで入れるようにしてあれば、
家の中には直接入られないので閉じコミュの独自性は守れます。
この庭の部分を緩衝地帯と表現しています。
現状はどうかというと:
緩衝地帯がほとんど機能していない(というか存在しない?)
交渉人(有識者)も、閉じコミュからの影響を強く受けている
この“緩衝ゾーン”に立つ人は、
中立かつデータのみで語れる立場でなければなりませんが、
そうはなっていないので結果として、発信される「文化/技術」の多くは
閉じコミュの論理に吸い寄せられ、外への導線が作られず、
既存のコミュニティ強化に終始してしまっているように見えます。
その一方で「人が増えない」「経済が回らない」と嘆く現状には
違和感があります。
ちゃんとやることやってないから、人が増えないし、
経済回ってないし、写真問題とか出るんじゃん。。。と。
壁を厚くして外から人を拒みながら、
同時に「人が増えない」「経済が回らない」と悩み、
「連れて来られない自分たちは反省すべき」と言うのは矛盾してませんか?
その問題意識を提示したのが私の記事でした。
去年も確か「メタバース選民思想」という記事でプチ炎上してましたよね。
この緩衝地帯がないこと、有識者が交渉任務を遂行してないこと、
結果として有識者気取りの一部が
「内輪の論理でしか通用しないものを文化をとして」
外部に共有してしまっていること。
これが「自称有識者による歪な文化の錬成」と私が言った理由です
それ故に、人が増えず経済が回ってないのではないかと思うんですよね。
これ、将来的に閉じコミュの治安が悪くなる可能性が高い、
大問題だと思うんですよね。個人的には。
VRChatでの住み分け機能をさらに日本人向けに充実させる事を主張する
完全匿名さんのこの意見。私は反対ですね。
それなら別に海外のぶいちゃじゃなくていいでしょ。
国産ソーシャルVRでそういうの作ればいいのでは?と思うので。
最後に
したがって、今後メタバースやソーシャルVRを発展させつつ
既存の閉じコミュは閉じたままにして治安も維持したいなら、
こうするしかないと思います。
たとえば:
メタバースを仕事に使う人
ソーシャルVRの発展を願う人
ぶいちゃ民(既存の閉じコミュにいる人)
ぶいちゃ民(既存コミュを守るために有識者として緩衝地帯で動く人)
という、各スタンスを明示した上で、
フラットに議論できる土壌こそが今後の発展の鍵になると考えます。
こうした行動は、不要な感情的防衛反応を減らして、
閉じコミュの維持と人口の増加、経済規模の拡大に必要であると考えます。
重ねてになりますが、
今回取り上げていただいたことはありがたく思っています。
しかし、
「閉じコミュは悪」の善悪二元論で論点を矮小化するのではなく、
・普及と発展のための“現状分析”
・多様な立場の“スタンス表明”
・中立=架け橋となる人材・枠組みの構築
が本質的な課題だと考えています。
ぶいちゃ民や閉じコミュ文化を否定するつもりはありませんし、
現状の快適さや居心地に反対する気もありません。
むしろ、
そうした強固な文化や習慣を前提とした上で、
どうすれば新しい流入や経済発展を実現できるのか。
それを冷静かつ正当に議論できる場や枠組みづくりへの
問題提起が、私の当該記事の主張の中心です。
誤解なきよう、
ぜひ本来の趣旨で受け取っていただければ幸いです。
いいなと思ったら応援しよう!
こちらは諸外国で言う“チップ”的な意味合いのものです。
頂いた支援は今後の活動資金に充てさせていただきます。
(携帯キャリア決済もできます!)

記事を取り上げていただき、ありがとうございます。 該当のわたしの記事ですが、わたしの関心がもっぱら「閉じたコミュニティ」であったことから、まゆにゃあさんの記事を引用する際も、それに関係する部分だけを意図的に切り抜いてしまったため、不愉快な思いをさせることになってしまいました。申し…