今年二月に森喜朗元首相が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などの女性蔑視発言が原因で五輪組織委員会の会長を辞任したことは記憶に新しいが、近年、このようなシニア世代の「暴走」を目にする機会が増えている。
つい先日も、森氏と同じく80代であるDHCの吉田嘉明会長が、兼ねてより氏が繰り返している在日コリアンへの差別発言を番組で取り上げたNHKに対して、「NHKは日本の敵です。不要です。つぶしましょう」などの信じがたい声明を出したことに、多くの批判が集まった。
森氏や吉田氏の発言そのものも驚くべきものであるが、私が最も危機感を覚えるのは、このような「暴走」に自分自身で気づくことすらできないレベルで時代遅れの価値観にとらわれた人たちが、政治にしても企業にしてもリーダーという立場に居座り続けているという「世代循環」の問題だ。
世代循環の遮断。日本社会の未来を左右するこの問題は、政治や企業に限らない。私は日本やアメリカ、ヨーロッパを中心に長年研究職を続けてきたが、私のよく知る日本の業界もいま、世代循環の危機に瀕している。
研究できない若手研究者たち
先日、以下の内容のメールが日本から届き、私は愕然とした。
「現在、本研究領域で将来構想を進めているが、10年後、20年後に業界の中核を担う40歳以下くらいの若手の参加が大切になるので、参加を促して欲しい」
このメールは、私の関係する研究分野において業界をリードする立場にあるシニア研究者から業界のメーリングリスト宛に送られたものであるが、一見すると世代循環を促しているかのようなこのメールは、研究業界の実情を知る立場から見ると、若手への無責任さに溢れている。
このメールのどこに私が無責任さを感じたのか。その説明のためにまずは、私の知る範囲の日本の研究業界の惨状を紹介したい。
ご存じの方も多いと思うが、現在、研究業界の若手は任期の長い職に就くのが非常に困難な状況にある。博士を取得後、研究職に就けたとしても任期が1〜3年程度の短期職がほとんどであり、その後「ポスドク(正式にはポストドクター)」と呼ばれるこの種の短期職を10年以上渡り歩くのが研究者であり続けるモデルケースとなっている。
もちろん任期が5年を超えるような長期職の募集もあるが、その数は短期職に比べて圧倒的に少なく、短期職をつなぐ生活から脱するのは非常に難しい。また、この短期職には年齢制限があるケースも多く、短期職をいつまでも渡り歩ける訳ではないという不安も常に付きまとう。一つの短期職に就いてもその次への不安を持ち続け、それがキャリアが進むに連れて増していくのだ。
さらに、研究業界では未だに性差別が根強く、女性の就職はより厳しい状況にある。過去の記事「子連れの妻が「Dr.」であることを空港で疑った日本の深い闇」にも書いたが、学生の時点でセクハラやマタハラなどのハラスメントを受けるケースも目立ち、また他の職種同様に男性研究者の家事育児への参加が目に見えて少ない現状では、女性が男性同様にキャリアを進めていくイメージを持つことは困難である。
このような厳しい就職状況の中、長期職に就けたとしても、そこには大量の研究「以外」の業務が待っている。
例えば、私のよく知る同年代の国立大学の准教授は、朝8時台に出勤し、夕方に一度、家族にご飯を作りに帰った後に再度出勤し深夜に帰宅するという生活を続けているのだが、業務時間の大半は授業や会議、その準備や学生への指導に費やされ、自分の研究を進められるのは夏休み等の授業がない期間だけとのことである。
長期職を得た場合のこのような事情を知っているので、研究活動を優先するためにあえてキャリアアップを断念したり、海外に拠点を移すという研究者も少なくない。
国が「競争力」を奪っている
このように、日本の研究者のキャリアは「進むも地獄、退くも地獄」なのである。その背景にあるのが、文部科学省が進める「競争的資金」の増強だ。
大学等の研究機関の運営や研究者が研究を進めるには資金が必要となるが、この資金には大きく分けて「基盤的資金」と「競争的資金」がある。
「基盤的資金」は主に大学等の研究機関に支給される教育や研究の基盤に用いられる資金を指し、「競争的資金」は公募などの形で研究機関や研究者個人が「競争」によって勝ち取る資金を指す。
20〜30年程前までの日本では基盤的資金が今より遥かに重要視されていたのだが、米国を初め欧米諸国が、全体としてのアウトプットのレベルを競争によって引き上げる狙いから競争的資金を増強する方向にシフトすると、日本もこれに追随した。
しかしその結果訪れたのは、上述した通りの惨状である。
惨状に至る大まかな過程はこうだ。まず競争的資金の増強に伴う基盤的資金の削減が大学等の人員削減を引き起こした。これが研究以外の業務を激増させ、大学等に所属する若手研究者から競争に向かう土台作りの時間を奪ってしまった。また同時に、大学等の人員削減は長期職の募集枠の減少に直結し、若手の多くが短期職から先に進めない状況を生んでしまったのだ。
「平等な競争」が担保されている海外
しかし、世界には欧米を始め競争的資金増強の狙いが外れていない国が少なくない。
それらの地域が持つ特徴としてまず挙げられるのが、基盤的資金をそもそも日本ほど軽視せず教育や研究の基盤作りを大切にしているという点だ。これにより、研究者が研究以外の業務に追われ自身の研究活動に集中できなくなるという事態が避けられている。
加えて、欧米を始めとした世界の多くの地域では、「競争」の平等性が日本より格段に高い。
例えば私が働いてきた米国や欧州を含む世界の多くの地域では、競争的資金の個人の申請への審査を、世界の研究者に依頼するケースが標準である。私も先日、チリの申請書の審査を行ったばかりであるし、米国のNASAでは、旅費を支給して世界中から研究者を一箇所に集め一つひとつの申請書への詳細な審査をしている。こういった努力が、実績に引きずられない内容重視の審査を実現させている。
日本はいつまで若者から搾取し続けるのか
対して日本の競争的資金の審査は基本的に国内に限られ透明性も低い。さらに指定される申請書のページ数も少なく、詳しい研究内容を記述できない場合が多い。このような状況では、資金を獲得した実績の少ない若手が圧倒的に不利である。言い換えると、日本では競争的資金を獲得するチャンスが、既に実績のある主にシニアの研究者に偏って与えられているのだ。
このように現在の日本の研究業界では、基盤的資金の削減が若手から長期職に着くチャンスや実績を積み上げる体力を奪い、競争的資金の増強が若手から実績を積み上げるチャンスをも奪い、結果として、既に安定した職を得て実績も築いている研究者ばかりがさらに実績を積み上げられるという「若者からの搾取」の構図が出来上がっている。
何よりも残念なのは、影響力のある立場の研究者たちからこうした若者が置かれている惨状を改善する動きが起こらないことだ。一部のノーベル賞受賞者などが訴えてはいるが、実績のある研究者たちの多くにとって、自身の不利益にはならないこの若者搾取の構図を改善することは優先事項ではないのだ。
冒頭で紹介したシニア研究者のメールを「無責任」と感じたのも、まさにこの点についてだ。10年後、20年後に業界にいられるかも分からない状況にある若手に対して、若手から搾取している立場の者が、その搾取の構図を変えようと動くこともせず「10年後、20年後に業界の中核を担う若手」という表現を使うことは無責任以外の何ものでもない。
業界の将来構想としていま考えるべきは、若手がなぜ将来構想に参加できないのか、である。将来に対して心配すべきは、若手からチャンスを奪うだけ奪った果ての業界の姿ではないだろうか。
日本社会の基盤が崩れはじめている
若い世代が搾取され、世代循環を起こす基盤作りの機会をも奪われる。これでは世代循環は起こりようがないし、業界を持続させることも難しい。そしてこのような世代循環の問題は、研究業界に限った話ではない。
社会全体を見ても、例えば30年前には20%を下回っていた非正規雇用の割合が現在では40%に迫ろうとしているが、年代別に見ると35歳までの若い世代の割合がそれより上の世代の2倍以上速いペースで増加している(総務省「労働力調査」より)。日本社会における世代循環の基盤は次々と崩れてきているのだ。
今の日本社会は、性差別、障害者差別、外国人差別など未だに根強い様々な差別や、非正規雇用の割合にも見える広がり続ける格差、また他国に比べ明らかに後手に回るコロナ対策など、多くの面で行きづまり感が強い。このまま世代の循環が遮断され続ければ、日本社会は近い将来、社会を維持・発展させていく機能を根本から失ってしまうのではないだろうか。
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