朝日新聞デジタル
ログイン
Presented by JA共済

喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

INTERESTS
2023.01.16

|

小山薫堂さん

小山薫堂さん

    ふるさと・熊本での子ども時代からのつながりも、大人になってから知り合った人たちとのつながりも、どちらも同じように大切にしている放送作家の小山薫堂さん。ふるさとに帰ったときに必ず立ち寄る場所や、小山さんの人付き合いの仕方、小山さんが思う幸せについて、話を聞いた。

    なじみの店「廃業」知り経営を引き継いだ

    ――ふるさとの熊本に帰ったときに、小山さんが必ず立ち寄る場所はありますか?

    熊本市内だけか、ふるさとの天草市まで足を伸ばすのかによっても違ってくるのですが、天草に戻ったときはご先祖様のお墓参りに行くようにしています。それから、なじみのお店にごはんを食べに行って、「まるきん」というたい焼き屋さんに顔を出すことが多いですね。

    「まるきん」は喫茶店を併設していて、たい焼きやたこ焼きと一緒に飲み物を提供している、天草の中高生にとってはカフェみたいな場所です。ぼくも、子どもの頃から通っていました。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

    ところが5年前のある日、店主の方から「廃業することにした」というお手紙をいただいたんです。驚いてお電話をしたら、「もう年だし、機械も故障したからダメなんです」とおっしゃるので、「何が故障したんですか?」と聞いたら「エアコンです」。お店自体はエアコンさえ直れば何とかなりそうだったので、店主の方とお話しして、ぼくが経営を引き継ぐことになりました。

    今は、ぼくの保育園からの幼なじみが奥さんと一緒にたい焼き屋さんを切り盛りしてくれています。リノベーションのための資金は、東京や地元の仲間が協力してくれました。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い
    撮影:小山薫堂

    ――熊本市内に滞在するときは、どんな時間を過ごしているのでしょうか。

    時間の都合がついたら必ず行くのが、「世安湯(よやすゆ)」という銭湯です。ご主人がぼくのラジオ番組に「夫婦で小さな銭湯をやっているので、入りにきてください」とお手紙をくださったのがお付き合いの始まりなのですが、そのお手紙が僕の手元に届いたのが、ちょうど2016年の熊本地震の直後。慌てて連絡をしたところ、「煙突が屋根を突き破って湯船に倒れてきてしまって……」と言うので心配しましたが、補助金が出て、震災から一年後に再開されました。

    「世安湯」は、本当にいい銭湯なんです。一番いいのは、人ですね。番台に座っているご主人と奥さんがとても素敵で、とにかく誠実に仕事をされている。お湯もね、阿蘇山に降った雨が20年かけて湧き出した地下水100%の天然水だから、とっても気持ちがいいんですよ。つかっていると、心まで温まります。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

    温まった体で夕暮れ時の川沿いを歩いてチンチン電車に乗り、一度ホテルに戻ってから好きな料理屋さんに顔を出して、最後は熊本ホテルキャッスルのバーへ。グランドピアノがカウンターになっている珍しいバーで、曲をリクエストするとピアニストのおじいちゃんが応えてくれます。その音色を聞きながらウイスキーを飲むのは至福の時間です。

    ぼくはやっぱり、人のつながりや温かさを感じられる場所が好きなんですよね。ふるさとに帰るといつも、懐かしい人や好きな人に会いに行きます。

    タクシーの運転手さんに渡せなかった名刺

    ――ふるさとを遠く離れ、年を重ねるごとに新しい知り合いが増えていっても、昔からのお付き合いを大切にしているんですね。一方で、先ほどのお話にあった「まるきん」さんの件では、東京で出会った仲間が困ったときに手を差し伸べてくれました。どんどん増えていく大切な人たちとお付き合いを続けていく上で、小山さんが心がけていることはありますか?

    誰とでも、見返りを求めずにお付き合いをしているのがいいのかもしれません。「これ、どうしたらいいかな」と相談を持ちかけられたときに、「こうやったらきっとおもしろいですよ」と答えていたら、その人が何年後かにまた連絡をしてきて……といったつながりが割と多いんです。結果として仕事につながっているものもありますが、つながっていないものもたくさんあります。アイデアのお医者さんみたいなことをやっているとも言えますし、単におせっかいなだけとも言えますね。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

    そもそも、人と話すことや、その人が生きてきた人生の話を聞くのが好きなんです。人生の物語って、すごくおもしろいじゃないですか。人と人が出会ったことで生まれる物語にも惹(ひ)かれるので、「もしかしたら自分も、誰かの人生を少しだけ変える天使になれるんじゃないか」と思いながら日々過ごしています。先日は、ふらっと訪れたイタリアンレストランで、若いソムリエの男の子とシェフのために、ちょっと奮発していいシャンパンをあけて三人で飲みました。その夜のできごとが、二人に「やっぱりこの仕事は楽しいな、やりがいがあるな」と感じてもらえるきっかけになったら嬉(うれ)しいなと思って。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い
    撮影:小山薫堂

    ――自分の行動が、もしかしたら誰かの人生に少しだけ良い影響を与えられるかもしれないと考えると、ワクワクしますね。

    ここ3カ月で一番後悔しているのが、たまたま乗ったタクシーの運転手さんに名刺を渡せなかったことです。その女性、「車の運転が好きで宇都宮から東京に出てきたものの、首都高はまだ怖くて乗れない」って言うんですよ。話していてとても楽しい方だったので、ぼくのラジオに出てくれないかなと思ったんですが、「でも若い女性におじさんが名刺を渡すのは」と躊躇(ちゅうちょ)してしまった。渡せていたら運転手さんの人生にも何か変化があったかもしれないのに、残念なことをしました。

    とはいえ、渡せたからといって、何も起こらないこともあります。この間、日比谷線に乗っているときに、ぼくの知り合いの本田直之さんの本に付箋(ふせん)をつけながら読んでいる若者がいたから、「相当好きなんだな」と思って、中目黒で降りた彼を追って電車を降りたんです。ぼくはそこで降りる予定はなかったのに。で、名刺を渡して、「その本の著者はぼくの友達だから、連絡をくれたら紹介するよ」って伝えました。本田さんと会ったら、きっと彼の人生はより良き方に向かうはず……とワクワクしたんですが、連絡はありませんでした。もう、すごい空回り。でも名刺を渡した直後は「良いことをしたなぁ」と思えました。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

    根底に、「人を喜ばせたい」という気持ちがあるんでしょうね。例えば買い物でも、大好きな八百屋のおばあちゃんがいたら、スーパーより少し割高でもそこで買いたいなって思う。お金を使うなら、自分が好きな人、拍手したい人に使ったほうが自分も嬉しいじゃないですか。時間も労力もお金も、相手を喜ばせることに使うのが一番楽しいです。

    ふるさとは幸せの閾値を見直すきっかけ

    ――人を喜ばせるのが好きな性格は、子どもの頃からですか?

    そうですね。たぶん父親の影響が大きいと思います。父も、人を驚かせたり喜ばせたりするのが好きな人でしたから。父がよく言っていた、「やらずに後悔するよりも、やって後悔したほうがいい」という言葉は、ぼくの人生の指針になっています。大人になると何でも自分の好きなようにやれるかというと、案外そうでもなかったりする。だから、後になって「こういう生き方がしたかったな」と悔やむことがないようにこれまでやってきました。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

    ――小山さんにとって、ふるさとはどんな場所なのでしょうか。

    ふるさとは、自分の原点を思い出せる場所です。大人になるにつれ、幸せだと感じる「閾値(いきち)」ってどんどん上がっていってしまいますよね。子どもの頃は父に連れて行ってもらった遊園地でゴーカートに乗るのが楽しみで仕方がなかったし、免許を取ってからはレンタカーでどこにでも行けることにワクワクした。初めて車を買った時なんて、もう嬉しくて嬉しくてしょうがなかったのに、だんだんと「もっといい車に乗りたい」と思うようになってしまう。

    昔ね、渋滞に巻き込まれてやっとの思いで遊園地までたどり着いた時に、ゴーカートに乗ろうと父をせかしたら、「ここまでの運転で散々疲れていて、もはやゴーカートには乗りたくない」と言われて、「なんてつまらない大人なんだ! あんな楽しいものに乗りたいと思わないなんて!」と憤ったことがあったんですよ。「大人は楽しいものが見えなくなっちゃうんだ」と感じたのを、今でもよく覚えています。

    ふるさとに帰ると、そういう少年時代に大事にしていた価値観を思い出せるんです。「そうだよな。もっといい車に乗りたいんじゃなくて、ただ車を運転することが子どもの頃は楽しくて、ワクワクしたんだよな」って。

    喫茶店の経営を引き継ぎ、駅で見知らぬ人に声をかけた理由 小山薫堂さんが考える人付き合い

    昔からの友達と一緒に飲み歩いているときには、「そうだった。全寮制の高校で、夜中にこっそり出前をとって食べたラーメンはすごくおいしかったな」とか、そんなことを思い出します。すると、他にもおいしいものをいっぱい知ってしまって、だんだんラーメンじゃ幸せを感じられなくなっていたことに気づいて、「これはいかん。ゴーカートで幸せを感じない親父(おやじ)みたいになっているぞ」とハッとするんですよ。

    子どもの頃の価値観を忘れないでいられたら、きっとこの先何があっても幸せを感じることができるはずです。ふるさとは、自分の幸せの閾値を見直すきっかけを与えてくれる場所でもありますね。

    (文・渡部麻衣子 写真・山田秀隆)

    小山薫堂さん
    PROFILE
    小山薫堂

    こやま・くんどう/1964年熊本県生まれ。大学在学中から放送作家として活動を始め「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」など数多くの番組を企画。初の映画脚本『おくりびと』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、 米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。くまモンの生みの親としても知られる。

    REACTION
    SHARE

    FOR YOU
    あなたにおすすめの記事

    RECOMMEND
    おすすめの記事

    0
    利用規約

    &MEMBER(登録無料)としてログインすると
    コメントを書き込めるようになります。