『西村賢太殺人事件』小林麻衣子
気違いと思われてもいい、と思って書きました。嗤わば嗤え。
但し、独り善がりの追悼風でも、物故作家の読者対象のファンビジネスでもない。私自身がファンなので、そういうのはできなかったのです(※)。
読んで頂けましたら幸いです。
思えば、5年ほど前だかに藤澤清造の「どうで死ぬ身の一踊り」という句を生意気にも心得たような気になってアレコレやっていたのが懐かしく、いや、恥ずかしく思い起こされます。
具体的に何をやらかしたかは情けなくて書きたくないです…が、本には書きました。
清造先生、すみませんでした。
けんけんも、ごめんね。
では今、解っているのかと問われると、烏滸がましいですが、これがそうなのか…?というようなものは、仄かに、自分の中に感ぜられた積りです。
嬉しかったです。
しかし確実に怖くもあり、西村賢太風に云えば「脳を麻痺させて」おります。
それが証拠に、正直、こちら(↓↓↓)を見ても、何一つ、現実味が沸きません・・・orz
(※)これは去る2024年5月、村西とおる監督に「あなたが書けば、皆、読みますから。西村賢太ファンが読みますから」と言われた私の咄嗟の、小心ゆえの内心における叫び…「いや、読みませんて w! そんな甘くないですて! てか西村賢太ファン、そんな馬鹿じゃないですて!!!」によるものです。
素人の私に発破を掛けるべくの、恐れず書け、という意味の言葉だった訳でしょうが、私が恐れていたのはそこではありませんでした。
ただ、こう叫ばされたところをみると、相変わらず私はけんけんのファンなのだと自己認識せざるを得ませんでしたし、お陰で多少、もういいや、と、素人ならではの開き直りと捨て鉢の「どうで」マインドに近づけた気がします。


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