やっぱりいじめられる方も悪いと言うのは、やっぱり俺も悪かったんだろうなあ
いじめてみたら絶妙に面白いって人がいるのは事実なんだろうから
そらポリコレ的には被害者は悪くないんだけどやる方が悪いとなるんだけど
接客されていて人格いじめをされるということはまあないわけだし
いじめている方が場面場面で絶妙に自分を切り替えているのは分かる
そうは言っても社会生活をしていると常に誰かは上位にいるわけだし
いじめてくる人、そういう関係性というのは逃れられないわけだと思うんだよね
やりたいやつはほとんど小児性愛者みたいなの感覚でいじめに対する欲望が抑えられなくて
そうするとその虐められやすいダサい系からすると、自分のダサさ
カッコ悪さを直そうとしてもほとんど先天的なもので変えられないとなってるわけだし
◆そうすると報復というのもも、いじめられる人は元々報復しようと思えないタイプなことが大半で
そういう人間の集合体として、いじめを受けやすい特性というのが俺を含めてあるわけで
いじめ体験の記憶をたどると悔しくてどうにもならないと言うのもあるし
SNSで何かのときに、ああ俺が受けたいじめもこういうシステム的な追い詰め策だったよなあ
いじられてる系の方は、自分で場面場面を操作して、うまいこと自分のタイミング的に
最適なタイミングで報復するということができるほど操作力が全然ないので
それでいじめが炎上すると、回り回った報復であるということをいじめ側が感じるわけで
自分がしている加害はそこまでではない、百円のいじめはせいぜい百円だと反論してくるわけで
そのそこでも問題は、返してない百円が積もり積もって
たくさんのいじめ側に多大な借りが山積みになっていて
地雷を踏んだら終わるという、そこまで気づけないということもある
悪いか悪くないかの問題なら銃口突き付けて説得すればみんな快く「俺が悪かった」って言ってくれるよ