40年前の母校のカツ弁にいざなわれた話
通学していた高校は川のほとりにあり、今でこそ共学に変わったようだが、当時はコテコテの男子校で、体育の時間はよく土手沿いを走っていた。
遙か先に見える水門まで直進し、そこから橋を渡って1周するとだいたい3キロちょっとのコースとなり、17分前後で完走していたように思う。
そんな汗臭い男子校で、昼食をどうしていたのかあまり覚えていない。
食堂があったのかなかったのかも定かでは無い。ただひとつ覚えているのは
外部の業者がお弁当をお昼頃に納品してくれていて、2時間目あたりまでに代表者がクラス全員の注文をとりまとめて、お昼頃に食堂らしきところに
取りにいっていたような記憶がある。
それが「かつ弁」と呼ばれている弁当
紙の弁当箱にごはんが敷き詰められ、その上にソースで味付けされたカツが乗っている。隅には昆布の佃煮が少々。それだけのシンプルな弁当だった。
カツは豚だったか鳥だったか覚えてない。どちらにしてもそんなにいいお肉ではなかったような気がする。ただ、薄くても衣とのバランスがよくソースとの相性もバッチリであった。ごはんとカツと昆布。たったそれだけの構成だが男子高校生のハートをしっかりとつかみ人気の高い弁当であった。
母校は当時甲子園にも出場したり、バレー部も強かった。
グリークラブという男声合唱団も全国大会でいい成績を残しており、文化体育両方での活動が有名な高校だった。そんな中じゃあ自分は何をしていたかというと、早見優の親衛隊に加入して授業中せっせとザ・ベストテンに送る
リクエストはがきを書いていた。
一人で週に100枚200枚の量をこなしていたがこれには訳がある。
デビューして2年目のアイドルをどうしてもブレイクさせたいレコード会社は、我々親衛隊のようなファンを会社に呼び、会社が用意したハガキで番組に送るリクエストを書かせていた。当時はリクエストハガキで順位が決まっていた要素も高く、あの頃ハガキに「夏色のナンシー」と1000回くらい書いた。
おまえS高か?だったら頼みがある
集まった親衛隊は早見優だけではない。河合奈保子、柏原よしえ、松田聖子
中森明菜、堀ちえみ、松本伊代。当時のアイドルにはそれぞれ数十人規模の親衛隊がついており、時間のある人間が週末に会社に出向き、ハガキを受け取ってリクエストカードを書いていた。地方都市のため横のつながりがしっかりしていて、例えば河合奈保子のコンサートがある日は他の親衛隊も参加して声を出したりして応援に協力するといった体制ができていた。
甲子園も全国大会もないけれど、これが自分の部活動だと納得して毎日毎日高校生の自分はハガキを書いていた。
河合奈保子の親衛隊の隊長は成人しており、体も大きく声と眉毛が太い人だった。すべての親衛隊をまとめている我々のボスのような存在。その人が「リクエスト ストロータッチの恋」とハガキに書きながら自分に声をかけてきた。
「おまえ、S高か?」
「は、はい」
「だったら頼みがある、カツ弁あるだろ?あれ買ってきてくれ」
「・・・!」
「俺もS高だったんだよ、あの味が忘れられなくて久々に食いたいんだ」
次回へ続く


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