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Conversation

「何故つじさんを止められなかったか」と言えばそれは「良心」でやっていることを皆が理解していたからだと思います。今回の万博の成功の要因の1つとして、つじさんのいうように「オープンさ」があったと思います。このオープンさとはSNS万博と呼ばれるようにSNSというツールを用いて、オープンソース的に皆で集合知のように「足りないところ」を補いあった。 これは「図らずも」なところがあった思いますが、公式だけでは補いきれないところをフォローして貰った。それは「良心」から、皆んなにお「裾分け」してくれたからなんです。そして、そのお裾分けをしているつじさんへ、多くの人が感謝してくれた。お返しをしてくれた。そこにコミュニケーションが生まれてある種のお祭りのような楽しさも生まれたのかもしれません。 こみゃくもそうです。こみゃくは不思議な存在です。公式でもありながら、非公式でもある。制度的なものから溢れ落ちた文化でもあります。公式だけではフォローしきれない物語を、SNSを通じて、みんなで育てた美しい文化です。そしてその文化に参加している人たちは、自分の創造したものを「お裾分け」しているのです。まるで庭で野菜が取れたように、近所の人においしいのができたからよかったらどうぞと。 これまでの国家的プロジェクトは、国家から市民への一方通行でした。受け取る側もサービスとして完璧なものを求めてました。しかし、公共とは完璧なものを受け取る形があるべき姿なのかと言うのは、今一度みんなで考えてみるタイミングにもあるのかもしれません。課題はより良くしていかなけばならない。それは大前提で誤解を覚悟でいえば、中で働いている人は、皆私達と同じ市民です。予算とリソースにも限界がある。これは、これからの自治体のリアルとも繋がる問題です。片方からサービスを受け取ることが当たり前という思考から、一人ひとりが参加して当事者となれるような関わりしろをどうデザインするか? 今回の万博は図らずも、様々な要因が重なりオープンさが生まれました。それは大阪という土地が持つある種の「寛容さ」や良い意味での「ゆるさ」などが結果的に功を奏したとも思います。こみゃくはこれを「余白」をどうつくるかをデザインしました。 一人ひとりが関われる関係性そのものをどうデザインするか、公共の場をどうデザインしていくか。そして新しいコモンズをどう作っていくのか?今回の万博はそういった問いを投げかけてくれていると思います。次の万博でも、公共の様々なプロジェクトにも今回の万博のこの「開かれた在り方」がレガシーとして引き継がれていく事を願っています。 #OPENDESIGN2025
Quote
つじ@万博11/14回目
@t_tsuji
これ本当にそうで割と開幕後の早い段階でバズった後はいつでも関係者等に止められる覚悟はしてた でも今に至るまで議員のフォロワーさんも複数居ながらも誰一人否定する人は無かったのでここまで来た このオープンさが次の横浜でどうなるかはとても興味深い x.com/murahalt/statu…