みなさんはウケるものとウケないものの違いは何だと思いますか?

私は「ウケの種」があるかどうかだと思います。

 

 

ウケの種の有無こそが、ウケるかウケないかを決定づけるのです。たとえ面白いものや出来の良いものでも、ウケの種がなければあまねく評価されることはないでしょう。

付け加えると、ウケの種は才能やセンス、あるいは努力によってもたらされるものではありません。「種」と言う通り、人間の思惑とは無関係に存在している自然物のようなものと言ったほうが近いでしょう。例えばどんなに腕利きの料理人でも、不作で農作物が穫れなかったらどうしようもないですよね? ウケの種もそれと同じで、才能や努力どうこうの前にまずそれがないと話にならない「素材」なのです。でも私はウケの種を持っていません。だから私はウケていません。私はウケの種をずっと探しています。本当に欲しいんです。私に足りないのはウケの種だけなんです。

 

 

というわけで園芸店にやって来ました。種というからにはこういうお店で売っているはずです。さっそく店員さんに声をかけてみましょう。

 

「あのーすいません」

「はい、なんでしょう?」

「ウケの種ってどこにありますか?」

 

瞬間、店員さんの顔ににわかに困惑と警戒の色が浮かぶのが見て取れました。

 

「えーー……っと、『ウケの種』?」

「はい」

「……ウケの種」

「はい」

「えーーー、当店ではそういったものは取り扱っていないかと」

「え……」

「ですので、うちではそういったものは取り扱ってませんね」

「……」

「あの、もうよろしいですか?」

「え、あ、はい、別にもう全然」

「……あ! やっぱりすみません!」

「はい?」

「じょうろ」

「(信じられない化け物を見るかのような表情)」

 

ちゃんと話が通じる人間だとわかってもらいたくて「じょうろ」と言ったのですが、どうやら逆効果だったようです。何も間違ったことは言ってないのに。私は気まずくなってその場を離れ、除草剤売り場で恋愛サーキュレーションを3回聴いてから店を後にしました。

 

これしきのことでくじけるわけにはいきません。私は電車に乗って、大きなショッピングモールを訪れました。あらゆる種類のお店が集まるこの場所なら、今度こそウケの種を手に入れることができるでしょう。

 

「あのーすいません」

「はい、なんでしょう?」

「ウケの種ってどこにありますか?」

 

瞬間、どこか遠くのほうで皿が割れる音が聞こえた気がしました。あるいは私の幻聴だったのかもしれません。

 

「あーーーーーーーーーーーーー…………ウケの種、ですか。すみません、少々お待ちください」

 

店員さんはそう言い残して私のもとを離れ、数分後、別の従業員を連れて戻ってきました。髪をきれいに整えて眼鏡をかけた、いかにも敏腕社員といった風のいけすかない男です。

 

「ネ、お客さん、ネ。大丈夫だからネ。よくあることだからネ」

 

男はわざとらしい笑みを浮かべながらそのようなことを言うと、私の手をとって家電量販店のテレビ売り場へと連れて行きました。鮮やかで大きなテレビ画面には、大空を旋回する鳥や大地を移動するヌーの群れといった壮大な自然の風景が順繰りに映し出されていました。

 

「きれいだネ。ほら動いた動いた。うわーすごい!」

 

男は猫なで声でそう言い、ポケットからキットカットを取り出して私に握らせると、別人のような冷たい表情になってどこかへ去っていきました。

 

私は、男が私をどのような人物として扱ったのかをつぶさに理解し、はらわたが煮えくり返る思いがしました。やつはウケの種が私の妄想の産物だと思っているに違いない。そして、私がそれを現実に見出そうとする狂人であるとも。私は怒りを抑えるために、モスバーガーで買った菜摘(なつみ)をムラサキスポーツに放置する「俺なりの檸檬」をやり、Refind Selfを1周プレイしてからショッピングモールを後にしました。「聖職者」でした。

 

 

薄々勘づいてはいましたが、ウケの種はお店で売っているものではないようです。その事実に私は落胆しつつも、どこか安心感を覚えていました。ウケの種がお金で買えるとしたら、そこにまで資本の力が関わってくるとしたら、この世はさらに残酷なものになっていたに違いありません。でも、一番欲しいものがお金で買えないのならば、なぜ私たちは日々あくせく働かなければならないのでしょう。ああ渋沢栄一先生、あなたは日本資本主義の父ともてはやされ、新紙幣の顔にまでなったのに、私をウケさせることだけはできないと仰るのですか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 

 

 

気がつくと私は山道を歩いていました。ここがどこなのか、どうやってここに来たのか全くわかりませんが、足は宿命のように前へ前へと進んで止まりませんでした。

 

一体私はこれからどうなるのだろう。このまま歩き続けて遭難するか、あるいは野生動物に襲われるかもしれない。ウケの種を手に入れられなかったばかりに、こんなわけのわからない山で死ぬことになるのか。そして私の死体は見つかることもなく、ただもう木々の養分となり、やがてその木は伐採され、ガツンとみかんの棒にでも加工されると言うのか。空恐ろしくなって、ふと足元に目を落としたときのことでした。

 

 

 

……ウケの種だ。

 

どこかもわからぬ山の中、名前も知らない1本の木の根元に、ウケの種が転がっているのでした。あれほど求めていたウケの種が。このとき私の心に芽生えた感情は、喜びでも驚きでもなく「納得」でした。やはり私がウケの種を手に入れられないわけがなかったのだ。なぜなら私は誰よりもウケの種を欲していて、それを手にする資格があったのだから。起こるべきことが起きただけでした。

 

私は落とした消しゴムでも拾うようなそっけない手つきでウケの種を拾い上げました。たまたま見つけたのが今というだけで、ずっと前から私の所有物だったも同然なのです。それでも一応感謝はしておきましょう。ありがとう。これで世界を呪わずに済んだ。今日は帰りにハリボー買っちゃお。

ウケの種を拾って歩き出すと、意外にもすぐに山を抜けることができました。そこから10分ほど歩くとJRの東中野駅が見えてきましたが、ウケの種を持っていると思うと電車に乗る気にならず、駅前にあったナンバープレートの取れかかったLUUPで帰宅することにしました。街の光が目の前に広がって、やっと自分が何者かになれたような気がしました。

 

 

こうして私はウケの種を手に入れました。ようやく、ようやく私がウケる時が来たのです。ざまあみやがれ!!! いや、すみませんね、もう精神が昂っちゃって。じゃ、始めていいですか? ウケ・ライフを幕開けしちゃっていいですか? ウケ・マンとしての産声をあげちゃっていいですか? 分娩台の上できつねダンスを踊っちゃってもいいんですか? 私はあなたに聞いてるんです。いや、答えなくて構いません。だってあなたはウケてないから。私はウケます。ウケて、ウケて、ウケまくって、人気者になり、誰からも認められ、成功を収め、賞をもらい、大金を稼ぎ、雨空はたちまち快晴に変わり、愛はあふれ、願いは叶い、過ちは許され、笑いは止まらず、栄光は途絶えることなく、もはや生きることにも死ぬことにも恐れはない、そんな人生をこの手に収めてやりましょう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

ウケの種を手に入れて1週間が経過しました。今のところまだウケてはいません。まあ、そんな即座に効果が出るようなものではないのでしょう。気長に待ちたいと思います。

 

ウケの種を手に入れて1ヶ月が経過しました。まだ私はウケていません。が、これまでの長きにわたる不遇の日々を思えば1ヶ月くらいなんてことはありません。むしろ心の準備ができてありがたいくらいです。

 

ウケの種を手に入れて半年が経過しました。まだウケていません。ここにきて私はようやく、ウケの種はただ持っているだけでは意味がないのではないかと思い至りました。

 

冒頭にも述べた通り、ウケの種はウケるために必要な素材のようなものです。素材は適切な方法で「使う」必要があります。でもどうやって? ウケの種を何に対して、どう使えばいいのか? 私は今さらのように焦りを感じ始めました。

 

ひとまず、ウケの種を手で軽くこすってみました。が、何も起こりはしませんでした。ウケの種は魔法のランプではありませんでした。

 

今度はトンカチで叩いてみました。鈍い音がしましたが、見ると表面には傷ひとつついておらず、やはり何も起きやしないのでした。

 

私はいよいよ焦って、ウケの種を壁に向かって思い切り投げつけました。もちろん結果は同じでした。駄目でした。

 

私はあらゆることを試しました。水をかけてみました。駄目でした。温めました。駄目でした。冷やしました。駄目でした。凍らせました。駄目でした。土に埋めました。駄目でした。日光に晒しました。駄目でした。風に当てました。駄目でした。転がしました。駄目でした。持ち上げました。駄目でした。持ち歩きました。駄目でした。ライトで照らしました。駄目でした。磁石を近づけました。駄目でした。箱に入れました。駄目でした。袋に入れました。駄目でした。布でくるみました。駄目でした。寸法を測りました。駄目でした。郵送しました。駄目でした。返ってきました。駄目でした。写真を撮りました。駄目でした。模写しました。駄目でした。鏡に写しました。駄目でした。ペンで落書きしました。駄目でした。絵の具を塗りました。駄目でした。紙やすりで削りました。駄目でした。テープを貼りました。駄目でした。ひもを結びました。駄目でした。バラバラにしました。駄目でした。組み立て直しました。駄目でした。塩をかけました。駄目でした。砂糖をかけました。駄目でした。油をかけました。駄目でした。酢に漬け込みました。駄目でした。洗いました。駄目でした。拭きました。駄目でした。乾かしました。駄目でした。舐めました。駄目でした。匂いをかぎました。駄目でした。耳をそばだてました。駄目でした。よく見ました。駄目でした。話しかけました。駄目でした。名前をつけました。駄目でした。音楽を聞かせました。駄目でした。映画を見せました。駄目でした。本を読み聞かせました。駄目でした。一緒に公園に行きました。駄目でした。一緒に動物園に行きました。駄目でした。一緒に遊園地に行きました。駄目でした。一緒に旅行に行きました。駄目でした。優しくしました。駄目でした。抱きしめました。駄目でした。好意を伝えました。駄目でした。愛しました。駄目でした。愛し合いました。駄目でした。撫でました。駄目でした。指でつつきました。駄目でした。叩きました。駄目でした。殴りました。駄目でした。蹴りました。駄目でした。踏みました。駄目でした。噛みつきました。駄目でした。針を刺しました。駄目でした。釘を打ち付けました。駄目でした。包丁で刺しました。駄目でした。高いところから落としました。駄目でした。車ではねました。駄目でした。犬をけしかけました。駄目でした。薬品を注射しました。駄目でした。電流を流しました。駄目でした。燃やしました。駄目でした。爆破しました。駄目でした。ひどいことをしました。駄目でした。もっとひどいことをしました。駄目でした。ここでは言えないことをしました。駄目でした。疲れました。駄目でした。眠りました。駄目でした。起きました。駄目でした。祈りました。駄目でした。泣きました。駄目でした。壁をかきむしりました。駄目でした。喉から血が出るほど叫びました。駄目でした。駄目でした。駄目でした。

 

 

何をしても、駄目でした。

 

 

そうして私は海に来ました。迷いはありませんでした。私はカバンに入れていたウケの種を取り出すと、海に向かって思い切り放り投げました。ウケの種はきれいな軌道を描いて飛んでいき、次の瞬間には大量の水の中に姿を消しました。一切の音も水しぶきもなかったので、本当に消えてしまったのではないかと思ったほどです。そのほうが私には好都合でした。

 

あえて言うまでもありませんが、ウケの種を海に投げ捨てたからといって何かが起きることはありませんでした。海は広く、空は青く、潮風は心地良かったけれど、それだけでした。私は数十秒ほどぼんやりと海を眺めたのち、急に気恥ずかしくなって、誰に見られているわけでもないのにそそくさとその場から退散しました。それでおしまいでした。

 

 

 

 

 

あれから数年が経ちました。私は、人並みの生活を送っています。「ウケなくても人は生きていける」、この気づきが私の得たものの全てです。いや、それとも、私はある意味では死んでしまったのでしょうか。

それでも、あの日手にしたウケの種のことは今もよく覚えています。一体ウケの種とは何だったのか。私はウケの種をどうすればよかったのか。なぜあれほどウケの種を欲していたのか。なぜウケの種が自分を救ってくれると信じていたのか。これらの問いに対する答えは今さら出るはずもなく、また私自身本当に答えを知りたいと思っているわけでもないのでした。

今の私はむしろ、この穏やかな生活に愛着を覚え始めています。なんと私は、日々の暮らしの中に楽しさを見出せるようになったのです。今日はこれから日本酒原価酒蔵に行って『最強のふたり』を0.5倍速で見るつもりです。そう、日本酒原価酒蔵に行って『最強のふたり』を0.5倍速で見るのです。こんな冗談を言うのも久しぶりですよ。自分では、まだ面白いと思ってるんですけど。