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改正法の含む問題

さて、前記の改正法は、「離婚後共同親権の希望がある事案についてだけは必ず裁判所が離婚の時点で関与する」という私見とは異なり、これを原則当事者の協議にゆだね、家裁の関与は、「問題がある場合の関係当事者による親権者変更の申立て」を待っての二次的なものにとどめている。しかし、このような制度によって、力の弱いほうの配偶者が離婚を成立させるために共同親権を受け入れさせられる事態がほぼ避けられるのか、いささか疑問を感じる。

私見を含め、協議上の離婚をする際には親権者の定めに関して中立的な第三者の関与を経なければならないとする考え方につき、法務省は、立法準備作業の最終段階において、以下のような説明をしている。

「そのような仕組みを設けることは、協議上の離婚の要件が現状よりも加重され、国民に大きな影響を与えることなどから、慎重な検討を要するとの意見があった〔したがって採らなかった〕」(「家族法制の見直しに関する要綱案の取りまとめに向けたたたき台」補足説明)

だが、これでは、ほとんど説明になっていないように思われる。要するに、「家裁の負担が重くなるからできない」というだけのことなのではないだろうか。

家裁事件数は、増加している事件は形式的な内容のものが多いとはいえ、近年増加傾向にある。私が裁判官だった十数年前には家裁裁判官はかなり余裕があり、定時に仕事が終えられるような状況だったが、今では、あるいは違うのかもしれない。しかし、私は、現在の家裁でも、私見によるようなかたちの関与、確認事務についていえば、その気になれば、可能ではないかと考えている。たとえば、上の事務については、弁護士から期間を限って採用する家事調停官(家事事件手続法二五〇条、二五一条)にも行わせることを可能にし、かつその数を増やすなど、若干の制度的な措置さえ採ればよいのである。

いずれにせよ、共同親権制度の運用については、家裁の主体的、積極的な姿勢が試される。その施行後に、改正法による家裁の事後的な対応では不十分なことが明らかになった場合(多くの被害者が出た場合)には、そのこと自体大きな問題であるのみならず、現在でも相当の批判のある日本の家裁のあり方に対する人々の信頼がさらにそこなわれる結果になりかねないからである。

さらに【つづき】〈配偶者の不貞の相手に慰謝料を請求するのは、「配偶者をモノのように支配している」との思想から!? 「不貞慰謝料請求肯定論」の根底にある「配偶者は自分の所有物」という考え〉では、不貞めぐる法意識について、くわしくみていきます。

本記事の抜粋元・瀬木比呂志『現代日本人の法意識』では、「現代日本人の法意識」について、独自の、かつ多面的・重層的な分析が行われています。ぜひお手にとってみてください。

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