無抵抗なる、人を殺すは、キリスト教なのか。
いやいや、テロなる聖戦を薦める、イスラム原理主義が元凶か。
馬と鹿さん、どもよ、聞け。
全ては、人の我良し(いいくらす奪らえ獲る)に依る。
それだけだ。
即ち、自己を正義とするは、悪魔。
即ち、自己を悪役とするは、中庸。
まあ、考えよ。
自分の行いは、すべからく、神の域(息)では無い。
人は、己の未熟さを悟るべきである。
人の自我とは、我が糞は臭く無い。それと同様に、自分の糞も死ぬほど臭いのに、自信を持って、自らが正しいと断言するが誤りであります。
自身の愚かさが理解出来ることを悟りとも言い、改心とは、ただ、直日(本当の自分自神)に見直し、聞き直し、身の過ちは宣り直し、する事を言う。
先天坐は、玄胎に至る
扨て。
霊界物語は、神界、霊界、人界、三界へと至る。過去未来現在の時空を超越するが故に、五六七の書なり。
死後、輪廻から羽成れ、三界にて、神様の使命を受けて、働こうとすれば、先天坐は元より、霊界物語にて、御魂の恩恵(ふゆ)、即ち、元神(魂の器)の大道を広げねばならないと考えます。
さて。私自身の信仰による、作法。霊界物語拝聴道。
普通一般の人にはどうでも良いのであろうけど、霊界物語を拝聴もしくは、音読する時、先天坐には、最大坐を1時間4分とするを以て、要領とし、過不足を鎮魂法にて当てる。
また、坐もそうだし、霊界物語を拝聴する時も、神様に拝礼する。
宣伝歌は、基本、坐中であろうとも、謡う。
あるブログ(アメブロの瑞霊に倣いて)にて、霊界物語が如何に大切であり、弥勒世界は至るかを謳っておられます。
この方はおそらく、老祖の弟子でもあり、キリスト教、神道、大本教、仏、ヨガ、あらゆる哲学者を学んでおられ、古今東西の碩学であらされます。
ただ、霊界物語ダイジェスト版(あらすじで読む霊界物語)を御神意に反するとされています。
そんなものを読んだら逆に罪となる。(宗教的思想では、その原理に違える事は過ちであり、異端者は神を穢していると思考されておられるかもです。)
まあ、神様は、そんな罰は与えません。、人の行いを全て認めておられる。罪に陥るは、自らの行いに因り、自ら地獄に堕ちるのみ。
また、霊界物語は救いの書であるから、一巻だけでも読んだら救われると言われ、そんな、ダイジェスト版読んだところで、救われないとも聞こえます。
これは、道院の北極真経も一字の語句をとって、自分勝手解釈をしてはならないと、神使の戒めがあります。それは、当然です。
されど今、人心は荒廃し、多くの殺戮が平然と行われ、大道廃れて、仁義ありの如く、一部にスピチュアル、我良しのパワースポットが、横行しております。(神様は、人の願いを叶える存在ではありません。)
人の文明により、アスファルト、コンクリート(地を封じる働き)が台頭し、工業からの汚水は全て海に流され海水は汚れ、汚れた結果により、海水温度は太陽により上昇する。海に汚物の色が付いた結果でもある。故に活きている地球は、人体のアレルギーの如く、反抗し、天候は荒れに荒れて、天気は、定まらない。(人間による弊害。)
地球全体の温度の誤差は本来一体化(地球の平均気温は14℃)の為に、寒冷と温暖化が激しくなり、地球生物環境を異常とする。
地球と人類は正に、今、滅びんとしています。
吾が師、天帝老祖は、その為に先天坐を下された。
出口王仁三郎尋仁聖師も霊界物語を降された。
ゆえに、炁楽仙女さんも、道院の秘経である「鎮心経」を開示された。
多くの民草に、霊界物語を広めるために、飯塚弘明氏等が記されたダイジェスト本も誠に神の道なり。その至誠の発揮により、多くの人が霊界物語を更に真剣に音読するであろうと考えます。
イエスキリストは、安息日に医者が病人を治療しない事に腹を立て、イエス自身は敢えて安息日に病人を癒やし、「神は律法に非ず、神は愛なり。」と活動されました。人に誠と愛あれば、例え、神(宗教、律法)に反抗しようとも、それは、天下の大道なり。
霊界物語をユウチュウブなどにより、BGM的に聞く事は、神様の御心に叶わない。これは、当たり前だのクラッカーにして、霊界物語は、真剣に聴き読み、音読しなければ、それは、道ではない。
扨、霊界物語では、病を治すのは、鎮魂、反魂などがある。
天刑病や癩病などは、神司なる宣伝使が自ら、全身の膿みなどを自らの口で啜って、吐き出し、癒やす場面もある。(霊界物語の悪党なる存在である高姫も、この行いにより、神を出現させておられる。)
狐の出産の話しもあり。
人ゴロしが、神に仕える話もある。
物語が活きているから、うましかな話しあり、笑いあり、怒りあり、悲しみあり、嬉しさがある。
また、神理あり、誠あり、神歌がある。
言霊の発揮する道法が記されておる。
霊界物語は古史古伝、古事記日本書紀、全てを網羅しているからこそ、360通りの神法が現わされておられる。
と私は考えます。
私は現在、三十五巻まで、読み、拝聴しつつあります。
坐しながら、拝聴すると、1時間はあっという間に過ぎてしまい、禅病に罹りつつあるので、鎮魂法に切り替えます。
未だに試行錯誤でありますが、全ては、神様の御心のままに。全ては神様の導きのままに。
全ては、地球の安寧の為に。
ああ、かんながらたまちはへませ。



