狭い社会では情報が権威につながる
この例を報告した言語人類学者のエリノア・オックス・キーナンによれば理由は二つあるというが、いずれもマダガスカルが同族の者で成り立っている、狭い社会であることと関係している。
一つは、マダガスカルでは事実をはっきり主張することを恐れているからだ。例えば「カップを割った人は誰だ?」と聞かれて、犯人を突き止める発言をすることはリスクになる。誰かに自分や家族が報復される危険が高まるからだ。
また、マダガスカル社会ではほとんどすべての活動が衆目にさらされているため、新たな情報は貴重であり、それを持つことが権威につながるということもある。だからこそ、このようにまわりくどい言い方をして、簡単には新しい情報を与えないようにするわけだ。
タイの狩猟民族はあえてバイクの直し方を覚えない
「新しい情報が権威につながる」と言われても、ピンと来ないかもしれない。これについては、タイとラオスの狩猟採集民「ムラブリ」が話すムラブリ語の研究者、伊藤雄馬の体験談がわかりやすい。彼らもマダガスカル同様、限られたエリアで閉鎖的なコミュニティを築いている。
ムラブリたちは移動によくバイクを使うのだが、ある日バイクが故障してしまった。そのたびに村から離れた街の修理屋さんに持っていくのだという。これは現金の少ないムラブリにとっては、痛い出費である。そこで親切なある人が、バイクの修理法を覚え、それをムラブリたちに教えようとした。ところがムラブリたちは、まったく修理方法を学ぼうとしなかったという。教えようとした張本人は「向上心がない」と嘆いていたそうだ。
狩猟採集民はトップを立てた垂直的な組織ではなく、平等を重んじる。そんな中、「バイクの修理方法を知っているムラブリ」が一人だけ現れたら、どうなるだろうか。バイクが壊れるたびに、その人は優位な立場になる。そう。何かを知っているということは、それだけで権威につながるのだ。
狭いエリアで平等を重んじる社会を築く人々はそうしたことを熟知しているからこそ、僕たちとはまったく異なるストラテジーでコミュニケーションをとる。協調の原理を逸脱したマダガスカルやバイクの修理方法を覚えようとしないムラブリの事例は、僕たちにコミュニケーションの多様性を教えてくれる。