それはとある日の話。
「…って、いってぇ。おいっ!!無視すんなよっ」
「はぁ…? 」
授業の合間の休憩時間、次の授業がある教室に移動していたエースの肩にすれ違い様に前から来た生徒の肩が当たった。
気付いて直ぐに謝った筈だったが虫の居所が悪かったのか、相手は苛立ちを露にしてエースに絡んできた。
「エースはちゃんと謝ったじゃないですか。それに、先にぶつかったのはそっちでしょう?」
「うわっ、バカっ!」
エースと一緒に居たデュースの反論をエースが咄嗟に制するが時既に遅く、相手の苛立ちは更に煽られ怒気を孕んだ相手はエースではなくデュースの胸ぐらを掴む。相手には他に数人仲間がおりエースとデュースを取り囲んだ。
「何だと…お前、オレに文句あんのかよ」
「ちょっ、止めろって…」
相手に胸ぐらを掴まれて尚怯まないデュースの拳が相手から見えない所で固く握り締められる。それに気付いたエースが胸ぐらを掴む生徒ではなく、今にも飛び掛かりそうなデュースを止めようとした正にその時だった。
「駄犬どもっ!!其処で何をしているっ!」
廊下に響く鋭い声音にその場に居た全員が凍り付いた。
「やべっ、クルーウェル先生だっ!ちっ、運の良い奴らめっ」
早急にデュースの胸ぐらから手を離した生徒は他の仲間と一緒に足早にその場から逃げ去っていった。
「…助かったな。まぁ、安心するには早ぇんだけど…」
逃げる連中の背を見ながらエースが小さく息を吐く。デュースも少し乱れた襟元を直しつつ、先程の鋭い声音の持ち主の登場を待った。
だが、現れたのは二人にとって予想外の人物だった。
「エースっ、デュースっ、大丈夫かっ?」
「あれ…快斗?」
現れたのはオンボロ寮の監督生である快斗一人だった。快斗の他には誰も居らずエースとデュースは状況が掴めず困惑する。
「快斗っ、お前一人か…?」
「ん?ああ、ちょっとさっきの教室に忘れ物しちまってさ、グリムなら先に行ってるぜ」
「クルーウェル先生が居なかったか?」
「いや、クルーウェル先生がどうかしたのか?」
返ってきた返答にますます混乱した二人を見て快斗はクスッと笑みを深めた。
頭を付き合わせて考え込む二人の間に入り、小さな声でそっと囁き掛ける。
「…仔犬共、私の声は…よく似ていたか?」
快斗の物ではないその声音に二人は大きく目を見開き、二人同時に驚愕の眼差しで快斗へと向き直る。あまりの事に言葉が出ない二人に向け、快斗は人差し指を口元に当ててニィっと悪戯っぽく笑ってみせる。
「早くしねぇと遅刻すんぜ?」
何時もの声に戻り先に教室へと向かった快斗の背をエースとデュースは少しの間ぼんやり見ていたが、直ぐに我に帰り二人で口々に質問を投げつけながら慌てて追い掛けていった。
※モブ生徒がちょっと出て来ます。