「何でオレ様達がやらなきゃなんねぇんだゾ…」
「そうぼやくなって、もしかしたら良い事あるかも知れないじゃん」
全ての授業が終わった放課後、グリムのぼやく声が鏡舎に響く。相棒たる快斗の肩に小さな前足を乗せぶら下がる様な体勢で快斗が手に持つ書類封筒へ視線を向ける。
この数分前宿題として出された課題の資料を探しに来た図書室で学園長のクロウリーに呼び止められ、その際ハーツラビュル寮長のリドルへ渡してほしいと書類を預かっていた。
『大切な書類なので私が直接渡す予定だったのですが…生憎と別の用事が入りましてね。代わりにお願い出来ませんか?』
伺いはされたがクロウリーはどうしても快斗達に頼みたかったらしく、無言の圧を感じた快斗はとりあえずその依頼を受けたのだった。
「アイツ…まだオレ様達を都合の良い雑用係にしてるんだゾ」
「まぁ…仕方無いんじゃない?あの人無しじゃオレ達この学校に居られないんだしさ」
ハーツラビュルに繋がる鏡を潜り抜けながら快斗は未だ不満げなグリムの頭を優しく撫でた。
「ちわーっす。お邪魔してます」
『何でもない日のお茶会』に何度か招待されている事もあり快斗達はハーツラビュル寮生達にも顔が知られ、時折すれ違う際に一応の挨拶をしながら最早勝手知ったる寮の内部を進み談話室へと顔を覗かせる。
談話室では見知った面々が各々寛いでおり、顔を覗かせた快斗に真っ先に反応したのはケイトとトレイだった。
「あれ、快斗ちゃんじゃん。いらっしゃーい、何かあったの?」
「学園長からリドル寮長宛に書類預かったんですけど、今いらっしゃいます?」
「リドルなら今ちょっと寮外に出掛けてるよ。直ぐに戻ってくると思うから、良かったら新作タルトの味見でもしていかないか?」
スマホを片手にソファーに座るケイトの後ろで、キッチンワゴンに乗せたティーセットで紅茶を煎れるトレイの提案に真っ先に飛び付いたのはグリムだった。
「やったーっ!トレイが作ったタルトなら絶対に美味いんだゾ!」
「ほら、ちゃんと良い事もあっただろ?」
色とりどりのフルーツが盛られたタルトに目を輝かせ、切り分けるトレイの間近まで文字通り飛んで行ったグリムを快斗も直ぐに追い掛ける。その最中ふと談話室の中央で小さな人だかりが出来ているのに気付き、快斗は一先ずとケイトに声を掛けた。
「あれ、何やってるんですか?」
「ああ、あれね…」
問われたケイトは人だかりへ視線を向けると何処か困った風に眉を下げて笑う。
「エースちゃんとデュースちゃんがカードゲームやってるんだけど…エースちゃんってマジックが出来るぐらい手先が器用なんだよねぇ。それでどうもゲーム中にイカサマしてるらしいんだ」
「イカサマ…ですか?」
「そ。俺はイカサマじゃなくて何度かエースちゃんのマジック見てるけど、あれは本当に凄いよ!んで、真面目なデュースちゃんが結構やられちゃってるみたいでさ…ハリネズミやフラミンゴのお世話当番をエースちゃんの代わりにやらされちゃってるみたい。ま、毎回じゃないみたいだけど」
マジックとイカサマという単語に眉を潜める快斗の前に切り分けたタルトを乗せた皿を差し出しながらトレイが苦笑いを浮かべる。
「デュースだけじゃなくて他の寮生相手にもやってるらしくてな、最近ちょっと目に余るからリドルと相談して一言言うつもりではいたんだが…」
一先ず皿を受け取った快斗は「ちょっとすみません」と一言残し、タルトに手を付けないまま近くのテーブルに置くとトレイやケイトが止める前に人だかりへと足を向けた。
「へへっ、まーたオレの勝ち」
「っ…イカサマなんて卑怯だとは思わないのか!」
怒気を交えて噛み付くデュースをエースは気にもせず、椅子にゆったりと座って組んだ脚に肘をつき顎を掌に乗せて不敵な笑みを浮かべる。
「イカサマって分かってんならトリックを見破ってみろよ、優等生クン。んなママゴトみたいな正々堂々なんて…実際の勝負で有るワケ無いっしょ?オレだって出来る様になるまでにそれなりに努力してんの。なら使える技術は有効活用しないとね」
「テメェ…っ…」
エースの挑発で今にも椅子から立ち上がりそうなデュースの剣幕に、周りで見ていた寮生達がざわつく。デュースの腰が僅かに浮きかけた時、二人の間に快斗が割って入った。
「…正々堂々が下らないって?」
急に現れた快斗に寮生達は勿論の事、エースとデュースの二人も驚きに目を見開く。
「快斗…」
「あれ…?快斗じゃん、来てたんだ」
「エース、お前…マジック出来るぐらい器用なんだって?それなりに努力したって言うんなら…イカサマなんて止めろ。そんな事に使うために努力したんじゃないだろ」
デュースの隣に立った快斗のただならぬ雰囲気に一瞬怯んだエースだったが直ぐに普段の調子を取り戻す。
「はぁ……快斗までんな事言うワケ?別にオレが自分で身に付けた事使って何しようが勝手じゃん?」
「マジックはイカサマをする為にあるんじゃない」
「知った風な事言うなよな。大体、イカサマって分かってるんなら…それなりに対策するべきっしょ?分かっててカモになる方がバカじゃん?別に金品要求してる訳じゃないんだから、嫌なら努力するべきだと思うけどね」
エースの言い様に収まりかけていた怒りが再燃するデュースの肩に快斗が手を置いて制する。何か言いたげなデュースをちらっと見てから快斗はエースを真っ直ぐ見据えた。
「分かった。お前みたいなヤツは言っても分からないだろうから…」
「何々?校内での私闘は御法度だぜ?」
「いや…お前にカードで勝負を申し込む。お前はイカサマでも何でもすれば良い…但しそれを真っ向から破ってお前が負けたら、今後カードゲームでイカサマはするな」
「へぇ…大した自信じゃん?んで?快斗が負けたらどうすんの?」
普段温厚な快斗からの申し入れにエースは不敵な笑みはそのまま、身を乗り出して口角をつり上げた。
「オレが負けたら…明日からエースに出た全ての課題を一ヶ月引き受けてやる」
快斗の宣言に場がどよめいた。離れた場所から聞いていたトレイとケイトも驚きに目を丸くする。
「おいっ、快斗っ!幾らなんでもそんなのっ…」
予想外の宣言に怒気が抜けたデュースが動揺する。自分を見る困惑の眼差しに快斗はデュースに向かいニッと笑ってみせる。
おろおろとするデュースとは対称的にエースは堪えきれないとばかりに吹き出し、一通り笑ってから溢れた涙を指で拭いテーブルに撒かれたカードを纏めながら勝ち誇った笑みを浮かべた。
「マジで良いの?これで勝てなかったらかっこわりぃぜ?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」
「……これは一体何事だい?」
張り詰めた空気が漂う談話室へ不意に響く静かな声。
「リドル…これはだな……」
ハーツラビュル寮の寮長たるリドル・ローズハートの登場に流石のエースもヤバいと言いたげに顔がひきつる。副寮長の立場に居るトレイが説明しようとする前に快斗がリドルへ振り返り、真っ直ぐ見据えて声を上げた。
「リドル寮長、寮内でお騒がせして申し訳ありません。ですが…どうしても譲れない物が出来まして、エースとカードゲームで勝負するんですが…立ち会いと証人をお願い出来ませんか?」
快斗が勝負という言葉を口にしリドルは少し眉を潜めるも快斗には色々と世話になっている過去もあり、小さく溜め息をつくとゆっくりとした足取りで場が見渡せる一番豪華な女王の椅子に座った。
「仕方無いね…本来ならこんな騒ぎを起こした責任を取らせる為に首をはねてしまう所だけど、君には色々助けられているし…今回だけだよ」
「有り難う御座います」
快斗はリドルに頭を下げると手近な椅子を引き寄せゆっくりとデュースの隣に座る。リドルが登場し後には退けない状況に、エースは内心焦るも自分のテクニックには自信があり表面では冷静を装う。
「それで?何で勝負すんの?」
「ドローポーカーで。但しオレはトランプを持たない」
「は?何言ってんの?」
「手札の交換はデュースがする。オレはアドバイスするだけだ」
「ぼ、僕がか!?」
いきなり名前が出て驚くデュース。エースは目を細めて快斗を訝しげに見る。
「何?そうやって負けた時はデュースのせいにするワケ?」
「んなケチ臭い事は言わねぇよ。エースはデュースに負けた事が無いんだろ?それとも…オレがアドバイスするって聴いたら、自信が無くなった?」
快斗の挑発が気に触ったのかエースの声に少し苛立ちが混じる。
「幾らアドバイスした所でデュース相手なら楽勝だぜ。明日からせいぜい楽させてもらうからな」
「快斗…本当に大丈夫なのか?」
不安に揺れる瞳を向けるデュースに快斗は余裕を崩さないまま、普段の温厚で人懐っこい雰囲気を一変させる。まるで別人のような気配にデュースは鳥肌が立った。
一応の公平を保つ為カードは新品が出されエースと快斗が交互にシャッフルし、更にリドルとトレイがシャッフルして最初の五枚の手札はトレイの手によって配られた。
ドローポーカーはチップを使わないポーカーで、順番に三回トランプを交換し組み合わせが一番強かった方の勝ちとなる。
最初の手札を確認しデュースが先行でゲームは始まった。
「デュース、これとこれは捨てて良い」
デュースが持つ手札を見た快斗はカードを指差して指示し、言われた手札を捨てたデュースが山札に手を掛けようとして快斗が一旦止める。
「…何する気?」
隙は与えないとばかりに鋭い眼差しを向けるエースに向け、快斗は手袋の無い両手を広げて表裏両面を見せる。
「ちょっとおまじないをするだけだよ」
そう言うなり快斗は人差し指で山札を軽く二回叩く。
「良いぜ、デュース…二枚取って」
「あ、ああ……」
快斗の行動の意味はその場の誰も分からず、小さくざわめく中でゲームはゆっくりと続いていく。
その光景を少し離れた所で見守るケイトは、自分の傍らでトレイのタルトを口一杯に頬張るグリムへ視線を向ける。グリムは快斗の事を気にした様子も無く、美味しそうに口の中のタルトを咀嚼し特別に用意してもらったホットミルクを飲んで一息つく。勝負が始まる前にトレイはリドルの傍らへ移動していた。
「あんな勝負引き受けて…グリちゃんは快斗ちゃんが心配じゃないの?ま、罰ゲームを引き受けるのは快斗ちゃんだから…グリちゃんには関係無いか」
「別に心配はしてないんだゾ。エースじゃ快斗には絶対勝てないんだゾ」
「へ?どゆ事?」
予想外のグリムの返事にケイトは思わず聞き返す。グリムは快斗の背中を見ながら最後の一口を頬張り自信満々に笑う。
「快斗の手はすっげー事が出来る魔法使いの手なんだゾ!だからエースなんかには絶対負けねぇんだゾ!!」
「でも快斗ちゃんって魔法全然使えないんでしょ?」
はっきりとグリムが快斗の勝利を断言する根拠が分からず、困惑するケイトを余所にゲームは大詰めを迎えていた。
初回と同様に快斗が指示したカードをデュースが捨て、快斗が人差し指で山札を軽く叩いてからデュースにカードを取らせる事を繰り返した三回の手札の交換が終わった。エースは勝利を確信し得意気に自らの手札をテーブルに投げた。
「オレはハートのストレートフラッシュ」
テーブルにはハートのエースから順にハートの五までのカードが揃って並んでいた。
(ストレートフラッシュの中じゃ一番弱いけど…デュースはまともにやっても精々ツーペアぐらいしか出来た試しがねぇし、今回は根回しもしてっからな…余裕だぜ)
なかなかお目にかかれない役の登場に驚きざわつくギャラリーを余所に快斗は余裕を保ったまま不敵な笑みを浮かべてみせる。
「デュース、出してやれよ」
言われてデュースがゆっくりとテーブルに置いた役にエースは思わず椅子から立ち上がった。
「なっ!?んなバカな…っ…」
テーブルの上には全てスペードで揃えられた十から十三までのカードとスペードのエースが並んでいた。
「ロイヤルストレートフラッシュ、しかもスペードのな。勝ちはオレ達のモンだな」
互いの表情は逆転し得意気な快斗に向け、エースが信じられないと言いたげに問い詰める。
「何しやがった!!」
「お前が持てる技術は有効に使うべきだって言うから、こっちもそうしただけだぜ?」
「そんな…っ…」
「…勝負は付いた様だね」
立ったまま拳を握り締めるエースとお疲れさんと言わんばかりにデュースの背を軽く叩く快斗の間に椅子から立ったリドルが入る。
「エース、これからはカードゲームで狡い事をしてはいけないよ。今度やったら…容赦無く首をはねてしまうからね」
「はい…寮長」
未だ悔しげなエースに快斗は椅子から立ち上がると軽く肩に手を置く。
「お前はさ、良いテクニック持ってるんだから…今度からはもうちょっと違う事に使えよ」
そう言って待たせているグリムの元へ行こうとする快斗の背にエースが言葉を投げ掛ける。
「次は絶対に負けないからな!」
エースの声に快斗は顔だけ振り返り口角をつり上げ不敵な笑みを浮かべる。
「何時でも受けてたつぜ」
グリムの元へ行くと食べ終えた皿をそのままに腹をぽっこりと膨らませソファーの上で仰向けになって眠っていた。
「あーあー、どんだけ食べたらこうなるんだよ…」
呆れた様子でグリムを抱き上げた快斗の元にリドルが申し訳無さげに眉を下げて歩み寄ってきた。
「トレイから事情は聞いたよ…学園長からのおつかいに加えて、今回もウチの寮生が色々すまなかったね」
「別に気にしないでくださいよ。オレは…只個人的な事で許せなかっただけなんで」
「近々『何でもない日のお茶会』をする予定だから…また来てくれると嬉しいよ」
「是非、その時はグリムと一緒にお邪魔します」
普段と変わらない人懐っこい笑みを見せる快斗へリドルの傍らに控えていたトレイが紙製の箱を差し出す。
「タルトはグリムが全部食べてしまったからな…もし良かったら貰ってくれ」
「ねぇねぇっ、グリちゃんが快斗ちゃんの手を『魔法使いの手』って言ってたんだよね!今度またゆっくりその辺りの話を聞かせてよ」
トレイから箱を受け取った所でグイグイ迫ってくるケイトをどうにか躱し、夕食の時間が迫ってきた事もあり快斗はグリムを抱え早々にハーツラビュル寮を後にした。
鏡を潜り抜け途中購買で簡単な買い物を済ませ、オンボロ寮へ帰る道中それまでずっと快斗の腕の中で寝ていたグリムが目を覚ました。
「おっ、目が覚めたか食いしん坊」
「……さっきはすげーハラハラしたんだゾ、あんな勝負…もうするんじゃねぇんだゾ。でも快斗なら…絶対勝つと思ったんだゾ」
「よく言うぜ…タルト食べまくってたクセに。でもありがとな…どうしても見過ごせなかったんだよなぁ」
苦笑いを浮かべる快斗が薄暗くなった空を見上げ、ほんのりと辺りを照らす月を見る姿にグリムが小さく息を吐いた。
「全く…しょーのない子分なんだゾ」
「ははっ、そう言うなよ。今夜はツナ缶パスタにすっからさ」
「ホントか!!やったんだゾ!!」
大好物を使ったメニューに快斗の腕から飛び出したグリムに快斗がふと思い出して声を張り上げる。
「あ!つーかお前っ、ケイト先輩になんつったんだよっ!」
「快斗の手は『魔法使いの手』って自慢したんだゾ!」
「あーっ、もう…あんま目立ちたくねーのに」
「良いじゃねぇか。今度『何でもない日のお茶会』に招待されたら、アイツ等に快斗のすげーマジック見せてやれば良いんだゾ!!そうすりゃ魔法が使えないってバカにするヤツも減るんだゾ!」
「簡単に言うなよな…」
「だって快斗はオレ様の自慢なんだゾ!!」
そう言いながら無邪気に笑うグリムにすっかり毒気を抜かれた快斗は呑気な言動に呆れつつも確かに感じた嬉しさを胸に秘め、この世界では右も左も分からぬ異邦人である快斗を自慢だと言ってくれた相棒の為に足早にオンボロ寮へと帰った。
ハーツラビュル寮にてエーデュースの二人と絡みます。
グリムとかなり仲良しな設定です。