首都キーウにある公立学校を訪ねると、驚きの光景が広がっていました。
15歳から17歳の生徒たちが、教室で防弾ベストを身につけヘルメットをかぶり、銃を手にしていたのです。
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戦争で変わるウクライナの子どもたち
数か月後に生まれてくる弟のためにおもちゃの車を集めていた13歳の男子生徒。
将来、法律を学びたいと夢に向かって生きていた15歳の女子生徒。
ウクライナ侵攻が始まってから3年半。こうした子どもたち733人がロシアによる攻撃により死亡し、2285人がけがをしました(9月10日OHCHR発表)。
そうした中、ウクライナの学校の教育が大きく変わっています。
(ヨーロッパ総局記者 高須絵梨)
10代の子どもが銃を手に
授業の名前は「ウクライナの防衛」。もともとこの年齢の生徒の必須科目で、以前は教科書で戦争の歴史などを学ぶ、座学が中心でした。
それが2022年2月のロシアによる軍事侵攻を機に、実戦を想定した授業へと変化したのです。
「祖国を守るための能力を」
どのように銃を組み立てるのか、どのように銃弾を用意するのか、そして、どうやって撃つのか。
この学校では、こうした銃の取り扱い方のほか、無人機の操縦訓練や銃の射撃訓練まで行っています。
別の教室で行われていた、シミュレーターを使った訓練では、教員のかけ声にあわせて、生徒たちが黙々と的に向かって銃を撃っていました。
生徒たちを教える男性教員は、ロシアによる侵攻が長期化する中、教育現場でも“戦闘”を意識した授業が当たり前になっていると言います。
教員 オレクサンドル・センチェンコさん
「戦争が続いている以上、彼らは祖国を守る能力を身につけなければなりません。
若者たちが軍で入隊した後に学ぶことを事前に学校で身につけていれば、ウクライナの防衛能力を向上させることにつながるのです」
子ども向け“塾”で操縦訓練?
兵士の犠牲を最小限に食い止め、ロシアとの戦闘を継続するため、さまざまな種類の無人機を前線に投入しているウクライナ軍。
無人機の技術開発が進む中、キーウでは、子どもたちがそうした無人機の操縦などを学ぶことができる教室まであります。
軍事侵攻開始から半年あまりたった2022年9月に開校した教室では、6歳から16歳までの児童や生徒およそ120人が放課後に通って、無人機の組み立て方やシミュレーターを使った操縦方法などを学んでいます。
無人機は農業や撮影など、戦闘以外にも使うことができることから習い事感覚で参加する子どもも多いといいますが、侵攻が長期化するにつれ、子どもたちの意識も変化しているといいます。
16歳の男子生徒
「戦争前から無人機には興味があったけど、戦争でさらに関心が高まりました。
無人機は戦争でとても役に立ちます。いざという時は国のために力になりたいです。僕たちは国を守らなければなりません」
2週間ほどで前線に行く人も
大人向けには、より前線を意識した無人機の操縦を学ぶプライベートレッスンが広がっています。
志願兵を目指す人などを対象に、偵察用無人機の操縦方法などを教える教室を始めたウクライナ軍の元パイロット、アンドリー・リュブチェンコさん(54)です。
停戦が見通せず、欧米からの支援も不透明な中、前線で使える無人機の操縦を学ぶことはウクライナの防衛力を強化していくためにも必要な取り組みだと考えています。
軍事侵攻の長期化で、前線での兵士不足も指摘されているウクライナ。直接の戦闘には加われなくても、無人機の操縦を学ぶことで即戦力になりたいという人たちが男女問わず集まってくるのです。
習得が早い人は、2週間ほどリュブチェンコさんのもとで無人機の操縦を学んだあと、前線に向かうこともあるといいます。
取材したこの日は、41歳の男性が、ロシア軍を偵察するために使う無人機の操縦を学んでいました。この男性も操縦方法を学び終えたら、すぐに無人機を扱える兵士として前線に加わって、戦力になりたいと考えています。
男性
「この戦争はドローン戦争へと変わってきています。
ドローンは最大の破壊兵器で、われわれはロシアよりも(兵士の数が)少ないので、技術で埋めなければなりません」
しかし、リュブチェンコさんがこれまで教えた640人ほどのうち、ロシアとの戦闘ですでに命を落とした人も少なくないといいます。
終わりの見えない戦闘が市民の日常を大きく変えてしまった現状に、リュブチェンコさんは複雑な感情を抱えながらも活動を続けるしかないと考えています。
リュブチェンコさん
「本当に複雑な気持ちです。1年で髪も真っ白になってしまいました。それでも、現時点でロシアと停戦できるとは思えないし、誰もが備えなければいけないのです」
取材を通じて
取材をした学校の生徒たちも「いつか自分の家や学校が攻撃を受けるんじゃないかと考えながら過ごしている」とか「友達の多くは国外に避難してしまい会えていないのでさみしい」などと話していました。
「非日常」のはずの戦争が「日常」となる中で、大人だけでなく子どもたちまでもが「国のために戦う」という意識を強めていかざるをえないウクライナ。
未来を担う子どもたちを育てる学校ですら、「国のために戦う」「ロシアと対じすべき」という厳しい現状を象徴する場所の1つになっています。
「ウクライナの防衛」の授業を教える男性は取材中、「本当はこうした授業は歴史の授業でしか教えたくないんだ」ともらす場面もあり、教員も複雑な心境でこの授業を教えているのだと感じました。
キーウでは連日、ロシアによる無人機攻撃などで防空警報が鳴り、前線の兵士だけでなく、一般市民、そして子どもたちまでもが命を落としています。停戦が見通せない状況で、ロシアの軍事侵攻の影響が子どもたちの教育現場に深く入りこみ、こうした教育を受けざるをえない現状に、戦争の不条理さを改めて感じます。
(9月4日ニュースーンなどで放送)
高須 絵梨
2015年入局 奈良局 福島局 国際部を経て現所属
欧州やウクライナ IAEAなどを担当
軍事侵攻1年と3年、3年半の節目に現地で取材
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