【抗え。家賃上昇に】家主と3回戦って「計50万円の家賃値上げ」を防いだ交渉術のすべて
月額+31,000円家賃値上げ通達の衝撃
あまりにも高すぎる。
無慈悲だ。
賃借人に、救いなどないのか。
今から始まるのは、マンションの購入などできず賃貸マンションに住み続ける、弱き者の戦いだ。
許容範囲を超える家賃値上通知に対し、筆者yuuuが電通で磨いた交渉術を実践。貸主と激闘の家賃交渉の末、家賃値上げ幅を30%程度に抑えることに成功した物語である。
賃貸に住んでおり、値上通達におびえる方
家賃値上通達が来たが、上昇幅に納得がいかず値下げ交渉をしたい方
契約更新は先だが、先に覚悟をもって交渉の準備をしておきたい方
机上の空論ではない、実務で使える交渉術を学びたい方
上記に該当する方は当記事を読む価値が必ずあると考える。
結果としてyuuuは、これから記載する交渉過程を通じて、合計500,000円以上の賃料値下げに成功したからだ。
当記事はyuuuの実体験をもとに、「不動産高騰の中、家賃交渉に臨む人の支えになれれば」と考えケーススタディ化したものである。
内容や数字に関しては本論の趣旨に関係がない範囲でフィクションを入れ、改編した。以上をご理解の上読み進めていただきたい。
大幅値上通知、襲来
ある日届いた家賃値上げの通知。書かれた金額は
月額+31,000円の改定賃料
2年間継続するとしたら+744,000円の負担増だ。
いくら物価高・不動産高といえど、あまりにも苦しい。
苦しすぎる値上げである。
貸主の主張はこうだ。
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①当賃貸借契約は直近おける首都圏の不動産の高騰を反映できてない
②本物件は希少な立地であり、不動産マーケットで高評価を受けている。該当エリアの成約賃料は、他都内エリアと比較しても突出して上昇している
③不動産価値向上を図り、修繕を行った実績がある
④直近の同物件における成約事例を鑑みると、現状yuuuが住んでいる賃貸借条件は明らかに割安な賃料設定である。
⑤31,000円の賃料値上げをもってしてもなお、同物件の成約事例と比較して最も坪単価は低い。したがってこの31,000円の値上幅は妥当である
[④・⑤エビデンス]直近の同マンション別部屋における坪単価と、yuuuが借りている部屋の坪単価差額の提示。現契約の坪単価が、他成約事例と比較して著しく低いことを記載
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筋が通っている。交渉のハードポイントは以下2つと捉えた。
④直近の同物件の成約事例と鑑みると現在yuuuが住んでいる賃貸借条件は明らかに割安である
⑤+31,000円の値上げを行った場合でも、当該契約は最も坪単価が低い
エビデンス付きで、反論が難しい。
しかし、契約期間合計で約74万円の負担増か。これは洒落にならない。
抗うことにした。この値上げに。
筆者yuuuは不動産の素人だ。
しかし、電通のメディア担当として、胃が引きちぎれそうなハードな交渉を幾多も経験し、乗り越えてきた確固たる自負はある。
電通のメディア担当。それは「クライアントの利益VSメディアの利益という相反する利益の折り合いをつける二重スパイのような存在」だ。
クライアントは「できる限り安くいい広告枠を買いたい」、メディアは「できる限り高く不要な枠を売りたい」。この二社間の綱引きの間に立ち、最高の落としどころを見つける職務である。毎日何十回もの枠取り交渉を行うメディア部署は、「交渉専門家の養成機関」であった。
不動産の賃料交渉と言えど、交渉の本質は同じだと考えた。
ここで昔話を挟むが、筆者yuuuは交渉が苦手で仕方なかった。
あまりにも仕事ができず、ついたあだ名は「博報堂の回し者」。伝書鳩のような仕事しかできず、テレビ局の方にお願いするしかできず、幾度となく土下座をした。
悔しかった。交渉術の本も読んだ。BATNA(交渉の代替案の中で最も良い選択肢)やZOPA(合意が可能な条件の範囲)も勉強した。
しかし「百戦錬磨のメディアの方々と日々幾度と交渉を重ねる電通の実務」では、さして役に立たなかった。
そんなyuuuの人生を変えてくれた先輩がいる。土下座のしすぎで「土下ザムライ」と呼ばれ始めたyuuuを見かねて、交渉術の全てを叩き込んでくれたのだ。
拙著「ビジネス会食完全攻略マニュアル」のエピソードにも登場した某先輩である。
これからの賃料交渉において、電通で身に着け、自ら実践で磨いた交渉術のすべてを記載する。
■電通メディア部署で学んだ『交渉術』の全て
交渉の要諦は、「自らの要望を整理し、捨てること」にある。
具体的には、自らの要望を「絶対獲得目標」と「譲歩可能目標」に分けて、Priority付けを行う。つまり「捨てる勇気」を持つことが交渉担当者の心構えだ。
「絶対獲得目標」を勝ち取るには、相手の要望や考えの背景を察知し、整理する必要がある。その中で、「交渉側の負担がゼロ/もしくは軽微で、相手に価値を感じてもらえる譲歩」を見出すことが重要である
「FAKE(フェイク)」と呼ぶ交渉の武器がある。自分の労力・リソース浪費少なく相手に条件を強い、取り除くことで、相手に「借りを作ってしまった」ように見せる技だ。この「FAKE」を相手に使われているか適切に見極め、自分は「FAKE」を適切に使うことで交渉はうまくいく。ただし、FAKEは相手との信頼関係を損ねず、感謝されるようなものでなくてはならない。
→FAKEの例を挙げる。自社が取引先に厳しい条件を突きつけ(例:提案の締切期限をGW明け朝9:00に設定)、相手側が困っているところで条件を緩和・取り除き(GW明けの翌週金曜まで期限をずらす)、取引先に感謝される、といったものだ。広告会社の実務においてはテレビスポットCMにおける改案や号数(テレビ視聴率の参考指標)交渉でよく用いる。上記手法を用いながら、自分の要望と相手の要望の整理を行う。自分の絶対獲得目標と相手の絶対獲得目標、それぞれ譲歩可能な目標整理を行い、時には「FAKE」を使い、相手の「FAKE」を見破って交渉を行う。
要約すると以下になる。
交渉とは「相手との戦い」のように思われるが、全く違う。
「自分のあれもこれも達成したい欲との戦い」だ。
絶対獲得目標のために、譲歩可能目標の全てを捨てる決断ができるか。この「全てを捨てる」ことが絶対獲得目標達成においては極めて重要である。
このメソッドは以降の交渉過程においても活用する。目を通していただきたい。
交渉事前準備:自分の獲得目標の整理(前半)
家主の通知は「+31,000円の値上げ→2年合計744,000円」である。
この通知を見た時に、yuuuは「値上げをステイに抑える」選択肢を捨てた。
家主の主張である「+31,000円の値上げをしても、同マンション他部屋契約事例の坪単価より安い」には合理性があると判断したからだ。
2年間の継続契約となると別額3,000円の値上げでも72,000円。家計の負担は少なくない。だが、1円の値上げさえ拒否する場合、交渉が平行線を辿ることとなるだろう。
そこでyuuuは絶対獲得目標を「値上げ幅を1万円以内に収める」こととした。この1万円というのは、東京23区および賃貸エリアの値上げ幅をChatGPTでリサーチし、現在の賃料に掛け合わせた上で妥当かつ許容できると判断した数字だ。
10,000円UPまでは交渉のカードとして使う。しかし10,000円を超える家賃値上げは飲まない。そこに「譲れない交渉のライン」を引くことにしたのだ。
次に、自分のカードの中で使える交渉材料がないかをリサーチするために、家主側の獲得目標の整理に移る。
交渉事前準備:家主の獲得目標の整理
家主の考えは以下と推察した。
「現借主(yuuu)は、同マンションの契約事例および今の不動産マーケットを反映されていない金額で不当に安く借りている。私(家主)は現在の不動産マーケットにおける期待収益を得られておらず、早期に是正しなくてはならない」
つまり「家賃の値上」は家主にとっての絶対獲得目標だ。
次に31,000円の値上。これも家主としては絶対獲得目標にしたいところであろうが、ここは譲歩の余地があると考えるのではないかと推察した。
何故なら借地借家法上により、借主(yuuu)の権利は家主より保護されており、家主の要求を納得させ、合意を取り付ける必要があるからだ。
交渉の原則として、「相手の考えの背景/根拠の推察」はもちろんのこと、「交渉に関連する法令・条文」を見るのは鉄則である。
ここで大活躍するのは生成AIだ。
生成AIは家賃交渉において強い武器となるため、利用を強く推奨する。
相手側の立場にたった際にどのような交渉ロジックが考えられるのか、相手側はどのような反論をされると痛いのか。
それらを調べることは交渉において自分が優位に運ぶための鉄則である。早速確認してみよう。
以下ChatGPTに入れたプロンプトは当記事のために一部改訂しているが、実際の交渉において近しい内容を実際に入れてリサーチした。
ここで得られた最も重要な情報は、借地借家法上の根拠要件において「値上げ幅は『値上額』ではなく『値上割合』」が判断軸となること。
つまり借主(yuuu)は「31,000円という『値上額』」ではなく「周辺不動産相場を踏まえたうえで妥当な『値上割合』」で戦えば、31,000円から値下げの余地があると考えた。
次は、「家主として値上幅が期待を満たさなかったときに、家主はどのように考えるか」だ。
「機会損失を防ぐために、確実に31,000円+α賃料を上げられる時期」を決めたいのではないかと推察した。これは家主にとって絶対獲得目標であると考えた。当該物件が位置するエリアは賃貸需要が高く、「長年にわたり低家賃で貸し出しをするくらいなら、yuuuと賃貸借の解約したい」と考えると想定したからだ。
一方で、この家主の絶対獲得目標に対しyuuuとしては譲歩の余地がある。yuuuは2年後であれば、別エリアに引っ越しするかと検討していたからだ。
つまり、値上期限の明確化は「自分として譲歩できるカード」であり、「相手にとって絶対獲得目標」であるということだ。これは譲歩のカードとして活用できると考えた。
交渉事前準備:自分の獲得目標の整理(後半)
相手の要望および優先度が整理できたところで、改めて自分の獲得目標整理に戻る。今までの情報収集をもとに整理するとこうだ。
ここで改めて、自分たちがどのようなロジックで反論できそうかを生成AIに確認する(#以下は上記プロンプトと同一のため割愛)
ここで読者の方に意識頂きたいのは、生成AIは情報収集や仮設構築に極めて有効である一方、デスクトップリサーチも欠かさず行う必要があることだ。生成AIのみでは重要な情報を落としてしまう可能性がある。
デスクトップリサーチで見つけた以下記事が非常に勉強になった。
yuuuが目を付けたのは以下である。
つまり、「契約が決裂した場合」は調停という手段があり、その調停費用の負担は提起する家主であるということだ。yuuuは、調停の申し立ては借主=yuuuが行うものと考えていた。
この交渉決裂時の調停の申し立ては「自分にとっては時間以外の負担がなく(何なら人生経験として調停をしてみたい)」「相手にとっては金銭+時間の両方負担がかかる」強力な交渉カードになると考えた。
これで交渉条件の整理はできた。さぁ交渉だ。
【一回戦】家主VS yuuu
交渉の原則。それは「自分の切れるカードを最初に全て見せる必要はない」ということだ。特に今回のような利害が明確に対立する交渉であれば猶更である。
まずは譲歩カードを一切切らずに、ゼロ回答で返す。
さらに、こちらが切れる譲歩カード、手の内は一切明かさない。
それが得策だと考えた。具体的には
「いただいた料金提示を飲むことは家計負担が大きく到底了承できない。家賃据え置きを提案する」と回答。
もちろんこれで収まるとは思ってない。相手の「値上げ」は絶対獲得目標であるからだ。
【二回戦】家主VS yuuu
予想通りの家主からの回答。
「提示の根拠資料に基づき、31,000円の値上は正当である。受け入れない場合は根拠資料を提示せよ」とのこと。
ここでyuuuは譲歩カードを切る。が、譲歩カードは徐々に切るのが鉄則だ。
電通時代に経験した幾多もの交渉を経て得た学びがある。
それは、「二段階バッファ」を持つことだ。
相手に対して自分が譲歩をした場合。
相手が譲歩を受け入れて交渉が締結する場合もあるが、相手がハードネゴシエイターの場合、更なる譲歩を引き出そうとしてもう一度譲歩を迫ってくることが多い。
そうなったときに、もう2回目の譲歩をする。
経験上2回譲歩したら、交渉がまとまる可能性が極めて多い。
だから、1回目の譲歩において手の内は見せすぎない方が得策だ。
ここでyuuuが切った譲歩カードは、「値上げの受け入れ」である。
二段階バッファを活用するために「最終防衛ラインの10,000円の値上受け入れ」ではなく、「東京23区の平均値上げ割合2%(特定時期)」の料金提示を行った。
ただし、こちらが提示したロジックには穴がある。なぜならyuuuが住んでいるエリアの価格高騰は、東京23区の平均よりはるかに賃料割合が上昇しているエリアだからだ。
しかし、ここにyuuuの真なる狙いがあった。
「yuuuの住んでいるエリアは、東京23区の家賃上昇割合2%よりも高い」と家主に反論をさせることにより、交渉の論点を「他の成約事例と比較した+31,000円という額」ではなく「周辺相場の値上割合」に切り替えることを企図したのだ。
家主からはそう反論が来るはずだ。
【最終決戦】家主VS yuuu
予想通りであった。
「yuuuの住んでいるX区は東京23区の2%より家賃上昇率が高く、2%の値上では足りない。同マンションの成約事例を鑑み、+31,000円の家賃上昇を通達する」
と回答が返ってきた。
これで、「+31,000円という上昇額」から、「yuuuの在住エリアの平均賃料高騰」に論点を切り替え、交渉ができる。
ここで勝負をつける。
yuuuが作成したメールには、以下要素を入れ込んだ。
■最終ラウンド交渉 yuuu提案内容
①追加の値上げを受け入れる
②しかし値上げ幅は、31,000円ではない。yuuu在住の周辺エリアの家賃高騰割合X%→10,000円の家賃上昇を上限として受け入れる
③前回の回答で、「2%の割合上昇」では足りないと回答をいただいた。だから今回は「yuuu在住エリア相場の割合上昇」を踏まえた上昇金額として、10,000円を提示する。借地借家法上に関連する判例としても、エリアの上昇割合で金額を決めるのは妥当だと考える
④とはいえ同マンション成約事例を鑑みると、10,000円の値上幅では少ないと家主が考えるのも理解はわかる。だから、次回2年後に契約更新をする場合は、31,000円以上の値上を受け入れる(相手の絶対獲得目標である「値上できる目途を立てる」に対する譲歩)
⑤もし+10,000円で受け入れない場合は、交渉決裂となる。家主の費用負担において調停の申し立てに進んでほしい
補足をすると、④の「次回2年後に契約更新をする場合は、値上げを受け入れる」は交渉術における「FAKE」である。yuuuとしては2年後の契約更新の際は賃貸契約の解消を予定しており、譲歩しても何も痛くないからだ。
しかし、その情報を知らない相手としては、「2年後には必ず収益向上の機会を損失しない」ことの確約として、譲歩に見える。
また、⑤は「決裂時、相手に不利益をもたらす」ことを企図している。調停の時間的工数及び金銭的負担を視野に入れた比較考量で、これ以上交渉するのは得しないと思わせたのだ。
これで持てるカードはすべて切った。交渉の結果を待つのみだ。
交渉の果てに
2週間後、家主から「10,000円の値上げで交渉を締結する」と連絡がきた。
これで月21,000円の家賃増、つまり2年間で計50,4000円の値上げを防ぐことができたのだ!!借地借家法上の判例を鑑みると、双方に妥当な結論になったと考えている。
なお、実際の交渉の現場では上記交渉術の他にも多数の武器がある。
特にyuuuが最も得意とするのは精神的な繋がり=エモーショナル・コネクトを作って交渉を自分に優位に運ぶことだ。
今回は同じテーブルで顔を突き合わせて交渉できない相手であったため使えなかったが、ビジネスで今すぐに使える人心掌握術は拙著「ビジネス会食 完全攻略マニュアル」にも書かれているため、当記事を読んで学びがあった方はぜひ購入いただきたい。会食の機会が今すぐなくてもビジネスに役立つ能力が身につくと考えている。
当記事は以上だ。今後も当記事以上にビジネスに役立つメソッドを発信していく。noteのフォロー、メンバーシップの加入をお願いします!!
■(改めて)筆者の自己紹介
電通→外資IT→スタートアップでマーケター。
会食専門家として活動。総合商社をはじめ十数社で会食研修実績有
出演:日経/テレビ東京/PIVOT/NewsPicks等
■筆者執筆書籍
■筆者noteメンバーシップ
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備考
当記事記載の交渉ノウハウについては電通独自のものではなく、自身が転職先での経験を含め、交渉の現場で磨いたメソッドである。
yuuuは不動産および法律を専門としておらず、当記事は自身の体験をもとにしたケーススタディである。また、当記事は該当契約および筆者の現住所の特定を避けるため、一部改編を行っている。
当記事をもとにして行ったすべての交渉については一切責任を負いかねることご了承いただきたい。
エピソードにおける土下座について。現在広告会社においてそのような仕事の仕方は全く推奨されておらず、否定された過去の遺物である事を念のため伝えておく。
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