レッツゴーヤング

「1974(昭和49)年に始まったティーンエイジャー向け公開音楽バラエティー。前年(1973年)に完成したNHKホールを舞台に『ステージ101』の後番組としてスタートし、日曜午後6時台の人気番組として12年間続いた。キャンディーズをはじめ、ピンク・レディー、狩人、榊原郁恵、石野真子など、その時々のトップアイドルが司会を務め、ゲストにも人気アイドルや来日した外国人アーティストも数多く出演して、爆発的な人気となった。その歴史は、そのままアイドルポップ史の1ページである。出演者やファン、関係者から『レッツヤン』の愛称で呼ばれた番組の 12年間は、次の3期にわけることができる。

レッツゴーヤング
レッツゴーヤング

第I期『レッツゴーヤング』(1974~1976年) 鈴木ヒロミツ・メイン司会時代

番組の初期は、鈴木ヒロミツを中心に、レギュラー陣が番組を進行させた。野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹の“新御三家”をはじめ、ヒット歌手がつぎつぎに登場し、たちまち人気番組に。

レッツゴーヤング
レッツゴーヤング

1974(昭和49)年

鈴木ヒロミツ、団しん也、有田美春(新人)、フォーリーブス、ヤング・メイツをレギュラーに、野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹、山口百恵、桜田淳子、森昌子、アグネス・チャンなど、様々なヤング・アイドルをゲストに迎えた。

1975(昭和50)年

鈴木ヒロミツ、ヤング・メイツに加え、ずうとるび(山田隆夫、新井康弘、江藤博利、今村良樹)と、「あなた」を大ヒットさせた高校生シンガー・ソング・ライターの小坂明子がレギュラーとして参加。この時、番組のテーマ曲も、小坂明子作詞・作曲の「あなた」に変わった。郷ひろみ、フィンガー5、山口百恵、桜田淳子、森昌子、アグネス・チャン、キャンディーズなどをゲストに迎えた。ローティーンの新人歌手が続々と登場しており、番組にも「新人コーナー」を設け、人気コーナーとなっていた。

1976(昭和51)年

鈴木ヒロミツ、スターの座を歩み始めていたずうとるびとともに、「春一番」がヒットしたキャンディーズがレギュラー出演。西城秀樹、桜田淳子、ピンク・レディーやフォーク、ロックの歌手がゲスト出演した。

第II期『レッツゴーヤング』(1977~1979) 作曲家メイン司会時代

作曲家の都倉俊一(後に平尾昌晃)による司会とともに、番組のオリジナルグループ「サンデーズ」が登場。従来の音楽番組から脱却して、当時の若い世代が求める新しい音楽番組として、受け入れられていった。

1977(昭和52)年

作曲家の都倉俊一を司会(ホスト)に迎え、キャンディーズがアシスタントを務めた。レギュラーとして、太川陽介、川崎麻世、未都由、黒沢浩、狩人の加藤兄弟(邦彦、高道)による男性6人編成の「サンデーズ」が結成された。7月に、キャンディーズが突如、解散宣言をすると、秋からは香坂みゆき、五十嵐夕紀、天馬ルミ子の女性3人がサンデーズに加入し、男女混成のスタイルができあがった。

1978(昭和53)年

司会には、「サウスポー」「モンスター」などでヒットチャート独走中のピンク・レディーと、「あずさ2号」のヒットをとばした狩人が担当。また、都倉俊一は「特集コーナー」のホストとして、音楽をよりやさしく、親しみやすく紹介するなど、当時の音楽番組では新しいスタイルで内容を充実させた。サンデーズは、太川陽介、川崎麻世、黒沢浩、五十嵐夕紀、天馬ルミ子に、「朝日に向かって」で人気の渋谷哲平と新人の倉田まり子が加入し、新編成でスタートした。

1979(昭和54)年

司会が作曲家の平尾昌晃、サンデーズを卒業した太川陽介、アイドル歌手榊原郁恵に交代した。サンデーズでは、川崎麻世、渋谷哲平、倉田まり子に、山崎誠、水上卓、フラッシュ、佐藤恵利、越美晴が加わった。

1980(昭和55)年

司会が平尾昌晃、太川陽介と、新たに石野真子が担当。サンデーズは、川崎麻世、渋谷哲平、山崎誠、倉田まり子、佐藤恵利に、田原俊彦、藤慎一郎、松田聖子、浜田朱里が加わった。

第III期『レッツゴーヤング』(1980~1985) アイドル・メイン司会時代

アイドルたちが集団で司会を担当した時代。番組の人気は決定的なものとなった。

1981(昭和56)年~1982(昭和57)年前半期

司会は太川陽介、田原俊彦、松田聖子の3人が担当。サンデーズは川崎麻世がリーダーとして残り、堤大二郎、新田純一、ひかる一平の3人に、山田晃士、川島恵、坂上とし恵、沢村美奈子、田口トモ子、声優として活躍している日高のり子が加わった。また、ジャパニーズも、キレのあるダンスでステージを彩った。

1982(昭和57)年後半期~1983(昭和58)年

司会は、太川陽介と石川ひとみ。サンデ―ズは、植草克秀、今井信、湯川友晴、小出広美、横田早苗、後に声優として活躍する佐久間レイ、橋本清美、山本誉子。1983年5月からは山口健次が加わった。

1984(昭和59)年

司会は、太川陽介と石川ひとみ。サンデーズは、中村成幸(現・繁之)、麻見和也、矢吹薫、山本陽一、新井由美子、太田貴子、高橋美枝、千葉湖吹美、成清加奈子、山口由佳乃。

1985(昭和60)年

『レッツゴーヤング』の最終年度。司会は、太川陽介と石川ひとみ。サンデーズは、中村成幸(繁之)、山本陽一、新井由美子、太田貴子、高橋美枝に、新加入は大沢樹生、保坂尚輝(保阪尚希)、長山洋子だった。

『レッツゴーヤング』の顔 太川陽介

1977年、サンデーズの一員として登場した太川陽介は、初代サンデーズを2年間、その後、司会を7年間(1979~1985年)と、合計9年間出演し、いわば『レッツゴーヤング』の「顔」とも言える。『レッツヤン』の司会に決まったときの喜びを、当時この様に語っている。

僕はサンデーズにいるころから、司会をやりたくてやりたくてしょうがなかったから、司会に決まったときはほんとうにうれしかった。その前年、いっしょにサンデーズでがんばっていた狩人が司会をつとめることになり、ほんとうは、すごく悔しかったんだ。初めて司会者としてステージに立ったときは、熱狂的な声援に圧倒されちゃって、客席が自分におおいかぶさってくるような気がしたけど、今では自分の手の中に入って見えるようになりました。(太川陽介「グラフNHK」1983年6月号)

アイドルの登竜門「サンデーズ」そのオーディションは大激戦

サンデーズは、『レッツゴーヤング』の中で結成されたグループで、「歌って踊れてしゃべれる歌手の育成」を目的にした。番組から数々のトップアイドルたちが巣立っていったこともあり、アイドルの登竜門と呼ばれ、オーディションは激戦だった。 オーディションは「歌」と「踊り」と「面接」で行われていた。

「歌手テスト」は、自分の好きな歌を歌って、歌の巧拙、音域、声質などを。「踊りテスト」では、基本的なステップを踏んでリズム感をみた。「面接」では、自己紹介などを通してタレント性をテストされる。

審査基準は、歌や踊りの上手さばかりではなく、将来性とサンデーズのメンバーとしてチームワークを保っていけるかという人柄に重点を置いていたという。こうして選ばれたメンバーたちは、厳しいダンスレッスンや歌唱指導などで鍛えられ、人気アイドルとしての階段を駆け上がっていった。

【アカイさんの一言】

『レッツゴーヤング』がスタートした時代は、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の「御三家」から、郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹の「新御三家」へと世代交代したころ。当時の言葉で言えば、「ヤングスター全盛時代」である。新御三家の他にも、「花の高1トリオ」、山口百恵、森昌子、桜田淳子が大活躍。クライマックスは、6人全員『NHK紅白歌合戦』への出場だった。

その他にも、フォーリーブス、キャンディーズ、ピンク・レディー、ずうとるび、など、数多くのアイドルがレギュラーとして活躍した『レッツヤン』の12年間は、そのまま1970年代~1980年代のアイドルポップ史であり、アイドルたちの青春グラフィティといえる。当時の番組資料を見ると、「ヤングスター」「ヤングアイドル」、「ヤング向け情報」など、「ヤング」というフレーズが頻繁に使われている。また「ナウな情報」など「ナウ」という言葉も頻繁に登場し、ティーンを主対象とした番組に新鮮さを持ち込もうとする当時のスタッフの努力がうかがえる。

NHKには、『ステージ101』(1970年1月10日~1974年3月31日)から始まる若者向け、音楽バラエティーの系譜があるが、その中で、この『レッツゴーヤング』は、人気アイドルが出演して歌い、踊るという新しい番組コンセプトを打ちたてたといえるかもしれない。その後、天宮良・小倉久寛が司会の『ヤングスタジオ101』(1986~1988年)へと続き、のちに 1993年からはBS2『アイドルオンステージ』(1993~1997年)、『ポップジャム(POP JAM)』(1993~2007年)、『ミュージックジャンプ』(1997~2000年)、『MUSIC JAPAN』やBS2『ザ少年倶楽部』へと引き継がれた。

みなさんも、日曜の夕方に「愛の宇宙船(オープニングテーマ)」(作詞:藤公之介、作曲:サム・クラート)や「メッセージ(エンディングテーマ)」(作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一)を歌ったり、番組冒頭でゲストがする「5・4・3・2・1・キュー!」のカウントダウンをテレビの前でいっしょにした思い出のある人も多いのではないかな?

放送期間
1974(昭和49)年4月7日~1986(昭和61)年4月13日
放送時間
総合テレビ 日曜 18:00~18:40

※NHKアーカイブスブログ(2008年2月22日)より転載、加筆

みんなのコメント

  • 1970年代の放送が観たい。 秀樹や百恵ちゃんなどゆきゆきさん
  • レッツゴーヤングは素敵な♪青春の思い出です。特に今年は花の80年代組のアイドルたちが、40周年を迎える記念イヤーです。ぜひ思い出のメロディーまたは、♪記念特番組としてのレッツゴーヤング特集を放送して頂きたいです。そして司会はもちろん、今もナウなヤングとして頑張っている♪昇れ太陽くんこと…太川陽介さんにお願いしたいです。\(^_^)/たかちゃんさん
  • レッツゴ-ヤングにアルフィ-出演分でたぶん、1983年の放送だと思います。 アルバム曲の「ジェネレーションダイナマイト」を歌われた回がありました。 当時高校2年生でこの曲をレッツゴ-ヤングで歌われたアルフィ-さんを見てカッコよくてアルフィ-さんのファンになりました。ファンになったきっかけになったレッツゴ-ヤングの放送回を探しています。よろしくお願いいたします。すみちゃんさん
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