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「イタい」とかいう意見は死ぬほど的外れな理由。

うっせ~うっせ~うっせ~わ~♪

最近話題のこの曲。

“痛烈な歌詞” “社会批判” “共感性羞恥”

少しネットを覗けば、賛否両論、この曲について様々な感想や考察が飛び交っています。

中でも目立つのは
“共感性羞恥” をはじめとする “聞いてて恥ずかしい” “イタい” “厨二病” といった批判的なもの。

しかし、これらの意見は私からすれば的外れもいいところです
まさに一切合切凡庸な人間の意見といったところでしょうか。

今回は『うっせぇわ』の歌詞の考察です。
この楽曲の作詞者が伝えたかったであろうメッセージ。
なぜ共感性羞恥といった感想が的外れなのか。
それが何か見せつけてやろうと思います。

それではやっていきましょうか。

『うっせぇわ』の歌詞

正しさとは 愚かさとは
それが何か見せつけてやる

ちっちゃな頃から優等生
気づいたら大人になっていた
ナイフの様な思考回路
持ち合わせる訳もなく

でも遊び足りない 何か足りない
困っちまうこれは誰かのせい
あてもなくただ混乱するエイデイ

それもそっか
最新の流行は当然の把握
経済の動向も通勤時チェック
純情な精神で入社しワーク
社会人じゃ当然のルールです

まずは序盤。一番のサビの手前までです。

この曲の主人公(歌詞やMVから二十代前半の社会人女性だと推測できます)は、本人曰くずっと優等生でした。

周りの大人に逆らうことなく、まさに“優等生”のまま社会人となりました。
これまで言われた通りのことをこなして、周囲の期待通りの立派な社会人になれたにもかかわらず、主人公は何か物足りなさを感じてしまいます。
しかし、その理由にもすぐに気がつきます。

自由な時間であるはずの通勤中にも、ニュースなどを見て経済の動向をチェックするのが社会人として正解だ。
純情な精神で上の言いなりになるのが美徳である。

ほとんどの人は何の疑問も抱かない、いわゆる“当たり前” “常識”とされているこの世間のルール。

こんな窮屈な“社会人のルール”に縛られているから、私はこんなに物足りないのだ。

はぁ?うっせぇうっせぇうっせぇわ
あなたが思うより健康です
 一切合切凡庸な
あなたじゃ分からないかもね
嗚呼よく似合う 
その可もなく不可もないメロディー 
うっせぇうっせぇうっせぇわ 
頭の出来が違うので問題はナシ

今まで、社会で当たり前とされている常識や主人公の抱く漠然とした不満が述べられてきましたが、
このサビで感情を爆発させます。

一切合切凡庸なあなた”というのは“常識”を疑わない上司や会社の人、または社会全体のことを表しているのでしょう。

その可もなく不可もないメロディー(当たり前で平均的な生き方)を強制してくる上司や社会に。
「うっせぇ うっせぇ うっせぇわ」
「お前らとは頭の出来が違うんだよ」
と。

つっても私模範人間
殴ったりするのはノーセンキュー 

だったら言葉の銃口を 
その頭に突きつけて 撃てば 
マジヤバない?止まれやしない 
不平不満垂れて成れの果て 
サディスティックに変貌する精神 

クソだりぃな 
酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい 
皆がつまみ易いように串外しなさい 
会計や注文は先陣を切る 
不文律最低限のマナーです

しかし、心の中では社会への不信感や不満を爆発させていても、主人公は外から見れば模範人間。暴力はできません。

なので暴力ではなく、“言葉の銃”によって怒りを表します。

MVの中にも、まさにその“言葉の銃”が具現化して登場します。

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照準器付きの立派な銃ですね。

どちらかというと突きつけるというより、遠くから狙うタイプの銃のような気がしますがそこはまぁいいでしょう。

二番の歌詞では、飲み会のマナーとされている事柄が挙げられています。
酒が空いたらすぐに注げ。
つまみ易いように串を外せ。
これも社会人のマナーだ!

それに対し主人公は叫びます。

はぁ?うっせぇうっせぇうっせぇわ 
くせぇ口塞げや限界です 
絶対絶対現代の代弁者は私やろがい 
もう見飽きたわ 二番煎じ言い換えのパロディ 
うっせぇうっせぇうっせぇわ 
丸々と肉付いたその顔面にバツ

現代の代弁者は私やろがい”という台詞には、優等生の模範人間として生きてきた自分、それでいて社会へ異を唱えている自分、という自信が見てとれます。

そして何回も使い古されてきた文句、例えば社会の規律がどうとか、社会人の在り方がどうとか、そんな話を上司などによって何回も繰り返し言われてきた主人公は、「もう見(聞き)飽きたわ」「うっせぇ うっせぇ うっせぇわ!」と、言葉の銃を乱射している訳です。

うっせぇうっせぇうっせぇわ 
うっせぇうっせぇうっせぇわ 
私が俗に言う天才です
うっせぇうっせぇうっせぇわ 
あなたが思うより健康です 
一切合切凡庸な 
あなたじゃ分からないかもね 
嗚呼つまらねぇ 
何回聞かせるんだそのメモリー 
うっせぇうっせぇうっせぇわ 
アタシも大概だけど 
どうだっていいぜ問題はナシ

私が俗に言う天才です
と、これまた自信を感じさせる台詞を挟んで、またサビが繰り返されます。

何回聞かせるんだそのメモリー
メモリーとは記憶・記録のこと。「社会人のルール」という古い考えが凝縮されたような“メモリー”に、「何回聞かせるんだ!聞き飽きたわ!」と言っているわけですね。

そしてラスト。
アタシも大概だけど どうだっていいぜ問題はナシ
と、この歌は締め括られます。

いや~、かっこいいですね~。

まさに現代社会の風刺!

流行る訳です!

...って、いや、ちょっと待った

何か違和感はありませんか?

ちょっと、そこのあなた、そう、あなたです、あなた。
ちょっと待ってください。
何か違和感はありませんか?

会社や上司、社会に対してこれだけの不満を持ちながら、
外では“優等生”を演じ続ける、言い換えれば社会のルール通りに生きている主人公。

“優等生” “模範人間” “天才”を自称しながら、
「うっせぇ」「クソだりぃ」「くせぇ口塞げ」といった、とても頭が良いようには思えない言うなれば稚拙な悪口

改めて問います。

何か違和感はありませんか?

突然ですが...

突然ですが、皆さんは「ダニング・クルーガー効果」というものをご存知ですか?

こちらのグラフをご覧ください。

縦線が自信の大きさ、そして横線が実際の知識や能力を表しています。

この「ダニング・クルーガー効果」とは、簡単に言うと、

実際の能力が低い人ほど自信過剰で、能力が上がるにつれ自信も無くなっていく。

という現象です。

例えば、中程度の大学に行っている人は「自分はそこそこ頭が良い」と思っているとします。
しかし、頑張って東大に入った人なんかは、東大には本当に頭がおかしいくらい天才な人が沢山いることを知り、逆に自己肯定感が下がるという具合です。

さて、この「ダニング・クルーガー現象」と『うっせぇわ』。
何か気付くことはありませんか?

これだけ社会への不満を募らせておきながら、実際は“優等生”として社会のルールに従って生きているのです。

それでいて自分は天才だとか、自信だけは異様に強いのです
学生時代、少し優等生だったというくらいで、
社会に出てからは社会の常識や規律を押し付けられ、不平不満を抱えながら上司などに直接訴えることもせず、ただただ“物足りない”日々を送っている人間に、ここまでの自信がつくものでしょうか?
(というか、私の個人的な経験からすると自分で優等生を名乗っちゃってる人間にはろくな奴がいません。そして本当の優等生ほど自分から優等生とは言わないものです。)

もうお気付きではないでしょうか。

そう、この『うっせぇわ』の主人公であるこの女性は、
まさに「ダニング・クルーガー現象」の典型なのです

能力に見合わない過度な自信。
自分は天才だと思っている普通の社会人女性。

これが「ダニング・クルーガー効果」を使わずして説明できましょうか?

この視点を持って再び歌詞をなぞると、様々な不自然な点が見えてきます。

社会に不満があるのは普通のこと

日本法規情報 法律問題意識調査レポート「労働環境に関する意識調査」によると、職場に不満があるという回答は九割を超えました

わざわざこんなアンケートを参照しなくても、
「先生に不満がある」「上司に不満がある」という人が本当に沢山いるということは感覚で分かると思います。

「嫌いな先生・上司・先輩が一人もいない」「社会への不満が一つもない」という人は、本当に数少ないと思われます。

つまり、この『うっせぇわ』で述べられる社会への不満や、常識・ルールへの異議というのは、至極当たり前で、よくある意見なんです。
言い換えると、『うっせぇわ』で語られるそれらは“一切合切凡庸な意見”ということです。

俗的な言い方をすれば、「ブーメラン刺さってますよ」という感じです。

上の画像もそうです。“くせぇ口塞げや”と言いながら自分自身は大口を開けています
他人のことばかりに目がいって、自分のことなどまるで見えていないのです。

他にも、この曲の冒頭部分が挙げられます。

ちっちゃな頃から優等生
気づいたら大人になっていた
ナイフの様な思考回路
持ち合わせる訳もなく

この部分、実はチェッカーズの『ギザギザハートの子守唄』という曲の冒頭に酷似しているのです。

ちっちゃな頃から悪ガキで
十五で不良と呼ばれたよ
ナイフみたいに尖っては
触るもの皆 傷つけた

“優等生”と“不良”の対比。どちらも社会への疑問や若者の反骨精神がテーマとなっています。

『うっせぇわ』は『ギザギザハートの子守唄』のオマージュとも考えられるでしょう。

つまり、この『うっせぇわ』という楽曲は、ある意味では“二番煎じ言い換えのパロディ”に一部該当するのではないでしょうか

私は何が言いたいのか

いえいえ、違います。
「うっせぇわって偉そうに文句言ってるけどブーメラン刺さってんじゃ~~んwwwwww」
なんて馬鹿にしたい訳じゃあないんです。
いいえ違います。
決してそんなことはありません。ええありませんとも。本当です。

私はこの曲を、「現代社会の風刺」ではなく、「現代の若者の風刺」だと考えているのです。

様々な不満や文句を心に抱えながら、行動には出せない現代の若者。
選挙には行かないのにも関わらず国や政治家を批判する身勝手な若者。

この主人公は現代の若者の象徴です。
彼女は強がっているだけなのです。
行動力も発言力もない、決められたレールに乗って社会の部品になることしかできない若者。
愚痴を吐き出すこともできず心に溜めて、Twitterなどのネットの海に捨てることしかできない現代の若者たち。

黒と青の狭い部屋の中で強がることしかできない若者を風刺しているのです。

「うっせぇわは社会への不満じゃなくて若者の風刺?考えすぎだろ?」
って思う方もいらっしゃるかもしれません。

しかしそのヒントはこの楽曲の中に沢山織り込まれています。

二番目のサビ部分の歌詞、“絶対絶対現代の代弁者は私やろがい”。
普通に考えてみてください。社会の部品の一つでしかない一人の若者に、代弁者といえる程の発言力がある訳はありません。

今はSNSで誰でも自分の意見が言える時代です。
それによって自分には発言力があると勘違いしてしまった現代人は、訳知り顔で政府・野党への批判をツイートしています。
批判と誹謗中傷の区別もつかないような人がTwitterで批判もどきの悪口を並べている様子は最近では特によく目にするようになりました。

この歌詞はこういった現実をよく表していると思います。

“酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい 
皆がつまみ易いように串外しなさい 
会計や注文は先陣を切る 
不文律最低限のマナーです”

この部分もそうです。
酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさいとか、
皆がつまみ易いように串外しなさいとか、
こういったことは随分古い、昭和のルールのように思います。

今はパワハラなどのハラスメントが問題視されていて、新人や年齢の若い者にこういったことを強制するのはむしろ少なくなっているはずです。

つまり、この歌詞のような「飲み会のマナー」というものは、もはや古い、今の時代には適さないマナー。
もっと言えば、一昔前のマナーであって今のマナーではないのです

大体、歌っているadoさんは高校生だと言います。作詞者のsyudouさんは成人しているそうですが、しばらく会社には勤めていないということです。
そしてこの『うっせぇわ』の主人公である女性も二十代前半。

つまり、酒が空いた~から始まるこの部分の歌詞は、ろくに調べもせずに、「恐らく大人の飲み会というのはこんな感じだろう」というイメージで語っている可能性が高いということなのです。

これは、実際には起こっていないデマ情報を信じて、自分でちゃんと調べずに芸能人批判などをする、まさに現代によく見られる光景を象徴していると言えます。

その結果、“不平不満垂れて成れの果て”、SNS依存や自尊心の低下に繋がってしまうのです。

そして最後の、
アタシも大概だけど どうだっていいぜ問題はナシ”。
この文章は言うまでもなく、自分の中の矛盾や“平凡さ”を棚上げして世間を批判する現代人の風刺です。

この社会への批判、優等生の不満の爆発という厨二病的な外面の裏に隠れた若者の風刺という本当のテーマ。
考察しがいのある、様々な意味とメッセージが何重にも堆く積まれたこの『うっせぇわ』。

MVのラストではその全てをまとめるように、綺麗に締め括られます。

主人公が撃ちまくっていた言葉の銃。
そのレーザーサイトが今度は彼女自身を捉えます。


次は彼女が撃たれる番。
自分を模範的で天才だと錯覚してしまった現代の若者は、言葉の銃によって沈められてしまうのです。
いいえ、彼女は元から、鏡に対して銃を撃っていたのかもしれません。

私はこの最後のシーンを見たとき、鳥肌が立ってしまいました。
なんと深い歌でしょう。

うっせぇ うっせぇ うっせぇわ

ということで、
『うっせぇわ』は社会に反旗を翻すかっこいい歌でも、
自分に酔っているイタい共感性羞恥必須の歌でもなく、
現代の若者を風刺した歌だったのですね。

「うっせぇわはずいんだよなぁ...」とか言っている人がいたら、
「いや、お前みたいなんのことを歌ってるんだけどなぁ...わかってねぇな...」と言いたくなってしまいますね。
いいえ、実際に言う訳ではありません。
模範的な私は心の中だけで銃を構えようかと思います。

それでは今日はこの辺りにしましょうか。

それでは、また今度。

因みに、私はクレヨンしんちゃんカバーが一番好きです。

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「イタい」とかいう意見は死ぬほど的外れな理由。|河邉宏太|KAWABE Kohta
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