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「助けてください」外国人“高度人材”相次ぐトラブルなぜ

日本で働くベトナム人の労働者からSOSが相次いでいる。

トラブルに巻き込まれているのは、専門性の高い知識や技術を持つとされる“高度人材”の労働者たちだ。

今なぜ、彼らが追い詰められているのか?

(名古屋局記者 村田理帆)

「本当に困っている」ベトナム人労働者の声

「本当に生活に困っているんです」

そう話すのは、33歳のベトナム人の男性。ベトナムでは短大で電子工学を専攻し、100万円を支払って日本に来たという。

愛知県豊田市の派遣会社で働いていたが突然、給料が支払われなくなった。去年の末のことだった。

ベトナム人の男性
「悲しかったです。妻に頑張って働いてもらっても足りなくて、家賃や光熱費の支払いも難しくなりました」

男性は今も仕事を失ったままだ。

200人の“高度人材”への給料未払い問題

私(記者)がこの男性と知り合ったきっかけは、去年12月。

男性が働いていた会社でベトナム人およそ200人に、2か月分の給料、4800万円あまりが支払われていないことが明らかになった時のことだ。

給料未払いが発覚した豊田市の会社

「200人はいずれも“ギジンコク”の在留資格を持っていた」

初めて耳にした“ギジンコク”という耳慣れない在留資格。正式には「技術・人文知識・国際業務」と言う。頭文字をとって通称「技人国」=ギジンコク。高い技術や専門知識を持つ、いわば“高度人材”のための資格だった。

<技人国>
在留資格の一つで「技術・人文知識・国際業務」の略。高い専門知識や技術を日本で生かすことを目的とし、取得には大卒資格や10年以上の実務経験(技術・人文知識)などが求められる。日本人と同等かそれ以上の報酬を払う必要がある。

200人もの“高度人材”の外国人が、給料未払いになっている?まずその点に、違和感を抱いた。さらに彼らは、高度な知識や技能を生かした仕事でない、「技人国」の要件から外れた業務をさせられていた可能性があることも分かった。

会社はその後、資金繰りが悪化して事業停止。ベトナム人の多くは仕事を失ったあと、救済措置がとられないままになっていた。

「本当に困っている」と話してくれたベトナム人男性もその一人だ。

増え続ける外国人労働者のうち、最多の57万人を占めるベトナム人労働者たち。

――その中で、何が起きているのか。取材に取りかかることにした。

支援現場「“技人国”の若者から相談 ものすごく増えている」

まず話を聞いたのが、10年以上、日本で働くベトナム人労働者たちを支援しているNPO法人、「日越ともいき支援会」代表の吉水慈豊さん。

吉水さんは支援現場で起きている、この数年での「変化」を口にした。

吉水慈豊さん
「この数年、『仕事がなくて先生助けてください』という“技人国”の若者がすごく増えたので、驚いています。“技能実習”や、“特定技能1号”の人たちの相談はこれまでも多くありましたが、技人国の人たちはそんなになかったので」

吉水さんのスマートフォンには、“技人国”の若者から切実なメッセージが寄せられていた。

「助けて、お願いします」

相談内容の多くは、仕事を失って生活苦に陥ったり、給料未払いなどのトラブルに巻き込まれたりしているといったものだ。

なぜトラブルが起きているのか?疑問をぶつけると、吉水さんはこう話した。

「“技人国”の労働者に対して職種違いの仕事をさせている会社がある」

吉水さんが指摘したのが、違法にもなり得る「資格外活動」だった。相談に訪れたベトナム人の労働条件通知書の1つを見せてもらうと、「ホテル清掃」とあった。

労働条件通知書に書かれた業務内容

“高度人材”である“技人国”には、許可を受けていないホテル清掃業務は認められていない。許可がない場合、清掃業務は「資格外活動」、つまり不法就労にあたる。

吉水さんは、技人国の在留資格に見合っていない働き方をするケースが、この数年増えていると指摘する。

吉水慈豊さん
「ベトナムで出た大学の専門分野と、日本に来て働く場所が全く違ったりだとか、正社員でもなく派遣会社の仕事で、ボーナスもなく給料も明らかに日本人より少ないといった事がいま、頻繁に起こっている」

急増する“技人国”ベトナム人労働者 10年で約15倍に

増えているとすれば、なぜなのか?“技人国”のベトナム人労働者数の推移を調べてみた。すると、想像以上に増えていた。

10年前(2015年10月末)に6761人だった技人国の在留資格者は、去年(2024年10月末)は9万8000人あまりと急増していた。10年でおよそ15倍だ。

これは、すべてのベトナム人労働者数の増え方と比べても、倍以上の増え方だ。明らかに多い。コロナ禍で増え方が横ばいだった2021年、2022年も、技人国は増え続けていた。

理由を取材していくと、「技人国が増えた時期は、外国人労働者の受け入れルールが厳しくなっていったタイミングと重なる」という声を複数、耳にした。どういうことか?

外国人労働者“受け入れルール厳格化”その陰で

外国人労働者の受け入れ策としてよく知られているのが「技能実習制度」だ。

この制度は、不正な長時間労働や賃金未払いに苦しんだ労働者の「失踪」や「人権侵害だ」という指摘を受け、たびたび見直されてきた。2027年までに施行される改正法でこの制度は廃止され、別の制度に変わる。第三者機関の目が行き届きやすくなり、不正への罰則も強化される見通しだ。

人手不足の解消を目的に2019年に作られた「特定技能制度」も、労働者をサポートする第三者機関に加え、労働者に日本語試験を課すなど、「労働者保護」の視点からさまざまなルールが設けられている。

これらと比べ、「技人国」の制度はハードルが低い。制度を表にすると、その違いがよくわかる。

技人国には、通訳のようなケースを除けば日本語資格の要件もなく、第三者によるチェック機関もない。技能実習制度のように、実習計画を提出する必要がなく、企業側からすると「使いやすい」制度ともいえる。

それでも、いわゆる「ホワイトカラー」を念頭に作られた“技人国”は、かつては取得人数が少なく、これまで問題なく運用できていたと、専門家は指摘する。

外国人の就労問題に詳しい池邊正一朗さんは、外国人労働者急増に伴う変化から“技人国”が「置き去りにされている」と話した。

コンサルティング会社 池邊正一朗さん
「技能実習制度は、要所要所において厳格化され、それが積み上がってきている。一方、“技人国”にはそういった要件が特段ない。在留資格を取ることができさえすれば、もうあとは監視の目は行き届かない、言ってみれば無法地帯というか、抜け道になっているというのが実質だと思います」

こうした状況が、トラブルを生む素地になっているというのだ。

「技人国でいたい」 というベトナム人の声も

こうした状況を、当のべトナム人たちはどう思っているのだろうか。

先月、私は支援活動を続けている吉水さんに同行し、“技人国”のベトナム人の支援現場を取材した。

記事の冒頭で紹介したベトナム人男性も、仕事を失って助けを求めていた。日本語は話せず、専門知識を生かした仕事につくあてもない。男性は「できれば正社員で、ボーナスも出る会社がいい」と話した。

仕事に就いていないことから、現段階では問題はないものの、吉水さんは語学力も考えて技人国から別の在留資格への変更を勧めた。

吉水さん
「(在留資格を)特定技能にした方がお給料高くなるよ。ちゃんとした社員だから寮もあるし、ボーナスもある」

ベトナム人男性
「今、“技人国”だから特定技能にはしません」

吉水さん
「技人国の職種で働いていないと入管に判断されたら、この先、ビザの更新ができなくなるよ」

ベトナム人男性
「ビザを更新するときは心配ですね」

男性は技人国の在留資格にこだわっていた。結局この日は、具体的な方針は決まらず、男性は今も仕事がないままの状況が続いている。

なぜ技人国にしたか?と問いかけると、男性はベトナム語で次のように答えた。

「家族、妻や子どもを日本に呼び寄せることができるからです。仕事があればなんでもやります」

技人国の在留資格は何回でも更新できる上、家族も帯同できる。この点が、大きなメリットだと捉えられているのだ。

ただ、サポートする機関はなく、この男性のように日本語を話せないという人も多い。このため、トラブルが起きた時には、助けが必要な状況に追い詰められてしまう。

吉水慈豊さん
「彼らと話していてすごくわかるのは、まったく日本語が話せない。そういう人たちが結局はいいように扱われてしまう。技人国には支援する場所はないので、問題が起きた時に大きなトラブルになってしまう」

出入国在留管理庁 トラブルの実態“把握している”

外国人労働者の“高度人材”をめぐってトラブルが相次いでいることについて、出入国在留管理庁に見解を聞いたところ、トラブルの実態について“把握している”とした上で次のような回答があった。

「問題が疑われる場合は事業所の現地調査を行うなど、取り締まりを強化していきたい」

ただ、技人国の在留資格の審査は書類審査が主で、書類だけで問題を見抜くのは難しいという指摘もある。

また、人員態勢を整えられるかという課題もあるのが現状だという。

専門家「在留制度全体の見直しの検討も必要」

専門家は、外国人労働者が今後も増え続けることが見込まれる中、抜本的な対応が必要だと指摘する。

コンサルティング会社 池邊正一朗さん
「外国人労働者の受け入れは、『技能実習』や『特定技能制度』の適正化が図られています。政府もその2つに注力していると思いますが、在留制度全体の見直しが必要な時期にさしかかっていると思います。現在、在留資格には29種類がありますが、ほかの在留資格についても、実地の立入検査を行うであったり、仲介に立つ、いわゆる監理機関を設けるといった対応が必要ではないでしょうか」

【取材後記】 外国人材を生かす社会に

今回の取材中、ベトナム人労働者の支援を続ける吉水さんから「技人国の女性を保護した」と連絡を受けた。

女性は100万円以上を支払って来日したあと、ホテルで清掃の仕事をしていたという。その仕事があてがわれなくなり、生活費にも困っているという話だった。

吉水さんは支援を続けていたものの、ある日、「日本にいるベトナム人から別の仕事を紹介してもらった」というメッセージを最後に連絡が取れなくなってしまった。

この女性が言う「別の仕事」がどのようなものか知る手段はない。

ただ、再び要件に合わない仕事に就いた場合、不法就労となりベトナムに強制送還される可能性を、吉水さんは危惧していた。本来の目的と異なる制度運用が放置されれば、これまでたびたび問題となってきた人権侵害や失踪といった問題が繰り返されるおそれもある。

人手不足で外国人材の活用が叫ばれる中で、国による制度の見直しも含めた対応が必要だと感じた。

(4月11日 おはよう日本で放送予定)

名古屋放送局記者
村田理帆
2018年入局
沖縄局、盛岡局を経て、2024年から名古屋局
名古屋放送局記者
内山裕幾
2011年入局
社会部などを経て2024年から名古屋局
今回は記事の編集を担当

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