米国の人気トーク番組、突然の休止に波紋 言論の自由は守れるのか
言論の自由が建国以来の精神として根付いてきた米国で、人気コメディアンのジミー・キンメル氏の長寿番組が一時的に放送休止に追い込まれた。トランプ大統領の盟友である政治活動家の射殺事件をめぐり、キンメル氏の発言が不適切だと批判されたためだ。番組は再開が決まったが、政治家を風刺する笑いの内容さえ封じ込めようとするトランプ政権の動きに、危機感を募らせる市民も多い。
「キンメルに自由を」
ニューヨークのマンハッタン中心部で20日、デイビッド・メグレイさん(81)はそう記された手書きの文字を高く掲げた。
この日、トランプ政権の政策に反対する大規模デモに駆けつけたメグレイさんは、「番組休止は言論の自由を抑圧する危険なもので、政治的な発言や議論を抑え込んでいる。こんなことが米国で起きるとは思わなかった」と憤った。
デモでは他にも「ジミー・キンメルを守れ」「言論の自由を守るために」といったプラカードがあった。
バレリー・マーカスさん(63)は「コメディアンが権力者を笑いものにすることで、私たちは彼らも同じ人間で、特別ではないと気付く。これはとても重要なことだ」と危機感を口にした。
一時的に放送休止に追い込まれたのは、キンメル氏の司会で平日深夜に放送されてきたABCテレビのトーク番組「ジミー・キンメル・ライブ!」。キンメル氏は米国を代表するコメディアンの一人で、番組は2003年から続いてきた。キンメル氏はこれまでも、トランプ氏の言動や政策を笑いの対象にしながら痛烈に批判してきたことで知られる。
問題とされたのは、右派の政治活動家チャーリー・カーク氏(31)が10日にユタ州で射殺された事件をめぐって、キンメル氏が15日夜の番組で発言した内容だった。
キンメル氏は、カーク氏を射殺したとして殺人罪などで訴追された容疑者とトランプ氏のスローガン「MAGA」(米国を再び偉大に)に触れ、「MAGAの一味は、チャーリー・カークを殺害したこの若者を、自分たちの仲間ではないと描写することに必死で、この事件から政治的利益を得ようとあらゆる手段を講じている」などと発言した。
寛容な文化があったが…
これに対して保守派を中心に批判が噴出した。キンメル氏の発言は容疑者をトランプ氏支持者のように語ったと受け取られ、問題視する投稿がSNSなどで拡散した。
米紙ニューヨーク・タイムズによると、トランプ氏に任命されて放送免許の認可を行う立場にある連邦通信委員会(FCC)のブレンダン・カー委員長は、番組を放送したABC側への処罰を検討する可能性があると警告。ABCと親会社のウォルト・ディズニー社は17日になって番組の無期限の放送休止を決断した。しかし、国内で批判の声が高まるなか、22日になって一転、放送再開が発表された。
米国憲法は修正第1条で表現の自由を保障しており、政治家の言動を笑いの対象とすることには以前から寛容な文化があった。伝統ある米3大ネットワークテレビ局のABC、CBS、NBCはいずれも著名なコメディアンが出演するトーク番組を放送しており、歴代大統領がパロディーや物まねの対象とされてきた。
だが、2度目のトランプ政権が誕生してからは変化が生じている。テレビや講演を通してトランプ氏に大きく貢献したことで知られるカーク氏が殺害された後は、カーク氏を批判するような発言や投稿をした人たちに圧力をかける動きが強まり、トランプ氏は左派を敵視し対立をあおるような発言を続けている。
今年7月には、CBSで放送されていた人気コメディアンのスティーブン・コルベア氏の深夜トーク番組が2026年5月に終了することが発表された。コルベア氏もトランプ氏を痛烈に批判することで知られていた。CBSは財政的な理由としているが、親会社のパラマウント・グローバルが、トランプ氏との訴訟を和解させるため、1600万ドル(約23億円)の支払いで合意したばかりで、米メディアはその関連を指摘している。
「検閲はいつも小さなことから始まる」
そんななか、コメディアンらは自身の番組の中で、笑いを織り交ぜながらトランプ氏に対抗した。コルベア氏は今月18日の番組で「今夜、僕たちは皆ジミー・キンメルだ」と視聴者に語りかけ、「これは露骨な検閲だ。そして検閲はいつも小さなことから始まる」「独裁者相手には一歩も譲ってはいけない」と訴えた。
キンメル氏やコルベア氏と同様、SNSで「完全な負け犬」などとトランプ氏に標的にされた、NBCの人気トーク番組の司会者セス・マイヤーズ氏は、「毎日、目を覚ますたびに、言論の自由を尊重する国に生きていることに感謝している」と発言し、こう続けた。
「言論の自由が憲法修正第1条に明記されているのには理由がある。それは他のあらゆる権利に優先するものだ。究極の権利と言っても過言ではないんだ」
ハリウッド俳優やアーティストらも声を上げている。
米自由人権協会が「言論の自由に対する政府の脅迫を決して受け入れない」と抗議を呼びかけた声明には、俳優のトム・ハンクスさんやロバート・デ・ニーロさん、ベン・スティラーさん、ジェニファー・アニストンさんら400人以上が名を連ねた。
「トランプ氏は自分を批判する人たちを意図的に処罰しようとしており、米国ではこれまでになかった事態が進行中だ」。同協会のクリストファー・アンダース氏はそう危機感を募らせる。「これほど明確かつ意図的に批判者への攻撃を宣言した大統領はかつていなかった。これは明らかに憲法違反だ」
トランプ政権のもと、現在の米国は、言論の自由が尊重されてきたかつての米国ではなくなってしまったのか。アンダース氏は次のように指摘する。
「多くの米国人が、そうならないために昼夜戦っている。キンメル氏と連帯する人たちの姿には本当に勇気づけられた。ただし、この戦いはまだ一部に過ぎない。これからも、長いものになるだろう」
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- 【視点】
「言論の自由」には「口下手の不自由」という側面があり、これに対する猛烈な復讐劇が展開されている、というのが個人的な印象だ。弁が立つのは「インテリ」であり、正当な言論で彼らに敵わない以上、「暴力による攻撃・粉砕を正当化する小理屈」の確立と運用が求められる。それをトップダウン的に実現させたのがトランプ社会のシステムといえるだろう。
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