旧ジャニーズ問題 スマイル社CCOが語った補償と救済の現在地

島崎周 宮田裕介

 旧ジャニーズ事務所(現SMILE―UP.(スマイルアップ))が創業者・故ジャニー喜多川氏による性加害を認めて2年が経った。このほど、被害者への補償業務を担うスマイル社で、2023年9月から人権尊重や法令順守に取り組むチーフコンプライアンスオフィサー(CCO)を務める山田将之弁護士が朝日新聞のインタビューに応じた。550人以上が性被害を認定された一方で、補償の枠組みなどで折り合えずに訴訟になっている被害当事者もいる。被害者に対する「法を超えた救済」を掲げたスマイル社にとって「救済」とは何か、聞いた。

日本で前例のない事件「総括の可能性ある」

 ――この2年で1千人以上の方が被害を申告し、8月末時点で550人以上が性被害を認められ、補償金を受け取っています。この数字をどう受け止めていますか。

 たった1人の加害者でこれだけの被害者を生み出したという意味において、非常に重大なことだと受け止めています。明るみに出ているものでは日本でも前例のない事件だと思います。また、これだけの人数の方が申告し、補償につながったということは、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に重要性がうたわれた「救済へのアクセス」が一定確保され、ある程度、今の補償の仕組みについて信頼をいただいたということだととらえています。

 ――被害認定された550人以上について、プライバシーに配慮した上で、被害を受けた年代や内容などを公表するつもりはないでしょうか。

 何らかの総括をする可能性はあると思っていますが、それがどういう形になるのかについては、今の段階では具体的に考えていません。ただこれだけのことがあったわけですから、それが最終的にどうなったのかについては、ご説明する必要があると思います。

 ――スマイル社としての再発防止策は2年前にすでに打ち出されていますが、その後に多くの人が性被害を認定されています。再発防止策はこれらの実態をふまえたものになっていますか。

 性被害の防止や人権尊重の役割は、補償のためのスマイル社から、タレントのマネジメントなどをする(新会社の)STARTO ENTERTAINMENT(スタートエンターテイメント)に移り、中心を担っています。外部有識者でつくる再発防止特別チーム(座長・元検事総長の林真琴氏)の報告書で認定されていた、被害の態様からは特に外れるものがあるとは聞いていません。

 性加害の原因は、喜多川氏という絶対的な権力者に対して、なかなか声を上げられないという状況が大きく、それはおそらく被害者の方の人数に関わらず、変わらないことだと思っています。

 組織のガバナンスの観点から言うと、少数の人だけが権力を持っていたり、子どもに接する大人の数が限られていて、声を上げることができないような状況があったり、そういうことを改善することが一番重要です。結果としては、実態を踏まえた内容の再発防止策になっていると理解しています。

「早期に救済補償を行うための訴訟」

 ――補償をめぐっては訴訟の動きも出ています。スマイル社によると、今年3月末までに9件あり、うち7件が係争中です。中には、スマイル社が被害を訴える当事者側に対して提訴するケースもあり、加害者側が被害者を訴えるという状況に違和感を感じる当事者もいます。

 人生に向き合って前向きに生きていけるようになっていただきたいというのが、我々の気持ちなので、少しでも早く解決をしたいというところです。もちろんいきなり当社が訴えるということはないと思います。現状の仕組みでは補償を受けることが難しく、解決できないものについては、国連の指導原則にも沿って訴訟など法的な手続きの中で解決する以外に、なかなか方法が取りづらいです。法的手続きでの解決の意欲がある方に対して、早期に適切な方法で、救済補償を行うために訴訟を起こしているということになります。

 ――必ずしも被害者側が早期の解決を望んでいるとは限らないと思いますが、訴訟を起こしたのはなぜですか。

 訴訟が継続しているからといって対話ができなくなるわけではないと思います。訴訟でお互いの言い分が出てくるのであれば、それを踏まえて、さらに話し合いができると思います。

 ――被害者の「救済」とはどういうことだと考えますか。

 原状回復ができない事案ですので、そうなると、被害者の方たちが今後の残りの人生を主体的に生きるようになるということが、究極的な救済だと思っています。当社としては金銭補償だけではなく、心のケアや再発防止に努め、今後同じような思いをするような人を出さないという誓いで取り組んでいくことが、救済の一部になっていくのではないかと考えています。

スマイル社の東山紀之社長は119人と面会し謝罪

 ――スマイル社代表取締役社長の東山紀之氏は公の場に姿を見せていません。今、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。例えば、何人の被害者と対話したのでしょうか。

 ここ数カ月は正直、案件が毎日のようにあるわけではないですが、東山氏が実際お会いをして謝罪をした被害者の方は119人と聞いています。誰もが知る先輩であったり後輩であったりする東山氏だからこそ、対話をして謝罪することに非常に重たい救済としての意味が出てくると思います。

 (被害者と)対話するだけではなくて、当然、いま話題に出てきたことについては全て把握をする立場になります。補償の進捗(しんちょく)状況など常にリアルタイムで追っているでしょうし、訴訟などについても情報が入り、対応の検討などをしていると理解しています。

 ――問題が表面化した後にストップしたタレントの起用をめぐって、テレビ各局はスマイル社とスタート社の新旧会社間での経営の分離が進むことが、タレント起用再開の条件としました。音楽の知的財産権の保有割合を段階的に縮小するなどの方針を発表していましたが、現状、どうなっているのでしょうか。

 スタート社を含む社外に対して、知的財産権の順次移行を進めていて、ほぼ完了に近い状態にある。持っている権利の移行は、近く処理ができると聞いています。

 ――2年前の会見では、透明性をもって対応するというメッセージを出していましたが、その後は会見を開いていません。なぜトップが会見して説明しないのですか。

 マスコミの方から「会見をやらないのか」という声はこの2年間、ずっと頂いています。弊社としては少なくとも月1回は補償の状況をホームページ上で公表するようにしていますし、再発防止策についても何回か情報発信をしてきました。

会見で起きる「波」 懸念するのは被害者への誹謗中傷

 被害者の中にも、報道でこの件について触れられるのが嫌だという方もいます。誹謗(ひぼう)中傷の問題もあり、東山氏にしろ藤島氏にしろ影響力のある人物が少しでも動くことによって、「波」が起きる。会見をすると、被害者の方にそれがどう影響するのかということが正直わからない。今やっていることができなくなったり、中傷で傷つくような方が出てきたりするかもしれないと思うと、なかなか私の立場として東山氏に「会見をやらなければだめだ」とは言う段階にはないと思います。

 例えば補償が完了した段階では考えられるかもしれませんが、今の段階はやはり被害者の救済が第一で、それに影響がないようしたいという強い思いがあります。

山田将之氏プロフィル

 やまだ・まさゆき 弁護士、米ニューヨーク州弁護士。2017年に西村あさひ法律事務所パートナーに就任。23年4月に退所し、5月に山田将之法律事務所を開設。同年9月から現職。企業のコンプライアンス体制の構築や不正調査・対応に詳しい。

スマイルアップ社とは

 故ジャニー喜多川氏の性加害問題を受けて、2023年10月に「旧ジャニーズ事務所」から社名を変更した。性加害の補償業務に専念し、タレントのマネジメント業務は、新会社のSTARTO ENTERTAINMENT(スタートエンターテイメント)が引き継いだ。スマイル社の代表取締役社長は東山紀之氏で、被害者に直接謝罪するなどの対応にあたっている。スマイル社によると、被害申告は9月12日時点で1031人で、うち560人が補償金を受け取っている。

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この記事を書いた人
島崎周
東京社会部|文部科学省担当
専門・関心分野
性暴力、性教育、被害と加害、宗教、学び、人権
宮田裕介
文化部|メディア担当
専門・関心分野
メディア、放送行政、NHK
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