國松孝次警察庁長官銃撃事件は、1995年3月30日に長官が出勤のため玄関を出たところ、待ち伏せていた男が拳銃を発砲。長官は瀕死の重傷を負った。男は自転車で逃走した。長官は手術中に4度心停止に至ったとされたが、以降回復し無事業務に復帰した。
捜査段階でオウム関係者が10人ほど逮捕されたが、証拠が不十分で不起訴となり迷宮入りした。
事件の時効が成立した2010年3月、警視庁公安部長が「オウムの組織的テロだった」と公表したことで「アレフ」が名誉毀損で訴えた。東京地裁は、警視庁を所管する東京都に対し、「アレフ」の訴えを認め、賠償金100万円を教団に支払うことと、知事名の謝罪文を出すことを命じた。
私がこの事件に関心を持ってフォローしてきたのは、役得で國松元長官と会食し、親しく意見を聞く機会を持ち、そのお人柄に感銘を受けた事からである。氏は警察庁長官停年退官後に何者かに憑かれたようにドクターヘリの実現化に尽力されていたが、恐らく自分の受傷体験が背景にあったためであろう。
秋田県では、平成24年1月から ドクターヘリが運航開始されたが、2007年当時県はドクターヘリ導入の検討過程にあり、10月20日に「秋田ドクターヘリフォーラム2007」を開催した。その際「ヘリコプター救急のシステム設計と運動論」の講演を行ったのが国松氏で、当時はNPO救急ヘリ病院ネットワーク理事長であった。救急全体の機能の底上げに尽力され、秋田でドクターヘリ導入の必要性について積極的に意見を述べられた。私は県救急・災害検討委員会委員長の立場で国松氏の講演の座長をつとめた。
犯人を検挙できずに時効を迎えたのに、警視庁の責任者がオウムの犯行と断じた見解を述べたのは負け惜しみで、実に感情的である。これなど法治国家のトップに相応しくないし、無罪推定の原則にも反している。
この事件の時効が成立した2010年3月は、厚労省のフロッピー改竄事件で隠蔽の罪で特捜検事が起訴され、足利事件の被告が無罪判決を、福島県立大野病院の産婦人科医師の護逮捕・誤起訴も無罪判決となった。裁判所、検察、警察の過誤、不祥事が問題になった時期でもあった。
そのような時期に警視庁の責任者が、公安警察の失態を覆いかくし、組織の体面をただ守るために則を越えた発言するなど、信じ難い気がしたもので忘れられない。
大阪の高校体罰自殺事件でも、大津市の中学生いじめ自殺事件にしても、組織の中枢にいる人は組織の体面を維持することに腐心し、隠蔽を図る。この行動・発言がその人個人の問題から来たものであれば人として欠陥人間であろう。恐らく一人一人は個人の立場であれば、良き社会人、家庭人、常識人なのであろう。この様な乖離を来すような心理状態に陥らせることが、組織の持つ怖さである。
13/01/17 11:08

