頂き案件1 いじめ
BARあかつき
「いや、だからさあのさ、つまり、なんていっていいか……」
カウンターの中にいる、スレンダーで神経質っぽい男性。『交流Barあかつき』のマスター・橋上ケンの話は、いつも前置きが長くてくどい。
「つまりはさほら、前に言ってた『頂き女子』とやらがうまくいって、青木さんがヤブ医者にぼったくられたぶんを取り返してきたと」
実のところ、ぼったくられた以上に、ゆすり倒してきたんだけど。
「そう」
具体的な話をするといろいろめんどくさい話をしだすのがケンという生き物であるということはわかったので、軽く生返事をするにとどめた。
「それはそれは、おめでとうございます」
「どうも……」
あたしは自慢の、ピンクの巻き毛を指でくるくるしながら、カルピスの原液を氷の入ったロックグラスに注いだ『カルピスロック』をすする。この甘ったるさがたまらない。
「ただ、問題は何かってゆーと……」
「リョーコさん、このたびは本当にありがとうございました!」
ケンの話が長くなりそうだったところ、今回の依頼者(クライアント)である、青木安二郎さんが、熱意を込めて感謝の意を表した。まあ、クライアントというより、あたしが勝手に首を突っ込んだだけなんだけど。
「本当に、溜飲が下がる思いです」
あたしはバッグの中から、茶封筒を取り出し、青木さんに手渡す。
「青木さん、今回は災難だったけど、これくらいで足りるかしら?」
青木さんは、封筒の中の札を数えると、
「えっ!? こんなにいいんですか?」
大げさなくらいに驚愕する。
「だって、あのクソ医者のボッタクリ検査代と、要らない薬代、それにセカンドオピニオン代と」
「いや、弟が医者やってて、ちょっと診てもらっただけで……そんなにかかってないですよ」
「いーのいーの、面倒かけた代金とか、精神的苦痛とか、いろいろあるだろうし」
「じゃ、俺からちょっと、お願いがあるんですけど」
一体、なんだろう?
「俺をリョーコさんの、舎弟にしてください!」
舎弟なんて、80年代ヤンキーマンガじゃあるまいし。
「舎弟……というのはちょっと大げさだから、『友達』っていうくらいなら」
「それでも大丈夫です!」
「じゃ、青木さんと言うのは堅苦しいから、『ヤス』って呼んでいい?」
「是非とも! これからもよろしくお願いします!」
青木さんもとい、ヤスは、少年であるかのようにはしゃぎだす。彼の、こーいうノリも好きだ。
あたしはさらに、財布から万札を一枚取り出し、
「ケンもこれ、取っといて」
「え? いやだからさほら、僕は別に、何もやってないし」
ケンは受け取りを拒否するが、
「だって、今回の件、この店が無かったら始まらなかったわけでしょ。それに、この店、経営も、相当苦しいでしょうし。ちょっとした、カンパだと思ってもらえば」
半ば無理やり、札をケンに押し付ける。
「まあ、そういうことなら、ありがたく頂戴します。ただ、ポイントは何かってゆーと、税金関係はちゃんとやっておくこと。キチンと確定申告して。青木さんに渡した分も、領収証を書いてもらって、経費扱いにして」
数年前に、『頂き女子』を名乗る女性が逮捕されたと、お茶の間をにぎわせた。男性に恋愛感情を抱かせてお金をだまし取る詐欺行為で、もちろん有罪判決である上、多大なる脱税が話題となった。
あたしは、見ず知らずの男性から金を巻き上げるなど、ばかげたことはしない。あたしがお金を頂くのは、あくまで、いかにもな悪人から。昔のアニメの主人公が言ってた『悪人に人権は無い』というのは、あたしは確かにそうだと思う。当時は相当叩かれたらしいけど。
あと、脱税にならないように、確定申告はきっちりやる。ここがポイント。個人事業主登録して青色申告すればかなりの節税になるし、経費にできそうなものはどんどんするし。ここの店にも、国税庁の関係者が出入りしていて、いろいろ教えてくれそうって、ケンも言ってた。
「いやさ、まあ、頂き女子やるのもいいんだけどさ、う~ん、なんていうかなぁ。問題は何かってゆーと、リョーコさん自身がトラブルに巻き込まれたり、逆にゆすられたりしなければいいけど……」
「そのためにケンがいてくれたり、店のみんながついていてくれるんでしょ。それだけで随分、安心できるんだから」
そう。今のあたしは一人じゃない。頼りになる仲間たちがついている。ケンやヤスだけでなく、なにかと『凄い』人たちが、この店には出入りしてるみたいだから。あたし、この店に出入りするようになってから日は浅いけど、そのことはよく分かった。
すると、入口の古めかしい木のドアが、ギイ、と開き、30歳前後の男性が入ってきた。
「ああどうも。高嶋先生」ケンが言う。
以前会ったことがある。地元の学校で教師をやっている、高嶋さん。みんなから『先生』と呼ばれている。
「あなた、先日、青木さんがヤブ医者に引っ掛かったとき、『頂き女子をやる』って言ってた方ですね。確か、リョーコさん」
「あ、覚えていてくれてたんですね。光栄です」
「まあ、人の名前や会話の内容を覚えるのは、職業病みたいなもんですからね」
さすがは教師。
「で、結局、あの話は……」
「それが、大成功だったんですよ!頂き女子!」
ヤスが、勢いよく割って入る。
「ぼったくられた分に上乗せして、だいぶゆすり取ってくれたみたいで! 彼女、凄いですよ!」
ヤスは、元気よくはしゃぐ。
「それはおめでとうございます。じゃあちょっと、僕のほうも、聞いてもらいたい話があるんですけど、とりあえず……」
高嶋先生は近くの椅子に座ると、手持ちのカバンの中からウコンドリンクを取り出し、グイっと飲み干す。そして、目の前にある、ガラス張りの冷蔵庫を開け、瓶ビールを取り出す。
「とりあえず、高嶋、瓶1で」
この店はセルフサービス方式で、客が自分でドリンクを取り出し、スタッフに自己申告する。『瓶1』というのは、瓶ビール1本という、店の符丁。ケンは、呼びかけに応じ、カウンター内の戸棚から、彼愛用の、金属製のグラスを取り出し、栓抜きと一緒に、
「これ、彼に渡して」高嶋先生に手渡す。
「あ、どうも……」
高嶋先生は瓶の栓を抜くと手酌でグラスに注ぎ、一口ぐいと飲み干す。
「そういや高島先生、しばらく来てませんでしたね。ゴールデンウィーク明けの三者面談、もうすでに終わったものと思ってましたが」
ケンが、話題を切り出す。
そう、ゴールデンウィーク明けの、一般人が『5月病』と言われる時期に、三者面談という、面倒くさい仕事があると、愚痴っていたな。
「いや、三者面談は終わったのですが、ちょっと、問題が勃発してまして」
「問題、とは?」ケンが問いかける。
「実は、お恥ずかしいことながら、うちの学校で『いじめ』がありまして……」
「いじめ?」ケンとあたしは、同時に反応する。
「といっても、うちのクラスではないんですが」
高島先生は、顔を曇らせる。
「去年まで担任持ってた生徒が、最近ずっと、顔に青あざを作ってて、訊いてみると、今のクラスでいじめにあってるってことで。相手のいじめっ子は腕っぷしの強いやつなので、他の生徒も逆らえなくて、今の担任にも話してみたんですけど、学年主任に、『この件、深入りするのはやめろ』と止められたと。校長に目を付けられると。なんでも、相手の親が大企業の社長で、学校に多額の寄付をしていると」
寄付っていうか、ようは賄賂じゃん。腐ってやがる。
「今の担任も、ほとほと困ってて、生徒も同僚教師も、何とかしてやりたいんですけど……」
……ん? 待てよ。
大企業の社長と、学校の校長。うまくいけば、かなりの『頂き』案件になるじゃん。
「リョーコさん! そんな腐ったやつら、ぶっ潰してやりましょう!」
ヤスが吠える。やはり、同じ空気を感じてたか。それにしても、彼の正義感は半端ない。
「いやだからさほら、そんな連中、ぶっ潰すべきだっていうのはわかるんだけどさ、だけどさそれって、う~んなんていうか、」
ケンが口を挟むと長くなりそうなので、とっとと話を進めることにする。
「例の、いじめっ子の親が社長やってるって会社、どこかわかります?」
「確か、『ジャングル』だったと思うんですけど……」
『ジャングル』……世界最大規模の、外資系通販会社か。外資ってことは、あくまで日本支社ってことね。実質、中間管理職みたいなもんじゃん。そんなんででかい顔してるなんて、馬鹿じゃね? って思うんだけど……
しめた。いいこと考えた。
あたしはスマホを取り出すと、おもむろに、バイトの求人サイトを開き、『倉庫内作業』で絞り込み検索した。しばらくスクロールしていくと……
あった。
『ジャングルの通販倉庫での、簡単なお仕事です!』
通販というからには、倉庫がつきもの。そこにバイトで潜入して、うまいことやれば社長ともご対面できるはず。
「先生」
すでに瓶ビール2本目に突入していた高嶋先生に対し、あたしは、
「その案件……」
ウインクして、サムアップしながら、
「頂きますっ!」
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成敗させて、頂きます~頂き女子リョーコの事件簿 ふたぐちぴょん @pyon_xp
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