放送内容
- 行天豊雄「プラザ合意から40年」
行天豊雄「プラザ合意から40年」
三菱UFJ銀行 名誉顧問 行天 豊雄
インタビュアー 飯田 香織 解説副委員長
【飯田副委員長】
日本経済にとって大きな転換となった1985年9月のプラザ合意。40年の節目を迎えます。当時、貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」を抱えて経済的な苦境にあったアメリカを支えることでアメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、日本という当時のG5が合意。「ドル高是正」に向けて為替政策で協調することで一致しました。
プラザ合意直前、1ドル=240円台だった円相場は急速に円高ドル安が進みました。合意から1年後には150円台で取り引きされるようになり、動き出した市場は止まることなく円高は加速しました。
きょうはこのプラザ合意交渉に携わり、その後は財務官として通貨政策を担った行天豊雄さんにお越しいただきました。
行天さんよろしくお願いします。
Q 当時1985年の9月に40年後の日本がこうなるというのは、大体想像したとおりになりましたか。
いやいや、あの頃の日本というのは、戦後の高度成長が一応完成したというか、いい意味でも悪い意味でも非常に自信があったというか、これから日本という国はもっともっと、大きく強く国際的に大きな役割を果たす大国になるのは間違いないというか、意識の中にそういう道を恐らくこれからも歩くんだろうなという感覚はあったと思うんですね。
プラザ合意というのは、ある意味ではそういうそれから、それ以後の日本の生き方についての非常に深刻な、重要な、大きな選択をもたらした出来事だったと思うんですね。日本はその選択において誤ったんではないかなという感じはいたしております。
Q それはプラザ合意をやらなければよかったという意味ですか。
違います。
プラザ合意の結果、世界の通貨情勢というのは大きく変わったわけですね。
それまでのドル高の時代が終わって、急速なドル安、それから円の立場からすれば円高になったわけです。
プラザ合意の直前では、みんなの感じとしては平均値でいって10%、とか15%ぐらい、ドル高が是正されればいいんじゃない、かという感じでしたね。230円ぐらいにまでドル高が是正されればいいだろうと。面白いことに、では一体、そのあとどうするんだということについては、率直に言ってほとんど真面目な検討というか予測というものがなかったんですね。
アメリカの赤字の問題、非常に深刻であったし、特にアメリカの議会が、そういう大きな赤字を背景にして大変保護貿易的な動きが活発になっておりましたから、そういうことに対する不安感というのが非常に強かったわけですね。ですからマーケットはおそらく、このドル高の是正というのは国際的な支持を得た協調行動であるから、すぐに、もうドル高是正は終わり、だからこれから逆の円高の行き過ぎを防ぐことが問題になるというのは予想を全然してなかった。
243円が230円ぐらいになればいいじゃないかと思っておったのが、あれよあれよという間に、230円の壁は越えてですね、たちまちのうちに、今度は円高が進んでしまった。
戦後の日本の経済復興・経済発展というものの非常に重要な役割の一つが、いわゆるブレトンウッズ体制といわれる1ドル360円の固定相場だったわけですね。これは日本にとっては大変な恩恵だったわけですね。率直に言って、当時の実勢から言って1ドル360円というのは円安だったと思います。どんどんどんどん日本はアメリカに自動車、繊維、電気製品、その他のものを輸出して、それで経済が復興したわけですね。
日本の戦後の経済復興のモデルというものが、輸出主導、国民全体の頭の中がですね、円安はいいんだと、円高は悪いんだということで、もう一色に染まっておりましたね。
プラザ合意が成功して、円高がどんどん進んじゃったっていうときに、最初のドル高是正はよかったじゃないかという話から円高は困るという話にいっぺんに転換してしまったわけです。
それでプラザ合意後の急速な円高に対して、日本は金融政策の緩和、つまり金利の引き下げをやった。その結果、何が起こったかといえば不動産、株の価格が暴騰したわけですね。いわゆるバブル。
ご承知のとおり総量規制という銀行の貸し出しを抑えるというというむちゃくちゃな政策が取られた。でバブルがはじけた。
Q 行天さんからすると、プラザ合意というのは何だったんでしょうか。
非常に重要なかつ貴重な選択の問題であり、率直に言って、日本はそれに対する選択を誤ったのではないかと。誤ったことが、失われた30年40年の原因になったのではないかと私は思います。
Q プラザ合意を踏まえて今のトランプ大統領の関税の動きはどうご覧になりますか。
トランプという人は、アメリカの潮落のプロセスに対する焦り、反発、反感、何とかしたいという気持ちが非常に強い人だろうと思いますね。
ですからその意味ではね、歴史の必然、ブレトンウッズ体制崩壊のプロセスの中で生まれた1人の大統領だった、と。
ただ非常に一つ今の世界を見る上で、非常に大事な話というのは、戦後1970年代の初めまではですね、まさに世界はアメリカ一極のブレトンウッズ秩序というもので非常にうまくいってたわけですよ。非常にうまくいっていたわけ。
いつまでも世界がアメリカという大国の一極の市場によって動くなんてことはあり得ないんだから。崩れるのは、アメリカのせいだと、お前が今までは1人で頑張ってやってたのに頑張らないと言い出したから、それがいけないんだと、いう意見が日本でずいぶん多いんですけど、私は、それは間違っているだろうと思うんですね。トランプだけが悪いかというと決してそうではないはずなんですよね。
Q 最後に、プラザ合意の反省とか教訓を踏まえて、今の日本に求められることは何でしょうか。
日本はやっぱり、長い将来を見て、自分の国にとって何が問題なんだ、だからそれを直すために一体何をしたらいいんだということをみんなが考えることだと思いますよ。
長期的な日本の将来の課題についての国内的なコンセンサスを作ると、みんなの意見の一致を考えること。20年30年の先に、日本という国は一体何をしていたらいいんだろうなと、そうしないと日本の国際的な競争力というのは下がる一方ですからね今。長期的な国家的な課題に対する対応の仕方というものを、日本国全体が考えなきゃいけない時期だろうと思いますけれどもね。