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法律の体系と、ルーツのはなし

はじめに

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わたしは仕事柄、法律に関わる機会が多い(というより、法律に関わることを生業にしている)。

また、法律に関わる様々な人と共にディスカッションをする機会を持つこともある。

先日、とある官僚の方と会話をする中で「"規制をどのようデザインしていくのか?"という分野に関し、世界各国で違いが存在するように感じることがある」という示唆をもらった。また、「この違いは、もしかしたら"英米法と大陸法の法体系の違い"というものから来ているのかもしれない」という意見も述べていた。

そういえば、法律に関わっているのに、"法体系"について俯瞰する機会があまりないなーとも感じたので、今回は法体系についてざっくり概観して、規制のデザインの違いとか、ちょっとだけ考えてみようと思う。

「法系」っていう、大きな括り方があるよ

世界各国は、自国の法律を有しており、それは体系を成している。これを「法体系」というのだが、この法体系にもルーツがあり、それを「法系」という。

世界に存する多数の法秩序を一定の基準に従って,その親縁関係に応じ分類した場合,同一の系統に属するもの。

(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「法系」|コトバンク)

さて、この「法系」の中には、代表的な二大巨頭が存在する。それが、「大陸法」&「英米法」である。それぞれの違いをみてみよう。

(※「法系」には、この記事で取り上げる「大陸法」&「英米法」以外にもカテゴリーが存在する。日本の法規制の設計思想をみる為に、今回はこの2つの法系を取り上げてみる)

大陸法ってなんだろ

大陸法の"大陸"とは、ヨーロッパを指す。大陸法とは、ローマ法にルーツを持つものであり、ヨーロッパの法体系は、この大陸法という法系に大なり小なり影響を受けている。

古代ローマでは、1000年かけて法体系を発達させていった。前提として存在していたのが、「市民権」という考え方であり、個人を一個人として尊重し、その個人間での平等という点が組み込まれていく形で発展を遂げていった。

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大陸法の特徴は「確定したものを参照する」という点である。制定法(statute law)主義とも呼ばれている。

大陸法の特徴は「法律主義」だ。判例やら歴史やらからウヤムヤと紡ぎだされる曖昧な法よりも、そうした法を学者が論理的・理性的に整理した法律案をもとに、議会がバシっと決めてしまい明々白々と紙の上に書いた法律の方がエラい、という仕組み。

(出典:法律の重みについて |白田 秀彰とロージナ茶会)

絶対王政下にあった際、欧州諸国では司法部が王権の影響を強く受けていた。民衆の代表から成る議会は、王権の影響が司法に及ぶことを嫌った。そこで、議会が定めた明文の法律を粛々として運用していくことが求められた。ここで醸成された文化が、大陸法には色濃く反映されている。

大陸法は、「汎用的なプログラミング言語」を定め、それを使って具体的なアプリケーションをつくっていくことに近い、といえる(法律の重みについて |白田 秀彰とロージナ茶会)。法律をかっちり設計したのち、個々の事例にあてはめて遂行していく、というフローである。

英米法ってなんだろ

次に英米法をみていこう。英米法は、イングランド、即ちイギリスで生まれた法系と、その系統を汲んだアメリカの法系をまとめたものである。

さっきのプログラミング言語の話でいえば、以下のような特徴がある。

英米法というプログラム系では、かつて動作したモジュールをごちゃ混ぜにして使える。英米法の基本的考え方では、かつて裁判所で判決された事柄は、すべて判断の基礎として用いることができることになってる。で、驚くべきことに13世紀(マグナ・カルタ)まで遡ってもよいということになってるし、もっといえば、あたりまえだと誰もが考える法原則については、「法の記憶の及ぶ以前の古から」なんていう言い方で法として認めてしまったりする。

(出典:法律の重みについて |白田 秀彰とロージナ茶会)

このように英米法では、裁判所が下した決定を基礎として、個々のケースを考えていくことになる。コモンロー&エクイティと呼ばれる概念が重要なのだが、深堀りすると大変なことになりそうなので、さくっと以下にまとめる。

コモンロー:コモン・ロー(普通法)はノルマン人の征服後、国王の裁判所が各地の慣習法を基礎にしながら裁判を通して形成していった、イングランド共通の法である。(※歴史的には、国王裁判所として王座裁判所、民訴裁判所および財務裁判所の三つが設けられ......のちにこれらはコモン・ロー裁判所とよばれるようになった)
エクイティ:コモン・ロー裁判所で救済を得られない者は、正義の源泉である国王に対して救済してほしいと請願するようになったが、その処理をゆだねられた大法官は、良心に照らして裁判するようになり、それにより与えられた救済から、エクイティ(衡平法)という法体系が生まれるに至った。

(出典:百科事典マイペディア「英米法」|コトバンク)

もともとコモンローという形で、国王の裁判所が判例・慣習に照らしあわせた判例を基礎としたものから判決を下していた。しかし、イギリスの植民地が増加するにつれて個々の事例に合わせて「柔軟性」を持たせる必要性が生じた。そこで生まれたのがエクイティという概念である。コモンローでは十分に救済されない場合には、エクイティという担当官の裁量で補っていく...という建て付けになっている。

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英米法では、判例を一番大事なソースとして考えていくので、紛争の解決にあたっては裁判所の先例を検討することによって結論を導き出していくことが重要とされているようだ。

規制とかのデザインの仕方に違いはあるのだろうか

では、大陸法&英米法という二つの法系をみてみたところで、 権利と義務、そして規制をどうやってデザインしているのかをみてみよう。

先ほどからたくさん引用させて頂いている、白田秀彰先生は以下のように述べている。

判例主義と法律主義の違いが理由となって、英米法と大陸法では、法律のもつ重みが違う。英米法では、法律が「正しさ」に向かうための一般的なガイドラインに過ぎないのに対して、大陸法では、「正しさ」とは論理的に法律に合致していることに(ほとんど)等しい。そうすると、法律を作るときの気合の入り方・深刻さと、これを使う側である私たち下々の者たちの意識が変わってくる。

(出典:法律の重みについて II|白田 秀彰とロージナ茶会)

つまり、

英米法「やっちゃだめなことを決めて正しい行動をうながす」

大陸法「やっていいことを決めてルールに沿った行動をすることを求める」

という差異があると考えられる(かなりざっくりとしたまとめではあるが...)。

このような法律の基本コンセプトの違いは、規制のデザインの違いにも影響を与えていると考えられる。

ちなみに、日本は明治憲法等をつくっていくときに、大陸法の影響を色濃く受けた為、「大陸法」の影響を受けている法体系に位置付けられる。

勘の良い読者の方々であれば、お気付きかもしれないが、大陸法は法律を一言一句遂行していくことが求められる為、「硬直的」である。

現在、イノベーティブなアイデアや、新しい技術を応用したビジネスモデルが大量に出現してきている。このような時代に求められるのは、「原則を提示し・過度に規制を行わず、人々の自律的な行動を促すルール」なのではないだろうか。

ちょっと脱線

そういえば、ドイツ・フランスを中心とする(欧州)大陸と、イギリス・アメリカでは哲学に於いても、"流れ"が異なっている。

非常に大雑把かもしれませんが、大陸法は演繹的、英米法は帰納的な体系と言えるかもしれません。ここにも、哲学に見られるような大陸ヨーロッパと英米との違いが現れています。イギリスに成文化された憲法がないのも、普遍の原理を嫌う経験論的な気質が現れているように思われます。アメリカには憲法がありますが、わずか4400語足らずです(翻訳の仕事なら22ページのお仕事です)。この体系をどう適用するかという問題については、最高裁の裁判官たちが下す判断が重要になります。18世紀に作られた憲法が、今日でも「生きている」と呼ばれるのはそのためです。

(出典:英米法と英米哲学|Ars philosophica)

明文化された法律を参照する大陸法が、演繹法的な大陸の哲学と類似しているように、積み重ねてきた判例に重きを於いて思考する英米法と帰納法的なイギリス・アメリカの哲学が似通っている点は興味深い。

そうはいっても...

ちょっと話が脱線したが、話を元に戻そう。

今回は「法系」の中の、2つの大きなカテゴリーについて考えることができた。

大陸法と英米法という法系の違いが、もしかしたら規制のデザインの仕方に影響を与えているかも...? という仮説に立脚して考えてみた。

ただ、以下のような意見も存在している。

「米国では大丈夫だが、日本では法規制があってむずかしい…」という議論もまた、新しいテクノロジーに対する態度として見慣れた光景である。これは「コモンロー」と「大陸法」という法体系の相違というよりも、法制度に対する「余白」の設計について意識的か否かが両国の相違につながっているのではないだろうか。

(出典:水野佑「誰もが共有可能な「余白」を設計するとき、法はイノヴェイションを加速させる」|WIRED)

「法系」の違い、というよりも、その法律(&法体系)が、「どこまでを射程に入れ、そして抽象的な判断指針で設計されているのか」という点が大きな違いを生んでいるのではないか、という指摘である。

なるほど...

とりあえず、今回は「抽象的指針でルールを書き表す」という設計方法が、法律に柔軟性を与える(=余白を生む)ことがわかったので、次回(があれば)は、その「余白」の作り方について、具体的な事例に即して考えてみようと思う。

p.s. 普段実務にばかり目を留めていると、こういうアカデミックな分野に対してのインプットが疎かになるようにように思う。引き続き、関心を持った点については調査を行うと共に、発信していきたいと思う。

(taro)

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