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創造を“誰かに見せるため”に始めたとき、何が変わるのか?
なぜ“見せるため”に創造を始めると、苦しくなるのか?
本来の創造とは、魂から自然に湧き上がる“あふれ出し”です。
でも──もしあなたの創造が、「誰かに見せたい」「認められたい」という気持ちから始まっていたとしたら?
それはいつのまにか、“証明”にすり替わってしまっているかもしれません。
✴️創造を“誰かに見せるため”に始めたとき、何が変わるのか?
✅ 1. 創造の源が「魂」ではなく「評価」になる
本来の創造は:
内側から湧く歓び・好奇心・響き
“見せるため”に始めた創造は:
外側の反応・承認・フォロワー数に左右される
つまり、源泉が「魂」ではなく「他者の目」になる。
✅ 2. 続かない/燃え尽きる
最初は反応がもらえても、
次第に「いいねが少ない」「認められない」「売れない」と感じたときに、
創造そのものをやめたくなる。
なぜなら、その創造は“魂から来たものじゃなかった”から。
✅ 3. 自分のための創造が「証明の道具」になる
例えば、
本当は絵が好きだったのに、「売れる絵」に寄せてしまう
本当は静かに暮らしたいのに、「発信しなきゃ」と思って苦しくなる
これは創造ではなく、“認めてもらうためのプレゼン”に変わってしまっている。
✴️創造と証明の違い
「誰かに見せるための創造」は、創造ではなく“証明”になる。
そして、“証明”はどこまでいっても、終わらない。
✴️創造主としての創造とは?
見せなくても、伝えなくても、存在してしまうもの
評価されなくても、なぜかやりたくて仕方ないこと
その状態が、「本当の創造」だった
だからこそ自由で、軽やかで、続く。
「わたしの創造は、なにから始まっていた?」
問いなおすことで、また新しい“本当の創造”が始まります。
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