「石破政権誕生とその終焉 ~歴史は繰り返さないが韻を踏む~」 その3
悪夢の民主党政権と第二次安倍政権
さて、政権交代となり、民主党政権が誕生しました。
民主党政権といえば、「悪夢の民主党政権」と言われるほどの失政を繰り返した政権です。
具体的にあげていったら、キリがないので、自民党が検証した資料を読んでください。
民主党政権の検証
一言で言えば「内政、産業、経済、外交をすべて破壊した」です。
ありとあらゆる産業がダメージを受ける中、唯一無風と言ってよかったのは診療・診察メインの医療業界だけです(研究側は仕分けで散々にやられた)
何せ、「媚中派」とか「親韓派」なのに、その中国・韓国ですら、真面な話し合いが出来ずに、悲鳴をあげる始末。
アメリカに至っては「ルーピー」とまで呼ばれ、とにかく日本国内だけでなく、世界的に迷惑をかけていたのが民主党政権です。
目玉の「子ども手当」も結局は満額を支給できずに子育て世帯からも見捨てられていました。
と、早々に野党自民党・公明党から批判や国会論戦で負け続け、菅直人政権では退陣寸前にまで追い込んでいたんですが、「東日本大震災」が発生します。
「東日本大震災」の発生によって、自公は一旦民主党政権への攻撃を止め、震災対応へと邁進しますが、与党ではないということは、具体的な対策がほぼ出来ないということを痛感し、何としても、政権を取り返すぞと当時の自公の議員は覚悟を決めたそうです。
野党時代の自民党の総裁は谷垣禎一氏です。
多数の議員が落選したことによる自民党内の動揺を即座に沈め、一致団結して、市井の皆様の声を聞くこと(ドブ板)をやれと指示し、実際、自民党は野党時代には車座集会を全国各地で行い、第一次安倍政権から麻生政権までの自民党内部からの「〇〇降ろし」の反省をしていました。
保守論客()や自称経済評論家()などの書生輩は、民主党の失政に次ぐ、失政を政権交代に加担したにも関わらず、シレっと批判して、更なる本や講演会の売り上げにしていました。
政権交代によって、多数の自民党議員が落選しましたが、反面良かったことは、所謂「小泉チルドレン」の大掃除が出来たことです。
小泉人気にあやかって当選したが、碌に仕事が出来ない議員がことごとく落選し、実力派と真摯に反省してドブ板三昧をした議員だけが生き残りました。
2012年自由民主党総裁選挙が行われました。
普通なら野党時代の貢献もあり谷垣禎一氏が総裁になる展開ですが、石原伸晃氏の背中撃ちにより、谷垣禎一氏は総裁選辞退となり、安倍晋三氏、石破茂氏、石原伸晃氏、町村信孝氏、林芳正氏によって、総裁選が行われ、麻生派、高村派の支持と「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」による応援により、安倍晋三氏が総裁に選出されました。
一旦、総裁職を辞任した総裁が、また、総裁に再選されるのは自民党史上初でした。
2012年12月6日衆議院議員選挙により自民党が圧勝し、公明党と共に与党へと復帰、首班指名により安倍晋三氏が内閣総理大臣に就任し、第二次安倍政権が発足しました。
第二次安倍政権は、まずはデフレ経済脱却のためにインフレターゲット設定し、日本銀行法改正も視野に入れた大胆な金融緩和措置でした。民間投資を喚起する成長戦略を三本の矢と称した一連の経済対策は、「アベノミクス」と呼ばれました。
これにより株価が上昇、小泉政権からの「貯蓄から投資へ」の政策もあり、所謂株クラ勢が多数発生しました。
また、民主党政権によって関係悪化した外交の立て直しを最優先とし、中国だけでなく、アメリカとの関係回復に務めました。
安倍晋三氏は第一次政権時代から「グローバル化」を推し進めてきた議員でもあり、「世界に対してどこまでも、広々と、オープンにつながる日本」を目指していました。
「価値観外交」「主張する外交」「自由と繁栄の弧」「地球儀を俯瞰する外交」政策であり、経済安全保障から軍事関連と多国間連携を推し進め、港や道路などハードのインフラの整備だけでなく、投資環境整備にもつながる法整備支援や、人材育成といったソフトのインフラ整備への協力を、日本の役割と位置付けることが重要だとしていました。
治安政策として、「国際組織犯罪防止法条約」を批准を目指し、2017年に「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案」(共謀罪の構成要件を改め「テロ等準備罪」を創設する改正組織犯罪処罰法)が自民・公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決、成立した。改正組織犯罪処罰法施行により、同年8月10日国連本部に於いて、国際組織犯罪防止条約(TOC条約)とTOC条約締結が前提条件となる人身取引議定書と密入国議定書、さらに国連腐敗防止条約が締結されました。
「アベノミクス」とは
・大胆な金融政策
・機動的な財政政策
・民間投資を喚起する成長戦略
であるが、元から種銭を持っている株クラ層などに恩恵があったが、実質賃金は上がらず、預貯金ゼロ世帯は増加、格差が拡大したという批判もあります。
と、まぁ、第二次安倍政権の功績は山のようにあるので、これもまた上げていくとキリがありませんので、ここまでで。
主題でもある第二次安倍政権において保守論客()経済評論家()言論界隈についてを書きます。
安倍晋三氏は第一次安倍政権から麻生政権までの自民党への批判はマスコミや左翼関係者だけではなく、当時力を付けてのし上がってきた保守論客()経済評論家()などの批判が拡散され(筆頭が産経新聞や保守雑誌です)た結果、無党派層(都市浮遊層)などが民主党になだれ込み、政権交代へと繋がったと分析しておりました。
結果、保守論客()や経済評論家()のご機嫌取りを始めます。
筆頭が櫻井よしこ氏や高橋洋一氏です。
保守派()が望むような野党や左翼に対しての威勢のいい言動(煽り芸)を繰り返した結果、モリカケサクラ問題の長期化や穏健派自民党支持者からは距離を置かれ、野党支持層は反発し、当時の干されていた石破茂氏などの反主流派からは批判が起きます。
しかし、連中はまた株クラというか、金転がしでもあるので、第二次安倍政権では我が世の春という状態でした。
何せ、本は売れるし、講演会には呼ばれるし、総理大臣である安倍晋三氏との会食などは自尊心を大いに満たしてくれますしと、ドンドン連中は増長していきました。
また、「悪夢の民主党政権」は国民はこりごりとなり、自民党は選挙で圧勝を続けます。
結果「安倍チルドレン」と言ってもいい議員が多数当選します。
保守論客()たちは彼らをターゲットにします。
元から、ネット世代でもあるこの議員たちは「愛国心()」に満ちていますから、保守論客()たちの主張に同調して、官僚を敵対視(軽視)したり、下野にも付き合った友党である公明党批判などを繰り広げます。
第二次安倍政権時代は国際状況は安定しており、民主党の後始末は大変でしたが、そこは官僚と実務家議員たちの奮闘により立て直しが進みました。
小泉政権に置いて派閥が形骸化していた結果、党内教育システムや派閥教育システムに損傷があり、派閥を超えた付き合いと言えば聞こえがいいですが、「安倍個人派」とも言える腰巾着、実務軽視の政談家みたいな議員たちが安倍晋三氏の悩みの種となります。
保守論客()や経済評論家()たちは自身の主張の社会実験をやりたくて、安倍内閣が気に入らないことをしては批判はするし、気に入ったら絶賛をするしとお前らはDV彼氏か??みたいな手のひらクルクル状態であり、また、自身が民主党政権交代に加担していたことはなかったこと扱いにして、巧みに歴史から葬りました。
保守論客たちは自身の影響を政界に浸透させるためにも、保守議員()というか、イデオロギー議員()を多数育て上げ、自民党内で実務重視の議員と天下国家論にかまける議員との分断が起きました。
また、スマホの普及とTwitter(現X)などのSNSが登場し、一般人が多数ネット世界に入ってきて、炎上騒ぎやハッシュタグ騒動や各SNSでのレスバトルなど起き、また、反社グループなどがSNSを利用して未成年への犯罪被害の増加などもあり、限られていたネット被害の拡大と国際犯罪化が進みます。
外交の立て直しや多国間連携が進み、よしっ、これから内政の充実に力を入れるぞとなった時に第二次安倍政権最大の試練、いや、世界的な災害が起こります。
そう、「新型コロナ感染症の世界的流行」です。(以後、コロナ禍とします)


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