「石破政権誕生とその終焉 ~歴史は繰り返さないが韻を踏む~」 その2
第一次安倍政権から民主党への政権交代
政治・政策というよりも、政治・政策を巡る言論空間についてになります。
何故なら、自公政権の方針は小泉政権でまとまっており、後はそれの発展と修正でしかないからです。
何より、これを書くきっかけは政治・政策ではなくて、政治・政策を巡る言論空間への警鐘だからです。
「歴史は繰り返さないが韻を踏む」
この言葉の意味が分かると思います。
1996年から始まった「自由主義史観」運動に影響されて、保守論客が現れます。
今でも活躍()している保守()論客たちです。
個人的に抜粋します(敬称略)
櫻井よしこ
阿比留瑠比
三橋貴明
小川榮太郎
加藤清隆
門田隆将
竹田恒泰
水島総
山際澄夫
高橋洋一
上念司
渡邉哲也
中野剛志
青山繁晴
田母神俊雄
一色正春
藤井聡
百田尚樹
有本香
飯島陽
今でも、名前を見る連中が表舞台に出てきたのがこの時期です。
インターネットの動き
1990年代後半~個人サイトの流行
1999年「2ちゃんねる」開設
2000年 FLASH黄金時代開始
2002年「enjoy korea」開設
2006年「ニコニコ動画」開設
「自由主義史観」運動が大きくなったのは、そもそもが、大手マスコミや教育界などの左翼傾向というか、「反日」「自虐教育」への反発です。
中国・韓国の反日教育への対抗もあります。
また、欧州や米国にも反日教育はありました。
第二次世界大戦の敗戦国であるという烙印は戦後50年を経ても払拭されず、東南アジアや豪州なども反感は強かったのです。
ですが、「自由主義史観」運動で、「大日本帝国時代の再評価」がされました。
ネトウヨ神話とも言えるのですが、
「世界中が欧米白人国家の植民地となっていた時代に、独立を保ち、白人国家であるロシアに勝利し、有色人種の代表として人種差別と闘い、アメリカに破れるも、アジア解放・独立を成し遂げた国である」という言説です。
間違ってはいないが、正しくもないですね____
とはいえ、「自虐教育」「反日教育」「反日報道」にうんざりしていた人たちには刺さりました。
そして、戦後のODAなどへの海外からの感謝、漫画・アニメ・ゲームといったコンテンツが海外から評価が高いことなどで、「もしかして、日本って嫌われていないの??」という感情が広がります。
そして、個人サイトで「歴史」「軍事」「政治」系が登場します。
「愛国個人サイト」の爆誕です。
当然、対抗馬としての「反日・自虐サイト」も爆誕します。
「2ちゃんねる」などで、左翼とネトウヨのバトルも開始します。
「コテハン」と呼ばれる人たちが登場します。
「2ちゃんねるまとめサイト」が爆誕します。
「enjoy korea」(日韓翻訳交流サイト)で韓国人とのバトルも開始します。
最初は「2ちゃんねる」の軍版の小話だったものを漫画化した「ヘタリア」の爆誕によってオタク層が政治論争へ加入します。
FLASH動画で「愛国FLASH」「嫌韓FLASH」「歴史FLASH」などが作られます。
「ニコニコ動画」開設によって、FLASHからより詳しくなった解説動画が作られます。
「歴史」「軍事」「政治」「海外情勢」のエンタメ化が始まったのです。
これ、気づきませんか???
令和におけるインターネット言論の問題点は全てこの時代に誕生したのです。
ただ、名前と舞台が変わっただけです。
「愛国・反日個人サイト」→「note」「ブログ」「Facebook」「Instagram」
「2ちゃんねるコテハン(固定ハンドル)」→インフルエンサー
「2ちゃんねる」「enjoy korea」のバトル→「X(旧Twitter)」のレスバトル
「FLASH動画」→「TikTok」「Instagram」
「ニコニコ動画解説動画」→「YouTuber解説動画」
当時も、今もインターネット言論はレッテル貼りと〇害予告です。
岸田政権から石破政権までのネットの動きはこの時代をなぞっているだけです。
今、高市早苗氏支持者がやっている朝〇人認定などもこの時代からです。
また、岸田応援団の石破茂政権へのルッキズム批判などは当時、麻生太郎氏がやられていました。
左翼も右翼・保守もお互いの陣営に草として入り込んで内部からの崩壊活動もありました。
ネットからリアルへの動きの転換「行動する保守」運動、「在特会」などですね。
外国からの工作活動も当然ありました。
だから、私としては、「また、同じことやっているなぁ」だったんですが、知らない人からしたら、第二次安倍政権とは違って、恐ろしいことが起きているという認識になってしまっているのに気づきましたので、書くことを決めたのです。
第一次安倍政権からこれらの影響が政治に干渉するようになりました。
まず、きっかけは第一次安倍政権への失望から始まります。
小泉政権は任期満了で終了し、史上最年少で安倍晋三氏が総理総裁に着任しました。
安倍晋三氏は自身の内閣を「美しい国創り内閣」と呼びました。
小泉改革を継承することと「日本を、世界の人々が憧れと尊敬を抱き、子どもたちの世代が自信と誇りを持てる『美しい国、日本』とする」と述べました。
第一次安倍政権時代の安倍晋三氏ははっきり言って「舐められて」いました。
史上最年少52歳という若さと戦後生まれ初の内閣総理大臣だったことなど、とにかく、若すぎたのです。
小泉政権前後に勃興した「自由主義史観」運動で台頭してきた保守論客は、当時、大日本帝国を褒め称えたら本が売れる、日本人の自尊心をくすぐる本を出せば売れる、中国・韓国を批判したら売れる、海外の親日発言をまとめたら売れるという空前のバブルでした。
今では捏造されていたモノも複数あったことが判明しましたが、これまでの反動からか保守系の本への検証などはされず、左翼系は検証・批判されるという反転運動が起きて、それは現在でも保守系言論に異論を唱えると朝〇人認定、中〇人認定される弊害として残っています。
売れた書生輩が企むことは政界への影響の拡大です。
これは戦前から変わらず書生輩たちは選挙を経ずして政治への影響力を高めようと動きます。
筆頭が櫻井よしこ氏です。
小泉純一郎氏は書生輩を全く相手にせずに、自身の政治に対しての魅せ方で国民だけでなく、海外すら魅了し、圧倒的な国民の支持の中で政策を進め退任したのです。
なので、書生輩たちは安倍晋三氏に狙いを付けます。
安倍晋三氏は「美しい国」と共に「戦後レジームの脱却」もスローガンにしており、書生輩からしたら意見は合うし、自分たちを重用するだろうと思っていたのです。
しかし、安倍晋三氏がまずしたことは小泉政権時代に悪化した中国・韓国との関係改善でした。
当時から本でも、ネット言論でも批判とバトルが起きている中国・韓国との関係改善に動いた安倍晋三氏は保守論客から無能・売国奴・裏切り者扱いされました。そして、当時、本気で政権交代を企んでいた民主党とマスコミがタッグを組み、安倍政権批判が巻き起こり、急速に支持率が下がります。また、小泉政権において郵政選挙で除名された議員を復党させたことで、自民党支持層からの支持も下がりました。
櫻井よしこ氏筆頭に保守論客は産経新聞などに寄稿したり、ネット番組などで批判を繰り広げ、折からの体調不良により第一次安倍政権は退陣となりました。
安倍晋三氏の次の総理総裁として福田康夫氏が着任します。
福田康夫氏は靖国神社参拝には中国・韓国など反対している国に一定の配慮をすること、憲法改正には周辺国の理解が必要だと主張していることから保守派からは「媚中派」「親中派」と罵倒されており、福田康夫氏自身も全くの無視という態度でした。
続く、麻生太郎氏が総理総裁へと着任するが、麻生政権でも保守論客は相手にされず、櫻井よしこ氏に筆頭に産経新聞などが積極的に降ろしをして、ついには民主党への政権交代となりました。
保守論客は第一次安倍政権から麻生政権までは自分たちを重用しない政権を逆恨みして、すり寄っては罵倒するを繰り返し、民主党右派こそが真の保守派であると持ち上げて政権交代となる圧力の一つでした(現状、彼らの中ではなかったこと扱いになっている)
それとは引き換えに匿名ネット言論空間においては、民主党のヤバさを伝える動画やブログやHPがあり、政権交代したら地獄が来ることを理解している勢力による必死の抵抗がありました。
安倍晋三氏・福田康夫氏・麻生太郎氏への応援動画や実績解説動画、クリスマスカードや年賀状や誕生日カードを贈るなどの応援運動、2009年衆議院議員選挙では自民党公式パンフレットをボランティアとして配るなど、特に党員でもなかった層も政権交代へ必死の抵抗をしましたが、大手マスコミや保守論客による自民党ネガティブキャンペーンには勝てずに政権交代となりました。
この時代、匿名ネット集団が勝てなかったのは当時、まだ、ネット環境はパソコンに依存しており、ネット住人は限られていたこと、ネットからリアルへのチラシ拡散やデモなどはあったが一般大衆は政治運動から距離をとっており逆効果であったこと、リーマンショックなどの景気悪化、非正規雇用問題など景気対策が十分でなかったこと、「こども手当」を目当てに普段は投票に行かない層が民主党に投票したことなどが政権交代の原因となりました(麻生政権は経済対策の道筋を立てていたが、政策をマスコミが報道することはなく、閣僚の失言や世襲批判などが巻き起こり、対策が打てなかったというのが現実である)


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