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【こんな時代が来るとは思っていなかった――故・角谷美知夫について】2・彼が入った精神病院

その朝早く、四畳半の私の部屋の電話が鳴った。
まだ眠かったので取る気がしなくて、少ししてようやくもぞもぞと起き出してから、さてと、と受話器を取って、角谷君の家の番号をプッシュしたら、
「さっき、かけたよ」
と言われた(あ、角谷君だったのか)。

お見舞いに来るのなら買ってきてほしい、と言ったシュタイナーの本が、
吉祥寺のLONLON(現在のアトレ)にあるのを見かけた、ということを伝えてくれるためだった。
なので私のほうでは、飛行機が着く時間を教えて、羽田に行くには少し早めに家を出て、井之頭公園を少し散歩してから行くことにした。

秋が深まるには早く、朝の光がまぶしい園内にはまだそれほど枯れ葉は落ちてはいなかった。
写生教室の生徒たちなのか、中・高生らしい子どもたちがあちこちに画板を持って座っていて、みな一様にそろったように、水色の輪郭を取って絵を描いているのがふしぎだった。

池のそばの弁天様まで行ってみて、社の裏まで回ったら、千両箱に巻きついてシャーッと口を開けてこちらを威嚇している白蛇の置物に出くわしてーーこれは、残念ながら今はもうないーーそれを見たら、今から自分が山口に行くことを思い出した。

山口ではどうやら白蛇信仰が盛んらしく、角谷君が子どもの頃にも、家の裏山かなにかに白蛇を祀った祠があった、と聞かされたことがあったからだ。

この時、本屋で買っていったシュタイナーの本がなんだったかは覚えていない。
でも、81年だったから、
イザラ書房から出ていた紫色の、
『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』
だっただろうか。

宇部の空港には、角谷君自身が、タクシーで迎えに来てくれていた。
カッコよかったシャギーヘアを短く切りそろえてーー入院していて、お風呂に入れる回数が少ないから?ーーちょっと普通の人っぽくなってしまっていたけれど、それ以外に特に変わったところはなかった。
少し、肌が前より荒れていたかな。
二人でまたタクシーに乗って、まっすぐ彼の家に向かった。

ともにバックシートに座っている間、彼が時々ぎょろりとした目でこっちを見るのには気づいていたけれど、
“この人、自分のなんだったっけ?”
とかよけいなことを考えているな、と思ってそ知らぬふりをしていた。

そんなところは、まあ分裂病っぽいと言えば言えた、素人判断だけれど。

着いたのは、新興住宅地のようなところの、割と普通の一軒家。
「そこだよ」
と言われて上がった家の中も、けっこう新しい感じだったから、近年に建て直ししたのかもしれなかったけれど、階段を上った先の二階の彼の部屋も広々としていて、なかなかに過ごしやすそうだった。

そこで買っていった本を渡して、しばらく二人でしゃべっていたら、
働きに行っていたお母さんが帰ってきたので、はじめましての挨拶をし、
今度は二人で、ごく近所の、なぜかそれだけ住宅地の中にぽつんとある喫茶店兼食堂のようなところにいっしょにお昼ご飯を食べに行った。

角谷君は鍋焼きうどんをふーふーしていたような。自分はなにを食べたんだったか。

そうしたら彼が、自分の入院している病院を見に行くか、と聞くので、
うん、行く、と答えて二人でそこから歩いていった。
10分くらい、と言われたのに、歩き始めたらその2倍くらいかかった。
見かけはなんの変哲もない、ただの病院だっただろうか。

門を抜けて敷地に入ったら、両手を後ろ手に組んで庭をのんびり散歩している年輩の女性に出会い、
向こうがとたんにうれしそうな顔をしたので、
私は内心、やっぱりか、と思ったけれどーーその頃の私は、自分が精神のちょっとおかしな人たちに親近感を持たれやすいのを感じていた。電車の中で目が合っただけで、とかーー笑顔につられてうっかりそちらに行きそうになるのをこらえ、角谷君と並んで敷地内を進んでいった。

途中でまた別の、今度は男性の入院患者に出会って、彼が「〇〇さん!」と声をかけた。
声をかけられた男の人は一瞬顔を上げて彼に向かってうなずき、私のほうにも一瞥をくれたけれど、すぐまた目を落として自分の前方だけを見つめて歩いていってしまった。

角谷君について男子病棟に入り、入院している部屋まで案内してもらった。面会票に記入するといったような面倒はなにもなかった。

そこは畳敷きの、複数人がいっしょに眠る部屋。何人かの男の人たちが私服でごろごろしていた。消灯時間が来たらみんなでいっせいに布団を敷いて寝るんだそうだ。

そして、部屋の入り口から、
「あれが17年いる人」とか、
「あのおじさんはちょっといじめられている」とか笑いながら私にこっそり教えてくれるのだった。
いじめられていると言われた人は、確かに少し気が弱そうで、なにも病院に入ってまでそんなことしていなくてもいいのに、と私が思ったのは否めない。

その人たちには特に挨拶はしなかったものの、
今から思うと、そんなに長期で入っている人もいるようなところに、
ガールフレンドを連れてきて見せびらかすようなまねをしてよかったのだろうか、と思う。
いや、もちろん彼に見せびらかすつもりはなくて、ただ、東京から来た友だちに、自分の入っている病院を見せたかっただけなんだろうけど。
いや、それとも田舎で、取り立ててほかに行くところもなかったからだろうか。

家に戻ったら、お父さんも仕事から帰ってきていたので、
その晩はお寿司を取ってもらって、4人で食卓を囲んで比較的和やかに夕食をした。

テーブルの向こうのお父さんは、なんでこんな普通のお嬢さんがうちの変わり者の息子なんかに、というような顔をしていたけれど、それは気のせいというものかもしれない。

後は彼の部屋で、レコードを聞いたりーーあの時はなんだったかな。Swell Mapsとか?-ーまんがをーー<コロコロコミック>を薦められて、コロコロかぁ、と思ったけれどーー読んだり、机の上に広げられていた、製作途中の戦場のジオラマの兵隊や戦車をいっしょにいじったりしていて、その晩はそのまま彼の家に泊めてもらった。

でも私は月曜日には会社があるので、翌日の日曜日にはすぐ帰らなければならず、しかも飛行機の切符が朝一番のしか取れなかったから、朝はお母さんに作ってもらった和食の朝ごはんをまた4人でいっしょに食べ、今度はお父さんの車で、角谷君もいっしょに空港まで送ってもらうことにした。

家を出る前に角谷君が、
「おもしろくなかったんじゃない?」
などと意外なことを、ちょっと心配そうな顔をして聞くので
(なに、言ってるの、この人? 人のこと考える余裕なんかないくせに)、
私は、
「いや、そんなことないよ。いつもみたいでよかったんじゃない?」
と、そう答えられても男の子(人)がうれしくもなんともなれなさそうな言葉を返した。

しかし、なんでお見舞いに来るつもりだったのが、実家に遊びに来たことになってしまったのか。
どんな精神病院に入っているのか、確かめることができたのはよかったけれど。

空港で搭乗案内を待つ間、
この人はこんな時でもなければ自分にお金を使うまい、と踏んだ私は、
「おみやげ買って」
とねだってみた。

角谷君は一瞬、う、という顔をしたけれど、
父親がいっしょにいる手前、渋々箱入りのお菓子をひとつ買ってくれた
(迷っている私に、「これでいいんじゃない?」とか言いながら、一番安そうなやつを)。
私はそれを手にしてやった、と喜び、
明日になったら「旅行」のおみやげだと言って会社に持っていこう、と思った。

そうやって私がトンボ帰りで東京に帰っていった後、
その後いつまで彼がそのまま実家に留まっていたのかは知らないけれど、
病院に戻っても、また外泊許可なんかを取って、
九州に遊びに行ったりしながらーー小倉にはまた別の、彼と懇意にしていた年長の、舞踏家の男性がいた。この人ももうとうに亡くなってしまったが
ーー2ヶ月程度の入院生活を終えて、ふたたび高円寺に戻ってきたのだった。

そう言えば、診断名がどうついていたのかは聞かなかった。
どんな治療をしているのかも聞かなかった。
あれだったら、軽い鬱とか、神経症といった診断でもいいんじゃないかと思うけれど、
別に分裂病でもいい。彼自身がそう呼んでほしかったのなら。


多少、はしょりました。

これは、よみがえらせた記憶と、当時の記録によって綴られたものです。

創作部分を入れないと、やっぱり単調になりがちですね(皮肉です)。

もしかして私のしていることは、すでに伝説となりかかっている、
夭折した分裂病(現・統合失調症)のアーティストのイメージをぶち壊しにすることかもしれないけれど、
でも、実際はこんなもので、別に病院に押し込められたわけでも、
そこで鎮静作用のある薬を無理やり飲まされてよけいヘンになったわけでもなかった。

もちろん、幻聴に脅かされる日々はあった。でも、この二日間はそんなことは言わなかったかな。

医者や軍隊を憎むような口癖があったと書いている人もいるけれど、
私は特に彼は医者も軍隊も憎んでいなかったと思う。

だって、彼が濫用していた睡眠薬(ブロンじゃない)は医者にもらいに行かなきゃ手に入らないんだし、軍隊が嫌いなら、戦地のジオラマなんて作るはずがない。
兵士のコスプレ(?)だってするわけがないでしょ
(今回出た2枚目のCDの、トレーの下の写真)。

それがほんとなら、矛盾してるよね。

※タイトル画像は、角谷美知夫が描いた絵。シュタイナーのポートレート。

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