今、怒りに震えています。
映画評論家による「隙あらばパンチラや胸揺れを差し込むアニメーター」という表現に、強い悪意を感じ、同時に絶望を覚えました。
私自身、わずかな期間ではありますがアニメ制作の現場で働いた経験があります。
そこで知ったのは、アニメーターたちがいかに情熱と誇りをもって作品づくりに臨んでいるかということです。彼らの熱量はすべて、良い作品を完成させる、その一点に注がれています。
少し前のポストで、アニメ『着せ恋』のファンサービス的なカットが議論になった際、多くの方々が
「これは単なるファンサービスではなく、感情を伝えるための重要なシーンだ」
と指摘されていました。
まさにその通りです。
コスプレという題材を扱い、被写体が女性であれば、表現が性的に見えるのは必然です。
その必然性があるからこそ、キャラクターの繊細な感情やアニメならではの美しさが表現できるのです。
しかし、受け手によっては、あの評論家のように「隙あらばパンチラや胸揺れを差し込む邪悪なアニメーター」と、悪意を込めて恣意的に解釈することも可能でしょう。
そしてもし仮に、そうした解釈のもとに表現が削られてしまっていたら『着せ恋』という作品は成り立っていたでしょうか。
いま、アニメや漫画は「性的搾取」という言葉によって激しい攻撃にさらされています。ですが、それは本当に正しい評価でしょうか。
Amazon Primeでは、より露骨なエログロ描写を含む『ザ・ボーイズ』が高い人気を誇り、Netflixの最新ドラマシリーズではゲイのセックスシーンが自然に描かれることもあります。
私はそれらの表現を否定するつもりはありません。しかし、なぜアニメーションだけが、殊更に攻撃の対象とされるのでしょうか。
アニメや漫画は、日本人が子どもの頃から親しんできた文化であり、行政からほとんど支援を受けることもない中で、作り手たちが研鑽を重ね、世界に誇る芸術へと育て上げてきた職人芸です。いまこそ、彼らに名誉と誇りを与えるべきではないでしょうか。
安い賃金で長時間働き、世界に通用する作品を作り続けてきたアニメーターたちに対し「性的搾取」という安易なレッテルを貼り、インプレッション稼ぎの道具にすることは、あまりに卑しい行為です。
私たちファンは、この不当な攻撃に立ち向かうときが来ています。
憎しみや分断ではなく、作品への敬意と創作者への尊重をもって。
大切な文化を、私たちの手で守っていましょう。