我は無量劫(の先)に於いて、(衆生の)為に大施主とならん(と願へり)。斯(こ)の願い(もし)満足せずんば、誓って正覚を成さじ。
大無量寿経「重誓偈」より
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わたし(=法蔵菩薩)は計り知れぬ昔に、苦海に沈む衆生を救済する為の大施主(=救済主体者)となろうと願いを起こしました。もしもこの願いが満たされないで、衆生が苦海に沈んだままであれば、わたしは正覚を取って仏と成ることは致しません。
と、法蔵菩薩は世自在王如来に誓いを建てられました。そしてその誓いが成立したので、阿弥陀如来となられました。苦海の衆生が救済されたからです。
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だからわたしたちは救済された存在、ということになります。苦海の娑婆世界を脱出してすでに仏国土にいます。此処は仏の世界なのです。そうは思わない、そうは思えないけれども、それは見間違いの判断ミスです。
迷妄の闇を出て、正覚すれば、阿弥陀如来の言い分が正しいということが分かることになっています。実態把握すれば、阿弥陀如来のお誓いがその通りに実現されているということが自明になるはずです。
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救済されているわたしが、見えて来るはずです。
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救済されて深い安堵の呼吸をしているわたしが、此処にいるはずです。





