第五幕 羽刃打ち
怪鳥・
「あの巨体でよくも蝶のように舞うものだ」
秋唯は周囲の武家屋敷を取り囲む塀を盾にしつつ、尻尾の毛を数本むしり、帯電するそれに妖力を注いだ。火種に空気を送って大きくするように、発電毛を妖力で大きく発電させる手順を踏まねば、秋唯は満足に雷撃を出せない。
これは秋唯が雷獣として劣っているのではない。大抵の雷獣がそうなのだ。予備動作もなく大電撃を呼びつける大瀧一門や、それをなぜか可能としている光希の方が、特殊であった。
(大瀧蓮は力と技、両方を兼ねているらしいが……光希といい大瀧のきかん坊といい、羨ましい奴らだ)
そう、光希もまた生まれながらに、力の雷撃を発することができていた。
だから父・重右衛門は光希に家督を継がせ、尾張をより盤石にせんと躍起であった。
「いけ」
放った毛が雷撃となって飛翔。ハバウチが顎をついとあげて上昇、喉を掠めるように電撃が散る。羽毛が数本千切れとんだ。
「くそ……すばしっこい」
尾張の雷撃は精度──妖力から雷への変換効率が良く、肉体・精神の消耗が少ない一方で、威力に劣る弱点がある。
馬力がない──と言える。故に、だからこそ尾張雷獣は雷撃の他にも武技を学ぶ。
二回、三回、足踏み。そして駆け出す。
まずは前方の塀を蹴り、三角形を描くように屋敷の二階へ上がる。左手一本で瓦を掴んで飛び上がり、迫るハバウチに飛びかかる。
下の陸軍兵──その隊長が「待て、撃つな! 銃を下ろせ! 抜剣し、待機せよ!」と号令。
その判断は正しい。この規模の
興奮させるだけだ。大砲でやっと、明瞭に傷を与えられるくらいだ。
「ゼァアッ!」
秋唯は交錯の瞬間、ハバウチの左足を切り裂いた。十文字槍の横手の刃が、鱗を砕いて肉を削いだのがわかる。
すかさず身を捻り、握っていた毛を雷撃に変換、打ち出す。
雷鳴音が轟き──穿った。腹、両翼、尾羽。飛行を削いだ手応え。
秋唯は下に落下しつつ槍を突き立てて勢いを殺し、着地。
ハバウチは屋敷に腹から突っ込み、がらがらと轟音と煙を舞い上げ、瓦礫に沈み込んだ。
「君は……」陸軍兵が聞いてきた。例の隊長と思しき男だ。
「尾張秋唯。元警官だ。その前は
「わかった。あっちの二人は?」
チラと見た。狐春と、あとは知らない女が戦っている。
「狐の方は連れだ。女の方はわからんが、
「そうか。──各自、小型の
「了解!!」
適切な指示である、軍歴が長いと見え、だからこそ秋唯は気になった。
「あなたが隊長と見受けるが、相違ないか」
「如何にも、とはいえ平時はただの軍医だよ」
「以前は何を?」
「十二支隊、だ。貴殿とは敵であった」
隊長の男は野生的に笑う。種族は人間だろうが、しかし豪傑であることは、軍服を弾けさせんばかりに鍛え上げている肉体からも明らか。
歳は五十、いや、六十近いが、まだまだこれからと言わんばかりに、気力横溢だ。
「是非名を聞きたい」
「
「だろうな──来るぞ。援護を頼みたい」
「よし来た。部下の手前、気張らせてもらおうか」
硝子を掻くような怒号が上がった。ハバウチが瓦礫を散らし、迫ってくる。
秋唯は右に周り、息を合わせたように孝之は左へ。
ハバウチはより驚異度の高い秋唯を狙う。
「だろうさ」孝之は低く、サーベルを振るった。
そのサーベルは、微かに──振動している。
振るわれた。右翼で捌こうとハバウチは翼をたわめて、硬化した。
羽根に接触、弾かれると思いきやそれを鱠の如く切り裂き、肉を抉る。そして骨を断ち、羽根を裂き続ける。
ハバウチは危機を感じ、脚力のみで飛び上がった。だが、既に滞空することもできぬ。
姿勢を崩しつつ着地、そこへ秋唯が刺突。
「ゼァッ!」
裂帛の気合いと共に、雷光一閃。刺突と斬撃が一体化した攻撃。
槍の穂先は左足の関節部を狙い、ハバウチは咄嗟に足を引くが、そこへ十字の刃が迫る。今度は、深い。
ハバウチが痛烈な悲鳴をあげた。
がく、と膝をつくような形で左側へ姿勢を崩し、羽ばたこうにも片翼を半ばまで切り裂かれて風をつかめない。
あとは死を受け入れるのみか──。
否。
「秋唯殿、くるぞ!」
「わかっている、孝之殿。……〈龍気活性〉だな」
──獣は、死を察したというだけで諦めるようにはできていない。
雄叫びを一つ。ハバウチが〈龍気活性〉を呼び込んだ。先のオオツチヨロイはそれがかなう前に倒れたが、ハバウチは成した。
かつて龍神であった「ダイヂタツヒメ」。その骸が形成した、「龍脈」。
そこから力を借り受けるのが、
「いつ見ても壮麗だな」
ハバウチを中心に木々が生い茂り、草花が咲き誇り、地脈回廊の水脈と繋がれた泉が湧き出る。
街区の一角に、局所的な森林が形成されたのだ。
まさに神業。大自然の化身と呼ぶにふさわしい力である。
そして見れば、ハバウチの怪我も再生。その全身には木々や草花で作られたような甲冑が形成されている。
本領発揮だ。
ハバウチがぐるりと舞を演じるように体を踊らせた。
全方位に梅の花が咲いた羽刃を散らす。軍兵が慌てて避け、数名が被弾。悲鳴が上がる。
うねる木々を掻い潜る。この自然地形は完全にハバウチの手中であり、奴が龍気核を失わない限り、「自然そのものを敵にする戦い」を強いられる。
「孝之殿、龍気核は任せてもらいたい!」
「頼む、私には視る力がない!」
──つまり、妖力の制御が苦手、ということ。妖怪・術師ではないのは明らか。
けれど孝之は恐ろしい動体視力で猛攻を掻い潜り、部下にハバウチの注意を向けぬよう戦っている。
十二支隊の中でも副隊長、あるいは隊長格だっただろう。判断力、指揮能力、戦闘能力いずれからもそれは確か。
秋唯は霊視を使う。妖力で瞳を覆い、特異な反応を感知する
「……背中か」
深緑に発光する、丸いものが見えた。大きさは、握り拳二つ分ほどである。
秋唯は素早く、背後から迫る木を尾で弾き、へし折った。そうして折った木に跳躍一つで登ると、尾を数回振った。尾がうなり、帯電毛が飛翔。まずは雷撃化させずに突き刺し、そして、それを確認してから後続を雷撃化。
周囲には雷が誘引される物質が多い。力の雷撃を身につけた弟なら強引に目標へ打ち込めるが、己には無理だ。
(初撃は避雷針だ)
雷撃が十数、二十発、炸裂。
ハバウチの羽毛は、しかし通電を防ぎ切った。龍気をうまく使い、絶縁したのだろう。
ギゥゥルルル──とハバウチが嗤うように唸り、
「よそ見とは良いご身分だ」
孝之が、左翼側から切り掛かった。まただ。あの、「防御不能斬撃」である。
ハバウチはそれを恐れて大きく右へ退いた。
「ありがたい」
秋唯はそれを見越し、跳躍していた。相手の警戒は、上を向いていない。そもそも、空において強者であるこいつは、上を警戒する習慣に乏しいのだろう。
乗った。秋唯は、脈打つ龍気核へ槍を捩じ込む。
「ギェェエエアアアアアッ!!」
ハバウチが絶叫し、周囲に形成していた草木や花が一気に萎れ、水が枯れ果てる。
すぐに飛び立とうとするハバウチ。秋唯は怒鳴るように聞いた。
「孝之殿、もう一度翼を断てるか!?」
「可能だ。我が豪剣に斬れぬものなし」
孝之が駆け出す。人間として極限と言えるような身体性。迫る羽刃を素早く手首を返して弾きつづける。
──本当に人間なのか?
秋唯はそう思った。それほどまでに、孝之の強さは人間離れしている。むしろ半妖と言われた方が納得できるくらいだ。
「────────ッ!!」
音。凄まじい爆音めいた発声。孝之が、大翼に切り掛かる。
ハバウチもまた怒号をあげて翼を振り、殴りつけるようにした。
超振動する刃が翼に抉り込み、交錯。
宙を舞った──、
──ハバウチの、より強化された右翼が根本から。
「冗談だろう……」
信じていたが、想像以上。そしてあの一撃必殺の太刀筋は、宵闇無明流剣術の奥義「鬼哭啾々」であろう。
この男、とてつもない実力者である。
ハバウチの飛行能力が奪われた。今こそ、千載一遇。
「今だ、秋唯殿!」
「任せてくれ」
素早くうなじに駆け上がり、秋唯は気合の咆哮をあげて、頚椎を刺突で砕き、続く斬撃で骨の隙間を断ち切って、ハバウチにとどめを刺した。
怪鳥ハバウチの巨体がどうと倒れ、秋唯は「自然に還るんだ」と小さく告げて槍の血を払う。
「胤栄神槍流……敵に回したくない手際だ」
「こちらの台詞だ。あれは……呼吸と発声により剣を振動させていたのだな」
「お見通しだ。如何にも。私には妖術の才能がなくてな。そもそも妖力の総量が極めて少ないのだ。……だから武芸で追いつこうと必死だよ。……しかしなんでまた化獣が、突然街区に……」
孝之はそう漏らした。
「侵入経路は?」
「不明だ。虫が湧くように出てきたのだ」
ふと、狐春の「湧いた」という言葉が思い出された。
「怪しい荷はなかったか。最近ここに持ち込まれたものだ」
「……なるほど。部下をやって調べさせる」
「頼む」
勘がいい。孝之はわずかな言葉で、察した。
──荷に紛れさせ、化獣を運び込んでおく。そして時が来たら、それを解放する。
秋唯はいよいよ、狐春の言葉を信じる気になっていた。
あの男は適当に見えるし無責任に思える。だが思えるだけで責任感は強いし、嘘もつかない。
──警視局の造反。
それが真実かどうかはまだわからぬ。けれど。
秋唯もまた、妙な胸騒ぎを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます