「治療が怖い…」 それでも元ジャニーズJr.長渡康二さんが被害と向き合う理由
2年前の9月7日。旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.=スマイルアップ)は、創業者の故ジャニー喜多川(喜多川擴=きたがわ・ひろむ)氏による性加害問題を認め、謝罪した。500人を超える被害者へ補償金が支払われる一方でなお、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ人や、カウンセリングを受け続けねばならない人がいる。
被害を公表した元ジャニーズJr.の長渡(ながと)康二さん(42)も時に、声が出るほどのフラッシュバックに見舞われるという。痛みを抱えながら、性暴力撲滅を目指して活動する姿を追った。
被害者と加害者を切り離さない社会
8月22日。午前中に仕事で静岡の海に潜ってきたという長渡さんの姿は、午後3時過ぎには東京都内にあった。長渡さんが発起人の一人を務める任意団体「1 is 2 many 子どもへの性暴力を根絶するAction Plan」、通称ワニズアクションのイベントを行うためだ。
「被害者はたった1人でさえも多すぎる」との思いを込め、同じく喜多川氏の被害を受けた元ジャニーズJr.(以下、Jr.)の二本樹顕理(にほんぎ・あきまさ)さん、中村一也さん、大島幸広さん、飯田恭平さんと立ち上げた団体。語呂合わせで「ワニズの日」と決めたその日は、フラワーアレンジメントのワークショップを通じて参加者と交流することになっていた。昨年アイルランドに移住した二本樹さんもリモートで姿を見せた。
参加者のプロフィルはさまざまだ。
クラスメートの男性から性被害に遭った男子高校生。
喜多川氏の加害に加担したと罪の意識を持つ元SMAPファン。
加害を黙認し続けたメディアのあり方に疑問を持つ男性。
なぜ1980年代に元フォーリーブスの北公次さんが被害を訴え出ても、事態は改善されなかったのか。なぜ多くの大人やメディアは見て見ぬふりを続けたのか。なぜ学校に被害を訴えても、加害者と同じ教室で過ごさなければならないのか――。
旧ジャニーズ問題を起点に多くの意見が出される中、長渡さんが「アイルランドでは?」と二本樹さんに問いかける。
「被害者と加害者を同じ場所に置くことはしない。どう考えても狂っている」(二本樹さん)
長渡さんもまた、加害者である喜多川氏と長年「同じ場所」に置かれてきた。圧倒的な権力勾配の下、性行為はデビューのためと刷り込まれ、在籍する選択をせざるを得なかったのだ。
「スマイルアップの対応は十分ではない。『被害者に謝り過ぎ』とか『性暴力撲滅運動をし過ぎ』と言われるぐらいでちょうどいいと思うんです」(長渡さん、以下同)
公表後に営業職を外されて…
被害を秘めておくことはできた。むしろ、そのつもりだった。「語るという扉を開けてしまったら、闇に落ちて戻れなくなる」と思っていたからだ。
だが2023年4月、元Jr.のカウアン・オカモトさんが被害を公表しているのを知り、気持ちがざわついた。その後、親交のあった大島さんが続くと居ても立ってもいられなくなった。
「大島からはJr.時代に話を聞いていました。それ以外にも被害を受けたというJr.は、僕が知るだけで100人ぐらいいる。自分も公にして『アカンことはアカン』と言わなければと思ったんです」
意を決し、夏に取材を受けた。1日で2媒体をハシゴし、被害の詳細を何時間もしゃべり続けると、取材中から頭痛が生じ、どっと疲れが出た。
「当時のことをしゃべるのは初めてだったので、ここまでしんどくなるとは予想できなかった。それから2週間ぐらいは表に出られず、電話やメールにも対応できなくなりました。周囲の人は僕が行方不明になったと思ったそうです」
ものを食べると吐いてしまう。2日に1度、おにぎりを一つだけ口にし、それ以外は、ひたすら酒を流し込んだ。自分が取材された記事も読むことはできなかった。
被害の公表に先立っては、当時勤めていた不動産会社の役員と社長にも意向を伝えていた。それぞれに1時間ずつ事情を話したが、公表後に降りてきたのは望まない部署異動――。
「表に出るのは無理だろうから裏方に回るように、と。営業職でホームページに顔写真を出していたせいか、会社には『どんなやつを雇っているんだ?』と電話がきたそうです」
会社に残る選択肢はないと感じた。旅行会社に転職し、現在は国内外を移動しながらツアーの企画立案などに従事している。
高級ホテルのフロントで使わされた偽名
歌が好きで、芸能界の「キラキラ」に憧れた。SMAPのファンだったことから、小学6年の時、旧ジャニーズ事務所に履歴書を送ると、喜多川氏から直々に電話がかかってきた。関西ジャニーズJr.の一員として活動を始め、家庭の事情で横浜市に転居してからは東京に軸足を移し、高校2年まで事務所に在籍した。
その5年は、「キラキラ」の暗部を知るには十分すぎる時間だった。長渡さんは中学1年で、喜多川氏から性被害を受ける。V6のバックダンスのリハーサルが長引き、終電を逃した夜。喜多川氏の指示通り、大阪市内の高級ホテルに向かうと、部屋に本人がいた。
「ジャニーさんの性暴力を告発した平本淳也さんの本は読んでいたので、知識はありました。でも、まさか本当にあるとは思っていなくて……」
初めての性行為を強要され、翌朝10枚の1000円札を握らされる。応じればいいことがある、とにおわされた。
それまで喜多川氏の前では笑顔を絶やさなかった少年が、まともに顔を見ることもできなくなった。周りを見渡せば、突然表情が暗くなり、やめていく仲間がいる一方、変わらずニコニコしている仲間がいる。「おかしいのは笑顔でいられない自分の方だと思い込んでしまった。むしろ被害を糧にしてスターになるのが芸能界のおきてなのだ、と」
相手はJr.がデビューできるかできないか、生殺与奪の権を握る権力者。一方の長渡さんは、性的行為に同意できるとみなされる「性交同意年齢」の13歳(23年7月に改正刑法が施行されてからは16歳)に満たなかった。拒否することは難しく、その後も、喜多川氏に呼び出されれば高級ホテルにひとり、向かわねばならない夜もあった。フロントで、あらかじめ指定された偽名や合言葉を伝え、部屋の鍵を受け取る。
「偽名は『細田』だったり、合言葉は『あみだくじ』みたいなものだったり、いろいろなパターンがありました」
年端もいかない少年の行動として異様なはずだが、フロントの大人を含め、目を光らせることはなかった。むしろ、勧めた大人さえいる。
「もうジャニーさんに会いたくない」
ある時、長渡さんが事務所の新人マネジャーに伝えたが、返ってきたのは「ええやないか。逆にやったら、ええやん。そのために事務所に入ったんやろ」。
夢と代償の間でもがく日々にも限界が訪れた。高校2年。翌朝の仕事のために泊まった東京・六本木のホテルで、喜多川氏の被害に遭う。気付くと財布もカバンも置いたまま、パジャマで部屋を飛び出し、横浜の自宅まで歩いた。
冬の夜。ホテルの薄い布スリッパはボロボロになった。ほどなく事務所を退所した。
「しばらく付き合うのを控えさせてもらう」
それからは記憶を封印するように芸能界とは一線を引いたが、ボイストレーナーの仕事をしていた時期がある。10人ほどのプロジェクトに参加した時、駆け出しの歌手が長渡さんを慕って、ハラスメント被害の相談をしてきた。だが、上長に伝えあぐねているうちに、当人が2週間ほどして辞めてしまった。
「猛烈に後悔しました。遅ればせながら上長に伝えたら、僕がプロジェクトを外された。声を上げた者がたたかれるということを、身をもって知りました」
被害者や、被害者を守ろうとした方が不利益を被る。本末転倒な感覚は、この2年ほど、いやというほど味わわされてきた。見知らぬ人からの中傷以上にこたえるのが、身近な人からの無理解だ。
スマイル社が設置した被害者救済委員会と補償合意に至ってからは、飲み仲間などに「金もらったのに、まだ文句言ってんの?」と言われることが増えた。
やんわりとながらも「うちの方には来ないでくれ」と伝えてくる親戚もいた。
中でも打ちの…
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きくち・かおる 1992年入社。新雑誌編集部、サンデー毎日編集部などを経て、2023年8月から現職。公益財団法人「性の健康医学財団」が認定するカウンセラーの資格を持つ。