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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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5章
26話


 夏休みも明け学校生活が始まったある日の午後、ホームルームはいつもよりほんの少しだけざわついていた。

 

 その理由は担任の星之宮知恵が両手にプリントの束を抱えて、ニコニコと教室に入ってきたからだった。

 

「はーい、それじゃあ今日はちょっとだけ特別なお知らせだよ~。2学期のメインイベント、体育祭についてだよ」

 

 教室内が軽く湧く。運動が得意な男子たちは「よっしゃ!」と拳を握り、逆に運動嫌いな生徒たちはうなだれた。

 

「はいはい、元気があっていいねぇ~。えーと、配るプリントを見ながら説明するからね。先頭の子から回してね~」

 

 星之宮先生は相変わらずのテンションで、でも伝えるべきことはきっちり伝えていた。

 

体育祭の要点としては以下の通りだ。

 

・各組(赤組=A&D/白組=B&C)で得点を競う。

 

・クラス単位の得点もあり、学年内順位でポイントが変動(最下位だと-100ptなど)。

 

・推薦種目と全員参加種目に分かれている。

 

・1〜3位にはプライベートポイントや次回筆記テストの得点ボーナスあり。

 

・最下位者はプライベートポイントの罰金、さらに学年下位10名は次回テスト10点減点のペナルティ。

 

・競技の参加表は自分たちで作成し、締め切りまでに提出すること。

 

 説明からわかることとしては、夏の特別試験と比べて今回は報酬がそんなに魅力的ではないと感じるな。 あまり、ポイントを増やすことは期待できなさそうだと思う。

 

 運動が得意な生徒は活躍してポイントを得るチャンスだが、苦手な生徒は最悪ポイント減額に加え、テストの点数に影響が出るのはきついな。

 俺としては、テストの減点なんてされたら退学の危機がちらついてしまうから、この体育祭クラスの勝利に貢献するのはもちろん、自分のためにも頑張りたいな。

 

 競技の参加を自分たちクラス全員で決めないといけないのも、この学校ならではのひとつの試練と感じる。 だが、一之瀬を中心に話し合っていけば問題ないはずだ。

 

 

 …そして、白組としてCクラスと協力しないといけないのも気になるところだ。

これが、Aクラスだったら葛城だったり、Dクラスだったら平田といった協力し合うのに頼れる存在がいるが龍園は俺たちBクラスと協力するだろうか。真面目に取り組むイメージが思いつかないあたり不安だ。

 

 教室のざわめきが徐々に広がっていく。

 

 生徒たちがそれぞれに不安や疑問を抱えるのも無理はなかった。

 

「え、うそ……私たち、Cクラスと組むの?」

「点数ボーナスはあるけど、テストの減点ってさすがに怖すぎじゃない?」

「てかこれ、種目多すぎじゃない? 絶対疲れるよ~」

 

 教室のあちこちで悲鳴と愚痴のミックスがこだまする。

 

 そんな空気の中、教室の前の席で、ふと一之瀬が立ち上がった。

 その笑顔は、教室の騒がしさとは正反対に、どこまでも穏やかで明るかった。

 

「うんうん、不安な気持ちはすっごく分かるよ」

 一之瀬は両手を胸の前で合わせると、にこりと微笑んだ。

 

「でも、私はこの体育祭――せっかくだし、楽しみたいなって思ってる。

 みんなで協力して、一つのことをやりきるって、なかなかできない経験だと思うから」

 

 その声が、ぱたぱたと波のように教室中に広がっていく。

 

「勝てたら嬉しいし、負けたら悔しい。

 でも、それ以上に“いいチームだったね”って思える体育祭にしたいな。

 ……うん、勝ちたいけど、楽しくやりたい。それが私の気持ち!」

 

 誰かが小さく拍手をすると、それにつられるように拍手が広がっていった。

 

「そうだな一之瀬! 俺も本気で勝ちたいけどそれはこのクラスのみんなと一緒だから勝ちたいと思うぜ!」

 

 クラスの後方で、柴田が立ち上がり同意する。

 

「私も賛成。どうせやるなら楽しんだほうが絶対いいし、誰かに任せっきりじゃなくて、みんなで作っていこうよ、この体育祭!」

 

「そうそう、推薦種目とかだってさ、相談して決めればいいし。得意なやつが出るのも大事だけど、出たい気持ちがあるやつだって大事だしな!」

 

 「うんうん」と何人かが頷く。

 

 不安だった雰囲気の教室にふっと笑いが戻る。

 

 そんな空気の中で、一之瀬は微笑みながらもう一度言った。

 

「ありがとう、みんな。きっとこのクラスなら、優勝も夢じゃないよ!」

 

俺たちは体育祭に向けてクラス一丸となることができたのだった。

 

 

 

 

 

 体育館に移動し、白組の総指揮をとる3年生から簡単な挨拶が終わると、「各学年ごとに集まって顔合わせや打ち合わせを始めてくれ」と促された。

 俺たち白組、BクラスとCクラスは、体育館の右手にあるスペースに自然と集まり始める。

 

 だが、合流するはずだったCクラスの生徒たちは、なぜか逆方向――出口へと足を向けていた。

 

(……なに? 協力どころか話し合いすらしないつもりか?)

 

 そう思ったのは、俺だけじゃなかったようだ。

 一之瀬が小さく眉をひそめ、少しだけ前に出た。

 

「話し合いするつもりはないってことかな?」

 

 静かながら、体育館全体に響く声。その視線の先で、去りかけていたCクラスの生徒たちが一瞬だけ足を止める。

 

 その中央。両手をポケットに突っ込んだまま、くるりと振り返った男がいた。

 Cクラスのリーダー――龍園翔。

 

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ?」

 ゆったりとした口調で、だがその言葉の棘は鋭い。

 

「俺が協力を申し出たところで、お前らが信じるとは思えねぇ。結局、最初っから腹の探り合いになるだけだろ? だったら時間の無駄だ」

 

 それは体育祭というイベントであっても手を組むことはないという宣言だった。

 

「なるほどー。私たちのことを考えて、手間を省こうとしてくれてるんだねー。なるほどー」

 

 一之瀬もまったく引かない。

 朗らかに返してはいるが、その瞳の奥には明らかに怒りと困惑が混ざっていた。

 

「そういうことだ。感謝するんだな」

 

そのまま背を向けて歩き出す――かと思ったその瞬間、

 龍園の足が一度止まり、ちらりとこちらを振り返った。

 

 ……俺のほうを、真っすぐに見ている。

 

 なんとなく何を言いたいかわかるくらいには因縁ができてしまって辟易とする。

 

「それにしてもよ、神楽坂。夏休みの間、誘ったのに乗ってこなくて寂しかったぜ?」

 

 言葉自体は軽い。冗談のようにすら聞こえる。

 だが、その目だけは冗談じゃなかった。

 

 誘い――つまり、船上試験からの喧嘩のことを言っているのはわかる。

 

(……まだ言ってるのかよ)

 

 思わず小さくため息をつく。

 

「まさか体育祭で、後ろから飛び蹴りとかしてこないよな?」

 

「クク、どうかな。それはそれで面白いが、まあ期待しとけよ」

 

 楽しそうに笑うと、龍園は今度こそそのまま去っていった。

 Cクラスの生徒たちも一言も発せず、無言で彼の背に従う。

 

(……まさか龍園と同じチームになるとはな)

 

 胸の奥に、じわりと重たいものが残る。

せめて、この因縁がクラスのみんなに及ばないように俺がしっかり龍園に目を見張らせておかないとな。

 

それから、俺たちBクラスだけで体育祭についての話し合いを始めるのだった。

 

 

 

 体育祭に向けた準備が本格的に始まったこの日。体育の授業では、推薦競技に出るメンバーを決めるため、さまざまな測定が行われることになった。

 

 握力計を持って教室に戻ってきた一之瀬が、にこやかに声をかける。

 

「はいはーい、それじゃあ、握力を測ってみよう! あくまで目安だけど、推薦競技の参考になるからね!」

 

 クラス内はざわつきながらも、次々と列に並んで測定を始めていく。

 

「よっしゃ、いくぜ!」

 

 先陣を切ったのは柴田。体格も運動神経もよいスポーツマンで、この体育祭でもクラス内で特に頼れる存在だ。

 

「……61.8kg!」

 

「おおっ、さすが柴田ー!」

 

「うんうん、さすが柴田くん! じゃあ次の人計ってー!」

 

 生徒たちが順々に測っていく。45前後が多く、50台が出ると歓声があがる。

 

 周囲から拍手と笑いが起こる。体育会系らしい盛り上がりだった。

 

 そして――俺の番が回ってくる。

 

俺は測定器を手に取り、呼吸を整えると一気に力を込めた。

 

 ギリ、ギリ、と音を立てるかのように締まっていく計測器。

 

「え……?」

 

 一部の生徒が目を見開く。

 

 ゆっくりと測定器を握る。じわりと力を込め、静かに最大値へと到達させた。

 

「……! え、ちょっ、今の数字……」

 

 誰かが呟き、周囲がざわつき始める。

 

「86.7kg……!? うそ、マジで!?」

 

「えっ、神楽坂くん!? なにその握力!」

 

 一之瀬が目をぱちくりさせながら測定器を覗き込んできた。

 

「……びっくりした。すごいじゃん! これなら綱引きの競技は頼りになりそうだね」

 

「前々から思っていたが……やはりすごいパワーだな。体育祭では頼むぞ、神楽坂」

 

 振り返ると、神崎が静かに立っていた。

 

「神崎こそ、頼りにしてるよ。騎馬戦とか一緒に組まないか?」

 

 神崎は口元だけで笑うと、「検討しておこう」とだけ返す。

 

 クラス内は、自然と前向きな空気に包まれていった。

 

 

 

 握力測定が終わると、今度は短距離走のタイムを測る流れになった。

 グラウンドに用意されたスタートラインに、ひとりずつ立って計測していく。

 

「よし、じゃあ次は神楽坂くんと柴田くん、神崎君が並んで走ってもらえるかな?」

 一之瀬が記録を確認しながら声をかける。

 

「お、やっと本番って感じだな。2人とも、負けねーからな」

 隣に立った柴田が、ニッと笑いながら挑発的に言ってくる。

 

「ああ、俺も負けるつもりはないよ」

 

「俺も全力で走らせてもらおう」

 

 創は自然体で、神崎も冷静にでもどこか芯の通った声で応える。

 

 スタートの合図とともに、3人が一斉に飛び出す。

 風を裂くような足音。地面を蹴る力強さ。レベルの高い戦いだった。

 

「ゴール! 3人とも、タイム出たよ!」

 一之瀬が記録を読み上げる。

 

「神崎くん、6.58秒。神楽坂くん6.36秒、柴田くん6.32秒!」

 

「よしっ!」

 

全力で走ったが、柴田の方が一歩速かった。 これはリレーのアンカーは柴田だろうか。

 

 すると一之瀬が拍手しながら近づいてくる。

 

「三人ともお疲れさま! ほんと、見てて気持ちいい走りだったよ!」

 

「いやー、なんとか勝てたわ。やっぱ神楽坂も神崎も速ぇわ」

 

 肩で呼吸をしながら柴田が笑うと、神崎が静かにうなずく。

 

「力は拮抗していた。どちらが勝ってもおかしくはなかったな」

 

 そんなやり取りの中で、創は苦笑しながらも素直に称賛を送った。

 

「柴田、すごかったよ。最後の加速、完全に置いていかれた」

 

「おう、でも0.04秒差だしな。ギリギリの勝負だろ? 油断できねーな」

 

「うん、こっちも全力だったよ」

 

 和やかな空気の中、一之瀬がふと話題を切り替える。

 

「ねえ、リレーのアンカー、どうしよっか。今の記録を見る限り、柴田くんが最有力かな?」

 

「そうだな」

 創が頷きかけたその時、すっと神崎が口を開いた。

 

「...少し待ってほしい」

 

「え?」

 一之瀬が小さく首をかしげた。

 

 神崎は軽く創の方を見て、真剣な表情で続ける。

 

「さっき後ろから見ていて気づいた。神楽坂のフォームには、まだ無駄な動きがいくつかあった。逆に言えば、それを修正すればおそらく速くなるはずだ」

 

「え……そうなのか神崎?」

 

「ああ。お前はまだ走れてしまっているだけだ。力もスピードもある。だが、それを活かす走りにはなっていない。もしフォームが整えば、記録は大きく更新できるはずだ」

 

 神崎の言葉に、柴田がふっと表情を引き締める。

 

「……ってことは、練習してもう一回、競うってことか?」

 

「ああ、神楽坂と柴田の2人で競い合えば、レベルが上がってそのほうがチームの勝利の可能性は大きくなるはずだ」

 

「おお、いいぜ。手を抜く気はねぇし、むしろ望むところだ」

 

 柴田がやる気満々で笑う。創も驚きつつ、静かに頷いた。

 

「じゃあ、神崎。あとでフォームの指導、頼めるか?」

 

「もちろんだ。お前ならすぐに修正できるはずだ」

 

 こうして、勝利に向けてリレーを通して神崎と柴田で競い合い協力することとなった。

 

 

 

 

 

 

 体育祭まで残り2週間となった今日、これまでは練習だけでなく他クラスの偵察をしたりとしていたが、この日は推薦競技の練習を中心にしていた。

 

 推薦競技は、借り物競争、四方綱引き、男女混合二人三脚、合同リレーの4つだが俺は借り物競争以外の競技にでることになっている。

 

 リレーに向けて柴田と神崎でバトンパスの練習だったり、競争をしたりと今日も研鑽をつんでいると休憩中に柴田が普段の快活さが陰った雰囲気で話をする。

 

「なあ、神楽坂、神崎。 お前たちって確か男女の二人三脚にもでるんだよな」

 

「ん? ああ、確かクラスで話し合った結果、足の速い人たちを中心に選ばれたんだよな。柴田も出るよな確か」

 

「ああそうだな。 …なあ、神楽坂と神崎は誰と組みたいとかあるか?」

 

 そう声のトーンが少し真剣なものとなる柴田に少し困惑する。

 

「俺か? 俺は正直誰かと組みたいという希望はないかな。 練習を通して選ばれた人とベストを尽くしたいつもりだ」

 

「俺も神楽坂と同じだ。 どうした柴田、もしかして組みたいやつがいるのか?」

 

 

「…えっ? ああ、そうだなぁ... その、一之瀬と俺で組めたりしないかなと思ってさ」

 

柴田の希望に少し驚くが納得もする。 柴田はよく一之瀬と話したりと関わる機会が多いからな。

 

「一之瀬には伝えたのか? 一緒に走ってみたいと言ったらOKくれそうだけどな柴田なら」

 

「まだ、その伝えてないというか伝えていいのかというか... てか、その……神楽坂はいいのか、一之瀬とその、距離が近いというか、走りたいと思わないのか?」

 

「? 距離が近いってどういうことだ。 まあ、席が隣だからいつも近いと言えば近いが」

 

「…神楽坂、柴田が言いたいのはそういうことではないと思うぞ。 とりあえず、柴田の希望は俺たちも気にかけておくし、女子のほうの希望も聞いてから決めることのはずだから、うまく一之瀬と話しておこう」

 

「ああ、頼むぜ神崎。 2人とも何か悪いな。へへっ」

 

どうやら、柴田は悩みがとれたようだ。 柴田の希望が通るといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あのさ! 私、柴田くんと組みたいと思ってるんだけどダメなのかな神楽坂くん…」

 

「えっ...?」

 

男女の二人三脚の練習として、出場するメンバーで一通り組み合わせを変えて取り組んでいたとき、女子としては高身長でバレー部に所属するクラスメイト―—―安藤紗代が二人三脚の練習終わりに聞いてきた。

 

「あっ、その急に変なこと聞いてごめんね! ただ、その神楽坂くん最近は柴田くんと一緒にいるから、そういう話とかきいてないかなって」

 

……これは、どう答えるべきだろうか。 柴田は希望としては一之瀬と組みたいことを聞いたばっかりだ。 

 ただ、これをそのまま安藤に伝えていいのだろうか。勇気をもって聞いてきた安藤も俺の返答を待っておりどこか不安な雰囲気を漂わせている。

 

 どう返答すればいいんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 二人三脚の練習後、安藤の突然の申し出に内心で軽く動揺していた俺は、休憩中の神崎を見つけて駆け寄った。

 

「なあ、神崎……。相談っていうか、ちょっと困ったことがあってさ」

 

「どうした? 何かトラブルか?」

 

「いや、トラブルってわけじゃないんだけど……その……安藤から柴田と組みたいって相談されてさ」

 

「……なるほど。だが柴田は一之瀬と組みたいと俺たちに話していたな」

 

「そうなんだ。どっちの気持ちも尊重したいんだけど……俺がどうこう言って決めるのも違う気がして」

 

 俺の迷いに、神崎は少しだけ考える素振りを見せると、すぐに答えを出した。

 

「ならば、実力で決めるしかないんじゃないか。誰と誰がペアを組んだときに最も速いのか、それを測ればよいだろう」

 

「……確かに。それなら公平だし、納得しやすいかもな...」

 

俺たちはそれらの事情を伏せて一之瀬をはじめとしたクラスのみんなに、組み合わせは記録で決めることが公平な手段かつ決めやすいことを提案し同意をもらったのだった。

 

 

そして次の日の記録の結果によって決めることを、柴田と安藤のふたりにそれぞれ伝え、陰ながら激励した。

 

ただ、結果としてどちらかは希望を通せなくなることを申し訳ないと思うのだった。

 

 

 

 午後の体育の時間。二人三脚のペア決めのための記録計測が、ついに始まった。

 

 グラウンドの直線コースにロープが並べられ、ペアを組んだ4人が順番に走る。

 

 まずは――柴田と一之瀬のペア。

 

「よ、よしっ、一之瀬! 合わせていこうぜ!」

 

「うん、よろしくね柴田くん!」

 

 笑顔の一之瀬と、やる気に満ちながらも緊張している柴田。呼吸を合わせて足を縛り、スタートラインに立つ。

 

 安藤のことがあるから素直に応援はできないがベストを尽くしてほしいと思う。

 

「よーい……スタート!」

 

合図とともに、柴田と一之瀬は一斉に駆け出す――はずだった。

 

「……っと、ごめん!」

 一歩目からややリズムがズレる。柴田の足がほんのわずかに早く、一之瀬の足に引っかかりかける。

 

 なんとか持ち直して走り始めるも、柴田の顔には焦りの色が浮かんでいるようにみえた。

 

 一之瀬自身は特に動揺も見せず、終始穏やかな表情でペースを合わせようとしてくれているように見える。

 

 ……結果、全体的には大きな失敗もなく走り切ったものの、どこかちぐはぐさが残る走りだった。

 

「ゴール!」

 

「……タイム、11.19秒!」

 

 クラスメイトから拍手は起こるが、柴田は息を整えながら肩を落とす。

 

「くっそ……もうちょい行けたはずなんだけどな……」

 

「でも、安定してたよ。ありがとう柴田くん、合わせてくれて!」

 

 一之瀬が優しく声をかけると、柴田は顔を赤くしながらも、気まずそうにうなずいた。

 

「……あ、ああ。こちらこそ……」

 

 普段より明らかに硬かった走り。本人が一番そのことを理解しているようだった。

 

 

 俺と安藤は、簡単にテンポを合わせる確認をしてからスタートラインに立った。

 

「よろしく、神楽坂くん!」

「こちらこそ」

 

 「よーい、スタート!」の掛け声とともに、一斉に駆け出す。

 

 テンポも揃っていて、スムーズな走りだった。

 スピードを落とさずにそのままゴールを駆け抜ける。

 

「ゴール!」

 

 一之瀬が記録を確認する。

 

「神楽坂くん、安藤さん、タイムは……10.52秒!」

 

 安藤が少し息を弾ませながら、笑顔でこちらを見る。

 

「よし、神楽坂くん。次、柴田くんといい結果残せるよう頑張ってくるよ!」

 

 そう元気よく言う安藤に、俺は思わず小さく苦笑した。

 

 三組目は、柴田と安藤のペア。

 

「よし、安藤。楽しんでいこうぜ」

「うんっ、よろしくね!」

 

 2人は笑顔でスタートラインに立った。

 息の合った掛け声で、自然とその場の空気まで明るくなるようだった。

 

「よーい……スタート!」

 

 軽やかなステップで走り出す2人。

 安藤は目を輝かせながら、嬉しそうに柴田の顔をちらりと見て、小さく笑っているように見える。

 柴田も無理のない自然な動きで、それに応えて歩調を合わせる。

 

 

「ゴール!」

 

「タイムは……10.15秒!」

 

 記録を聞いて、安藤がうれしそうに両手を小さく上げる。

 柴田も「いい感じだったな」と笑いかけた。

 

「うんっ、すごく楽しかった……! 柴田くん、ありがとう!」

 

「ああ、こっちこそ。走りやすかったぜ、安藤」

 

 気取らず、素直に。そんな2人の様子に、周囲からも温かい拍手が起こる。

 

 最後のペア――俺と一之瀬がスタートラインに立つ。

 

「ここまでの感じだと、安藤さんと柴田くん、かなり息が合ってたね」

 一之瀬が記録表をチラッと見ながら、小声で言う。

 

「ああ、タイムも安定してたね」

「うん。ペアを決めるなら、あの2人が一番かもね」

 

 軽く頷き合いながら、俺たちはロープで足を縛ってスタートラインに並ぶ。

 これはあくまで参考記録。でも、走るからには手は抜けない。

 

「よーい……スタート!」

 

 スタートの合図と同時に、俺と一之瀬は息を合わせて走り出す。

 足の運びはスムーズで、風を切る音が耳を打つ。

 一之瀬との走りはこれまで一番いい走りができたように思う。

 

「ゴール! タイム、9.38秒!」

 

 どよめきが広がった。クラスの数人が「おおっ」と声を漏らす。

 

「さすがだね、神楽坂くん」

 一之瀬が息を整えながら、笑顔で言う。

 

「そっちこそ、走りやすかったよ」

 

 軽く笑い合いながらも、俺の視線は自然と少し離れたところで、並んで座る安藤と柴田に向かっていた。

 

 安藤は明るく笑っている。柴田は、どこか悔しそうでありながらも納得して頷いているように見えた。

 

 柴田の願いを叶えることはできなくて申し訳ないが、もし何かのイベントで似たようなことがあれば柴田のことを応援させてほしいと思う。

 

 

 

 こうして俺たちBクラスは体育祭に向けて準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳が下り、窓の外に虫の声が響いていた。

冷房の音だけが機械的に部屋を満たしている。綾小路清華は静かにベッドに腰を下ろし、手元のスマートフォンを見つめていた。

 

 

自分から送ることに、まだ少しだけ躊躇いがある――そう思っていたはずなのに、指先はいつのまにかメッセージアプリを開いていた。

 

明日は、体育祭。

 

創が、どう過ごしているのか。

その程度のささいな関心だと言い聞かせながら、清華は画面に文字を打ち込んだ。

 

『明日、体育祭ね』

 

ほんの一言だけ。

迷いはなかったはずなのに、送信ボタンを押すまでに五秒ほどかかった。

 

数分もしないうちに、返信が届く。

 

『うん。明日から本番だね』

 

あっさりとした短文。それなのに、どこか落ち着く文字列だった。

読み返すたび、彼の声が耳元で囁くように感じられてしまう自分に気づき、少しだけ額に手を当てる。

 

『緊張してる?』

 

そうやりとりをして少し間があった後、返ってきた言葉は、

 

『……正直、少しだけ。でも、クラスの皆が頑張ってるから、俺もやれることをやるだけかな』

 

創らしい前向きな言葉が返ってくる。

 

『無理はしないで。……転んだりしないように』

 

本当に無理だけはしないでほしいと心から強く願う。

 

『綾小路さんもケガには気を付けてね』

 

『私はほどほどにこなすからケガの心配はいらない』

 

『はは、綾小路さんらしいね』

 

しばらくして、スマホがかすかに震えた。

 

『ありがとう綾小路さん。おかげで緊張がとれたよ。おやすみ』

 

読み終えた清華は、そっと目を閉じた。

まるで、彼の「おやすみ」が風に包まれて届いたかのように、心が落ち着いていく。

 

「……おやすみなさい、創」

 

明日、体育祭が始まる。 創たちBクラスは問題なさそうだけど、私たちDクラスはおそらくうまくはいかないだろう。 

 

一応、想定できることとその対処法はあるが、そんなことより創が楽しんでいるところを目に焼き付けたいものだ。

 

ベッドランプを消す。

やがて、部屋は闇と静寂に沈み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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