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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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4.5章
22話


 無人島や豪華客船でのあの特別試験を経て、夏休みに入ったある日のこと。

 蒸し暑さが残る午後だったが、モール内のジムには涼しい空気が流れていた。

 受付カウンターの前に、神楽坂創と神崎隆二の二人の姿があった。

 

「……ここが、ジムか」

 

 創は辺りを不自然にならない程度に見回す。

 

 神崎も腕を組み、辺りを見回す。初めての空間にどうやら興味を持っていることが伝わってきた。

 

「…しかし意外だな、神崎。誘ったのは俺だけど、まさかお前がこういうのに興味を持つとは思わなかったよ」

 

「この学校は学力だけでなく、人間的な強さも求められることをこの夏で思い知ったからな。そういう意味で体を鍛えるのは悪くないと思ったまでさ」

 

 

 

 それから二人は受付で簡単な手続きを済ませ、二人はスタッフの案内を受けながら施設内へと進んだ。

 "夏の初心者応援キャンペーン"と書かれたポスターが壁に貼られている。

 

「今日からしばらく、キャンペーン期間中ということで、器具の使い方などもスタッフがサポートしますので、ご安心くださいね〜」

 

 朗らかな女性スタッフが笑顔で案内を続ける。

 

「あと、ご利用の際はマシンの譲り合いもご協力お願いします。お一人様の連続使用は最長15分までとさせていただいてます」

 

 創は何気なく頷いたが、神崎は眉をひそめていた。

 

「15分……そんな制限があるのか」

 

「まあ、人気のある器具なら当然かもな。皆で使うもんだし」

 

「そういうものか」

 

 呟きをこぼす神崎に、創は苦笑する。

 

 

 

 スタッフに案内されながら、ふたりはトレーニングエリアの一角に足を踏み入れた。

 

「では、まずはこちらのマシンからご案内しますね。初心者の方には、このレッグプレスやチェストプレスといったマシンがおすすめです」

 

 女性スタッフがにこやかに説明を続け、創と神崎はそれぞれ器具の前に立って軽く動作を試す。

 

「うん、これなら初めてでもわかりやすいな」

 

「機械の補助があるのはありがたいな。動きが安定する」

 

 と、神崎がチェストプレスの動作を確認している最中――

 近くのフリーウェイトコーナーから、妙に耳に残る掛け声が聞こえてきた。

 

「ふむ、いいね……今日も私の肉体はとても輝いている……!」

 

 言葉に似合わぬ美しいフォームで、ベンチプレスを繰り返す男。

 呼吸によりパンプアップされる肉体から、力強く持ち上げるバーベル。その全ての動作が、芸術のように滑らかだった。

 

「あれ……高円寺、か?」

 

 創が呟いた声に、神崎も視線を向ける。

 

「なんでアイツがここに……? いや、妙に納得はするが」

 

 その時だった。

 

「す、すみません……あの、そのマシン、そろそろお時間では……」

 

 恐る恐る声をかけたのは、少し年配の男性客。どうやら高円寺がずっと同じ器具を使い続けていて、順番を待っている人たちが困っているらしい。

 

 だが、高円寺は顔を上げもせず、バーベルを持ち上げたまま涼しげに言った。

 

「今私はこの美しい筋肉を喜ばせている最中だ。邪魔をするのなら……消えてくれたまえ」

 

 空気が凍りつく。

 

 困り顔のスタッフが、すぐに間に入ろうとする。

 

「お、お客様……! あの、申し訳ありませんが、マシンのご利用は15分ごとに交代をお願いしておりまして……」

 

 しかし高円寺は、なおも一心不乱にバーベルを上下させながら答えた。

 

「君たちは“美”を分かっていない。――今、私の筋肉は最高のリズムで鼓動しているのだ。この美しい流れを断ち切ることこそ、罪だとは思わないかね?」

 

 女性スタッフは困惑した表情で立ち尽くす。

 

「ちょ、ちょっと……どうしよう……」

 

 周囲にはすでに順番待ちの人たちが数人、じとっとした視線を向けていた。

 けれど高円寺は一切気に留める様子もなく、まるでここが自分専用のジムであるかのように悠々とトレーニングを続けていた。

 

「……あー、もう」

 

 見かねた創が一歩、前へ出る。

 

「高円寺。前から言いたかったんだが、お前は他の人に対する配慮が見られないと思うぞ。お前のその行動で他の人の大切な時間を奪っている自覚はないのか?」

 

 その声に、ようやくバーベルを持ち上げた状態の高円寺が、ゆっくりと顔を上げた。

 

「ふむ、その問いにはいささか納得ができないねえ。 他人に時間を与えるということは、私の大切な時間が減るということだ。 この世で最も優れた私の時間が、凡庸な君たちと同じ価値だと思うのを改めたほうが有意義だと私は思うね」

 

…唖然とした。 思わず言葉が出ない。 何というか、同じ人間なのかと疑ってしまう。 だが、このまま言いくるめられるのは釈然としない。

 

どうすれば、高円寺を改めさせることができるだろうか。

 

…高円寺は自分の実力に絶対の自信があるようだ、…そこを崩していくか。

 

 

 唖然とした空気の中、創は静かに前へと踏み出した。

 視線は真っすぐ、ベンチに寝そべる高円寺を見据える。

 

「高円寺……」

 

 創の声に、高円寺はちらりと視線を動かす。が、依然としてトレーニングを続けていた。

 

「正直、すごいと思うぞ。重そうなバーベルを持ち上げる鍛え上げられた肉体、並大抵じゃない。努力の結果か、才能の賜物かは分からないが――」

 

 そこで、創はほんのわずかに間を空けてから、続けた。

 

「お前の実力は、間違いなく本物だ」

 

 高円寺の手が止まった。興味を引かれたように、少しだけ顔を上げる。

 

「ふむ……分かっているじゃないか。そうだ、これは選ばれし者の肉体美がなせるもの。私のような“特別な人間”でなければ到達できない領域だ。凡庸な君たちがこの重さを持ち上げようなど、思い上がりも甚だしいよ」

 

 その言葉に、創は静かに頷いた。

 

「……だからこそ、提案がある」

 

 静かながらも、芯のある声だった。

 

「今お前が持ち上げているこのバーベル。俺が同じように持ち上げられたら――今度からは、素直に譲りルールに従わないか?」

 

「…ほう?」

 

 その一言に、周囲がざわついた。

 スタッフも、順番待ちの客たちも、一斉に視線を創へと向ける。

 

 高円寺は、ベンチに寝そべったまま、まるで面白い玩具でも見つけたように目を細めた。

 

そして、高円寺はバーベルを定位置に戻した。

なんとか、関心を引けたようだ。

 

「特別な人間しか成せないゆえに価値があって、傲慢さを享受できるなら…、特別じゃない俺がそれを成し遂げたら――お前の“価値”も、その傲慢な振る舞いも、根拠を失うんじゃないか?」

 

そう言葉を紡ぎ、高円寺の眼を見つめる。

 

 一瞬、沈黙が落ちる。

 

 そして次の瞬間――高円寺は、ふっと笑った。

 

「くくっ……ははは! 面白い! この私に意見しようとはねえ」

 

 バーベルを静かにラックへ戻すと、優雅に身を起こす。

 

「いいだろう。ならば、私のベンチを君に預けよう。もっとも、その鉄の塊に潰されて終わらなければの話だがね」

 

 そう言って立ち上がった高円寺は、横目で創を見下ろすように言った。

 

「ちなみに、これは130キロだ。凡庸な人間に持ち上げられる重さではない。――私ほど特別な存在でなければ、ね」

 

「そうか。……じゃあ、特別じゃない俺がやってみせるよ」

 

 創はベンチに横たわり、静かにバーを握る。

 手のひらに感じる冷たい鉄の重み。深呼吸を一つ、二つ。

 

「神楽坂……くれぐれも無理はするな」

 神崎が小さく忠告する。

 それに小さくうなずき答えるが、頭の中は何としても持ち上げたい気持ちでいっぱいだった。

 

 そして――息を止め、一気に力を込めた。

 

「っ、く……!」

 

 重力に逆らうように、バーがゆっくりと持ち上がる。

 全身の筋肉が悲鳴を上げるが、創は食いしばった歯をゆるめない。

 

 周囲の視線が釘付けになる中――

 

 「おぉ……」

 思わず誰かが漏らしたその声と共に、バーベルが――上がった。

 

 ――バーベルが、創の両腕の上で止まった。

 

 だが、それは決して余裕のある持ち上げではなかった。

 

「く……ぅっ……!」

 全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 指先が震え、肘がぶれそうになる。喉を抜ける息は、焼けつくように熱かった。

 

 130キロ――想像を遥かに超える重さだった。

 

 視界が歪む。腕が軋む。

 だが、創は――

 

 それでも下ろさなかった。

 

 歯を食いしばり、腹に力を込め、まるで意地だけでその鉄の塊を支え続けた。

 

 (ダメだ……いや、まだいける……っ!)

 

 再び、ほんのわずかに腕を押し上げる。

 

 ミシ……と肩が軋む音がした。

 

 瞬間、周囲から小さく息を呑む声が上がる。

 

 「……マジかよ……」  「潰れると思ったのに……持ち上げてる……!」

 

 バーベルは、ぎりぎりのところで静かに上がっていた。  ――遅く、重く、だが確かに。

 

 やがて、創はそのままの勢いで、バーベルをラックへ戻した。

 

 「っは……はぁっ……」

 呼吸が乱れ、汗が滲む。手のひらが痛い。だが――創はやり切った。

 

 振り返れば、ジムの空気が変わっていた。

 

 沈黙、というより驚嘆。

 誰もが、今の出来事を目の当たりにして言葉を失っていた。

 

 そして――高円寺六助。

 

 彼はゆっくりと、創の前まで歩み寄ると、しばし無言で見下ろした。

 

 その瞳には、普段のような嘲笑も、見下しもなかった。

 あったのは……一瞬、確かに浮かんだ“驚き”の色。

 

「……なるほど」

 

 彼は一つ、深く息を吐いた。

 

「凡庸な人間が、凡庸でありながら、それでも限界を越えてくる。――それは美しさの一つの形かもしれないね」

 

 そして、小さく笑う。

 

「面白い。君には退屈なこの私の世界を、少しだけ鮮やかにしてくれる素質があるようだ」

 

 そう言って、バーベルのラックを軽く叩き、肩をすくめる。

 

「約束通り、このベンチは譲ろう。……そして、礼としてもう一つ」

 

 高円寺は、ふっと笑った。

 その笑みに、いつもの余裕と――ほんの僅かに、興味の色が混じる。

 

「力を示した者には、それ相応の敬意を払う主義でね。君の名を教えてもらおうか」

 

 まるで、選ばれし者にだけ向ける問いのように。

 その声音は、いつもの彼よりも少しだけ真剣だった。

 

 創は一瞬戸惑いながらも、しっかりとした声で名乗る。

 

「…神楽坂創だ」

 

  高円寺はその名を受け止めるように一度目を閉じ、口元に笑みを浮かべた。

 

「ふむ……神楽坂ボーイ、か」

 

 ぽつりと呟くように、だが確かに、その名を口にする。

 

「いい響きだ。覚えておこう。神楽坂ボーイ――君のような人間は、なかなか現れないからね」

 

 そう言って、高円寺はひらりと手を振りながら、その場を後にした。

 

 

 

 

 ベンチプレスを終えたあとは、もう何をやっても身体が言うことを聞かなかった。

 レッグプレスに挑んでみたものの、力が入らず、重りを持ち上げることさえできなかった。

 

「……今日はもう、無理だな」

 

 そう呟き、神崎とともにランニングマシンへ移動し、軽く体を動かしてその日のトレーニングは締めくくられた。

 

「せっかく付き合ってもらったのに、悪いな。あんな無茶したせいで、まともに器具も触れなかった」

 

 トレーニングルームを出ながら、創が申し訳なさそうに神崎へ言うと、彼は軽く肩をすくめて笑った。

 

「気にするな。むしろ面白かったぞ。高円寺を相手に真っ向勝負を仕掛ける奴は、なかなかいないからな」

 

「……面白かったなら、まあいいか」

 

 そんな会話をしながら、モールの夕暮れを背に、二人は寮へと戻っていった。

 

 

 

 

 この日を境に、俺は週に一度、ジムへ通うようになった。

 最初は単に体力をつけたいという気持ちだったけれど――それは思いのほか、すぐに変わっていく。

 

「ふむ、やはり君は面白い。神楽坂ボーイ、今日も限界を超えてもらうぞ」

 

「いや、今日くらいは軽めに……。ってか、もうベンチで限界超えたんだけど……」

 

「だからこそ良いのさ! 肉体は壊れて、再構築される――それが成長であり筋肉の愛しいところさ!」

 

 張り切る高円寺を前に、俺は思わず隣でストレッチしていた神崎を振り返った。

 

「なあ、神崎……ちょっと助けてくれ」

 

 ちら、と俺を見る神崎は、無言でタオルを首にかけると、ため息混じりに言った。

 

「……悪いが、俺はそこまでの熱量は持てなくてな。…まあ、頑張れ」

 

「そんな、仲間じゃなかったのかよ……!」

 

 そう言い残して、神崎はそそくさとランニングマシンの方へと立ち去っていった。

 

「……見捨てられた」

 

「はははっ、神楽坂ボーイ! 君は既に、私に追いつくという果てしない目標を得たのだからね」

 

「いや、得てない、得た覚えは一ミリも――」

 

「さあ、ついてくるのだ、私が君を特別に鍛え上げてあげよう!」

 

「勝手に始めんな! っていうか、待てって! 聞いてないから! ……おい高円寺、聞いてるか!?」

 

 このときの俺はまだ知らなかった。

 この変人・高円寺六助が、週一ペースのジム通いを地獄の特訓日に変える厄介トレーナーになるとは――知る由もなかったのだ。

 

 

 

 

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