作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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豪華客船のビュッフェには、焼きたてのパンやスクランブルエッグ、香ばしいベーコンの匂いが漂っていた。広々とした会場には、主に1年生の生徒たちが思い思いに朝食を楽しんでいる。
神楽坂創は、ビュッフェで適当に料理を取り、オレンジジュースを片手にBクラスの仲間が集まるテーブルへ向かった。
「おはよ、神楽坂くん。寝坊してない?」
一之瀬帆波がにこやかに声をかける。
「さすがに試験の日くらいはちゃんと起きるよ」
創は軽く肩をすくめて席に着いた。神崎隆二もすでに座っており、コーヒーを飲みながらスマホを見ている。
「そろそろメール、来るんじゃないか?」
神崎の言葉を聞き、創はポケットからスマホを取り出す。ちょうど新着メールの通知が表示されていた。
『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。
グループの一人として自覚を持って行動し、試験に挑んでください。
本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。
竜グループの方は2階竜部屋に集合してください。』
「……俺は優待者じゃなかったな」
画面を確認し、創は特に驚きもせずスマホを伏せた。
「私もだよ」
一之瀬もスマホを見せながら微笑む。
「俺もだ」
神崎も頷き、コーヒーを口にする。そのままスマホを弄りながら、何気なく言った。
「“厳正なる調整の結果”とは気になるな。おそらく何かしらの基準で選ばれてるんだろうな」
「ほんとだね。無作為抽選ってわけでもないみたいだし……なんとなく、何か法則がありそう」
一之瀬もメールを見つめながら、ふと呟く。
「まあ、俺たちに分かるのは、ディスカッション試験において誰がグループかくらいだな。一之瀬は大丈夫か?」
「そうだね。浜口くんと別府くんは、こういうとき冷静に話せるはずだし大丈夫だと思うよ。 …それよりも、神崎くんのほうは大変になりそうだね。 特に、龍園くんは何をしてくるかわからないから気を付けてね」
「ああ、もちろんだ。 龍園はもちろん、葛城などリーダー格が集まる場だ。遅れをとらないよう一之瀬の分まで健闘する」
神崎の落ち着いた態度に安心感を覚える。
「はは、頼もしいな神崎は。これなら、試験も大丈夫そうだな」
「…言っておくが、神楽坂に託す場面は多いと考えているぞ俺は」
そう神崎が目を向ける。 思ったより真剣な表情で少し困惑する。
「俺が? だが、神崎が意見が述べると言ってなかったか確か」
「確かに俺が意見を述べるといったが、この試験はディスカッションだ。意見を述べるだけでなく相手と対話をしないといけない。 俺はこういうのには向いていない。だから、神楽坂にそのへんを託したいと思っていたんだが。 …迷惑だったか?」
神崎が少し落ち込むのをみて、俺は喝を入れるため両手でほっぺを叩く。
「すまない、神崎。 この試験はグループで戦う試験だ。神崎がいるから任せれば大丈夫だという驕りがあったけど間違いだと気付けた。 もちろん大丈夫だ。こちらこそ任してくれないか」
そう言って手を出す。 意図を読んでくれた神崎は握手をしてくれる。
「ふっ、そこまで肩の力を入れなくていいと思うが。 だが、頼りにさせてもらうぞ」
「ふふっ、これなら大丈夫そうだね」
そう言って、一之瀬は明るく笑い、再び朝食に手をつける。
試験前の朝は、穏やかに過ぎていった。
指定された「竜部屋」に集まった14人の生徒たちは、静かな緊張感に包まれていた。広々とした会議室のような空間には、円形に配置された椅子が並んでいる。
程なくして試験開始の時刻を迎えると船内スピーカーの音が部屋の中に響いた。
『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』
創は周囲を見回した。腕を組み無言を貫く葛城、椅子を後ろに倒して適当に座る龍園。
正直、場の空気は重く議論を組みかわすのは難しく感じる。
「さて、それじゃあ始めようか!」
明るく場を仕切ったのは、櫛田桔梗だった。
「この試験、みんなで議論をして優待者を見つけるのが目的だよね? だったら、まずは自己紹介から始めるのはどうかな?」
軽快な口調で提案する櫛田。しかし、すぐに龍園が笑いながら口を挟んだ。
「クックック、議論だと? 真面目にやる気か?」
「え、えっと……でも、話し合わなきゃ始まらないと思うし……」
「それがムダだって言ってんだよ」
龍園は面倒くさそうに笑いながら、足を投げ出した。
「まあまあ龍園くん、まずはお互いを知ることは悪いことじゃないと思うよ」
間に入ったのは平田洋介だった。彼は笑顔を絶やさず、周囲の空気を和らげるように言葉を選ぶ。
「せっかくのディスカッションなんだし、全員が意見を言いやすい雰囲気を作らないとね。 まずは、名前だけでも知ってもらうのはいいんじゃないかな?」
「……確かに、場を作るのは大事だな」
創も頷きながら口を開いた。
「自己紹介だけでなく、それぞれの考えを少しでも聞くのがいいかもしれない。 例えば、“この試験についてどう思っているか”を簡単に話すだけでも、議論は進むはずだ」
「なるほど、それはいいね!」
櫛田が笑顔で頷く。
「じゃあ、順番に行こうよ。 例えば……そうだね、まずは葛城くんからどうかな?」
しかし、指名された葛城は腕を組んだまま微動だにしない。
「……」
沈黙が場を支配する。
「葛城、何か意見があれば聞かせてくれないか」
創も促すが、葛城は一言だけ呟いた。
「……では、一つだけ意見を述べさせてもらおう」
そういって、葛城は腕を下ろし目線をこちらへと向ける。
「俺は今回勝つために戦略を立ててきた。そしてそこにはきちんとした理由があるつもりだ。おまえたちは今回の試験を対話ありきと考えている。しかし今回の試験はシンキング、考える試験だ。その点を拡大解釈し俺はしっかりと試験に沿って考えた結果、話し合いの拒絶を考えた。 だから、今回の試験何も俺はもちろん、Aクラスは対話に応じない」
「なっ!?」
創だけでなく、Aクラス以外のグループの全員が驚く。 …しかし、龍園はこの状況に驚くことはなく不敵に笑みを浮かべ静観している。
葛城は意見を述べ続ける。
「この試験には4つの結果しかないが、この試験で絶対に避けたい結果は何か。それは、裏切り者を生み出すことだ。裏切り者が正解しようと失敗しようと、どちらにせよ敗北だ。では逆に、それ以外の答えの場合はどうなるかわかるか?」
葛城はその答えを求めてきた。
「……マイナス要素が存在しない、ということかしら?」
堀北が淡々と答える。
「そうだ。残りの2つの結果にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くこともない。そのうえ大量のプライベートポイントが手に入り潤う。学校サイドしか負担を負わないということだ。なら、わざわざ優待者を見つける必要はない。話し合ってしまうことで、周囲の面々を優待者と疑い、過ちを犯してしまう方がよっぽど危険だろう」
そこで、神崎が口を開く。
「…なるほど、ある程度の有用性は認めよう。だが優待者がどのクラスにいるかわからない以上、クラス同士のポイント差が広がる可能性はあるはずだ。 もしも優待者の配分が極端に偏っていて、どこかのクラスだけに優待者が固められていたら、数百万ものポイントがそのクラスに流れ込むことになるはずだ。クラスポイントには影響がないが、プライベートポイントには影響が出てくるのは事実だ。話し合いすらせずその結果を受けるのは、俺たちBクラスは納得いかない」
そこで、創も同調し口を開く。
「ああ、俺も神崎と同じ意見だ。 だからこそ、俺たちBクラスは結果1を目指したい。これなら、グループ全員に50万プライベートポイントの恩恵を受けられて、誰も損をすることがない最良の結果になるんだ。 葛城、考え直してくれないか?」
そう、葛城に訴えかける。 しかし…
「ふむ、神楽坂、確かに結果1は最良の結果だろう。しかし、メールを確認すればわかるが厳正なる抽選の結果と表示されている。『グループに優待者が一人だけ』いる事実だけでなく、これは『全てのクラスに均等に優待者がいる』という事実にもなり得る。もしも偏りを許せば、スタート時点で大きな不公平が生まれていることになる。これはあり得ないことだ。学校の特別試験に対する姿勢は前の無人島試験でも公平さは保たれていただろう。 AクラスもDクラスも平等なスタートであることは疑う余地がない」
葛城の意見に創の言葉が詰まるがなんとか返答する。
「だが……確実ではないんじゃないか。 その保証はあるのか葛城」
苦しいながらそう答えるのが精一杯だった。
「そもそもだが全員もうわかっているのではないか。仮に、結果1を目指そうとしてもこの試験には裏切者の存在が大きいことを。この存在がある限り、結果1を目指すのは夢物語だということを。だからこそこの不透明な試験で無理をする必要はどこにもなく結果2を目指すべきだと考えるんだが、…お前はどうするつもりだ龍園?」
そこで、葛城は龍園に話を振る。
「クッ……わざわざ、俺に話しかけるとは、何か意味がありそうだなあ」
龍園は椅子の背もたれに寄りかかり、口元を歪めた。
「葛城、お前の言いたいことは分かるぜ。この試験、真面目にやるだけ無駄だ。俺は最初から議論なんざする気はねぇしな?」
肩をすくめて笑う龍園に、創や神崎は眉をひそめる。
「ただ、何もせずにこの試験を終わらせるのもつまらねぇ」
「……どういう意味だ?」
「簡単な話だ。この試験、俺が優待者だって言ったらどうする?」
龍園はニヤリと笑いながらそう言った。
「……は?」
最初に反応したのは創だった。明らかに訝しげな表情を浮かべ、龍園を見つめる。
「龍園、お前……何のつもりだ?」
神崎も冷静に問いかけるが、龍園は不敵な笑みを崩さない。
「ククク……何のつもりもクソもねぇよ。言葉の通りさ。俺が優待者なら、それでこの話は終わりだろ?」
「証拠は?」
堀北が半ば呆れたように尋ねる。龍園はゆっくりと肩をすくめた。
「証拠? そんなもんあるに決まってんだろ」
さらりとそう言って、スマホをポケットから取り出す。
「学校からのメール…」
葛城がつぶやく。
「お前らも知っての通り、学校からのメールは改変できねぇ。つまり、絶対の証拠となる」
「……それで」
「証拠があるなら、それを見せりゃいい。……だが、それができねぇのが結局この試験の破綻しているところだ」
龍園は立ち上がり、ニヤリと笑った。
「俺が優待者の証拠を見せる。するとどうなる?」
神崎が淡々と問いに答える。
「……裏切り者が、そのメールを転送する……か」
「ああそうだ」
龍園は指を鳴らして、にやつきを深める。
「つまり、証拠を出した瞬間に、それを裏切り者に送られたら終わりだ。止める手段なんてねぇんだよ」
「それは……そうだが」
実際、全員の行動を監視し続けることは不可能だ。スマホを操作する隙を与えれば、即座にメールは転送されてしまう。
「……だから、結局優待者を議論で探るのは無意味で葛城の言うとおりだ」
龍園は足を組み、勝ち誇ったように笑う。
「…だが、議論が無意味だからといって、指をくわえて葛城のやり方に乗るつもりもねえ」
葛城が困惑し問いかける
「…何をするつもりだ、龍園」
「ククッ、なぁ、神楽坂、お前はそういや無人島試験でリタイアしてポイントを減らしたようだなぁ」
「……それが、どうした。今の議論には関係ないだろ龍園」
「関係あるさ。お前は試験で負けた経験がある。そんで、また負けるかもしれねぇな」
龍園は椅子から立ち上がると、ゆっくりと歩きながら周囲を見渡した。
「ククク……どうせこの試験はまともにやる価値がねぇ。だったらよ、俺が提案してやるよ」
創は嫌な予感を覚えた。そして、それは次の瞬間、的中する。
「お前にチャンスをやるよ、神楽坂。もしお前が俺との喧嘩を買うならBとCで、この試験での同盟を組み結果3での勝利をもたらしてやる。なんだったら、俺に勝てたら1グループ分、お前らに裏切りの枠を1つ譲ってやってもいいぜ」
その場の空気が張り詰めた。
「……は?」
最初に反応したのは神崎だった。その表情は困惑そのものだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ龍園くん! 何で喧嘩なんて話になるんだい!」
「そ、そうだよ、喧嘩は良くないよ絶対!」
物騒な提案に平田と櫛田が強く会話を止めようとする。
「うるせえな、これは俺と神楽坂の問題だ、外野はひっこんでろ」
龍園は肩をすくめる。
「試験で勝つためにはどうするか? そりゃ、強い勢力と組むのが一番だろ? でも、ただ協力するのも面白くねぇ。なら、こういう取引があってもいいよな?」
「……」
「そんなことをすれば、即座に失格処分にさせるぞ」
神崎が冷静な口調で問いかけるが声は鋭い。
「ククッ、それはどうかなぁ?」
龍園は指を鳴らしながら笑う。
「確か、試験で禁止されてるのは"メールの提示を強要する脅迫行為"だ。だが、"ただの喧嘩"が禁止されてるとはどこにも書かれてねぇんだよ」
「……なに?」
神崎が目を細める。
「考えてみろよ、試験中に起こる揉め事なんざ学校も織り込み済みだ。実際、無人島試験のときも学校は放任していた、トラブルが起きてもそれでペナルティなんざ受けちゃいねぇ。つまり――ルールがないなら、やっても問題ないってことだ」
その言葉に、誰もが息をのんだ。
龍園はさらに続ける。
「もちろん、後で教師に呼び出されて説教くらいはされるかもしれねぇな? でも、即失格なんてあり得ねぇ。だったら、"使える手段"は使うのが当然だろ」
「……」
龍園はニヤリと笑った。
「で、どうする? 受けるしかねえよなぁ、神楽坂。そうすればお前はBクラスでのお荷物から一躍英雄になれるかもなあ、クククッ」
龍園は創の目を見据えた。
試験での同盟を得る――それは確かに大きなメリットなのかもしれない。
無人島試験で、龍園が油断ならない実力者だということも知っている。
俺の身一つでクラスに利益をもたらせられるなら悪くないのかもしれない。
この異様な雰囲気の中、他のメンバーの視線が創に集中する。
だが――
「——断る」
鋭く放たれた創の言葉が、場の空気を一瞬で引き締めた。
「……」
創は龍園の顔を見る。その表情は冷静そのものだが、強い意志が宿っている。
「正直、それも悪くないと考えてしまった」
「神楽坂くん!?」
津辺の他にも数人驚き固唾をのむが、神崎は動向を見守っている。
「でも、リタイアして回復したとき、みんなの前で謝ろうとしたとき、全員俺の身を案じてくれた思いを踏みにじるわけにはいかない」
——「神楽坂、大丈夫か…!?」
——「よかったよ、元気になって!」
——「今度は私たちを頼ってね…!」
誰もが俺の体を気にかけ、心配してくれていた。
その思いを、俺は無駄にできない。
このクラスのみんなを傷つけないよう、頑張りたいと改めて思ったんだ。
創は、静かに神崎を見据え、口を開く。
「……神崎、お前はどう思う?」
神崎の表情は変わらない。だが、目はしっかりと創を捉えている。
「一之瀬は? クラスのみんなは? もしお前たちが、俺に戦ってほしいって言うなら……俺は断るのを撤回するし、喜んで受けるが」
一瞬、沈黙が流れた。
しかし、次の瞬間——
「そんなことを言う奴はいないし、少なくとも俺は言わせない、神楽坂」
神崎が即座に言い返した。
「そうだよ! こんな提案受けちゃだめだよ神楽坂くん!」
津辺が声を上げる。
創は、そんな仲間の言葉を黙って聞いていた。
心の中に広がるのは、じんわりとした温かさだった。
静かに息を吐き、龍園に向き直る。
「……だから、龍園。お前の喧嘩には乗らない」
「ククッ……… つまんねぇな、神楽坂」
龍園は、しばらく創の顔を見つめ——、ニヤリと笑った後、表情が抜け落ちる。
「なぁ、神楽坂。 お前はそれでいいのか。 お前は、本当は全て力に委ねて解決したいなんて思ってるんじゃねえのか」
そういって、龍園は俺の肩をつかみ、目線を合わせる。
「あの力を使わねえのか神楽坂、お前ならそれで解決できるはずだ何もかも」
龍園は、この議論で一番の感情を発露させる。
そして、創は困惑する。 なぜ、龍園は俺にそこまで固執するのかと、最初はこの中で舐められている、カモだという自覚があったが、どうやらそういうことではなさそうだ。
あの力などと、龍園はいったい俺の何を見ているんだと混乱する。
「なっ、何をしている龍園!」
「それ以上はいけないよ、龍園くん!」
葛城と平田がすかさず動く。
龍園は肩をすくめると、創の肩から手を離した。
「チッ、もう一度よく考えろ神楽坂。ただ、それだけだ」
そう言い捨てると、龍園は椅子に深く腰掛ける。
もはや追及する気はないのか、それとも単に興味を失ったのか——その真意はわからない。
「……」
誰もが、次の言葉を探した。
だが、誰も話し出さなかった。
まるで、この議論自体が終わったことを悟ったかのように。
櫛田が何か言おうと口を開きかけたが、すぐに閉じた。
平田もまた、視線を泳がせながら沈黙する。
重い静寂が、竜グループの空間を支配した。
時計の針が、ゆっくりと時を刻む。
誰もが考え、誰もが迷い、そして誰もが口を開けずに時間だけが過ぎていった。
——やがて、ディスカッション終了の合図が鳴る。
竜グループは、一人の龍が荒らすことで議論が終わってしまった。