あなたに幸せでいてほしい


メニュー

お気に入り

しおり
作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
▼ページ最下部へ


15/32 

15話


 無人島試験3日目。

 朝の澄んだ空気の中、Bクラスのキャンプ地はいつもと変わらず静かに活動を始めていた。

 生徒たちはそれぞれの役割をこなしながら、試験生活に順応しつつある。

 

 そんな中、俺は姫野が一人で作業をしているのを見つけた。

 彼女はテントの近くで火を起こしながら、無言で調理器具を並べている。

 淡々とした動作には迷いがなく、すでにルーチンワークになっているのが分かった。

 

 ——周りに、手伝っている人は誰もいない。

 

 「姫野、手伝うよ」

 

 声をかけると、姫野は少し驚いたように顔を上げた。

 

 「……別に、一人でできる」

 

 そっけない返事。でも、明らかに手が足りていないのは見れば分かる。

 

 「まあまあ、どうせ手が空いてるし。こういうのは早く終わらせた方がいいだろ?」

 

 そう言って、俺は彼女の返事を待たずに薪を拾い上げ、火の加減を調整し始める。

 姫野は少しの間俺を見つめていたが、やがて諦めたように視線を戻し、黙々と作業を続けた。

 

 しばらく沈黙が続いた後、ふと姫野が口を開いた。

 

 「……なんでそんなに頑張るの?」

 

 焚き火の赤い炎が、彼女の瞳に映る。

 

 「頑張る、か……」

 

 俺は少し考え込んでから、小さく息をついた。

 

 「別に、頑張ってるつもりはないよ。ただ、したいことをしてるだけ」

 

 「したいこと?」

 

 姫野が微かに眉を寄せる。

 

 「……何もできなかった時期があるから、その反動、かな」

 

 言った瞬間、俺は自分の失言に気づいた。

 しまった。別に話すつもりはなかったのに、自然と口から出てしまった。

 

 姫野はじっと俺を見つめてくる。

 彼女は詮索するタイプではないが、それでも気になっているのが伝わってきた。

 

 俺は軽く苦笑して、薪をくべる手を止めた。

 

 「その、俺って事故で入院してた時期があってさ。 その間、ずっと寝たきりだったんだよ。動きたくても動けない、何かしたくても何もできない、胸にはこう虚しさがいっぱいでさ……ただ時間だけが過ぎていく」

 

 遠くを見ながら、淡々とした口調で続ける。

 

 「そんな日々が続くとさ、嫌でも思うんだよ。——‘ああ、俺ってなんで…、…何もできていないなって」

 

 姫野は何も言わず、ただ静かに聞いていた。

 

 「だから、こうやって体を動かしてると、それを忘れられる。虚しさを感じる暇もなくなるしな」

 

 そう言って、俺は火の揺らめきを見つめる。

 焚き火のはぜる音が、やけに耳に残った。

 

 しばらく沈黙が続いた後、姫野がぽつりと呟く。

 

 「……神楽坂くんは、クラスのみんなともよく話すよね」

 

 「まあ、そうだな」

 

 「私は、正直、……クラスに馴染むのが苦手……っていうか、あんまり必要性感じない」

 

 姫野は火を見つめたまま、静かに言葉を紡ぐ。

 

 「一人でいたいって思ってしまう。……そんな考えをついしちゃう」

 

 その言葉を聞いて、俺は少し考える。

 

 「…それで問題ないと思うぞ。…それに姫野とみんなで思いがすれ違ってるんじゃないか?」

 

 「すれ違い?」

 

 「姫野は ‘一人でいることで安心感を得たいと思っている’ 。でも、クラスのみんなから見れば ‘姫野を一人にさせて寂しい思いをしてほしくない’ って思われてるんじゃないか?」

 

 姫野が少し目を丸くする。

 

 「……」

 

 「だから、少しだけでも言葉にしてみたらどうだ? ‘今日は一人が良い’ とか ‘今日はみんなと一緒にいたい’ とかさ」

 

 俺は軽く笑いながら続ける。

 

 「おせっかいかもしれないけど、もし姫野がそのことで悩んでいるなら、少しずつでも言葉にしてみてほしい」

 

 姫野は視線を落とし、しばらく考え込んでいた。

 

 「……考えておく」

 

 ぽつりと、小さく呟く。

 

 その返事に、俺は満足して立ち上がった。

 

 「よし、じゃあ気分転換に釣りでも行かないか?」

 

 「釣り?」

 

 「うん。面と向かって話すのが苦手なら、何かをしながらだったら楽かもしれない。のんびり魚を待ちながら、少しずつ姫野の思いを伝えてみる練習をするのも悪くないだろ?」

 

 姫野は少し驚いたように俺を見つめる。

 

 「……そんな風に考える人、初めてかも」

 

 「俺も初めての試みだけどな」

 

 俺は軽く肩をすくめて笑った。

 

 姫野はしばらく俺を見ていたが、やがて小さく頷いた。

 

 「……じゃあ、行ってみようかな」

 

 その小さな変化を見て、俺はふっと息を吐く。

 

 「よし、じゃあ道具を持ってこよう。姫野も手伝ってくれるか?」

 

 「……分かった」

 

 俺たちは釣り道具を持ち、海へと向かって歩き出す。

 姫野の表情はいつもと同じ無表情だったが、その足取りはどこか軽くなっているように見えた。

 

 これは、ただの些細なやり取りかもしれない。

 でも、こういう小さな変化が、未来に少しずつ影響を与えていくのかもしれない。

 

 俺はそんなことを考えながら、潮風の吹く海辺へと足を進めた。

 

 

 なお、釣果については、意外と姫野がうまく大量にとれたのだが、俺はうまくいかなかった…

 そのせいか、姫野には同情され、どこか俺の威厳をなくしたような気がする。 こんなはずではなかったんだけどな。 もっとこう、頼れる人間として示したかったのは俺だけの内心に留めたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人島試験4日目、試験の折り返しとなった。

 午前の強い日差しが浜辺を照らす。

 今日はBクラスの偵察組として、俺は一之瀬と神崎と共にCクラスの拠点へと向かっていた。

 

「しかし、まさかここまでとはね……」

 

 一之瀬が驚いたように呟く。

 視線の先、Cクラスのキャンプ地は完全に廃墟と化していた。

 一昨日まで豪遊していたはずの場所には、生徒の姿はほとんどなく、残されたのは潮風に吹かれるゴミと、無造作に捨てられた資材の残骸。

 

「これは、全員どこにいったんだ…?」

 

 俺がそう言うと、神崎は静かに頷く。

 

「おそらく、全員リタイアしたのだろう。もともとポイントを大量消費している時点で、この結末は見えていた。龍園が何か仕掛けてくる可能性も考えたが……これではもう、試験には関与できないな」

 

「うーん、じゃあCクラスのリーダーを特定するのは難しいね」

 

 一之瀬が苦笑しながら、閑散とした拠点を見回す。

 

「でもさ、この作戦、結構すごいよね。普通の人は思いついても実行しないんじゃないかな?」

 

「考えなしに見えて、ある意味では割り切った行動だとは言えるな。ただし——」

 

 神崎は腕を組みながら、静かに言葉を続けた。

 

「これは‘試験に勝つため’の作戦ではなく、‘試験から降りるため’の手段に過ぎない。この試験はプラスを積み重ねることで評価を得るものだ。龍園はそれを放棄した時点で負けている」

 

「うんうん。私たちは私たちのやり方で頑張ろうね」

 

 一之瀬は気を取り直すように、笑顔で言った。

 

 俺も神崎も、その意見には賛成だった。

 

 そのとき——

 

「……?」

 

 俺はふと、近くの木陰に立つ一つの人影に気づいた。

 日差しを避けるように立っていたのは、綾小路清華だった。

 

「綾小路さん?」

 

 一之瀬がすぐに気付き、声をかける。

 

「……」

 

 清華はその場から動かず、無言でこちらを見つめていた。

 その視線には、警戒というより‘こちらの動向を探るような意図’が感じられる。

 

 俺はなんとなく察する。

 綾小路さんは、俺たちBクラスがどこまでCクラスの情報を掴んでいるか確認しているのだ。

 

 一之瀬は特に気にした様子もなく、軽く笑って手を振った。

 

「綾小路さんも偵察?」

 

「……ええ。あなたたちも?」

 

「まあね。もうリタイアしてるみたいだから、これ以上の収穫はなさそうだけど」

 

 そう言って、一之瀬はため息をついた。

 

 

 綾小路さんを交えて、俺たちが何を考えていたのか改めて伝えた。 また、綾小路さんはAクラスの動向と状況についても聞いてきた。

 それに、一之瀬は惜しみなく情報を共有する。

 

 綾小路さんは一瞬だけ視線を逸らし、得た情報を考えるような素振りを見せる。

 

「一人で来たのか?」

 

 ふと神崎が尋ねると、綾小路さんは軽く頷いた。

 

「一人の方が動きやすいもの」

 

「……でも、それってちょっと危ないんじゃない?」

 

 一之瀬は微妙な表情で首をかしげた。

 

「夜ならともかく、昼間なら問題ない」

 

「うーん、そうだけど……ねぇ、神楽坂くん?」

 

 突然、俺に話を振ってきた。

 

「ん?」

 

「綾小路さん、一人で帰るのも危ないし、神楽坂くんが送り届けてあげたらどうかな?」

 

「———え?」

 

 俺は思わず固まった。

 一方で、綾小路さんは僅かに目を細める。

 

「……必要ないわ」

 

「そう言わずにさ! 神楽坂くん、こう見えて頼りになるよ?」

 

「…こう見えて? 俺ってそんなに頼りに見えないのか…?」

 

「…俺は神楽坂ができるやつだと知っているぞ」

 

 そう神崎が言ってくれるがどこか少しこの状況を愉しんでいる視線を感じる。

 

 昨日の姫野からの俺の威厳が消えた件といい、俺は松雄さんや栄一郎兄さんみたいな頼れる人になれていないのだろうか。 …道はまだまだ遠いだけで少しずつなれているはずだ。

 

 俺が少し肩を落としていると、一之瀬は「大丈夫大丈夫!」と笑って肩を叩く。

 

 …とりあえず、話に戻る姿勢をとる。

 

「Bクラスには報告しとくし、神崎くんと二人で戻れるから問題なし! ね?」

 

「…そうだな、綾小路さんをこの島で一人で行動させるのはよくないはずだ」

 

 綾小路さんはしばらく考えた後、「…そう、じゃあお願い」と静かに頷いた。

 

 一之瀬は満足そうに頷いた。

 

「じゃあ、神楽坂くん、綾小路さんをよろしくね!」

 

 こうして、俺はまた‘護衛役’として綾小路さんと共にDクラスの拠点へ送り届けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 二人で森の中を歩く。

 さっきまでいた浜辺と違い、木々に囲まれた道は穏やかな空気が流れている。

 

 「……」

 

 綾小路さんは無言だった。

 

 まあ、俺も無理に話すつもりはなかったが、こうしていると何か俺が話さないと、という焦燥感を覚える。

 

 しばらく歩いた後、ふと綾小路さんが口を開いた。

 

 「……あなたがBクラスの偵察に同行しているのは意外ね」

 

 「俺だってクラスの一員だからな」

 

 俺がそう返すと、清華は小さく目を細める。

 

 「……そう」

 

それ以上、特に話が続くことはなかった。

 

 (……やばい、会話が終わった)

 

 俺は無言で歩きながら、どうにか話をつなげようと頭を回転させる。

 適当な話題を振ればいいのか? いや、でも綾小路さんはこういう雑談を好むタイプじゃない気がする。

 でも、何も話さないのも気まずいし——

 

 「……」

 

 ちらりと横を見ると、綾小路さんは真っ直ぐ前を見つめていた。

 表情に変化はない。けれど、どこか穏やかで……落ち着いているように見える。

 

 (俺が焦ってるだけ、なのか?)

 

 綾小路さんは、どこか静かに歩くこの時間を楽しんでいるのだろうか。

 そう思った瞬間、さっきまで焦っていた自分が少し滑稽に思えた。

 

 「……綾小路さんは、こういう時、何を考えてるんだ?」

 

 気づけば、自然と口をついていた。

 すぐに、しまったと思うが吐いた言葉は呑み込めない。

 

 綾小路さんはほんの一瞬だけ目を見開く。

 それから、ゆっくりと視線を俺へと向けた。

 

 「…何を考えてるか」

 

 冷静な綾小路さんがまるで、その問いに困惑しているかのようで考え直す。

 

 「…………特に何も」

 

 そう言いながら、どこか微かに、戸惑いが滲んでいるようにも見えた。

 

 (まあ、普通は自分の考えてることなんて言えないよな)

 

 綾小路さんはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。

 俺も、無理に聞くつもりはなかった。

 

 「……まあ、何も考えなくてもいい時間って、結構大事だよな」

 

 そう返すと、清華は少しだけ目を細め——

 

 「ええ、そうね」

 

 穏やかに、そう答えた。

 

 その返答を聞いた瞬間、俺はどこか安心した気持ちになった。

 言葉は少なくても、こうして静かに歩くだけでコミュニケーションが出来ていると感じられる。

 

 焦る必要なんてなかったのかもな。

 

 ——そして、俺たちは静かに森の道を進んでいく。

 

 

 

 森の小道を抜けると、やがてDクラスのキャンプ地が見えてきた。

 

 「……ここまででいいわ」

 

 綾小路さんが立ち止まり、俺の方を振り返る。

 

 「送ってくれて、ありがとう」

 

 淡々とした口調。でも、どこかいつもより柔らかく聞こえたのは気のせいだろうか。

 

 「気にしないでよ。…今度からは誰かと行動してほしいな。俺でよければまた一緒に付き添うから」

 

 俺がそう言うと、綾小路さんは少しだけ目を細めた。

 

 「……考えておくわ」

 

 その言葉に、俺は苦笑しながら軽く肩をすくめる。

 多分、また同じように単独行動をするんだろうな……と。

 

 「じゃあ、俺は戻るよ」

 

 俺が踵を返そうとすると——

 

 「創」

 

 清華の静かな声が呼び止めた。

 

 振り向くと、彼女はまっすぐ俺を見つめていた。

 

 「また……機会があれば、話そう」

 

 そう言って、綾小路さんはくるりと背を向け、Dクラスのテントへと歩いていった。

 俺はしばらくその背中を見送ってから、小さく息を吐く。

 

 (……また、か)

 

 またとは、いつになるだろうか。無人島試験が終わったときだろうか。お互い、お疲れ様と言い合えるといいな。

 

 俺も気を取り直し、Bクラスのキャンプ地へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15/32 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ