作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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放課後の特別棟。いつもなら閑散としているこの場所に、俺は一人静かに身を潜めていた。
すべては、一之瀬と綾小路さんが仕掛ける作戦のため。俺は直接動くわけではない。彼女たちが前に立ち、Cクラスの連中と対峙する。
俺の役目はただ一つ——もしもの時に備え、確実に動けるようにしておくことだ。
すべての準備は念入りに進められ、今日の作戦の成功でDクラスの首の皮がつながる。
一之瀬が交渉役としてCクラスを誘導し、綾小路さんが作戦の補佐として動く。
今回の鍵となるのは、監視カメラ——―特別棟の一部には例外的にカメラが設置されている。その存在を利用し、Cクラスの嘘を暴くことで、須藤への冤罪を晴らすのが狙いだった。
監視カメラが学校の至るところに設置されていることに気づいたのは、一之瀬か神崎に教えてもらった時だった。そして、以前の姫野へのカツアゲでも、それを活用して事態を収めたことがある。
ただ、前回の対処したときとの違いは、そのカメラが本物か偽物かということ。
とはいえ、Cクラスの連中もバカじゃない。単なる言葉のやり取りでは押し切れない可能性が高い。
だからこそ、この暑い特別棟の状況下のなかで、綾小路さんが一之瀬のフォローに回り追い詰める。そして俺は、相手からは見えないところで静かに状況を見守る。
(もし、Cクラスの連中が暴れ出したら——)
そんな可能性も考慮し、俺はいつでも動ける態勢と仲間に連絡を取れる準備をしていた。
物陰からそっと様子をうかがう。汗が垂れてくるが、これは暑さだけでなく、緊張もしているからだろうか。時間はそろそろ約束の時刻——やがて、Cクラスの連中が現れるはずだ。
——さて、どうなるか。
暑さがこもる特別棟の廊下。俺は物陰に身を潜めながら、一之瀬と綾小路さんがCクラスと対峙する様子をじっと見守っていた。
作戦では、櫛田さんの誘いでこの現場に向かうよう誘導されるらしい。しかし、そこには当人がいないから不審な態度をみせる。目の前に待っていたのは、綾小路さんだ。
すぐに不審がり、石崎が苛立ちをあらわにする。
「なんでお前がここにいる?」
綾小路さんはいつもの調子で、淡々とした口調で話を進める。そして、一之瀬が乱入し冷静に、淡々と状況を詰めていく。Cクラスの連中は最初こそ強気だったが、徐々に動揺の色を見せ始めた。
カメラの存在が明かされた瞬間、彼らの顔色が変わる。何とか言い逃れようとするが、一之瀬の追及は容赦がない。
(……さすがだな)
俺が動く必要はなかった。Cクラスの生徒たちは、暑さと焦りの中で論破され、どうやら訴えを取り下げる決断をしたようだ。
2人は彼らを生徒会室まで送り届けた。それを俺も見届ける。もはや逃げ道はない。あとは堀北さんが上手く処理するだろう。
(これで、一件落着……か?)
そう思いながら、俺は改めて一之瀬と綾小路さんの姿を見つめる。淡々と追い詰める姿は、どちらも圧倒的だった。
俺はただ、静かに見守ることしかできなかった。 仲間が頼もしく誇らしい気持ちがあるが、なぜか、胸の奥がざわつく。
なぜか、足りないと心が求めてしまう。
なぜか——―綾小路清華の隣に並びたいと、思ってしまうのだった。
特別棟の廊下に残る熱気の中、一之瀬が満足げに伸びをする。
「いやーすっきりすっきり! ありがと、大役譲ってくれて。気持ち良かった~」
「お疲れさま、一之瀬。綾小路さんもお疲れさま。2人ともすごかったよ」
「あははは、ありがとう。でもこれで一件落着だね」
「昨日、ポイントを貸してくれって言われたときは、どうするのかと思ったよ」
俺たちは蒸し暑い特別棟に戻り、脚立を組み立てる。
「それがまさか、監視カメラを設置する目的だったとはね」
脚立に登り、カメラを取り外していく。
これは、Dクラスの外村と共に今日の昼間に取り付けたものだ。午前中にやり方を教えてもらっていたおかげで、スムーズに作業を進められる。
最初は「学校にこんなもの売ってるのか」と驚いたが、防犯だけでなく、計測や記録にも使える汎用的な機器らしい。だが、見た目はまるで監視カメラ。心理的に追い詰められたCクラスの連中が本物だと信じ込んでしまうのも無理はない。
「綾小路さんたちがCクラスに上がる日が来たら、手ごわいライバルになりそうだね」
「そんな日が来るかしら」
綾小路さんは淡々とそう返す。だが、その横顔に、どこか思案するような色が見えた。
「堀北さんがBクラスだったら、私たちすぐにAクラスだったかも」
「……かもね」
俺は取り外したカメラを、下で支えてくれている一之瀬に手渡した。
「…借りたポイントはクラスで何とかして返す。時期は申し訳ないけど、相談させて」
「うん。卒業までに返してくれたらそれでいいよ。どうする? 生徒会室の前で待つ?」
「………そうね」
綾小路さんの声が、わずかに沈んでいる気がした。
「綾小路さん、大丈夫?」
俺と一之瀬が訝しげに彼女を見る。
すると——彼女の視線が、まっすぐ俺へと向けられた。
「神楽坂創」
静かだが、確信を持った声。
「困っている人がいたら……どうする?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
どうする? それは、どういうことだ? 須藤のことは解決したはず。 それとも、これからの話か?
「……それは、助けられるなら助ける」
自分でも驚くほど、すぐに答えが出た。
綾小路さんはじっと俺を見つめ——そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……そう」
そのまま背を向け、ゆっくりと歩き出す。
「ついてきて、走りながら事情を話す」
俺は、その後ろ姿を見つめながら——不思議と、胸のざわつきが増していくのを感じていた。
「……わかった」
自然と足が動き出す。
俺は、俺にできることをやるだけだ。
綾小路さんについていくと、そこは家電量販店の搬入口がある場所だった。
綾小路さんの話によると、今日証言をした佐倉さんがストーカー被害にあっているらしく、様子に違和感を覚えた彼女は、佐倉さんが勇気を出してそのストーカーと対峙しているのではないかと推測した。
綾小路さんは携帯の位置情報機能を使い、佐倉さんを追跡している。それが止まった場所が、この人通りの少ない搬入口だった。
嫌な予感がする。
俺はともかく、一之瀬もぴったり付いて走ってきた。だが、綾小路さんのスピードが速く、俺たちは息を切らしてしまう。そして、その先にはすでに綾小路さんの姿があった。
ひっ迫した状況のように思えるが、綾小路さんの表情は普段と変わらず落ち着いている。
そして、綾小路さんは俺の目を見て告げる。
「おそらく、この先にストーカー男がいる。撃退するために、一芝居を打つ」
芝居? 一体どうするのだろうか。最悪、力ずくで止めることも考えていたが、もっといい方法があるのだろうか。
「芝居って……どんな?」一之瀬が息を整えながら尋ねる。
「簡単なことよ。神楽坂創、あなたが不良役を演じるの。私を従えてね」
「……はい?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
「佐倉愛理を助けるために、ストーカー男を威圧するのが目的。だから、あなたが ‘悪い男’ になりきって、私を連れて堂々と現れる」
「えっ、ええっ? じゃあ、私はどうすれば……?」
一之瀬が混乱しながら尋ねると、綾小路さんはあっさりと答えた。
「一之瀬帆波は……好きにして」
「……えっ?」
一之瀬はどうやら作戦に組み込んでいない、というより考えていなかったようだ。
淡々と綾小路さんは告げる。
「時間がない。佐倉愛理が危ないわ。やるか、やらないかの問題じゃない」
そう言われてしまえば、もう迷っている暇はない。
「……わかったよ。やる」
「じゃあ行くわ」
綾小路さんが俺の腕に組む。その動きが自然すぎて、逆に戸惑う。
そして、なぜかもう片方の腕には一之瀬が恐る恐る絡みついた。
「えっと、こ、こんな感じ……?」
「………それでいいわ。 行きましょう」
なぜか、綾小路さんの腕の組みが強くなり、もはや痛みを覚えるが覚悟を決める。
俺は内心どうしてこうなったと叫びながらも、悪い男というイメージを固める。
松雄さんと一緒に見たハードボイルド映画を思い出しながら演じるのを決め、ゆっくりとその場へと歩き出した。
薄暗い搬入口に近づくにつれ、張り詰めた空気が肌にまとわりつく。
遠くからでも、佐倉さんの怯えた声と、男の粘つくような声が聞こえてきた。
「どうしてそんなこと言うんだい? 僕は君のことが本当に大切なんだ……」
「やめて……やめてください!」
佐倉さんの前には、学生でない成人した男が立っていた。彼の足元には、乱雑に散らばる手紙の束。その異様な光景に、嫌悪感がこみ上げる。
男は恍惚とした表情で佐倉に手を伸ばし——
「今から僕の本当の愛を教えてあげるよ……」
——そのとき、俺たちは大きく足を踏み出した。
ゆっくりと足を踏み出し、まるでこの場所すべてが俺のものかのように堂々と歩く。
「何をしているんだ」
俺の低く落ち着いた声が、静寂の中に響く。
佐倉さんの前に立っていた男が、驚いたようにこちらを振り向く。
その視線が俺とその腕に絡みつく、二人の女性に向かう。
綾小路さんは、まるで女王のように底知れない笑みを浮かべて俺の腕に絡みつき、一之瀬は少しぎこちないながらも、俺のもう片方の腕に絡みついて非難めいた視線を送っている。
男の顔が一瞬困惑に歪む。
「……誰だ、お前」
俺は仏頂面を浮かべたまま、男に視線を向ける。また、綾小路さんはスマホで現場の写真を堂々と撮る。
「…質問の順番を間違えるな」
「おまえは何をしている」
まるで興味がないかのような、淡々とした口調。
しかし、俺の視線が男の目を捉えると、彼は思わず息を飲んだ。
「ち、違う……これは、その……」
男は言葉を濁しながら後ずさる。
綾小路さんはスマホを構えたまま、口元に薄い笑みを浮かべる。
「……なるほどな」
俺はゆっくりと綾小路さんからスマホを見せられ、画面を眺める。
指で軽くスワイプされるのを見つめ、まるでどうでもいい事のように呟いた。
「証拠は十分だな」
その一言で、男の顔に明らかな焦りが浮かぶ。
「な、なんだよ、それ……」
「写真だ。さっき、彼女が撮ったものだ」
綾小路さんがスマホを持ち上げ、カメラのレンズを向ける。
フラッシュの代わりに、スマホの画面が静かに光を放つ。
「いい歳した男が、十代の若い娘に脅迫じみたこの写真はとても見ていられない。サツに引き渡すことすら温情に感じるな」
男の喉がひくりと動いた。
「ま、待てよ……! ど、どうするつもりだ……!?」
「どうするか?」
ゆっくりと彼女たちを引き離し、俺は男に歩み寄る。
さっきまでの冷静さを崩さぬまま、肩をすくめ、低く、抑えた声で囁くように言う。
「選ばせてやろう。おまえが ‘素直に消える’ なら、今ここで終わりにしよう」
「……っ!」
男の顔が強張る。
「だが……次にこの娘の前に姿を見せたら、そのときは ‘話し合い’ もクソもない」
俺は、佐倉の前に散らばった手紙の束を見やる。
そして、そのうちの一通を拾い上げ、軽く指で弾いた。
「……この状況を見ればわかるよな?」
男は目を泳がせる。
「……ひっ……」
「おまえがどれだけ ‘愛’ とやらを語ろうが、ここにいる ‘彼女’ がどう感じるかが全てだ」
俺は手紙を軽く破り捨て、踏みつける。
「どうする……? 選べよ」
沈黙。
男はしばらく逡巡していたが、やがてガタガタと肩を震わせながら、一歩、また一歩と後ずさる。
「……さ、さよなら……もう二度としません…!」
そう言うや否や、男は脱兎のごとく、転がるようにその場を去っていった。
「……ふぅ」
一仕事を終え、佐倉さんに視線を向ける。
佐倉さんはその場にへたり込み、震えながらも、どこか安堵と緊張の表情を浮かべていた。
「……よく頑張ったな」
佐倉さんにねぎらいの言葉をかけるが、なぜか「ぴえっ!?」と声をあげられてしまった。
すると、綾小路さんが俺の顔をつまみ、揉みあげる。
「えっと、綾小路さん!?」
「神楽坂創、リラックスをして」
…どうやら、演技の影響で佐倉さんを怖がらせてしまったらしい。
俺は、ただ助けるため必死にイメージをしていたから、正直何をやっているか曖昧だったが一之瀬に聞いたところ、「すごくドキドキした」とのこと。
記憶をなくし、俺の才能というものに少し自信がなかった俺だが、どうやら意外な才能があったようだ。
綾小路さんを介して、佐倉さんに誤解を説くのに時間をかけながらも、彼女を助けられたことに安堵した。
放課後の職員室。私は机に置かれた書類をめくりながら、ふとBクラスのことを考えていた。
「次の特別試験……Bクラスは乗り越えられるかしら」
独り言を思わず呟く。クラスの成績や試験の結果、生活態度の記録を見返しても、大きな問題はない。むしろ、全体としては好調だと言える。
リーダーである一之瀬帆波の人望は厚く、その明るい性格がクラスの高い団結力をより強めている。彼女がいる限り、Bクラスがまとまらなくなることはないだろう。——ただ、その強みが時に"甘さ"に繋がるのではないかとも危惧してしまう。
「特別試験では、学業や運動能力、そういった基本的な実力が求められるだけでなく、時に大胆な選択が求められる……彼女に、それができるかしら?」
そう呟いて、私はペンを指で回す。
特別試験は、時に冷徹な判断を迫られる場面がある。クラスメイト全員を守ろうとすれば、かえって全体の評価を下げることになりかねない。一之瀬さんがその壁を乗り越えられるか——それが、BクラスがAクラスへと上がれるかどうかの鍵と考えていた。
そして、もうひとり気になる生徒がいる。
神楽坂創——入学前の調査では、"交通事故による記憶喪失"とあった。
最初は心配していた。記憶を失った状態で、学校生活に適応できるのか——クラスに溶け込めるのか。
「でも、そんな心配は不要だったみたいね……」
私は手元の資料に目を落とす。彼は副委員長という役職をこなし、クラスメイトとも円滑にやり取りし、信頼を得ている。
「……記憶は……戻るものなのかしら」
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
もし、彼の記憶が戻ったとしたら——彼はどうなるのか。今の彼のままなのか、それとも何かが変わるのか。
「……今の彼を見守るしかないわね」
私はペンを置き、窓の外を見る。これから始まる特別試験——Bクラスはどう立ち向かうのか。
「頑張ってね、みんな…」
ぽつりと呟き、私は静かに目を閉じた。