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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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9話


 朝の空気はもう暖かく、夏の季節を感じ始めていた。

生徒たちは次々と寮を出て、学校へ向かうために歩き出している。

 

その中で、一之瀬帆波は寮の管理人と話していた。

彼女の表情はいつも通り明るく、時折手振りを交えながら、クラスの意見を伝えている。

 

そのすぐそばに、神楽坂創が立っていた。

 

——彼は、1年Bクラスの副委員長だった。

 

創がこの役職についたのは、ほんの数週間前のことだ。

きっかけは、一之瀬が「学級委員を決めておくとクラス運営が楽になる」と話し合いの場を持ったことだった。

 

「副委員長って、誰かやりたい人いるかな?」

 

Bクラスの生徒たちは、ちらほらと視線を交わしつつも、積極的に手を挙げる者はいなかった。

 

(まあ、そうだよな)

 

創も、最初はただ成り行きを見守っていた。

クラス運営に興味がなかったわけではない。むしろ、入学してからの数ヶ月間、何かしら学校に馴染もうとする気持ちはあった。

 

しかし、前に出ることに対しての迷いもあった。

 

そんなときだった。

 

「神楽坂、お前がやってみたらどうだ?」

 

神崎隆二が、隣で静かにそう言った。

 

「俺が?」

 

「お前は、クラスの奴らともうまくやっているし、判断力もある。それに、部活にも入っていないんだろう? だったら、こういう形で関わってみてもいいんじゃないか」

 

神崎の言葉には、特別な強制力はなかった。

ただ、彼の理知的な眼差しには、創の中にある迷いを見透かすような鋭さがあった。

 

「……そうだな、迷いがとれたよ神崎、ありがとう」

 

気づけば、創は副委員長に立候補していた。

 

そして今——こうして、一之瀬のサポートをしながら、少しずつクラスの一員として活動しているのであった。

 

 

 

 彼はBクラスの副委員長として、男子から寄せられた意見を一之瀬に報告し、それをまとめた上で彼女が管理人に伝えている最中だった。

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 

一之瀬は最後にもう一度頭を下げ、管理人も軽く頷いて去っていった。

 

「思ったよりスムーズにいったな」

 

創が呟くと、一之瀬は振り向いて笑った。

 

「ふふ、管理人さんも優しいしね。ちゃんと伝えたら改善してくれるって!」

 

創は「まあ、一之瀬が頼んだら断れなさそうだしな」と軽く冗談めかして言う。

一之瀬は「にゃはは、そんなことないって!」と苦笑しつつ、楽しげに応じた。

 

そんなやり取りの中で、一之瀬の視線がふと横へ向く。

 

「あれ? 綾小路さん?」

 

 彼女が小さく驚いたように声をあげ、足早にそちらへ向かっていく。

 創もつられて視線を向けると、そこには寮の入り口近くにいる綾小路清華の姿があった。

 

 「やっほ、綾小路さん。おはよう。早いんだね」

 「おはよう、綾小路さん」

 

  一之瀬は親しげに声をかける。俺も挨拶をしていく。

 綾小路さんは俺と一之瀬の方を見やり、ほんの一瞬だけ戸惑うような間を置いた。

 

 

「…おはよう。朝、何をしていたの? は…、神楽坂創と一緒にいるようだけど」

 

「うちのクラスから何人か、寮に対する要望みたいなのがあって。それをまとめた意見を管理人さんに伝えてたところなの。水回りとか、騒音とかね。 それにしても、綾小路さん、神楽坂君と面識あったんだね」

 

  創は突然自分の名前が出てきたことに軽く驚きながら、二人のやり取りを見守る。

 (……綾小路さん、一之瀬と知り合いだったのか、それにしても、他の人と話すときはフルネーム呼びなんだな)

 

 ちょっとした違和感を覚えたが、どこかミステリアスな彼女なことだ、気にするほどでもないかもしれない。

 

「…ダメかしら?」

 

「全然そんなことないよ! 二人が仲良いのはいいことだよ!」

 

 

「おはよう一之瀬委員長~、神楽坂副委員長もおはよう~」

 

 エレベーターから降りて来た二人の女子に声をかけられ、一之瀬と俺もそれに答える。

 

「委員長?」

 

 綾小路さんにとっては聞きなれない言葉なのだろう。まあ、この学校には委員長と呼ばれるような役職は無いからな。

 

 

「私学級委員やってるから。その関係かな」

 

「学級委員……もしかしてDクラス以外にはあるの?」

 

「Bクラスが勝手に作っただけだよ。役割が決まってると色々楽じゃない?」

 

 まあ、普通なら驚くよな。一之瀬が言い出したとき俺も驚いた。

 

「もしかして、委員長以外にも役職があるの?」

 

「一応ね。機能させるかどうかは別問題だけど、形式上は決めてあるよ。副委員長と書記をね。隣の神楽坂君には、副委員長を任せているよ。文化祭とか体育祭の時あった方が便利だし。その場その場で決めてもいいんだけどさ、それでトラブルになったら面倒だから」

 

 一之瀬は任せていると言っているが、実際としてはクラスのみんなに助けられながら、やっていけているから少し恥ずかしいところがある。

 

「そう。Bクラスはうまくやっているのね」

 

「別に変に意識したりはしてないよ? みんなで楽しくやってるだけだし。それに少なからずトラブルを起こす人もいるしね。苦労することも多いんだから」

 

 一之瀬は楽しそうに笑う。綾小路さんは、淡々と話を聞いている感じだ。流れで3人並んで通学する。

 

「いつもはもう少し遅いんだ? そう言えば見たことないもんね、この時間に」

 

「早く行ってもすることないから。大体あと20分は部屋にいる」

 

「そしたら結構ギリギリだね」

 

「俺もだいたい一緒だね。つい、寝てしまうからギリギリになるかな」

 

 まあ、女性は準備とかが大変だろうから、あまり比較するべきではないのかもしれないが。

 

 たわいない会話をしていく。

 

 学校に近づいていくたび、生徒の数も増えてくる。

 

「おはよう一之瀬! 神楽坂!」

 

「おはようございます一之瀬さん! 神楽坂くん!」

 

 クラスのみんなが声をかけてくれる。見慣れた光景だ。

 

「人気者ね」

 

「委員長やってるから、他の子よりは目立つのかもね。それくらいだよ」

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。綾小路さんは夏休みのこと聞いた?」

 

「夏休み?」

 

「南の島でバカンスがあるって噂、耳にしてない?」

 

「……初耳ね」

 

「えっ、ほんと? なんか、先生たちの会話にそれっぽい話が出てたから、もう広まってるのかと思ったんだけど」

 

 一之瀬の言葉を聞いて、星之宮先生がテストを激励するために南の島につれていくと言っていたことを思い出す。

 

「バカンス……」

 

 ほんのわずかに首を傾げる。

 

「怪しいよね、やっぱり。でも、私はそこが一つのターニングポイントだとみてるんだよ」

 

「つまり、夏休みに大きくクラスポイントが変動する可能性があるということ?」

 

「そそ。だってさ、今のままじゃAクラスとの差が縮まらないじゃん? そろそろ大きくクラスポイントが変動するイベントが来てもおかしくないと思わない?」

 

「……なるほど」

 

「今、うちのクラスが660ちょっとだから、Aクラスとは350ポイント差。どれくらい動くかだね、そのイベントでAクラスを詰められるか。」

 

「…Dクラスは逆にピンチね。これ以上差が広がったら詰めようがなくなる」

 

「お互い頑張らないとだね」

 

「それにしても、もし本当に南の島でバカンスだったら、それはそれで凄く面白そうだよね?」

 

「……どうかしら」

 

 一之瀬の言葉に、清華は特に興味がなさそうに答える。

 

「え? 楽しみじゃないの?」

 

 創が問いかけると、清華はほんの少しだけ考えた後、静かに首を振った。

 

「……別に」

 

「そっかぁ。私はちょっと楽しみなんだけどなぁ」

 

 

 

 

 「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

 一之瀬がふと立ち止まり、俺と綾小路さんのほうに振り向く。

 

「ん? なんだ?」

 

「最初に4つのクラスに分けられたじゃない? あれって本当に実力順なのかなって思って」

 

「……少なくとも、入試の成績だけが基準じゃないだろうな」

 

 創はそう答えながら、ふと考える。Bクラスにも筆記試験が優秀な生徒がいることは知っている。神崎、浜口、それこそ目の前の一之瀬あたりは確実に学年上位のはずだ。

 

「総合力、じゃないのか?」

 

「私も最初はそう思ったんだけどね。でも、総合力で決めるなら、Dクラスは圧倒的に不利じゃない?」

 

 一之瀬は清華に目を向ける。

 

「……そうね。でも、実際クラスポイントが最下位なのは事実」

 

 一之瀬は納得がいかないのか、小さく唸る。

 

「でもね、クラス単位で競わせるなら、純粋に優秀な人をAクラスに集めちゃったら、他のクラスが勝ち目ないんじゃない?」

 

 確かに、それを言われるとそうかもしれないと考えさせられる。

 

「現段階でAとDに差があるのは事実だけど、それは些細なことで埋まっていくだけの何かが隠されてるんじゃないかな?」

 

「……一応聞くけど、根拠は?」

 

「あはは、あるわけないよ。ただの勘。でもね、そうじゃないと厳しいっていうのもあるし。Dクラスにも勉強ができる人や運動が得意な人がいるんだから、何かしらバランスを取るための仕組みがあると思うんだよね」

 

「……なぜ、私に言うの?」

 

「ん? なにが?」

 

「今みたいな考え方のこと。堀北鈴音も言っていたけど敵に塩を送る行為だと思う」

 

 敵か…。 この学校は競争を促すが、こうして他のクラスメイトと交流するとその意識が薄れる。一之瀬はどう考えているのだろう。

 

「私はそうは思わないけどなぁ。意見交換で得るものも多いし。それに今は協力関係にあるんだから全然問題なしなし」

 

 …さすが一之瀬だな。とにかく良いヤツで本当に表裏がないからこそ、俺たちBクラスは彼女についていきたいと感じさせる。

 

 

 

 

 

 そんなことを考えていると、一之瀬がふと足を止めた。

 

「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

「なんだ?」

 

「二人に聞きたいんだけど……告白されたことってある?」

 

「……え?」

 

「……なぜ、そんなことを?」

 

 創と清華がほぼ同時に反応する。

 

 一之瀬は少し気まずそうにしながらも、「ちょっと気になっただけ」と言って笑う。

 

「いや、別に深い意味はないんだけど……二人とも結構落ち着いてるし、そういう経験あるのかなって」

 

「……俺はないな」

 

 創はさらっと答える。 記憶を失う前にあったのだろうかと考えるが口に出せることはないと結論付ける。

 

 その隣で、清華がわずかに考え込むような素振りを見せた後、静かに口を開いた。

 

「……どうかしら」

 

「えっ、綾小路さんあるの!?」

 

 一之瀬が食いつく。 俺も内心驚くが、綾小路さん、綺麗だしなぁと納得する。清華は少し視線を逸らしながら、あまり感情を込めずに答えた。

 

「…いや、やはり違うわ」

 

「違う…?」

 

 違うってどういうことだ…。 しかし、一之瀬が告白という話題をするということは、誰かに告白されたのか…

誰だろう、一之瀬はクラス内外問わず誰にでも好かれるからこそ、そういった噂に指向性がなかったように思う。

 

 

「あのさ、良かったら今日の放課後少し時間貰えないかな2人とも? その、告白のことでちょっと相談したくてね。事件のことで忙しいのは百も承知なんだけどさ」

 

 一之瀬がこのように困っている状況は初めてで、少したじろぐが力になることを決心する。ただ、色恋沙汰というものの経験がないという引っ掛かりはあるが。なんでも、知ってそうな綾小路さんを巻き込めないだろうか。

 

「……わかった、俺でよければ大丈夫だ。その、綾小路さんはどうだろうか」

 

「…ええ、いいわ。時間があるから」

 

 ……よしっ、なんとかなるかもしれない(思考停止)

 

 そんなやり取りの中で、創はネットで恋愛のあれこれについて調べるべきだろうかと考えながら、3人は並んで学校へと向かっていった。

 

 

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