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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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2章
8話


 1年生が入学してから、3か月が経過した。

 本来なら月初めのこの日、新しいポイントが支給されるはずだった。

 

 しかし——待てども待てども、スマホの画面は更新されない。

 ポイントの欄は先月と同じ数値のまま、変わる気配すらなかった。

 

 「……おかしいな」

 

 創はポケットからスマホを取り出し、改めて確認する。

 クラスメイトたちも同じ状況らしく、教室のあちこちで困惑の声が飛び交っていた。

 

 「え、まだ振り込まれてないの?」

 「マジか、今週欲しいものを買おうと思ってたのに……」

 「これってシステムエラーとかじゃねえの?」

 

 一之瀬帆波が軽く眉をひそめながら、周囲の声を聞いていた。

 普段は明るくクラスのムードメーカー的な彼女も、さすがに今回の事態には違和感を覚えているようだ。

 

 「ねえ、神楽坂くん。これってシステムエラーなのかな?」

 

 一之瀬に話を振られ、創は少し考える。

 この学校は合理的なシステムで管理されている以上、何の前触れもなくポイント支給が遅れるのは確かに不自然だった。

 「どうだろうな。みんなのポイントが支給されていないみたいだけど、少なくとも何か異常が起きているのは確かだな」

 

 「……何かの異常か。Bクラスに被害が出なければいいが」

 

 神崎隆二も腕を組んで考えている。

 彼はクラス内でも理知的なタイプであり、創と同じく、この状況に疑問を抱いていた。

 

 「一之瀬、先生に聞いてみるべきだろう」

 「うん、それがいいかもね」

 

 一之瀬は頷き、さっそく教卓の前に立つ星之宮先生へと歩み寄る。

 

 「先生、今月のポイントって、どうしてまだ支給されていないんですか?」

 

 教室の空気が、一瞬だけ緊張する。

 クラスメイトたちも気になっていたのか、ざわめきを抑えながら耳を傾けていた。

 

 星之宮先生は、特に動揺することもなく、淡々とした口調で答えた。

 

 「ごめんねみんな、何かトラブルがあったみたいで学校側の判断でストップさせてもらっているの。この件についてはまた改めて連絡させてもらうね」

 

  ポイント支給の遅れについて、星之宮先生の説明はあくまで曖昧なものであり、詳しい事情は一切語られなかった。

 

 

 

 

 

 それからある日のこと。

 

 「トラブルって……何か、ヤバいことが起きたのか?」

 「もしかして、Cクラスがまた何か仕掛けたとか?」

 「それとも、Dクラスが何かやらかしたんじゃね?」

 

 クラスメイトたちは、各々の憶測を口にしながらざわめく。

 しかし、Bクラスに直接的な被害が出ているわけではないため、そこまで騒ぎが大きくなることはなかった。

 

 創はその様子を眺めながら、考え込んだ。

 (何かが起こったことは確かだ。ただ、問題はその「何か」がBクラスに影響するかどうか……)

 

 そんなことを考えていた時、教室の入り口がガラリと開いた。

 

 「みんな、ちょっといい?」

 

 一之瀬が戻ってきた。

 先ほどまでの朗らかな雰囲気は影を潜め、やや真剣な表情を浮かべている。

 

 「どうやら、Dクラスの須藤くんがCクラスの生徒とトラブルを起こして、暴力事件になったみたい」

 

 一之瀬がそう言った途端、教室の空気が変わった。

 「やっぱりDクラスかよ……」「須藤って確か、バスケ部のアイツだよな?」といった声があちこちから上がる。

 

 「詳しい状況はわからないけど、Cクラスの生徒と揉めたのは確かみたい。ただ、どっちが悪いとかまでは、はっきりしてないんだよね」

 

 創はその言葉を聞きながら、ある出来事を思い出した。

 ——Cクラスの連中が、姫野に絡んできた件。

 

 (あの時、Cクラスの奴らは堂々と姫野を貶めようとしていた。確かに須藤は問題児だと聞くが……Cクラスが絡んでるなら、一方的な話とも限らないのでは?)

 

 そんな考えが頭をよぎる。

 姫野に対する嫌がらせを目の当たりにしていた以上、Cクラスの側にも問題があるのではないかという疑念が生まれてしまうのは、仕方のないことだった。

 

 「……神楽坂、お前、何か知ってるのか?」

 

 神崎が、創の表情の変化を見逃さなかったらしく、低い声で問いかけてくる。

 「いや、事件そのものは知らない。ただ、Cクラスは以前、姫野にもちょっかいをかけてきたことがある。だから、今回の件も単に須藤の問題だけとは言い切れないかもしれないと思ってな」

 

 神崎は少し考えるように視線を落とした。

 一方で、一之瀬は「なるほどね……」と頷きながら、やや困ったような笑みを浮かべる。

 

 「でも、もしCクラスの生徒たちが問題を起こしてるんだとしても、私たちが口を出せるわけじゃないか……」

 

 「だが、このままCクラスにいい顔をさせるのは気に食わないな」

 

 神崎は冷静にそう言った。

 

  しかし、その言葉を聞いた一之瀬は、ふと創の方へ視線を向け、少しだけ真剣な表情を浮かべる。

 

 「……ねえ、神楽坂くん」

 

 彼女の口調は柔らかいが、その奥にはどこか心配するような響きがあった。

 

 「前に姫野さんを助けてくれた時のことなんだけど……」

 

 創は、一瞬だけ視線を外す。

 「ああ……あの時のことか」

 

 「うん。神楽坂くんのおかげで、姫野さんは助かったし、それは本当に感謝してる。でも……」

 

 一之瀬は、少し言葉を選ぶように間を置いた。

 そして、優しく微笑みながらも、真剣な声で続ける。

 

 「次からは、ちゃんと誰かに応援を呼ぶようにしてほしいな」

 

 その言葉に、神崎も頷く。

 「神楽坂の判断力は認めるが、その行動は少し危うかった。もし相手が本気で手を出してきたら、お前一人じゃどうにもならなかった可能性もある」

 

 創は、静かに彼らの言葉を聞いていた。

 確かに、あの時は深く考える前に体が動いていた部分があった。

 

 正直なところ、自分の行動に対する反省がまったくないわけではない。

 しかし、Cクラスの横暴を見過ごすのも気に食わなかったのは事実だった。

 

 「…そうだね、改めて気をつけるよ。次は、もう少し慎重に動く」

 

 創がそう言うと、一之瀬は安心したように微笑んだ。

 「うん、それならいいんだ。私たちはクラスメイトなんだから、神楽坂くんが無茶して傷つくのは、やっぱり嫌だからさ」

 

 「……ありがとう」

 

 素直にそう答えると、一之瀬は少し驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

  Dクラスの暴力事件の話題がひと段落し、教室内のざわめきも次第に落ち着いてきた頃だった。

 その時、Bクラスの教室の扉がゆっくりと開く音が響いた。

 

 「お邪魔しまーす!」

 

 明るい声とともに姿を見せたのは、Dクラスの櫛田桔梗だった。

 その後ろには、同じくDクラスの池寛治、山内春樹、そして——綾小路清華が静かに続いていた。

 

 突然の学年の人気者の訪問に、Bクラスの生徒たちはざわつく。

 創も驚いたように目を瞬かせる。

 

 「櫛田さん……どうしたの?」

 

 「ちょっとね、お願いがあって来たの!」

 

 櫛田は人懐っこい笑顔を浮かべながら、Bクラスの面々へと話しかけてくる。

 その隣で、池と山内は若干そわそわとした様子を見せていた。

 一方で、清華は淡々とした表情を崩さず、静かにBクラスの様子を観察しているようだった。

 

 

 

 そして、櫛田は創にも声をかける。

 

 

 「神楽坂君、ちょっといいかな?」

 

 人好きのする柔和な笑顔を向けられる。しかし、彼女の背後の男子二人からの視線がいたい。彼女の親衛隊というやつだろうか。

 そして、友達として握手した綾小路さんもいる。…そのときのことを思い出して少し恥ずかしくなるが、櫛田さんの話に集中するため考えを振り払う。

 

 「櫛田さん、どうしたの?」

 

 「実は……Dクラスの須藤くんの件で、私たちも色々調査してるの。神楽坂君は何か情報を持っていないかな。どんなささいなことでもいいの!」

 

 櫛田はそう言いながら、少し申し訳なさそうに手を合わせる。

 

 「Bクラスのみんなの中で、事件のことを知っている人がいたら、何でもいいから教えてもらえたらなって思って」

 

 その言葉に、創は考える。

 須藤の事件については何も知らないが、Cクラスのことについて言及すべきだろうか。だが、一之瀬と神崎との会話でのことを思い出し、確証がないことは言うべきではないと考える。

 

 「ごめんなさい、櫛田さん。俺はとくに情報を持っていないよ。もし良かったらこのことを、改めてクラスのみんなと共有しておくから何かわかったら伝えるよ」

 

 「そっかー…。  協力ありがとう神楽坂君! もし、何かわかったら連絡してくれると助かるよ!」

 

 そう最後は明るく告げるとまた、聞き込みにむかうようだ。

 

 

 

 

 「……創」

 

 不意に声をかけられ、振り向くと、綾小路清華がそこに立っていた。

 

 (……綾小路さん残っていたのか)

 

 櫛田さんと男子二人は向こうの方でクラスメイトと話している。

 どうやら、彼女だけが残ったらしい。

 

 「どうしたの綾小路さん?」

 

 創が問いかけると、清華はわずかに視線を逸らした。

 その表情は相変わらず無表情に近いが、どこかいつもと違う空気をまとっている。

 

 「……櫛田桔梗と、連絡を取り合っているの?」

 

 予想外の質問に、創は一瞬だけ戸惑った。

 

 「まあ、一応ね。今回の件とは関係なく、入学して数日後あたりに交換しただけだよ」

 

 何気なくそう答えたが、清華の反応は微妙だった。

 ほんのわずかに眉が動いたように見えたが、それは一瞬のことだった。

 

 「そう……」

 

 それだけ呟くと、清華は何かを考えるように少し黙り込む。

 

 (なんだろう? 綾小路さん落ち込んでる?)

 

 創はそんな疑問を抱きながらも、清華が何を言いたいのかを待った。

 

 やがて、清華は小さく息を吐くと、ポケットからスマホを取り出し、創の方へ差し出した。

 

 「……私も、創と連絡先を交換しておきたい」

 

 「え?」

 

 思わず、声が漏れる。

 意外な申し出だった。

 

 「創とは、今後も何かと関わることになるかもしれない。そういう時のために、直接連絡できた方がいい」

 

 清華はあくまで淡々とした口調で言う。

 しかし、その瞳の奥には、微かな揺らぎのようなものが見えた気がした。

 

 (……そういえば前に力になってくれるといっていたな。本気で言ってくれていたようで嬉しいな)

 

 「…わかったよ」

 

 創は軽く頷き、スマホを取り出した。

 お互いにQRコードを読み取り、数秒後には連絡先の交換が完了する。

 

 「ありがとう」

 「こちらこそだよ綾小路さん。 何かあっても、なくても連絡してくれると嬉しいよ」

 

 そう言うと、清華はスマホの画面を確認し、ふっと小さく息をついた。

 

 「じゃあ、私はこれで」

 

 それだけ言い残し、清華は静かに教室を後にする。

 創は、そんな彼女の後ろ姿をぼんやりと見送った。

 

 (……そういえば、事件のこと聞かれなかったな)

 

 綾小路さんがどんな人なのか、今はよく分からない。

 けれど、彼女の方から連絡先を交換したいと言ってきたのは少し意外だった。

 

 スマホの画面を見下ろすと、そこには新たに追加された「綾小路清華」の名前が表示されている。

 それをしばらく見つめた後、軽く息を吐いてスマホをポケットにしまおうとした——その時だった。

 

 ——ピコンッ

 

 突然、通知音が鳴る。

 画面には、たった今追加したばかりの清華からのメッセージ。

 

 「……?」

 

 何か重要な話かと思い、すぐに開く。

 しかし、そこに表示されていたのは——

 

 『  (犬が手を振っているスタンプ)』

 

 「…………え?」

 

 一瞬、理解が追いつかなかった。

 何か意味があるのか?

 それともただの挨拶?

 

 創はスマホを持ったまま、ぽかんとした表情を浮かべた。

 

 (いや、さっきまであんなに静かだったのに……)

 

 あれほどクールで淡々としていた綾小路さんが、こんな可愛らしいスタンプを送ってくるとは思わなかった。

 しかも犬のスタンプ。

 

 (……犬? 綾小路さんって犬派だったのか?)

 

 俺の知る限り、綾小路さんが動物の話をすることはなかった。

 それなのに、なぜ犬なんだろう?

 

 (それとも、深い意味はないのか……)

 

 軽く頭を振り、創は適当に返信を考える。

 普通に「よろしく」と送るか、それとも……。

 

 『  (犬が手を振っているスタンプ)』

 

 結局、深く考えずに犬のスタンプを送り返した。

 

 (まあ、これでいいか)

 

 スマホを閉じ、ふと清華が出て行った方へ視線を向ける。

 

 (……綾小路さん、本当に読めないな)

 

 けれど、その「読めなさ」がどこか妙に気になった。

 創はそんな自分の感情に気づきながら、静かに席へ腰を下ろした。

 

 

 

 

 

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