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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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6話


 学校の過酷な真実を知ったBクラスの面々だったが、主に一之瀬がリーダーシップを発揮しクラスをまとめることで5月以降も変わりなく過ごすことができていた。そんな、あるとき。

 

「みんな、ちょっといいかな?」

 

 そう話したのは一之瀬帆波だった。彼女の発言に、教室の視線が集まる。

 

「星之宮先生と改めて学校について聞いたんだけど、これから先、クラスポイントだけでなくプライベートポイントも大事なことがわかったの。学校初日に言われたことを覚えてるみんな? ポイントをどう使ってもみんなの自由だ、といってたけど、これは物だけじゃなくて権利も買えるの。例えば、退学する事態になっても2000万ポイントを支払って回避することができるの。ポイントの使い方は自由だけど、計画的に管理した方がいいと思うんだ。だから、お願い! みんなのポイントを共有させてほしいの!」

 

 一之瀬の提案に多くの生徒が驚く。

 

 「みんなのポイントを共有って……どういうこと?」

 

 戸惑いの声が上がるなか、一之瀬は穏やかな笑顔を浮かべながら説明を続けた。

 

 「例えば、誰かが赤点を取って退学の危機に陥ったとき、みんなで支えてあげられるの。もちろん、強制じゃないよ。でも、私たちは一つのクラスだから、助け合えた方がいいと思うんだ。」

 

 「……確かに、退学を防げるのはありがたいな。」

 「でも、管理って具体的にどうするんだ?」

 

 神崎が冷静に問いかけると、一之瀬は頷いた。

 

 「私が責任を持って管理するよ。でも、不安な人もいると思うから、定期的にポイントの報告をするし、使うときは必ずみんなに相談する。信じてほしいな。」

 

 一之瀬の誠実な言葉とこれまでの信頼に、クラスメイトたちは次第に納得し始める。

 

 「それなら、やってみる価値はあるかもな。」

 「帆波ちゃんが言うなら私は賛成だよ。」

 

 賛成の声が増え、最終的にクラスの全員が合意する形となった。こうしてBクラスは、クラス全体でポイントを管理し、助け合う体制を築くことになったのだった。

 

 

 ある日Bクラスは、一之瀬の主導で勉強会を開くことになった。

 

 「みんな! 赤点を回避するために、一緒に勉強しよう!」

 

 一之瀬の明るい声が教室に響く。これまで自由に過ごしていたクラスメイトも、退学制度の現実を突きつけられたことで、学習の重要性を再認識していた。

 

 「教え合えば、苦手な科目もカバーできるはずだよね。」

 「そうだな。みんなでやったほうが勉強もはかどるしな。」

 

 網倉や柴田をはじめ、賛同する声が次々と上がる。こうして、放課後にクラスでの勉強会がスタートした。

 

 各自が得意科目を教え合い、試験範囲の確認や予想問題を解いていく。創も参加し、数学や英語などの基本問題を解きながら、周囲のやり取りを眺めていた。

 

(……こういう雰囲気は悪くないな。)

 

 和気あいあいとした空気の中、それぞれが真剣に取り組んでいた。

 

 「なあ神崎良ければ、ここ教えてくれないか。」

 「ああ、いいぞ。」

 「ありがとう、このページなんだが…」

 

 こうしてBクラスは、一丸となって試験に向けた準備を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 夜の校舎は静寂に包まれ、寮の外へ出る生徒はほとんどいない。

 

 神楽坂創は今日の勉強の復習を終え、机に置かれた時計を見た。

 

 「もう、こんな時間か。少し疲れたし、気分転換に外に出ようかな」

 

 軽く背伸びをしながら、創は自販機でジュースを買おうと思いつき部屋を出る。

 夜風が心地よく、ロビーへ向かう途中、何気なくエレベーターのモニターを見上げた。

 

 そこには、黒髪の少女が制服姿で映っていた。

 

(…こんな時間に、どこへ?)

 

 妙な胸騒ぎを覚えた創は、ジュースを買うのも忘れ、何も問題がなければ引き返そうと考えながら少女の後を追う。

 

 彼女は寮の裏手へと向かい、そこで一人の人物と対峙していた。

 

 「鈴音。ここまで追ってくるとはな」

 

 こんな時間にどこへ行くのかと思えば、誰かと落ち合う予定だったのか。

 

 「もう、兄さんの知っている頃のダメな私とは違います。追いつくために来ました」

 

 「追いつく、か」

 

 兄さん? 暗がりで姿はよく見えないが、話し相手は彼女の兄なのか。

 

 「Dクラスになったと聞いたが、三年前と何も変わらないな。ただ俺の背中を見ているだけで、お前は今もまだ自分の欠点に気づいていない。この学校を選んだのは失敗だったな」

 

 「それは──何かの間違いです。すぐにAクラスに上がって見せます。そしたら──」

 

 「無理だな。お前はAクラスにはたどり着けない。それどころか、クラスも崩壊するだろう。この学校はお前が考えているほど甘いところではない」

 

 「絶対に、絶対にたどり着きます……」

 

 「無理だと言っただろう。本当に聞き分けのない妹だ」

 

 少女の兄は、一歩距離を詰める。陰から、ゆっくりと姿を見せる。

 

 それは、生徒会長――堀北学だった。

 

 彼の表情には一切の感情がなく、ただ興味のない存在を見るかのような冷たい瞳をしていた。

 

 堀北学は無抵抗な妹の手首を掴み、強く壁に押し付けた。

 

 「どんなにお前を避けたところで、俺の妹であることに変わりはない。お前のことが周囲に知られれば、恥をかくことになるのはこの俺だ。今すぐこの学校を去れ」

 

 「で、出来ません……っ。私は、絶対にAクラスに上がってみせます……!」

 

 「愚かだな、本当に。昔のように痛い目を見ておくか?」

 

 「兄さん──私は──」

 

 「お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ」

 

 少女の身体がぐっと前に引かれ、宙に浮いた。

 直感的に危険だと判断する。

 

 考えるより先に、創の身体は動いていた。

 物陰から飛び出し、学の腕を掴み、鈴音を庇うように立ちはだかる。

 

 「――兄妹だからって、やっていいことと悪いことがあると思います」

 

 創は学を睨みつけながら言った。

 

 「何だ、お前は?」

 

 学は鋭い眼光で創を見つめた。

 

 「…1年Bクラスの神楽坂創です」

 

 「盗み聞きとは感心しないな」

 

 「それについてはすみません。ですが、まずは手を放しませんか?」

 

 「それはこちらのセリフだ」

 

 創と堀北学は睨み合い、しばし沈黙が流れる。

 

 「……っ、…」

 

 この人の妹さんの震えている様子を見て、なんとか穏便に済ませたいと考える。

 

 創は渋々、ゆっくりと腕を放した。

 その瞬間、とてつもない速度の裏拳が創の顔を狙って飛んでくる。

 

 (なっ...!)

 

 直感的に察知し、身体を半身にしのけぞるようにしてなんとか避けた。

 鋭い攻撃に、創の額に冷や汗が流れる。

 

 しかし、次の瞬間、さらに急所を狙った容赦ない蹴りが飛んできた。

 

(まずい!)

 

 創は咄嗟に身体をひねり、攻撃を回避するが、完全には避けきれずにのけぞる。

 だが、学の動きは止まらない。

 まるで獲物を追い詰める狩人のように、的確な連撃を繰り出してくる。

 

 創は勘の良さと身体能力で何とか耐えるが、このままでは持たない。

 そして――

 

 「――終わりだ」

 

 学の拳が、創の腹部に突き刺さった。

 強烈な衝撃が体を貫き、創は地面に崩れ落ちる。

 

 「見かけによらず、悪くはない。だが、力不足だな」

 

  学の冷徹な声が夜の静寂に響く。

 創は腹部を押さえながら、苦しげに息を整えようとする。

 

 「はあっ…、くっ…」

 

 強烈な一撃で意識が飛びそうになるが、なんとか耐える。

 しかし、学は一歩踏み出し、なおも攻撃を続けようとした。

 

 その時――

 

 「それ以上はやめたほうがいいですよ、生徒会長」

 

 澄んだ声が、夜の闇を切り裂いた。

 学が動きを止め、創も視線を向ける。

 

 闇の中から、一人の少女が姿を現す。

 長い茶髪が夜風に揺れ、鋭い瞳が冷ややかに学を射抜く。

 

 スマホを構えた少女は、静かに言い放った。

 

 「今の暴行、全部撮影させてもらいました」

 

 「……お前は?」

 

 学は冷ややかな視線を少女へと向けた。

 だが、彼の問いに動じることなく、茶髪の少女は静かに答える。

 

 「1年Dクラス、綾小路 清華(あやのこうじ せいか)です」

 

 その名を聞いた瞬間、学の表情がほんのわずかに変化する。

 だが、すぐに無表情へと戻り、軽く肩をすくめた。

 

 「……どうやら、後輩相手に少しふざけすぎたようだな」

 「そのようですね」

 

 清華は淡々と返しながら、スマホの画面を軽く揺らしてみせる。

 学は一瞥し、興味なさげに続けた。

 

 「いくら払えば見逃してくれる」

 

 金で解決するという発想。

 それを聞いた創は、驚きながらも、やはりこの学校はそういう場所なのかと実感する。

 しかし、清華は一切の迷いもなく、こう答えた。

 

 「30万ポイント」

 

 「……30万、か、わかった」

 

 学はわずかに考え込む素振りを見せた後、歩み寄る。

 そして、清華の手元にあるスマホを素早く奪い取ろうと――

 

 しかし、――

 

 清華の細い腕が、しなやかに動いた。

 まるで見えていたかのような流れる動きで、学の腕を掴む。

 そのまま、逃げられないように強く握りしめた。

 

 「……っ!」

 

 学の表情が一瞬だけ歪む。

 思わず学が握力を強めるが、それを上回る強さで清華は応じた。

 

 その目は、先ほどまでと違う。

 

 表情の読めない、氷のような瞳。

 だが、その奥に渦巻く感情は――。

 

 「……まだ、遊ぶつもり?」

 

 低く、押し殺した声が響く。

 

 沈黙が流れる。

 学は冷静さを取り戻し、短く息を吐いた。

 

 「……すまない、遊びがすぎたようだ」

 

 清華はしばらくその場に立ち尽くし、学の腕を掴んだまま動かなかった。

 しかし、やがて――

 

 「……手を放してくれないか、今度は支払う」

 

 そう言い、手を離した。

 

 学は苦笑し、ポケットからスマホを取り出す。

 「これで許してほしい」と言い、清華に対し40万支払う操作を終えた。

 

 「振り込んだ」

 

 清華は画面を確認し、一瞬だけ頷く。

 

 「これで、お互い不問としましょう」

 

 学は何も言わず、静かに踵を返す。

 だが、去る前に鈴音へと視線を向けた。

 

 「上のクラスに上がりたかったら、死にもの狂いで足掻け。それしか方法は無い」

 

 そして、創にも――

 

 「……兄妹の揉め事に巻き込んで悪かった、神楽坂」

 

 そう言い残し、学は闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  改めて、目の前の少女を見つめる。

 

 先ほどまで学と対峙していた時の、冷たい雰囲気をまとった堂々とした姿はどこかに消えていた。

 長い茶髪をなびかせる少女は、まるで影のように静かに立っている。

 

 ――本当に、同じ人物なのか?

 

 その違和感を抱えつつも、創は口を開く。

 

 「……助けてくれて、ありがとう」

 

 そう言うと、少女――清華はほんの一瞬、表情を和らげた。

 

 「……うん」

 

 ふっと、口元がわずかに緩む。

 

 それは、作られたものではない自然な笑みだった。

 けれど、清華自身もそのことに気づいたのか――

 

 すぐに、また無表情へと戻る。

 

 (……今、笑ったか?)

 

 創は、違和感を覚えた。

 だが、それ以上に気になるのは――彼女の態度だ。

 

 「えーっと、綾小路……さん、で合ってるか?」

 

 清華の肩が、ほんのわずかに揺れる。

 

 「……そうね、私は綾小路...清華」

 

 その表情が、僅かに陰るのが見えた。

 それはまるで、目の前で大切な何かを失った子供のような顔だった。

 

 清華は口を開いた。

 

 「…あの、創、大丈夫?、痛くない?」

 

 創の眉が、わずかに動く。

 

 「……え?、ああ、大丈夫だよ綾小路さんが止めてくれたからね」

 

 名前を呼ばれた。

 だが、それ以上に引っかかるのは――

 

 (俺、名前を教えたっけ?)

 

 矛盾する距離感。

 まるで、昔から知っていたかのような雰囲気で名前を口にする清華。

 

 けれど、創の記憶には彼女のことなど――ない。

 

 「……」

 

 清華は何も言わなかった。

 ただ、静かに創の顔を見つめている。

 

 創は彼女のきれいな顔に見つめられ、無意識に視線をそらす。そして、思い出したかのように別の人物へと目を向けた。

 

 「……堀北さん、大丈夫か?」

 

 地面に座り込んだままの鈴音へと手を差し出しながら、

 この場の空気を変えるように言葉を発した。

 

 「……ええ……問題ないわ、その、...」

 

 彼女はうつむいてしまう。しかし見た感じ、ケガはなさそうでよかった。

 

 「とりあえず、このままじゃマズいし、寮のエントランスに戻ろうか」

 

 創はそう言って、二人を促した。

 清華はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、神楽坂君。その、巻き込んでしまって…」

 堀北は顔を下げて謝った。その声には申し訳なさがにじんでいる。

 

創は軽く笑顔を見せると、「大丈夫だよ。痛みはもうすっかりないし、たぶん、お兄さんは手加減してくれたと思う。最後には謝罪してくれたから問題ないよ」と、堀北を安心させるように言った。だが、その言葉に堀北は、さらに肩を落とす。

 

「私が兄さんのように完璧な人だったら…」鈴音は自分の非を感じているのか、言葉を続ける。

 

 …どうしようか、とりあえず、言葉を紡いでみる。

 

 「もし悩みがあるなら、俺では力不足だろうけど、聞くよ。お兄さんとの関係とか、何かあれば。」創は鈴音に向けて優しく、でも少し真剣に言った。

 

堀北は一瞬言葉を詰まらせたが、創の誠意のある言葉が伝わったのか、少しだけ胸を張って頷いた。

 

「そうね…、助けてくれて、その、ありがとう」

 

顔はまだ、少しくもっているがさっきよりはよくなっただろうか。

 

 

そのとき、創はふと清華のことを思い出し、無意識に彼女の方をチラリと見た。しかし、清華は黙ってその場に立っているだけで、何も言わない。 堀北さんも綾小路さんの存在を思い出したのか目を向ける。

 

「その、綾小路さんも止めてくれてありがとう。その、貸しができてしまったわね…」

 

 堀北が言うと、清華は静かに首を振り、「別に気にしていないから大丈夫。…そうね、じゃあ一つ頼み事があるわ」と応じた。

 

「頼み事?」堀北は眉をひそめた。

 

「勉強会を今度こそ成功させること。Dクラスの現状は良くない。堀北鈴音もそれはわかってるはず。だから勉強会をしようと私に頼んだ。でも、あなたは彼らを不出来だと見捨てた。」

 

「…っ」

 

 「クラスから安易に退学者を出せば、どれくらいマイナスが付くかわからない」

 

「それは────」

 

「もちろん、情報が開示されていない以上、根拠はない。でも、十分に可能性はあると思う。そうなれば堀北鈴音の目標であるAクラスへの到達は困難になる」

 

「…遅刻や私語等のマイナスは、0以下にはならないわ。0の状態である今こそ、勉強の出来ない生徒を排除した方がいい。ほぼダメージは無いのと同じじゃない」

 

「そうである保証はどこにもないはず。見えないマイナスが残ってる可能性は十分ある。そんな危険なリスクを私は放置したくない。 それは、堀北鈴音も気づいているはず」

 

「よしんば見えないマイナスがあるとしても、赤点組を切り捨てた方が、将来的にクラスのためになる。これから先ポイントが増えてきた時、彼らを切り捨てなかったことを後悔するのは嫌でしょう? 今このタイミングで、リスクを取っておくべきよ」

 

「本当にそう思うの?」

 

「ええ、本当よ。彼らを救おうとするあなたの考え、理解に苦しむわ」

 

 エントランスから、エレベーターに乗り込もうとした堀北の手首を、清華は掴んだ。

 

 清華と堀北の言葉と行動に、創は困惑した。止めるべきかと思ったが、Dクラスの状況はBクラスと違い良くないようだ、どうすれば良いのか頭を悩ませる。競争を前提にした学校のやり方に疑問を感じつつも、解決策を見出せない自分に敗北感を覚える。

 

「その、頼みは…申し訳ないけど受け入れられないわ。あなたの勉強を見る… 、といっても、試験で100点をとったあなたには必要ないものね...」

 

「...もし、あなたが実行しないなら、この動画を掲示板にあげる。あなたの兄である堀北学の経歴に傷がつくわ」

 

「なっ...!? 兄さんは関係ないわ!」

 

「堀北学は言っていたはず、『上のクラスに上がりたかったら、死にもの狂いで足掻け。それしか方法は無い』と。他人を足手まといだと決めつけて、最初から寄せ付けず突き放す考え方を改めることが一歩だと思う。」

 

「……」

 

「茶柱佐枝が言った言葉をよく思い返して。指導室に呼ばれた時、茶柱佐枝は『学力に優れた者が優秀なクラスに入れると誰が決めた』と。ここから導き出される結果は、学力以外にも求められているものがあるということ」

 

「…あなたの話、悔しいけれど概ね正しいわ。そう思わせるだけの説得力があった。その点は認める。でも、まだ腑に落ちないのも確かよ。それは、あなたの真意。あなたにとってこの学校は何なの? 何のためにそんなに必死になって私を説得するの?」

 

「……なるほど」

 

「人を説く以上、説く人物に説得力が無ければ、ずる賢い理論も破綻する」

 

「今までの建前は抜きにして、その理由が知りたいの。ポイントのため? ひとつでも上のクラスに上がるため? それとも、友達のため?」

 

「そのほうが都合がいいと思ったから」

 

「都合……?」

 

「私はこの3年間幸せに生きたいから、この学校に来た。そうね、堀北鈴音と私は似ている」

 

 その言葉とまっすぐに見つめられる眼に困惑する堀北。

 

「...手、離してもらえる?」

 

「ええ」

 

 少し力の籠っていた手を離すと、堀北はくるりと振り返り清華の正面に立った。

 

「まさか、綾小路さんに言いくるめられるなんてね」

 

 そう言って、堀北は清華に手を差し伸べてきた。

 

「私は私自身のために須藤くんたちの面倒を見る。彼らを残すことでこれから先有利に運ぶことに期待しての打算的な考え。それでもいい?」

 

「ええ、それでいい」

 

「契約成立ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清華が堀北とのやり取りを終えた後、創が静かに彼女に近づいた。エントランスの静けさの中で、創はしばらく何も言わずに清華を見つめていた。

 

 

「あの、少しいいか?」創が静かに口を開いた。目を合わせた清華の目は、さっきと違い柔らかさを感じる。

清華は冷静に答えた。「どうしたの、創?」

 

 創はその返答に、少し驚いたような表情を浮かべる。きれいな少女に名前で呼ばれ少しドギマギする。

「あの、綾小路さんは俺の昔の知り合いだったりするのか? ...俺、実は数年前までの記憶がなくて、もしかして交流があったのかと思って。その、ずいぶん親しく名前を呼ぶから、そうなのかと考えてさ」

 

 清華は淡々と答える。

「...あのとき、堀北学とのやりとりを聞いていたから。初対面だよ私たちは。名前は...そう呼んだ方がいいと思っただけ。 ダメ?」 清華は不安そうに創を見つめる。

 

 創はその言葉にどう反応すべきか迷ったが、次第に自分の言いたいことを絞り出した。「いや、綾小路さんがそう呼びたいなら否定はしないよ。変なことを聞いてごめんね」

 

 

創は少し間を置いてから、改めてお礼を言った。「あのさ、さっきは本当に助かったよ。ありがとう。もし困ったことがあったら、堀北さんと同じように、俺にも相談してくれ。力になれるかは分からないけど、話くらいは聞くから。」

 

清華はその言葉に一瞬驚いたように目を大きく見開き、少しだけ顔をゆるめた。「…そうね。けれど、私は問題を抱え込むことはあまりないから、創が困ったときは私に聞いて。なんでもいいから」

 

創はそれを聞いて少し笑う。「はは、それはありがたいな…。わかったよ、よろしくね綾小路さん」

 

創は少し勇気を出して手を差し出す。それを清華は躊躇なく握り返した。

 

創の手の暖かさと、清華の手の冷たさが交わる瞬間、創は少し恥ずかしさを感じながらも、心の中で新たな友人ができたことを喜びを感じた。ただ、思わず顔を少し赤くしてしまう。

 

 清華の手は冷たくて、どこか無機質な印象を与えるが、同時にそれが彼女の冷静さを象徴しているようでもあり、創はなぜか不思議と落ち着く感覚を覚えていた。

 

 

清華は少しだけうなずき、静かに言った。「ええ、こちらこそ。…さて、今日はもう遅いから帰りましょう」

 

創はそれを聞いて、肩の力を抜いて微笑んだ。「ああ、そうだね。おやすみ、綾小路さん」

 

「ええ、おやすみ、創」

 

その後、二人はエントランスを静かに歩きながら、それぞれの思いを胸に刻みつつ、静かな夜を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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