作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
▼ページ最下部へ
部活動説明会を聞いたものの、結局どの部活にもピンとこなかったので、特に選ぶことはなかった。ただ、あの日の出来事は無意味ではなかったと思う。
例えば、この学校の生徒会長である堀北学という人物が威厳があって少し怖いことを知れたこと。帰り際には、一之瀬たちと連絡先を交換したりと、少なくとも新しいつながりができたからだ。
その日以降、授業も本格的に始まり、ようやく学生らしい生活を送るようになった。そして、そんな日々が続く中、体育の授業ではついにプールが始まった。
創はプールサイドで軽く準備体操をしている。水泳の授業が始まる前に少し体をほぐしておこうと思ったからだ。
その時、背後から声をかけられる。
「準備運動してるのか?」
振り向くと、神崎がじっと創を見ていた。神崎は冷静で、いつものように感情をあまり表に出さない。
「まあ、少しだけな。」創は軽く肩をすくめる。
「…神楽坂、お前、ガタイがずいぶんいいな。何かスポーツでもしていたのか?」
神崎がそう言いながら、創の肩や胸、腕をちらりと見て、少し考え込むように続けた。
「それに... その、ケガの痕が残っているが大丈夫か? たしか前に事故があったと言っていたが」
創は少しギクリとする。確かに、肩や胸、腕には薄い傷跡が残っている。ただ、記憶は残っていないが。松雄さんからは交通事故の影響でできたといわれた。だが、神崎は静かに観察しているだけで、特に嫌味はなくむしろ案じているようだ。
「…1年くらい前のことだ。交通事故にあってさ。見た目ほど体に影響はないから大丈夫だ。」創は無理なく軽く笑おうとするが、少し気まずそうな表情を見せた。
神崎は少し黙ってから、やっと口を開いた。
「無理はするなよ。何かつらいなら俺や柴田たちが助けてくれるはずだ」
「大丈夫だよ神崎、心配してくれてありがとうな。」
創はそう言って準備体操を再開するが、神崎の言葉は耳に残る。...しまったな。身体が元気だから気にしていなかったが、ラッシュガードを着るなりしておけばよかっただろうか。
その時、後ろから声が聞こえてきた。
「おーい、二人とも、何やってんだ?」
振り向くと、渡辺が笑顔で近づいてきた。
「プールの授業、ちょっと楽しみじゃね?」
渡辺は二人に近づきながら、ニヤリとした表情を浮かべた。
「ほら、クラスの女子たちの水着姿を見るのも悪くないだろ?」
渡辺が言うと、神崎は無表情で「..まあ、そうだな」とだけ返すが、創は少し顔を赤くして目をそらす。
「…俺は、まあ普通に泳ぐだけだ。」
「だろうな、でも女子の水着姿は楽しみだろ?」
「それは、えーと...。」創は言い訳するように言うが、渡辺は笑いながら肩を叩く。
「神楽坂って、意外に照れ屋だな。」
神崎はそのやりとりを横目で見ながら、再び淡々と「緊張してケガだけはするなよ」とだけ言って、プールへ向かう準備を整え始める。
その言葉に少し気を取られた創は、神崎がプールに向かうのを見送り、再び周囲に目を向けると、一之瀬たちがこちらに向かってくるのが見えた。
「おーい、神楽坂くーん、神崎くーん!、渡辺くーん!」
一之瀬の明るい声が響き、彼女は軽やかに手を振りながら近づいてきた。後ろには白波、網倉が続いている。
その瞬間、創の視線は自然と一之瀬たちの水着姿に引き寄せられる。
一之瀬は学校指定の水着に身を包み、髪をふんわりとゆらしながら歩いている。その姿は、まだ春にも関わらずまるで夏の陽射しに照らされているように輝いて見えた。創は一瞬、その美しさに目を奪われ、口が少し乾いたように感じた。
「う、うわっ…」
思わず小さく声が漏れそうになるのを必死にこらえながら、創は目をそらそうとするが、すでに遅い。渡辺がその様子を見てニヤリと笑う。
「どうした、神楽坂?」
渡辺は目を細めてからかうように言った。
「女子の水着姿が気になる年頃だもんな。」
創は顔が熱くなり、何とか言い返そうとするが、言葉が出てこない。
「ち、違う!」と慌てて答えたが、渡辺はニヤニヤしながら肩を叩いた。
「はは、やっぱ照れ屋だな。どうせ、俺たちみんな見てるんだから、正直に認めろよ。」
その時、一之瀬が笑いながら二人に近づいてきた。
「なに、どうしたの神楽坂くん? 顔が赤いよ、もしかして体調が悪いの?」
一之瀬は創を見て、心配そうに言った。
「先生を呼んだ方がいいかな?」
創は思わずまた顔を赤くし、慌てて目をそらす。
「だ、大丈夫だ一之瀬、その少し、準備運動をはりきりすぎたようだ…。」
その後ろで神崎が静かにやり取りを見守っているが、特に反応はなし。
その冷静さに、創は少し安堵するが、同時にちょっと恥ずかしくもあった。
「…えーと、授業楽しみだな。は、ははっ..」
創は軽く言い訳しながら、プールに目を向けると、無意識に少し胸を張って立ち上がった。
早く授業が始まることで、少しでも気まずさを忘れさせてほしいと思う自分がいた。
「よーしお前ら集合しろー」
体育会系のマッチョの先生が集合をかけ授業が始まる。筋骨隆々の腕を組みながら、生徒たちを見回している。
「見学者は3人か。まあ、妥当なところだな。」
体調不良で休んでいる生徒がいるが、サボり目的の者はいなかった。
「早速だが、準備体操をしたら実力が見たい。泳いでもらうぞ」
「あの先生、私あんまり泳げないんですけど……」
一人の女子が、申し訳なさそうに手を挙げる。
「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」
「別に無理して泳げるようにならなくてもいいのでは?」
「そうはいかん。今はどれだけ苦手でも構わんが、克服はさせる。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」
泳げるようになっておけば、役に立つ? それは、何かと便利なのは間違いないだろうけど。
学校の先生としてはカナヅチを治してやりたいって思いが強いのかも知れないな。
準備体操を済ませ流しで軽く50mを泳いでみたが、思った以上にうまくいかない感じだ。
フォームが乱れ、無駄に力が入る。何とか進めてはいるが、スムーズとは言い難い。
(……俺、こんなに下手だったのか...)
水中で手足を動かしながら、ふと疑問が湧く。記憶をなくす前の自分は、果たして泳ぎが得意だったのか、不得意だったのか。今の感覚では、特に得意だったとは思えない。
プールサイドに上がりながら、軽く息を整えると、隣で泳ぎ終えた神崎が目を向けていた。
「……動きが固いな。無駄な力が入ってる。」
淡々とした指摘だったが、的確だった。創自身も泳ぎながら、それを感じていた。
「おそらく、力の入れどころが分かってないんだろう。」
神崎の言葉に、創は少し考え込む。自分の体は、それなりに筋肉がついていて、身体能力は低くないはず。でも、泳ぎに必要な"しなやかさ"や"効率的な動き"が全く身についていない。
(記憶をなくす前は……どうだったんだ?)
思い出そうとしても、ぼんやりとした靄がかかっているようで、はっきりとした答えは出てこない。
「とりあえず、ほとんどの者が泳げるようだな。」
「中学生以来だけど、やっぱ楽しいな」柴田が軽く肩をあげる。
「全員聞いてくれ、せっかくだから競争をするぞ。」
「えっ、競争?」
「男女別50M自由形だ。タイムを測り、上位者を決める。一番速かった者には特別ボーナス、5000ポイントを支給する!」
「おおー、5000ポイント!?」
一部の生徒がどよめく。
「……逆に、一番遅かった生徒には補習を受けてもらう。」
「補習はきついな……。」渡辺が苦笑いしながら呟く。
「男子、女子別に上位5人で決勝戦を行う。一番タイムの早かった者が優勝だ」
「うっ、決勝とかあるのか……。」創は小さく息を吐いた。
みんなと俺の泳ぎを比べると優勝はおろか、最悪補習の可能性もありそうだな...
「驚いたな……。」
神崎が小さく呟く。
「どうした?」創が横目で彼を見ると、神崎は腕を組みながら静かに言った。
「学校側が、こうしてポイントを報酬として使うこと自体が意外だなと思ってな。」
「確かに、授業に対する報酬って普通はないよな。」
創がそう返すと、神崎は少し考え込むように視線を泳がせる。
「...まあ、単に水泳の授業を盛り上げるため、という単純な理由か。」
神崎はこの学校の仕組みについて考えがあるようだが、俺としてはこのあとどうすればマシに泳げるかを考えていた。
「とにかく、補習だけは避けたいな……。」
そんな風に呟くと、神崎は微かに笑みを浮かべたように見えた。
最初に女子の競争が始まり、泳ぐことになった。
一之瀬たちはリラックスした様子でスタートラインに立ち、それぞれの準備を整えている。
「よーし、位置について……スタート!」
笛の音とともに、女子たちが一斉に飛び込む。水しぶきが上がり、滑らかに進んでいく生徒、必死に腕をかく生徒、それぞれの泳ぎ方に個性が見えた。
結果は、一之瀬が1位を獲得。スピードよりも安定したフォームが印象的だった。
「やったぁ!」
一之瀬が明るく笑いながらプールサイドに上がると、クラスメイトたちが「おめでとう!」と声をかける。
俺も思わず感心した。
水泳部でもないのに、あの安定したフォームとペース。派手さはないが、無駄がなく、洗練された泳ぎだった。 一之瀬は普段から人当たりがよく誰とでも気軽に話せる性格だけど、それだけじゃなく、こうして実力もしっかり伴っているところがすごい。
普段はあまり気にしなかったけど、一之瀬の底知れなさを改めて感じた瞬間だった。
「次は男子だな。」
神崎の低い声に、創はごくりと唾を飲んだ。
補習は避けたい。
泳ぎに自信はないが、身体能力には覚えがある。 何も考えずに必死に泳ぐのではなく、今の自分にできることを最大限に活かすべきだ。
「位置について――」
体育教師の声が響く。スタートラインに並んだ男子たちは、プールの水面を見つめながら集中する。
(飛び込みで差をつける――それなら、俺にもできるはずだ。)
スタートの合図と同時に、創は瞬発力を活かして低く鋭い姿勢で飛び込んだ。
しかし――
バシャァァンッ!!
想像以上に力が入りすぎたせいで、水面を叩くような豪快な着水になってしまい、周囲に派手な水しぶきをまき散らした。
「うわっ、すげえ水しぶき……!」
「ちょ、めっちゃ水かかったんだけど!」
プールサイドにいた生徒たちが思わず顔をしかめるほどの勢いだった。
(や、やってしまった……!)
創は一瞬動揺するが、水の中では考える暇もなく、すぐに泳ぎ始める。
しかし、飛び込みの失敗のせいで体勢が乱れ、思うように前へ進めない。 必死に腕をかき、足を動かすものの、無駄な力が入ってしまい、水の抵抗を受けまくる。
(まずい……! 思ったよりキツい!)
勢いだけでは勝てない。泳ぎ方の違いが、そのまま差になって現れる。 創は必死に前へ進もうとする。
そんな創の横を、神崎がスムーズなフォームで追い抜いていった。無駄のない動きで水を捉え、滑るように進んでいく。
(あれが、ちゃんとした泳ぎってやつか……!)
(……くそ、こんなはずじゃ……!)
だが、ここで止まるわけにはいかない。創は苦しさを堪えながら、全力で手を伸ばした――。
40秒すこしのタイムでゴールにたどり着くと、創はそのままプールサイドに手をついて膝をつく。肩で息をしながら、必死に呼吸を整えた。
「すごいな神楽坂!。見たことない水しぶきだったぞ!」と、柴田が驚いた声を上げる。
「結構離れてたけど、水がかかってびっくりしたぜ」と、渡辺も感心した様子で言う。
一之瀬は少し心配そうに「神楽坂君、すごい飛び込みだったけど大丈夫?」とみんなに声をかけられたりと、創は恥ずかしさに少し顔を赤くした。
「ケガはない?」と一之瀬がさらに心配そうに尋ねると、創は苦笑いしながら「大丈夫、ケガはしてないよ。少し息が上がっただけだよ」と答えた。
その時、神崎が冷静に言った。「...すごい跳躍力だった。フォームを改善して泳ぎを修正できれば、決勝にいけたかもしれないな。」
創はその言葉に少し驚きながらも、肩を震わせる。自分の泳ぎが少しだけ評価されるとは思っていなかった。
その後、競争は一之瀬が女子の優勝、柴田が男子で優勝を果たす。結果を受けて、クラス内は賑やかな雰囲気に包まれ、みんなの顔に笑顔が広がっていた。
「さすがだな柴田。優勝おめでとう」と創が柴田に言うと、柴田は照れくさそうに笑った。「ありがと、でも神楽坂も頑張ったぜ。」
一之瀬も嬉しそうに微笑みながら、「優勝おめでとう柴田君!、神楽坂君も今日はお疲れさま!」と声をかけてくれた。
創は疲れ切った体を引きずりながらも、心の中で少しだけ満足そうな気持ちを抱えていた。競争は終わったが、どこか清々しい気持ちが残る。
(これが、青春ってやつか……?)
彼は、ふと笑みをこぼした。仲間たちと過ごすこのひとときは、何ものにも代えがたいものだと感じていた。