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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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2話


入学式では普通の学校のようにありがたい言葉をいただき、無事に終わった。

 

学校説明をうけ、職員室の居場所を確認できた俺は、星乃宮先生の言う通りに向かった。

 

職員室の扉の前に立ち、少し緊張しながらも軽くノックをする。

 

「失礼します。神楽坂創です」

 

 中からすぐに返事が返ってきた。

 

「どうぞ、入って」

 

 扉を開けると、そこにはデスクに座る星之宮先生の姿があった。彼女は柔らかく微笑みながら、手元の書類に目を通していた。

 

「来てくれてありがとうね。座って」

 

 促されるままに椅子に腰掛けると、先生は書類を整理しながら切り出した。

 

「さて、本題に入るけど……入学前に提出された健康診断のデータを見て、確認しておきたいことがあってね」

 

 やはり、薬のことだろう。創は内心でそう予想しながら頷く。

 

「神楽坂くんは、現在『特定の薬』を定期的に服用していることになってるね。これは……事故の後遺症の治療のため、ということでいいのかしら?」

 

「はい。その影響で、定期的に服用しないと体調を崩しやすくなるそうです」

 

 すでに用意された説明を淡々と繰り返す。松雄さんから言われていた通りに、疑問を抱かせない程度に簡潔に。

 

 星之宮先生は少し考えるように書類を指でなぞり、視線を上げた。

 

「なるほどね。薬の受け取りのことだけど……」

 

 

 「この薬は、学校内の保健室や病院施設では取り扱っていないみたいね。特殊な処方らしいから主治医がいる病院から、定期的に郵送されることになっているわ。外部との連絡が禁止されているから、検閲をしたうえで薬の郵送を学校側が特例として許可していることになっています。ただし、手続きが必要になるから、今後は保健室で管理して渡す形になるわね。 ここまで分かった神楽坂くん?」

 

 「了解しました。何か問題があれば相談させていただきます」

 

 「そうね。もし、薬の到着が遅れたり、足りなくなったりしたらすぐに知らせるわね。代わりの手段を考える必要があるかもしれないし」

 

 星之宮先生は念押しするように言い、創は軽く頷いた。

 

 星之宮先生は少しだけ創の顔を覗き込むようにして、ふっと笑った。

 

「なんだか、すごくしっかりしてるのね。高校生とは思えないくらい」

 

「そうですか? 自分では普通のつもりですが」

 

 創は苦笑しながら肩をすくめる。それに対し、先生は「ふふ」と楽しげに微笑んだ。

 

「ま、あまり気負いすぎず、学校生活を楽しんでね」

 

「ありがとうございます」

 

 特に問題なく話が終わったことを確認し、創は席を立った。

 

「じゃあ、俺はそろそろ帰りますね」

 

「ええ、また何かあったらいつでも相談しに来てね」

 

 軽く頭を下げ、職員室を後にする。

 

そして、廊下へ出た瞬間、不意に視線を感じた。

 

 目を向けると、誰もいない? …少し緊張していたから自意識過剰になっていたのか。 

 

  とりあえず、明日までは自由だしこの学校とモールとかの施設をみて周ろうか。買い物とかも日用品は買っておいたほうがいいだろうし。

 

 創は軽く肩をすくめ、職員室の前から歩き出した。

 

 (とはいえ、どこから回ろうかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モールの入り口をくぐると、広々としたフロアが目に入った。

 カフェや雑貨店、衣料品店に書店──日常生活を支える店が一通り揃っている。

 この学校がまるで一つの都市のようだと感じさせる要因の一つだった。

 

 (さて、とりあえず日用品を揃えるか)

 

 寮には最低限の備品はあるが、自分に合ったものを使いたい。

 シャンプーや洗剤、歯ブラシにタオル……一通りのリストを思い浮かべながら、売り場へ向かう。

 

 ──と、その途中で、見覚えのある姿を見つけた。

 

「神崎?」

 

 棚の前に立ち、じっと商品を見比べる男子生徒──神崎隆二だった。

 彼は相変わらず姿勢よく立ち、何かを吟味している。

 

「神楽坂も買い物か?」

 

 創が声をかけると、神崎は一度視線を動かし、すぐに頷いた。

 

「ああ。生活に必要なものを揃えている」

 

「真面目だな……何選んでるんだ?」

 

 創が近づくと、神崎が手に取っていたのは歯ブラシのパッケージだった。

 意外にも、数種類を見比べている。

 

「歯ブラシの毛の硬さは、口内環境に影響を及ぼす。安易に選ぶべきではない」

 

「……マジで?」

 

 思わず目を瞬かせる。

 淡々とした口調だったが、神崎は真剣そのものだった。

 

「柔らかすぎると汚れが落ちにくく、硬すぎると歯茎を傷つける。最適な硬さを選ぶのが重要だ」

 

「へぇ……なんか詳しいな」

 

「当然だ。自己管理は基本だからな」

 

 さすがは真面目キャラ、といったところか。

 

「じゃあ、神楽坂はどうなんだ?」

 

「ん?」

 

「神楽坂、お前は何かこだわりがあるのか?」

 

 唐突な質問に、創は少し考えた。

 正直、特に強いこだわりはない……と思ったが、ふと口をついた言葉があった。

 

「入学前、一緒に住んでた人と使ってたのと同じやつにしとくかな」

 

 それを聞いた神崎が一瞬、じっと創を見た。

 

「……なるほど」

 

 特に深くは追及せず、短く頷く。

 

「さて、そろそろ俺も必要なものを買っておくか」

 

「そうだな」

 

 流れで神崎と一緒に商品を選んでいく。

 

 すると、二人とも同じく目に留まるものを見つけた。

 他の商品と大差ないものだが異なる点が1つ。

 

 「無料...?」

 

 不思議に感じた神崎は商品を手に取る。

 日用品が無料と書かれたワゴンに詰められている。『1か月3点まで』と但し書きも添えられており、明らかに周りから浮いた異質さを放っていた。

 

「ポイントを使い過ぎた人への救済措置、だろうか」

 神崎はそう呟きながら、無料ワゴンの中を見回した。

 

 歯ブラシや絆創膏、ポケットティッシュなど、最低限の生活必需品ばかりが並んでいる。

 しかし、どれもシンプルなデザインで、特にメーカーのロゴも見当たらない。

 

 創も興味を惹かれて手を伸ばし、一本の歯ブラシを手に取った。

 包装にはただ「歯ブラシ」とだけ書かれている。

 

「見た感じ、ブランド品でもないし、質も最低限って感じだな」

 

「毎月1日には10万ポイントが支給されるから、そう生活には困らないはずだが... 浪費家が多いのかこの学校は?」

 

 神崎は少し呆れながら商品を戻した。

 

 「買わないのか? 神崎」

 

 「必要な人間への商品だろうから、買うのは少し抵抗感があるな。利用することがないように金銭管理、いやこの学校だとポイント管理が大事そうだな」

 

 「それもそうだな、俺も戻しておくか」

 

 結局、神崎と同じく商品を選び終えたようで、レジへと向かう。

 会計を済ませ、店を出ると、彼は軽く創に視線を向けた。

 

「神楽坂、お前は今からどうする?」

 

「とりあえず、寮にいこうかな。少し疲れたし。せっかくだから、一緒に行かないか?」

 

 神崎は一瞬だけ考え、静かに頷いた。

 

「……いいだろう。一緒に行こう」

 

 そう言って、二人は並んで寮へ向かい歩き出す。

 高度育成高等学校の広々とした敷地は、今はまだ新入生で溢れ、どこもかしこも活気に満ちていた。

 

 最初の数分は、特に言葉を交わすことなく歩いていたが、不意に神崎が口を開いた。

 

 「……そういえばホームルームのとき、名前を呼ばれていたな」

 

 淡々とした口調だったが、どこか探るような雰囲気を感じる。

 創は少し驚いたが、すぐに軽く笑った。

 

 「聞いていたのか」

 

 「お前が担任に名指しされていたんだ。嫌でも耳に入る」

 

 神崎はわずかに視線を向ける。

 

 「...差し支えなければ、聞いてもいいか? 何か問題でもあったのか?」

 

 創は一瞬、どう答えようか迷った。

 とはいえ、隠すようなことでもない。

 

 「いや、大したことじゃないよ。ちょっと、薬のことについて確認されただけさ」

 

 「薬?」

 

 神崎の眉がわずかに動く。

 創は肩をすくめながら答えた。

 

 「まあ、事故の後遺症ってやつだな。学校に許可を取って、外部から定期的に郵送してもらう形になったんだ」

 

 「そうか……」

 

 それ以上は聞かず、神崎は一度前を向いた。

 深入りするつもりはないが、彼の中で何か考えているのは明らかだった。

 

 創はそんな神崎の様子を横目で見ながら、ふっと小さく笑った。

 

 (神崎って、意外と人のことを気にするタイプなんだな)

 

 そう思いながらも、神崎が無言で並んで歩く姿は、どこか頼もしさを感じさせた。

 

 この真面目で思慮深い神崎ならいい友人になってくれるかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 事故で記憶を失い―――人間関係がリセットされた俺にとってはいいスタートを迎えたいと思う。 

 

 なら...

 

 「なぁ、神崎。良ければ連絡先を交換しないか? また、神崎と話したり遊びたいと思うんだ。 俺と友達になってほしい」

 

  創の言葉に、神崎はわずかに足を止めた。

 

 「……友達、か」

 

 静かにその言葉を繰り返しながら、神崎は考えるように視線を落とす。

 

 創は少しだけ不安になった。

 もしかして、踏み込みすぎたか?

 

 ──だが、次の瞬間、神崎はゆっくりと口を開いた。

 

 「俺は……友人関係を築くことが苦手な方だ」

 

 「そっか……」

 

 少しだけ残念な気持ちになる。

 簡単に友達とはなれない感じか……。

 

 しかし―――

 

 「だが、神楽坂。お前のことは、悪くないと思っている」

 

 神崎はそう言うと、ゆっくりとポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 「連絡先の交換自体は、問題ない」

 

 その言葉に、創は少し安堵してスマホを取り出す。

 お互いにQRコードを表示し、簡単に連絡先を交換する。

 

 「ありがとう、神崎」

 

 「礼を言うほどのことではない。……それに、俺もお前と話すのは嫌いではない」

 

 その言葉に、創は思わず微笑んだ。

 

 (慎重なやつだけど、やっぱり根は真面目で誠実なんだな)

 

 神崎がふっと視線を前に戻す。

 

 「寮に着いたな」

 

 気づけば、二人はすでに寮の入り口に立っていた。

 これから三年間、生活の拠点となる場所だ。

 

 「じゃあ、俺は部屋に戻る。また明日な」

 

 「ああ、また明日」

 

 軽く手を挙げる神崎を見送りながら、創も自分の部屋へ向かう。

 静かにドアを開け、荷物を置くと、大きく息を吐いた。

 

 (まずは、いいスタートを切れたかな)

 

 新しい学校、新しい環境、新しい人間関係。

 まだ始まったばかりだが、悪くない一日だった。

 

 スマホを見ると、さっき交換した神崎の名前がリストに追加されている。

 その画面をしばらく眺めた後、創はスマホをベッドサイドに置き、静かに目を閉じた。

 

 

 ──こうして、神楽坂創の高度育成高等学校での生活が、ゆっくりと動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  春のひざしが注ぐ太陽の下、寮の建物を少し離れた場所から見つめる少女がいた。

 

 歩く創の背中を、ただじっと目で追う。

 

 「……よかったね、創」

 

 少女はそっと呟いた。

 それは、穏やかな安堵にも聞こえたし──どこか切なさを含んでいるようにも思えた。

 

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