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作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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24話


 夏休みのある日。特に予定もなく、寮でぼんやりと過ごしていた俺のスマートフォンが、控えめに震えた。

 

 画面にはある名前が表示されている。

 

『綾小路清華:少しだけ、時間ある? ケヤキモールの五階、エレベーター付近に来てほしい』

 

 たったそれだけの文面なのに、胸の奥が小さく波打った。

 

(「何かあったら呼んでほしい」って、言ったのは俺だけど……)

 

 正直、まさか本当に呼ばれるとは思っていなかった。

 

 俺は即座に返信を打ち、外出の準備を始めた。

 

 

 

 

 ケヤキモールに着くと、約束の場所──すでに綾小路さんが立っていた。

 

 相変わらず整った姿勢で、何というか『立てば芍薬』というものはこういうものなのかと少し感心する。けれど俺の姿を見つけると、ほんの少しだけ目元が緩む。

 

「来てくれて、ありがとう」

 

「約束だったからね。……それにしても」

 

 俺は彼女だけでなく隣に立つ少女に目を向けた。

 

 腕を組んで仁王立ち、露骨に不満げな顔をしている少女だ。

 …誰だろう、見慣れない人がいて少し緊張してしまう。

 

鋭い目つきに短い髪、どこか攻撃的な雰囲気がある。だけど、顔に見覚えはない。

 

 俺の視線に気づくと、その少女が、あからさまに睨み返してきた。

 

「なによ、あんた」

 

「あ、いや……ごめん。俺は神楽坂創。1年Bクラスだ」

 

 ひとまず名乗ってみたが、返事はない。むしろ、あからさまに無視された。

 

 代わりに綾小路さんが、淡々と口を開く。

 

「彼女は伊吹澪。1年Cクラス。龍園翔の下っ端」

 

「はあっ!? 誰があんなヤツの下っ端よ!!」

 

 予想通り、伊吹と呼ばれる少女がすぐに噛みついた。

 

「私は別に、あいつの言いなりなんかじゃないし。……というか、あんた、わざとよね?」

 

「事実を述べただけ。否定しないということは、図星だったのかしら」

 

 まるで喧嘩を売るような綾小路さんの無表情な言い方に、伊吹さんのこめかみがピクピクと動いていた。

 

「あ、あの……ふたりとも落ち着いて」

 

 俺は思わず間に入る。別に喧嘩が見たいわけじゃないし、ケヤキモールの人が多い場所で騒がれるのは困る。

 

「……ま、いいわよ。別にあんたに名乗る義理なんてないけど、伊吹澪よ。覚えても覚えなくてもどっちでもいいけど」

 

 伊吹は顔を背けたままそう言ったが、その目だけはじっとこちらを見ていた。

 

「……うん。よろしく、伊吹さん」

 

 俺がそう返すと、伊吹さんはフンと鼻を鳴らしただけで、それ以上何も言わなかった。

 

「相変わらず素直じゃないのね、伊吹澪」

 

「アンタがいちいち余計なこと言うからでしょ、綾小路」

 

 伊吹さんが語気を強めるが、綾小路さんは相変わらず無表情。むしろ、ちょっとだけ楽しんでるようにすら見える。

 

 口をとがらせて睨み返す伊吹さん。だが、そんなやり取りの中で、彼女の視線がふと、俺の顔に向けられる。

 

「……さっき、名前言ってたよね。神楽坂って」

 

「そうだね。神楽坂創って言うんだ。それがどうかしたのか?」

 

 すると、伊吹の表情が少しだけ変わった。驚きとも興味ともつかない、微妙な変化だ。

 

「……へえ。あんた、あの龍園に喧嘩売られた奴でしょ?」

 

「えっ……」

 

 一瞬、言葉に詰まった。

 

 確かに、特別試験の時。龍園になぜか、言いがかりのような挑発を受けたことがあった。

 

(まさか、あのやりとり、いろんな人に知られてるのか……)

 

「ふーん。龍園が相手したいくらいだし、てっきりただの雑魚じゃないと思ってたけど、…まあよく見れば悪くはなさそうだな」

 

 伊吹の目がぎらりと光る。その視線には、明確な敵意というよりも――純粋な好奇心と戦意が混ざっていた。

 

「……え?」

 

「試してみたいんだよね。あんたが本当に倒しがいのある強いやつなのかどうか」

 

 そう言って、伊吹さんは一歩、俺に詰め寄る。肉食獣のような気配を放つ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺、喧嘩なんてできない、普通の人間だよ。全然、戦えるようなタイプじゃ──」

 

「関係ないな、一回私と勝負しろ」

 

 伊吹さんが鋭い目でじっと俺を見る。その視線が、逃げ場を探している俺の内面を射抜いてくる。

 

 そんな中、綾小路さんが淡々と口を挟んだ。

 

「…神楽坂創はアリ一匹倒せないような人間よ、伊吹澪が戦う相手として不足しているわ」

 

「いや、それは言いすぎじゃない?」

 

(アリ一匹も倒せないって…… 綾小路さん、俺のことそんな貧弱な人間に見えてたのか…)

 

 前から、ジムに通うのが少し憂鬱になっていたが、高円寺のメニューに真摯に取り組むべきなのかもしれない。

 

 

 俺がなんとか落ち込む気持ちを切り替えようとしていると、どこか冷たい声が、俺たちの背後から聞こえてきた。

 

「……こんなところで騒いで、一体何をしているの?」

 

 振り返ると、そこには堀北さんが立っていた。相変わらず涼しげな視線で、俺たちを一瞥している。

 

「お、堀北じゃん。やっときたか。待ってろこいつを倒したら次は堀北の番だからな」

 

 伊吹がふっと肩の力を入れて臨戦態勢をとると、堀北は小さくため息をつく。

 

「遅れたのは悪かったけど、来て早々喧嘩腰ってのはどうかと思うけど」

 

「…それに、伊吹さんと神楽坂くんもいるのはどういうことか、説明してくれるのかしら綾小路さん」

 

 堀北さんの冷静な問いに、綾小路さんは特に動じる様子もなく、淡々と語りはじめた。

 

「先に来ていた私に、伊吹澪が声をかけてきたの。『占いにでも来たのか』ってね」

 

 それを聞いた堀北が小さく目を細める。

 

「それで?」

 

「私が『偶然通りかかっただけ』と答えると、伊吹澪が簡単にこのイベントについて説明してくれたの。……少し興味を持って、ありがとうと言ったら、『じゃあ堀北を呼べ』と返されたわ」

 

「はあ……また随分と勝手なことを」

 

 堀北がやれやれとでも言いたげに目を伏せた時、綾小路さんがさらりと口を開いた。

 

「だから、メッセージを送ったのよ。『占いに興味はない? 一緒に並ばない?』って」

 

「……あなたから物珍しいメッセージが来たのを、怪しむべきだったわね。てっきり、あなたと並ぶと思っていたんだけど、この人選からして伊吹さんと組ませるつもりかしら…」

 

「ええ、そうね」

 

 堀北さんがぴくりと眉を上げる。

 

「……帰ろうかしら、こんなのにつき合ってられないわ」

 

 ぼそりと、そう呟いたその瞬間。

 

「……水筒」

 

 綾小路さんが、ごく小さな声でぽつりと呟いた。

 

 その一言に、堀北さんの足がピタリと止まる。顔にうっすらと動揺の色が走るが、すぐに取り繕ったように表情を引き締める。

 

「……っ、まったく……仕方ないわね。行きましょうか」

 

 えっ、なに今の? という視線を、俺と伊吹さんが同時に交わす。

 

「水筒……?」

 

「なんだ。水筒がどうかしたのか」

 

 俺がぽつりと呟くと、伊吹さんも困惑気味に小声で突っ込む。だが当の堀北さんは、表情を硬く保ったまま我先にとスタスタと歩き出して、ついてこいと視線を送る。

 

 俺たちは慌ててその後を追う。

 

「……なあ、綾小路さん。ちょっと聞いてもいい?」

 

「なにかしら?」

 

「なんで俺まで呼ばれたんだ? こういうのって、普通は女子だけで盛り上がるもんじゃないのか?」

 

「……この占いイベント、2人一組じゃないと受けられない仕様。3人だと余る。だから、呼んだの」

 

 当然のように言い放つ綾小路さん。

 

「……それで俺を?」

 

「ええ。その、……約束したから。ダメだったかしら?」

 

 綾小路さんの声が、ほんのわずかにトーンを落とす。普段の彼女の、冷静沈着で無感情にも聞こえる声音とは、どこか違っていた。

 

 ……俺と約束したから。

 

 その言葉が、胸の奥でふわりと膨らむ。

 

「いや、嬉しかったよ。綾小路さんと遊ぶの、実はちょっと楽しみにしてたんだ。占いって初めて受けるから、すごくワクワクしてる」

 

 そう素直に伝えると、綾小路さんが一瞬だけこちらを見た。

 

 その表情はいつものように冷たいまま――でも、ほんの少しだけ目元が和らいだように見えた。気のせいかもしれない。でも、確かに感じた。

 

「……そう。よかったわ」

 

 それだけ言って、綾小路さんはまた前を向く。表情には何の変化もないのに、なぜかその後ろ姿が、少しだけ明るく見えた気がした。

 

 そんなことを思いながら、俺たちは占いの待機列へと歩を進めた。

 

 

「では次の方どうぞ」

 

 小さな佇まいの仮施設の中から、そんな声が聞こえてきたのはお昼真っ只中だった。

 

「いよいよだね」

 

 布をくぐり占い師の待つ部屋の中へ入るとそこにはテレビでよく見るような光景が広がっていた。

 暗めの照明に、よくわからない分厚めの本にハンマー投げの玉ほどの水晶玉。占い師であろうおばあさんはフードを被っていて表情がわからない。なんというか凄みを感じる。

 

 水晶玉が輝きだしてもおかしくないくらい雰囲気があった。

 

 背もたれのない丸椅子が二つ占い師の前に置かれてある。ここに座るのだろう。二人で腰を下ろすと、占い師は薄く笑い右手を動かした。

 

「まずは───料金の支払いを」

 

 そう言い、机の下から小型カードリーダーをテーブルに置いた。

 

 占いの館という幻想空間から急に現実に引き戻された気分で少しツッコミをいれたくなる。

 

「何を占うの?」

 

 学生証を出す前に、綾小路さんがそう言って質問した。

 

「学業、仕事、恋愛、好きなものを」

 

 ニヤリと不気味に笑う。 そういえば、何を占ってほしいか検討していなかったな。

 テーブルには、料金表がおかれており見てみると、今占い師が口にした項目は『基本プラン』に含まれているようだ。

 そこにセットが幾つかあり、他には人生の最後までを見ることが出来る占いコースも記載されていた。

 あとはペアで占うことを前提としているため、恋愛に関するものが多い。…あまりこんな考えをするのは無粋だが、5000ポイント以上と中々高額だ。

 

「…どうしようか」

 

 とりあえず、基本プランで占ってもらおうか。

 …綾小路さんはどうするんだろう。 

 

「基本プランのほかに、これと、…これもお願いします」

 

 そう占い師に料金表に指をさし、占い師はうなずく。

 

 …驚いた、綾小路さん意外と運勢を気にするタイプなんだな。

 

「創はどうする? …そういえば、ポイントのこと聞いてなかったね。私が払おうか」

 

「えっ、いやいやそれは綾小路さんに悪いよ。 大丈夫だよ、基本プランでお願いしようかな」

 

 そう告げて学生証をかざす。ピッ、というカードの音がして残高が引き落とされた。

 

「ではまず、そっちのお嬢さんから。名前は?」

 

「綾小路清華」

 

 そう短く答える。

 

「私の占いは相手の顔、手、そして心を見る。その中であなたが見られたくないものも見えることがあるが?」

 

「好きにして」

 

 堂々と、綾小路さんは占い師の言葉に動揺することもなくそう答えた。占い師のフードの隙間から見えるしわだらけの皮膚、その隙間から覗かせる眼光は鋭かった。

 

 それから綾小路さんに両手を出すように指示し、ゆっくりと占った結果を話し始める。

 

「まずは手相。……非常に稀有な手だね。

 お主には、人の上、いや天の上に立つ素質がある。

 ヒビ割れることのない器、生まれ持った頭脳、感情に左右されぬ強靭な心。

 だがそれは、同時に孤独を生む線でもあることに気をつけなさい」

 

 どうやら、綾小路さんはすごい手相の持ち主のようだ。 表情を見てみるが、特に感情は表れていない。 そこまで、うれしい結果ではないのだろうか。

 

 続いて、占い師は顔を見ていく。

「その目……表に出ないが、内に怒りを抱えておらんか。

自分自身をよく知りすぎているがゆえに、他者に心を許さない。

 何か焦燥感を抱え、苛まれることもあるはずじゃ」

 

 怒りという、綾小路さんに似つかわしくない単語も出てきた。 正直、合っているのか疑わしいところもあるが、それは綾小路さん次第なのだろう。

 

「これは……」

 

 占い師の手が止まる。

 

「お主は宿命天中殺の持ち主だ」

 

 …宿命天中殺? よくわからない用語に、綾小路さんも疑問の表情を浮かべているように見える。

 

「どうやら生まれてから、相当な苦労をし天運も悪いと見える」

 

 どうやら、綾小路さんは運が相当良くないようだ。 …こんなことを考えるのはどうかと思うが、それなりの料金を支払ってその結果はどうなんだという、場違いな怒りを少し覚える。

 

 ただ、綾小路さんの表情は無表情で相変わらず読めない。

 

「…そうかしら、その宿命天中殺はこれからも続くの?」

 

「宿命天中殺は確かに稀。しかしだからと言って一生不運が定められているわけではない。確かに流れが悪く、家系、親の恩恵を受けられないなどの弊害はあるが、あくまでも個性。何を成すか成せるかはこれからの自分自身が決めること」

 

 そう占い師はいい、穏やかな声で伝える。

 

「悲観する必要もなければ喜劇の主役のようにふるまう必要もない」

 

「…そう、ありがとう」

 

「ふむ、次は未来を読むことじゃな、どの未来について占ってもらいたい」

 

「この学校にいる間の未来を占ってほしい」

 

 淡々とした綾小路さんの声に、占い師は「なるほど」と小さく頷くと、掌を差し出すよう指示する。

 

「では……目を閉じて。心を静めなされ」

 

 綾小路さんは一瞬だけ視線を斜め下に落とし、素直に目を閉じた。

 

 場の空気が、ふっと張り詰める。

 

 占い師が水晶玉を持ち出し、彼女の両手にそっと触れる。

 

 静かな沈黙が数秒続いた後、低く、柔らかな声が落ちる。

 

「──見えるぞ……三つの風景が。三度、心が揺れる未来が待っておる」

 

 

「まず、近い未来。ふむ、これは光に引き寄せられる“蝶”が見える。 そして、お主はそれを……ただ、見ている」

 

「……」

 

「だが、、お主の心は不意に試される。その蝶を摘み取るかどうか。お主次第じゃ。だか、そのせいで光が弱まることに注意せよ」

 

 しばしの静寂のあと、占い師の声はふたたび響く。

 

「次の未来──ああ、穏やかな水面が見える。

その水面には二つの影が寄り添い、まるでひとつに溶け合っておる。

そこには熱があり、安らぎがあり……しばしの間、時さえ止まって見える」

 

 彼女の指が、ごくわずかに震える。

 

「されど、その水面には、深く静かな暗がりも潜んでいる。

それに気づかぬまま進むのか、それとも目を逸らすのか……」

 

 そして、最後の風景へと占い師の声が移る。

 

「──最後に見えたのは、暗闇の中じゃ。

その中で、ひとつの炎が聖域のごとく揺らめいておる。

それは遠くにありながら、まばゆく、抗いがたく、お主を引きつけてやまぬ」

 

「だが、炎は近づく者を選ぶ。

足を踏み入れれば、熱に焼かれ、心が裂けるやもしれぬ。

それでも──お主は、炎に手を伸ばそうとする」

 

 占い師の声が、一瞬だけ沈黙を抱えた後、静かに続く。

 

「そのとき──“蝶”が舞う。

かつて光に惹かれて飛び交った者たちが、いま、お主の傍に集う。

彼らは囁く、戻れと、止まれと。あるいは、進めと──」

 

「炎の先には何があるか──それはまだ、見えぬ。

けれど、ひとつだけ言えるのは……お主はその炎をどうしたいかじゃ。消すことも、背を向けることも、…焼かれることもできよう」

 

 

 水晶玉を覆うようにして、占い師はそっと手を離す。

 

「どうじゃろうか。 お主にとって有益なものとなり得たか?」

 

「…そうね、興味深い話だったわ」

 

 彼女の声音はいつもの通り冷静だったが、その眼差しはどこか遠くを見ていた。

 

 張りつめられた雰囲気が少し弛緩する。

 綾小路さんは、さっきの話を理解できたのだろうか。 自分にはよくわからなかったが、彼女はどこか満足しているように見える。

 

「ふむ、そして最後にお主は確か、相性占いをしてほしいようだが──」

 占い師の問いに、彼女が小さく頷く。

 

「ええ、ちょっと聞いてみたいことがあるの」

 どこか楽しげな声音で、ちらっとこちらを見る。

 

「彼と、一緒に時間を過ごしても問題ないか、見てもらえるかしら?」

 

 あまりに自然な口調だったので、創は一瞬その言葉の意味を取り違えた。

 

「……え? おれと?」

 

 思わず指差して聞き返すと、彼女はほんの少しだけ首を傾げて、

 

「そうよ。他に誰がいるの?」

 

 と、さも当然の事実のように言い切った。

 

「私は、“宿命天中殺”らしいから。一緒にいると、いろいろ不都合が起きるかもしれないと思って」

 

「いや、そんなに気にすることかな……」

 

「一緒にいたら悪いことが起きるなんて創は嫌だと思ったから」

 

 俺はなんとも言えない表情になって、やや遠い目で天井を見上げ、言葉を紡ぐ。

 

「うーん……でも俺は占いがどうあろうと、綾小路さんと一緒にいたいって思ってるんだけどな」

 

 その言葉に、彼女の睫毛がふるりと揺れる。

 

「………そう」

 

 と、どこか安心した雰囲気を感じる。

 

 占い師がこほんと咳をして、目線を俺たちに向ける。

 

「──では、見ていくゆえ、静かに聞いてもらおうか」

 

 占い師は再び水晶玉に手をかざし、目を閉じる。

 

「ふむ……このふたりの関係性……なるほど、面白いな」

 

 そう呟いたあと、彼女は目を開ける。

 

「お主たちは、表面上はまるで違う性質じゃ。

お主は静けさをまとい、心の奥に烈火を秘める。

もう一方の小僧は、一見普通に見えて、その奥に“空白”がある」

 

「空白……?」

 

 俺が思わず聞き返すと、占い師はにやりと笑った。

 

「うむ。その“空白”こそが、光にも闇にもなり得る。

そして──このふたりは、互いにそれを引き寄せ合う性質を持っておる」

 

 彼女は、水晶玉に手をかざしたまま、続ける。

 

「不思議な相性じゃ。決して平穏ではない。

けれど、どちらかが欠ければ、道は閉ざされる……そんな“宿縁”の関係じゃな」

 

 綾小路さんは黙ってその言葉を聞いていたが、ふと目を伏せ、小さく息を吐いた。

 

「……つまり、問題はあるけど、悪くはないってこと?」

 

「ふむ、そうも言える。災いも招くが、力にもなる。

お主たちが共に歩むなら──その道には、嵐もあろう。だが、確かに光もあるじゃろうな」

 

 

 …少し不穏なワードも出たが、どうやら相性は悪くないようだ。 まあ、綾小路さんが嫌じゃない限り、俺としては占いでどんな結果が出たとしても、一緒にいてほしいと思っていたが良かった。

 

 

 

 

こうして、綾小路さんの占いは一通り終わったようだ。

 

占い師は次に俺に目を向け、自分の番になる。

 

「では、次はお主……名前は?」

 

「神楽坂創です」

 

「ふむ……まずは手を見せてもらおう」

 

 促されるまま両手を差し出すと、皺だらけの指がゆっくりと俺の手相をなぞっていく。

 

「……ふむ。なかなか、素直な線じゃな」

 

 そう言って占い師は淡々とした口調で語り始めた。

 

「健康運は良好。大病の相は見えん。学業も勤勉に努めれば結果はついてくる。恋愛運も……出会いには恵まれるじゃろうな」

 

 軽く笑みを浮かべ、落ち着いてそう語る。ここまでは、特に悪いこともないようだった。

 

 だが───

 

「……これは……」

 

 占い師が沈黙し、目を細めて創をじっと見つめる。

 

「…お主は、“因縁因果天中殺”、……いや、これは“完全空亡宿命”の持ち主か。それに、“異常干支”も見えるとは……。 これは、とてもではないが通常の人の枠に収まらぬ相じゃ」

 

 ……いんえんいんが? かんぜんくうぼう? いじょうかんし? 

 

 一体、何を言っているんだ...

 

「お主の人生は生まれた時から定まっておらず、過去からの因縁を背負い、それを断ち切るために今を生きているような……まるで何かの“代償”を背負っている存在ですらある」

 

 占い師の目に、少し憐憫が見える。

 

 占いっぽくなってきたが、なんというかしっくりこない。 ただ、代償の部分に少し引っかかる。 強いて言えば、事故によって記憶をなくしたことが浮かぶが…… 

 

 

 

 失ったもの、それを思い浮かべる。 

 記憶がないため、俺がどういう人間でどう育ってきたのか。

 

 ―——どう愛されてきたのか、俺には何もわからなかった、あの不安が顔を覗かせる。

 愛していたであろう家族は事故でこの世にいないと告げられても、何も感情を抱くことができなかったあの日。

 俺は、記憶だけでなく人としての“何か”を失ってしまったのではないか、そんな罪悪感やら焦燥感がまとわりついていた、あの時間が想起される。

 

 

…だが、俺はとても恵まれている。

 

 松雄さんに引き取ってもらえて、今、この学校で友達を作り不自由なく過ごせている。

 俺は自分の人生に悲観的になっていない。

 

 けれど、占い師はじっと俺の目を見つめたまま、言葉を重ねた。

 

「お主の持つ“完全空亡宿命”は、生を持って生を制す――つまり、“生まれてきたことそのもの”が大きな意味を持つ。善にも悪にも転ぶ。お主が何者であるか、それはお主自身もまだ知らぬのではないか?」

 

 “自分が何者か、まだ知らない”。

 

 その言葉が、心のどこかに小さな棘のように刺さった。

 

 だが、記憶がなくても今がある以上生きていくしかない。

 

 ──けれど。

 

 過去を失った“今の自分”は、時折本当の“自分”なのかどうか。

 そんな考えが、頭をよぎった。

 

 思わず視線を逸らすと、占い師は目を細め、少しだけ柔らかな声で続ける。

 

「……表向きには、平凡で穏やかな星回りじゃ。だが、その裏にある因果は、誰の手にも負えぬやもしれぬ。お主がそれをどうするのか、受け入れるのか、抗うのか――いずれにせよ、その時が来るやもしれん」

 

占い師の言葉が残した小さな棘に、創が少し不安げな表情を浮かべた――その瞬間。

 

ふと、温もりが伝わってくる。

 

清華の手が、そっと創の手の上に重なる。目が合う。

 

その視線には、いつものような冷たさはなく、何かを確かめるような、そして安心させるような、静かな熱を帯びていた。

 

「……創。それは、あくまで占いに過ぎない。未来を決めるのは、あなた自身よ」

 

占い師もまた、少し驚いたように目を細めるが、静かに頷いた。

 

そしてゆっくり、言葉を選ぶようにして彼女は寄り添う。

 

「それに、創が過酷な運命に直面して立ち上がれなくなっても、私が…いるから」

 

彼女の手の温もりに、創は少しだけ表情を和らげる。

 

「……ありがとう。綾小路さんのおかげで不安が晴れたよ」

 

……本当に、彼女と友達になれてよかったと心から思うのであった。

 

 

 

 

 

 占いを終え、椅子から立ち上がり引き上げようとすると占い師に呼び止められた。

 

「お主らにひとつ助言じゃ。遠回りせず真っすぐ帰るように。余計な道を通ると長い足止めを食らうやもしれぬぞ。もし足止めを食らっても慌てるな。冷静になり協力し合えば乗り越えられる」

 

 そんな予言めいた言葉を残した。

 

 

 

 

 占い師の言葉を背に、創と綾小路清華は出口へと足を向けた。

 

「……占い、どうだった綾小路さん?」

 

 創がつぶやくと、清華は表情を変えずに答える。

 

「興味深かった。 …創も付き合ってくれてありがとう」

 

「はは、お礼を言うのはこっちだよ。 綾小路さんが声をかけてくれたからいい経験が出来たよ」

 

 歩みを進めると、最寄りのエレベーター前には長蛇の列ができていた。観覧車帰りの生徒たちが一斉に戻ってきたのだろう。

 

「並ぶ?」

 

「いや……他のルート使おうか。確か、少し奥にもエレベーターがあったはず」

 

 創の提案に、清華は小さく頷く。

 

 ふたりは人混みを避け、人気の少ない通路を進んでいく。

 

 淡い照明のもと、足音だけが静かに響く。

 

 やがて、少し離れた位置にある別棟のエレベーターにたどり着く。

 

「……こっち、誰もいないね。すぐ乗れそうだ」

 

 創がそう言って、エレベーターのボタンを押す。

 

 数秒後、軽やかな電子音とともに扉が開いた。

 

 ふたりはそのまま乗り込み、扉が静かに閉じる。

 

 そして——

 

 ……カタリ、と軽い音を最後に、エレベーターはぴたりと止まった。

 

 数秒の沈黙の後、照明がふっと明滅し、非常灯だけが淡くふたりの姿を照らし出す。

 

「……え?」

 

 創が思わず声を漏らす。

 非常灯がぼんやりと点き、二人の姿だけが淡く照らされた。

 

「止まった、のか……?」

 

 ためしに非常ボタンを押してみるが、無反応。

 扉も開かない。内線も繋がらない。

 創の額にじわりと汗がにじむ。

 

 焦った創はポケットから携帯を取り出し、通話アプリを開く。

 

「電波は……繋がる。よかった……!」

 

 とりあえず助けを呼ぼうとするが、それより早く、清華が自分の端末で番号を押していた。

 耳にあて、すぐに誰かと通話を始める。

 

「堀北鈴音、聞いてほしい。私たちは、いまエレベーターに閉じ込められている。……ええ、施設の人に連絡してほしい」

 

 冷静な口調だった。

 状況説明も手短に済ませ、数十秒で通話を切る。

 

「……すぐに対応してくれるわ。少し待とう」

 

 そう告げた清華は、変わらぬ無表情で壁に寄りかかった。

 その間にも、エレベーター内の温度はじわじわと上がり続ける。

 

 

 

 空調が止まったことで、こもった熱気が逃げ場を失っていた。

 

「……うぅ、暑いな……」

 

 創は汗ばんだ額を手の甲で拭いながら、ちらりと隣の清華に目を向けた。

 

「綾小路さん、大丈夫? 暑くない?」

 

 声をかけると、清華は一度、目を伏せた。

 ほんのわずか、数秒間の沈黙。

 何かを考えるような仕草を見せる。

 

「……確かに、暑いね」

 

 そう言うと、清華は何のためらいもなく、羽織っていた薄手のカーディガンをするりと脱ぎ始めた。

 

「──!?」

 

 創は、目を見開き、声にならない悲鳴をあげた。

 無防備に露わになる、華奢な肩と白い二の腕。

 インナーは、薄手のタンクトップ一枚だった。

 

 肌の露出が急激に増えたことで、創の思考は一瞬で真っ白になる。

 

 だが、当の清華は、そんな創の動揺など気にも留めず、淡々と告げた。

 

「創も脱いだら? 体温調節は大事だよ」

 

 まるで「雨の日は傘をさすべき」とでも言うかのように、平然と。

 

「そ、そうだね...」

 

 思わず大きな声を上げそうになるのを、創は必死に飲み込んだ。

 (どうしてこんなに、自然体で、恥じらいもなく、服を上着とはいえ脱げるんだ綾小路さんは……!)

 

 狭いエレベーター内で、創は汗とは違う意味での熱に顔を赤らめながら、ひたすら耐えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙を埋めるように、創は無理やり話題を探し、ふとあることを思い出す。

 

「……あ、そういえば」

 

 ぽつりと漏らした声に、清華がちらりと視線を向ける。

 

「占い師のおばあさん……帰り際に“遠回りはするな”って言ってたんだよな。あの言葉、ほんとだったのかも」

 

 気まずさを誤魔化すように笑ってみせたが、すぐに真面目な顔になる。

 

「……ごめん、俺が提案しなければ、普通に戻れてたのに」

 

 自責の言葉に、清華は一瞬、目を伏せた。だが、すぐにわずかに唇を動かす。

 

「構わない。創と一緒なら、別に……少し足止めされるくらい、問題じゃない」

 

 淡々とした声。  けれど、それはどこか——優しさをにじませていた。

 

 創はその言葉を胸の奥で噛みしめるように、ゆっくりと息を吐いた。

 

 ぬるくなった空気に包まれながら、創は何気なく口を開いた。

 

 狭いエレベーター内に、静かな沈黙が落ちる。

 

 創は、目のやり場に困りながらも、何とか空気を和らげようと口を開いた。

 

「……そういえばさ、綾小路さん。夏休み、何してたの?」

 

 ふとした疑問だった。

 普段あまり自分のことを話さない清華が、夏をどう過ごしていたのか、単純に気になった。

 

 清華は少しだけ視線を落とし、考えるような仕草を見せた後、静かに口を開く。

 

「……特別なことは、していない。学生らしく勉強とか。それから……」

 

 言いかけて、わずかに言葉を選ぶように間を置く。

 

「創を、どう誘えばいいか──考えていた」

 

 淡々とした口調だった。

 けれどその一言には、確かな温度があった。

 

「え……」

 

 思わず、創は声を漏らしていた。

 

「せっかくのお礼だから、無駄にはしたくなかったから」

 

 創は胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じながら、何と返せばいいか迷っていた。

 

 

 その時――。

 

 エレベーターが、ゆっくりと動き出した。

 ほっと胸を撫で下ろしかけた創だったが、すぐに別のことに気づいて顔を強張らせる。

 

(……あれ? これ、まずいんじゃないか!?)

 

 横には、タンクトップ一枚になっているであろう清華が静かに立っている。

 このまま扉が開いて、大人たちにこの状況を見られたら――。

 

(誤解される!!)

 

 そんな考えが脳裏を駆け巡る中、エレベーターは数秒で一階へ到着し、ゆっくりと扉が開いた。

 

 室内の涼しい風が吹き込んでくると同時に、血相を変えた大人が二名、こちらを見ていた。

 

「君たち、大丈夫かい!? 怪我は!?」

 

「あ、えっと、はい……!」

 

 創は必死に答えながらも、同時に焦っていた。

 

(まずい、絶対誤解される!!)

 

 創はすでに止まれなかった。

 

「あのっ! 俺はっ! 指一本触れてませんから!! 本当に何もしてません!!」

 

 大声で叫んだ。

 

 現場に、変な空気が流れる。

 

 大人たちは一瞬ぽかんとした後、その後ろから駆けつけた堀北と伊吹も、顔をしかめていた。

 

「…神楽坂くん、本当に大丈夫かしら。 顔が赤いから医務室に行くことを勧めるわ。この暑さだから無理は良くないはずよ」

 

「アリ一匹倒せないのも、間違いじゃなさそうね」

 

 堀北さんが心配そうに声をかけ、伊吹さんの皮肉に困惑しながらも、創はただ茫然と立ち尽くしていた。

 

 そんな中、清華が創に近づく。

 ほんのわずかに、柔らかい声で言った。

 

「……創。顔が赤い。無理をしてはいけない」

 

 その声音には、いつもの無機質さとは違う、心配もとい不安が宿っていた。

 

 その瞬間、創ははっとする。

 

(……あれ?)

 

 冷静になって周囲を見渡せば、誰も自分たちを怪しんでなどいない。

 ただ心配して、駆けつけてきただけだった。

 

 それに、綾小路さんも、きちんと服を着直して最初からずっと落ち着いていた。いつも通りの表情で──。

 

「……俺、なにをやっているんだ……」

 

 情けないくらい、今さら気づく。

 

 顔の熱がさらに上がるのを感じながら、創は清華に向き直った。

 

「ご、ごめん……。なんか、勝手に……」

 

 しどろもどろになりながら謝ると、清華はふっと首を振った。

 

「……いい。創が無事なら、それで大丈夫だから」

 

 たったそれだけ。

 それだけなのに、胸の奥が羞恥を感じながらもほっと温かくなるのを創は感じていた。

 

 

 

 

 結局、創はそのまま医務室へと連れて行かれた。

 熱中症の心配もあったが、診察の結果、体調には特に問題なし。

 ただ、「今日はゆっくり休むように」と医師に釘を刺されてしまった。

 

 少し汗が引き、落ち着いた頃。

 医務室の外で待っていた清華が、変わらぬ無表情で迎えてくれた。

 

「……どうだった?」

 

 気遣うような問いに、創は照れ臭そうに頬をかきながら答える。

 

「うん、大丈夫だったよ。……心配かけてごめんね」

 

 そう告げると、清華はわずかに──本当にわずかに、目を細めた。

 

「よかった」

 

 そして、清華はほんの一瞬だけ躊躇うような素振りを見せた後、静かに口を開く。

 

「……また、どこかに、その……」

 

 珍しく言いよどむ清華を見て、創は自然と笑みを浮かべた。

 それが、どれだけの勇気をもって口にしてくれている言葉なのか、少しだけ分かった気がしたから。

 

 だから、創も迷わず、まっすぐに答えた。

 

「……うん。また一緒に、遊ぼう」

 

 はっきりと、まるで約束を交わすように。

 

 清華はほんの一瞬だけ、驚いたように瞬きをした。

 けれどすぐに、静かに──けれど確かに、うなずいてみせた。

 

「……ええ」

 

 それだけのやりとりなのに、不思議と心があたたかくなる。

 

 この夏の終わり。

 閉じ込められた狭い空間で育まれた確かな絆を、創は胸の中でそっと大切にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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