作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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白い無機質な部屋の中、ある少女は手元の本をめくっていた。
表紙には『学問のすすめ』と書かれている。
「……いい本を読んでいるね」
向かいに座る少女が、興味なさそうに、それでいて視線を逸らさずに言った。
「何となく読んでみただけよ」
少女はそう言って、ページをめくる。
「『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』……、考え深い言葉だよね」
「……皮肉?」
少女はわずかに眉をひそめた。
「いや、そういう意味じゃないよ」
俺は軽く肩をすくめ、続ける。
「この言葉って、『みんな平等』って誤解されるけど、本当は違うんだ。
福沢諭吉が言いたかったのは、『生まれつきの差なんて関係ない。学ぶことで、自分の人生を変えられる』ってことらしい」
「……学ぶことで、変えられる?」
少女の瞳がわずかに揺れる。
「うん。学問を身につけた人間は、自分の意志で生きられる。でも、学ばない者は、結局、誰かに支配されるだけの存在になる……そういう話」
少女は沈黙した。
「この施設で学ぶことは……自由へ繋がるの?」
「どうだろうな」
俺は目を細めた。
「ここで学ぶことは、確かに強力な力になる。でも、それをどう使うかは結局、自分次第だと思う。自由になるために学ぶのか、それとも支配されるための学びなのか……」
「……あなたは、どちらなの?」
少女は問いかける。俺は少し考えた後、静かに答えた。
「俺は……俺の意志で学びたい。自分で選びたいんだ」
少女はわずかに目を伏せた。
「……変わってるわね、あなたは」
いつもと変わらぬ淡々とした口調だったが、その声にはどこか、わずかな温かみがあった。
薄暗い部屋の中、微かな光がカーテン越しに差し込んでいた。
意識が浮上し、目を開ける。けれど、さっきまで見ていた夢の内容がすぐに霧散していく。何かを思い出しそうになった瞬間、こめかみに鈍い痛みが走った。
「……変な夢だったな」
目覚めた男──
ぼんやりとした違和感を抱えながらも、創は制服に袖を通し、部屋を出た。
リビングには四十代半ばの穏やかな表情をした男と優しそうな少年がいた。創の身元引受人を務める親戚だ。
「おはようございます、創様」
「おはよう、創」
「おはよう、松雄さん、栄一郎兄さん」
松尾は食卓を指し、「冷めないうちにどうぞ」と勧めた。
創は座り、簡単な朝食を口に運ぶ。昔からこうだったかのように、何気ない日常がそこにあった。
「もう高校生ですか……大きくなられましたね」
そう言った松尾は微笑んでいたが、その表情の奥にはどこか曇りが見えた。
「はは、松雄さんのおかげです。事故で身寄りのない俺を引き取ってくれて松雄さんには感謝しかないです。栄一郎兄さんも急に俺がきたのに受け入れてくれてありがとう」
「水臭いこというなよ創。創のような弟ができて僕はうれしいよ。父さんもそうだろ」
「……そうですね。ですが、無理はなさらずに」
松雄は静かに薬の入った小瓶を差し出した。
「いつもの薬を」
「ありがとう松雄さん」
創は慣れた手つきで薬を取り、水で流し込む。
「じゃあ、行ってきます」
「お気をつけて」
「気をつけてね創、それと学校頑張ってきてね」
松尾たち2人の見送りを背に、創は家を出た。
──バス停に向かい、やがてやってきた車両に乗り込む。
車内はすでに多くの生徒で埋まっており、創は空いている座席を探した。その時、なぜか視線が吸い寄せられる。
窓際に座る少女。 茶髪の長い髪、端正な顔立ち。どこか近寄りがたい雰囲気を持っている。
(……誰だろう?)
初対面のはずなのに、なぜか気になってしまう。
すると、不意に頭の奥がズキリと痛んだ。
「っ……」
軽くこめかみを押さえる。
そんな創の姿を、少女はじっと見つめていた。 けれど、創が目を向けると彼女はすぐに視線を外した。
(……気のせいか)
痛みもすぐに引いたため、創は考えるのをやめた。
少しして、年配の女性が乗り込んできた。空席が見つからず、困った様子を見せる。
「どうぞ、座ってください」
創はすぐさま立ち上がり、席を譲った。
「まあ、ありがとうねぇ」
微笑むおばあさんを見送りながら、創は吊革を掴む。
数十分後バスが学校に到着し、生徒たちが降りる。
その時、誰かが創に声をかけた。
「あの、さっきはおばあさんに席を譲ってくれてありがとうね!」
振り向くと、そこには明るい笑顔の少女が立っていた。
「どういたしまして。といっても大したことじゃないよ。それで、えっと…」
「あっ、名前がわからないよね。私は櫛田桔梗! これからよろしくね!」
櫛田は人懐っこい笑顔を見せる。彼女の振る舞いに、創は自然と「よろしく、俺は神楽坂創だ」と返した。
(なんか、人気のありそうな子だな)
櫛田の端正で愛嬌のある顔立ちを見て、創は少し見惚れてしまっていた。
「あの、私の顔に何かついてる? 見つめられると少し恥ずかしいかな」
「…悪い。その、一緒にクラス分けを見ないか」
櫛田は一瞬驚いた後、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「いいね! せっかくだし一緒に行こっか」
軽やかな足取りで先を歩く櫛田の後を追いながら、創はふと周囲を見渡す。高度育成高等学校の広大な校舎、行き交う新入生たちの期待と不安が入り混じった雰囲気──全てが新鮮だった。
掲示板の前には、すでに多くの生徒が集まっていた。クラス分けの紙を指でなぞりながら、自分の名前を探す。
「あった……Bクラスか」
創は自分の名前を見つけ、ひとまず安堵した。
「えっと、私は……Dクラスかぁ」
櫛田が少し残念そうに呟く。
「同じクラスだったら、もっと話しやすかったのになぁ。でも、近いからいつでも話せるよね!」
彼女はすぐに気を取り直し、明るく笑う。その屈託のない笑顔を見て、創も自然と「そうだな」と頷いた。
そんな光景を遠巻きに見つめる少女が一人。彼女は静かに目を伏せた。
その後、櫛田と談笑を交わし別れた後、創はBクラスの教室へ向かう。
創は軽く教室内を見渡しながら、自分の席を探した。
まだ時間が早いせいか、教室の雰囲気は落ち着いている。
そんな中、視線の先にいたのは、きっちりと制服を整えた男子生徒。
背筋を伸ばし、机に座ったまま静かに佇んでいる姿は、周囲のざわめきとは一線を画していた。
(……真面目そうなやつだな)
創は何となく、彼に話しかけてみることにした。
「よっ、君もBクラス?」
真面目な少年はゆっくりと顔を上げ、落ち着いた声で答えた。
「ああ、そうだ。君もか?」
「そうみたいだ。神楽坂創だ、よろしくな」
創が軽く手を差し出すと、少年は一瞬だけ迷ったように見えたが、すぐにその手を握り返した。
「神崎隆二だ。よろしく頼む」
握手を交わしたあと、神崎はちらりと教室内に目を向ける。
「……このクラスには、色々なタイプの人間がいるようだな」
「そうだな。まあ、始まったばかりだし、これからって感じだけど」
創が肩をすくめると、神崎は小さく頷いた。
「神楽坂は……あまり騒がしいタイプには見えないな」
「どうだろうな。俺は割と、流れに乗るタイプかも」
「……なるほど」
神崎はそれ以上何も言わず、また前を向いた。
(クールなやつだけど、悪いやつではなさそうだな)
そんなことを考えていると、やがて教室に活気がおとずれ始める。
次々と生徒が集まり、いよいよホームルームが始まろうとしていた。
やがて、チャイムが鳴り、スーツを着た一人の女性が入ってくる。
見た目からの印象は… 少し緩い感じのする、マイペースそうな先生。それなりに長そうな髪がすこし乱れている感じがする。朝は時間がなかったのだろうか。
「えーと新入生のみんな。私はBクラスを担当することになった星之宮知恵です。普段は保健医を務めているから何か体調がわるくなったら遠慮なくいってね。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しないから、卒業までの3年間、私が担任としてみんなと学ぶことになるからよろしくね。今から1時間後に入学式が体育館で行われるけど、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配るね。以前入学案内と一緒に配布はしてあるけどもう一度確認してね」
前の席から見覚えのある資料が回って来る。合格発表を受けてからもらったものだ。
この学校には、全国に存在するあまたの高等学校とは異なる特殊な部分がある。それは学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務付けると共に、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁じていることだ。
たとえ肉親であったとしても、学校側の許可なく連絡を取ることは許されない。
当然ながら許可なく学校の敷地から出ることも固く禁じられている。
ただしその反面、生徒たちが苦労しないよう数多くの施設も存在する。カラオケやシアタールーム、カフェ、ブティックなど、小さな街が形成されていると言ってもいい。
そしてもう1つ学校には特徴がある。それがSシステムの導入だ。
「今から配る学生証カード。それを使って、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっているよ。クレジットカードのようなものだね。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だよ。学校内においてこのポイントで買えないものはないよ。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だよ」
学生証と一体化したこのポイントカードは学校での現金の意味合いを持つようだ。
「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能よ。使い方はシンプルだから迷うことはないはずだよ。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっているから、みんな平等に10万ポイントが既に支給されているはずだね。あと、1ポイントにつき1円の価値があるよ。説明はこんなものかな」
一瞬、教室の中がざわついた。
つまり入学したばかりの俺たちは、学校側から10万円のお小遣いを貰ったということだ。
改めてすごい学校に来たのだと驚く。
高校生に与える金額としてはかなり大きいものになるはずだ。
「ポイントの支給額が多いことに驚いたかな? この学校は実力で生徒を測るから入学を果たしたみんなには、それだけの価値と可能性があるってことだね。そのことに対する評価みたいなものだよ。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっているよ。現金化したりなんてことは出来ないのは注意が必要だね。振り込まれた後、ポイントをどう使ってもみんなの自由だね。仮にポイントを使う必要が無いと思ったひとは誰かに譲渡することもできるよ。ただ、無理やりカツアゲするようなことはだめだよ? 学校はいじめ問題には敏感だからね」
戸惑いの広がる教室内で、星之宮先生はぐるりと生徒たちを見渡す。
「質問は無さそうかな。 あっ、そうだ神楽坂くんはいるかな?」
突然名前を呼ばれ、創は少し驚きながらもすぐに返事をした。
「はい、います」
星之宮先生は教壇の前で頷き、柔らかい笑みを浮かべる。
「神楽坂くん、今日ちょっとだけ職員室に来てくれる? 入学前に提出された書類について確認したいことがあるの」
創は一瞬戸惑ったが、すぐに察した。
(……たぶん、薬のことだな)
事故の影響で、「服用が必要な薬」。
日常の一部として受け入れていたが、学校側には当然報告されている。
「わかりました。このあといけばいいですか?」
「ありがとう。すぐじゃなくていいよ。そうだね、入学式が終わったら来てほしいな」
星之宮先生は軽く手を振ると、再びクラス全体へ視線を向けた。
「さて、それじゃあ改めて──みんな、高度育成高等学校での生活を楽しんでね!」
先生の明るい声とともに、ホームルームは幕を閉じた。
星之宮先生に声を掛けられ、注目を浴びて少し恥ずかしい場面はあったが、クラスメイトの多くは、10万ポイントと言う大きな数字に驚きを隠せないようだ。
先生が居なくなり、浮き足立ち始めた生徒たち。
「ねえ、せっかくだし、みんなで自己紹介しようよ!」
そこに明るく澄んだ声が隣から教室に響く。
創も声の主を見やると、そこには人目を惹く美少女が立っていた。
肩ほどの長さのふわりとした髪、親しみやすい笑顔。
ぱっと見ただけで人気者になるだろうと直感させる雰囲気を持っている。
「改めまして、みんなよろしくね!」
彼女は朗らかに微笑みながら、ゆっくりと自己紹介を始めた。
「私は一之瀬帆波! まずはこのBクラスのみんなと仲良くなって、一緒に楽しくやっていけたらいいなって思ってる!」
その言葉に、クラスの空気が自然と和らいでいく。
「趣味はショッピングかな? あと、美味しいものを食べるのが好き! 校内の施設も色々気になるし、今度みんなで見に行こうよ!」
クラスメイトたちから「いいね!」と声が上がる。
すでに周囲の空気を掴んでいるのは流石だった。
「あと、気軽に話しかけてね! 困ったことがあったら何でも相談してくれて大丈夫だから!」
一之瀬はそう言って、にこっと笑う。
その屈託のない笑顔は、クラスメイトたちの緊張をほぐし、自然と場の雰囲気を明るくしていった。
(……すごいな)
創はそんな彼女を見ながら、純粋に感心していた。
話し方も、表情の作り方も、すべてが「場を和ませる」ことに特化している。
彼女がこのクラスで中心的な存在になるのは、間違いないだろう。
「良ければ次の君、お願いできるかな?」
そして、隣だからか俺の番が回ってきた。彼女の素晴らしい自己紹介の後だからかプレッシャーを感じる。
「神楽坂創です。まだ学校には慣れてないけど、早くみんなと仲良くなれたらいいなって思ってます。趣味は映画鑑賞かな。学校内にも映画館があるらしいから、気になる映画があったら教えてくれると嬉しい」
それを聞いた一之瀬が「いいね! 今度みんなで映画観に行こうよ!」と笑顔を見せる。
「いいね。どんな映画が好きなの?」
クラスメイトの誰かが尋ねると、創は少し考えてから答えた。
「ハードボイルド系とか。一緒に住んでる人の影響でね」
創がそう答えると、クラスの数人が興味深そうに反応した。
「へえ、渋い趣味だね」
「ハードボイルドって、例えばどんな映画?」
創は少し考え、口を開く。
「そうだな……たとえば、昔の刑事映画とか、アウトローが主人公のやつ。華やかな派手さはないけど、不器用な生き様が描かれてるのが好きかな」
何気なく言った言葉だったが、意外にも周囲の興味を引いたようだった。
「なんか、大人っぽいね。私、そういうの観たことないかも」
「でも、かっこよさそうだな」
軽い雑談の中で、創はふと松雄の顔を思い出した。
彼がよく渋い顔で見ていた古い映画──その影響を、自然と受け継いでいたのかもしれない。
「機会があれば観てみるのもいいかもな」
そう誰かが言うと、クラスの何人かが「確かに!」と笑い合った。
創は特別話し上手というわけではなかったが、クラスメイトに囲まれてすんなりと馴染めそうな気がしていた。
穏やかな笑い声が教室に広がる。
新しい環境、新しい仲間たち──すべてがまだ手探りの状態だ。
けれど、この場にいる誰もが同じスタートラインに立っている。
そう思うと、不思議と不安はなかった。
(……悪くない始まりかもな)
創は静かに息を吐き、ふっと小さく微笑んだ。
こうして、高度育成高等学校での新たな日々が幕を開ける。