作:綾小路君をTSヒロイン化した作品がみたい
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競技を終え、どこか夢見心地のまま仲間の待つBクラスのテントへと戻る。
「すごっ……! 今の、見た!?」
「神楽坂くん、南雲先輩を抜いて先頭をゆずらなかったよね!?」
「やべぇな、神楽坂!」
ざわつきは広がり待ち構えていたクラスメイトたちは、わっと立ち上がる。
「神楽坂ーっ! ナイスラン!!」
「やばいって、まじで速すぎ! すごかったよ!?」
「今日のMVP、間違いなく神楽坂だよ!」
拍手、歓声、そしてハイタッチ。Bクラスが一気に沸き立つ。
「ありがとう。みんなの応援のおかげだよ」
「ナイス走りだったよ、神楽坂くん」
一之瀬がタオルを差し出しながら微笑む。その声にクラスのざわつきが一拍、静まった。
「ありがとう。一之瀬の応援も聞こえてたよ」
「あのラストの直線……南雲先輩に並んでから、あんなに伸びるなんて想像以上だったよ!」
神崎も腕を組んで、わずかに笑みを浮かべながら視線を送られる。その目には、確かな信頼がにじんでいた。
「俺、見てて思わず叫んだぜ!」
渡辺が笑いながら、背中を軽く叩いてくる。
そして、柴田が声をかけてくる。
「……神楽坂、最高だったぜ。アンカーお前に託してよかった」
「いや、信じてくれた柴田のおかげだよ」
手を挙げてきたのでハイタッチを交わす。
「…すごかった。 最後、風みたいだった」
姫野も声をかけてくれる。 珍しく高揚しているように思う。
「みんながつないでくれたバトンだからさ。俺一人じゃ、あの走りはできなかったよ」
そう口にしたとき、周囲にふっと穏やかな空気が広がった。
「……神楽坂らしいな」
神崎がぽつりと呟き、柴田が吹き出す。
「そうだな! てか、もっと喜ぼうぜ!」
一之瀬が楽しそうに笑い、神崎もわずかに肩を揺らす。
その場に、チームのあたたかさがあった。戦いの興奮が、少しずつ喜びへと形を変えていく――そんな時間だった。
夕焼けが差し込む中、体育祭の最後を締めくくる閉会式が始まった。
電光掲示板に生徒たちの視線が集まる。
「これより、本年度体育祭の総合結果を発表します」
赤と白に分かれた得点カウントが一気に弾けるように増えていき――
『勝利 赤組』の文字が大きく表示された。
盛り上がる生徒たちの歓声があちこちで上がる。
「続いて、クラス別総合得点の発表です」
数字が並び始め、Bクラスの名前が最上段に浮かび上がる。
『1位 1年Bクラス』
「やったああああああ!!」
「すげぇ! 俺たち1位だ!!」
歓喜の声が爆発する。
そして、最後の発表が始まった。
「最後に――学年別最優秀生徒の発表です」
一瞬の静寂の後、電光掲示板に名前が浮かぶ。
『1年最優秀生徒 Bクラス・神楽坂創』
「うおおおおおおお!!」
「神楽坂ーっ!!」
「まじで最優秀!? やっば!!」
テントに戻った時とはまた違う、二度目の歓声の渦が創を包み込む。
「はは……なんか、くすぐったいな……」
頬をかきながら照れる創に、柴田がニッと笑って肩を組んだ。
「お前しかいねぇって思ってたよ、最優秀」
「…これは柴田の代わりに祝勝会しないとな」
みんなが笑顔で拍手を送る。
勝利の余韻が、夕焼けに染まったグラウンドに、ゆっくりと染み込んでいくのだった――。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっといい?」
そう声をかけられたのは、帰ろうとクラスメイトたちと校舎へ向かって歩き出したその時だった。
落ち着いた雰囲気の女子が立っていた。騎馬戦で見かけたことがある。確か、Aクラスの生徒だったはずだ。
「このあと、着替えた後で構わないんだけど――少し付き合ってくれる?」
「……どうして俺に?」
「話したいことがあるの。5時、校舎の正面玄関で」
言い終わると、彼女はそれ以上何も言わずに踵を返して歩き出した。
「お、おい神楽坂! なんだ今の!?」
彼女とは接点がなく、思い当たる節がない。
「話ってなんだ……?」
呼び止めようとしたものの、彼女はこちらの様子を一切気にすることもなく去っていく。
「なんだ、神楽坂、ついに春が来たのか?」
「いや、そういう感じではないと思うけど...」
「でもアンカーでの走り、すごかったからな。惚れたんじゃね?」
「…とりあえず話してみるか」
謎めいた少女の背中を見送った後、ロッカーで着替えを済ませて教室へ戻る。
閉会式と同時に各自解散となったため、生徒たちの多くはすでに帰路についていた。
制服に着替え、夕焼けの差し込む玄関口に向かうと、そこには既に彼女が待っていた。
落ち着いた物腰に、凛とした雰囲気。さきほど声をかけてきたAクラスの生徒だ。
「それで話って……?」
「ついてきて」
「……どこに?」
「特別棟よ」
あまりにも唐突な誘導に戸惑いつつも、創は無言でその背を追う。
そしてたどり着いたのは、校内でも数少ない“監視カメラのない”特別棟の3階だった。
少女は創の横を通り過ぎ、廊下の角で立ち止まる。
「もう帰ってもいい?」
「はい。ご苦労さまでした真澄さん。またよろしくお願いしますね」
「……ええ」
足音が遠ざかる中、杖をついた一人の少女が姿を現す。
沈む陽を背に受け、微笑を浮かべながら――1年Aクラス坂柳有栖が、そこにいた。
「最後のリレー、さすがでした。神楽坂創くん」
「……君は確か坂柳さんだよね。 俺になんの用か聞いても?」
「あなたに、確かめたいことがあって」
坂柳は杖を軽く突きながら、静かに隣へと歩み寄る。
「あなたのあの走りを見ていてあることを思い出したんです。その時の衝撃を共有したいと思ってつい呼び出してしまいました。まるで告白の前触れみたいですよね」
「……?」
カツン、カツンと杖をつきながら坂柳さんは俺の隣に立つ。
「お久しぶりです神楽坂くん。8年と243日ぶり、ですね」
その言葉に、創は目を開いた。
―――8年前、俺はどのような人間だったのか記憶を失っているためわからない。
だが、彼女はなくす前の俺を知っている?
「ふふ。驚かれていますね。私だけが一方的に知っていることですから」
カツン。
カツン。
段々と杖が遠ざかって行く。
…何か声をかけようと脳内で言葉が溢れだして詰まってしまう。
そのとき―――
「ホワイトルーム」
その言葉が、耳から脳へ、そして胸の奥へと突き刺さる。
いま彼女はなんといったんだ? ホワイトルームとは何だ......っ!?
――ズキンッ!!
頭が痛む。
膝が崩れ落ちる。視界がぶれる。
まるで脳内に散らばっていた無数の破片が、無理矢理繋がり始めるような、圧倒的なノイズと閃光。
顔を覆い、喉を抑えて呻く。
「……っ、あ、が……ぁああっ……!」
「なっ……!」
坂柳が目を見開く。完全な計算外だという表情で、創に駆け寄ろうとするが――その瞬間。
廊下の奥から、足音が近づいてきた。
「それ以上、近づくな。坂柳有栖」
その声は、まるで氷の刃のように鋭く澄んでいた。
現れたのは、一人の少女。凛とした佇まい、整った制服姿に、ブラウンの瞳が坂柳をまっすぐに射抜いていた。
「……あなたは」
だが――その瞳はすぐに坂柳ではなく、崩れ落ちた創だけを見ていた。
清華は走り出す。小さく息を呑む坂柳の横を、まるでそこに誰もいないかのように通り過ぎて。
「創……!」
その声には、張り詰めた音が混じっていた。悲鳴でも、怒りでもなく――祈り。
崩れかけた身体をその腕で強く抱きしめ、震える背にそっと手を添える。
「大丈夫……わたしがいる、ここにいる……何も思い出さなくていいから。ただ今を考えるだけでいいから……」
創の耳元で小さく囁く。まるで自分に言い聞かせるように。
その姿を見て、坂柳の目がわずかに見開かれた。そして静かに気持ちを吐き出す。
「思い出しました……彼の隣には、いつもあなたがいましたね。あのときの景色もそうでした。神楽坂くんとあなたは、どこか特別に見えて……」
一歩、近づく。
「……ああ、そうです。私はあなたに嫉妬していたのですよ、綾小路さん」
その声は震えていたが、確かな熱を帯びていた。
清華は黙って創の頬を撫でると、ゆっくりと顔を上げた。坂柳に向き合い、その瞳を真正面から見据える。
「…だから? 結局、創の何なの?」
声は淡々としているのに、どこか突き刺さるような響きがあった。
「わたしは創と共に歩いた。あの場所で。創の笑顔も涙も、知っている。彼の温もりを知っている」
創の眠る顔に目を落とし、微笑むような優しさを一瞬だけ浮かべる。
「あなたが見ていたのは、創の輪郭だけ。わたしは創のすべてをみて知っている」
その言葉に、坂柳の眉がピクリと動いた。
けれど、彼女は怯まなかった。
「……関係ありません」
静かに、けれど鋭く返す。
「私は――彼を欲しいと思った。それだけです」
一歩、清華へと近づく。杖の音が、ふたりの間の緊張を刻むように響く。
「あなたが何を知っていて、どんな時間を過ごしていたとしても……それは、今の私には関係がありません」
瞳に決意と嫉妬が混じるような光が宿る。
「これから、私が彼を知ればいい。笑顔も、涙も、温もりも。全部わかっていけば問題ありません」
坂柳有栖の顔には、冷たい微笑が浮かんでいた。
「ですから、綾小路さん。偽りの天才であり、彼の隣にいるあなたを葬ります」
対する清華は……創をそっと抱き寄せ眠る彼の耳をふさいで呟く。
「……そう。 別に私を葬りたい、殺したいと思っても特になにも思わない」
そして坂柳に顔を向ける。
「だが、坂柳有栖。あなたを創に関わらせるわけにはいかない。あなたは創にとって不幸をもたらす存在。もし、これ以上創に関わるなら―――排除する」
「……ふふ」
小さく笑った坂柳は、更にもう一度笑った。
「ふふふ。すみません、笑ってしまって。でもあなたの発言を侮辱したつもりはありません。今から楽しみになりました。あなたのお父様が作り上げた最高傑作を破壊してこそ悲願も達成できるというもの」
言葉を残し、坂柳有栖は静かに踵を返す。杖を鳴らすたびに、その足取りは決然としていて背中から溢れ出すのは、冷たい覚悟と滾る闘志。
夕暮れの光が廊下の端を照らすなか、彼女の姿はやがて闇の向こうへと溶けていった。
空はすでに、茜色から濃紺へとその色を変えていた。
校舎の外では、月が雲間から顔を覗かせ、柔らかな光が静かに差し込んでいる。
――暖かい。なんだろう、この感触。
ふと、意識の奥から浮かび上がるぬくもりに、創はゆっくりと瞼を開けた。
視界に入ったのは、静かに揺れる制服の裾と……細くしなやかな指先。
「……あれ……?」
創が目をこすりながら体を起こそうとすると、そっとその動きを制する手があった。
「起きなくていい。まだ、少し……休んでて」
囁くような声。その声に、胸の奥が温かくなる。
顔を上げようとすると、目が合った。
――綾小路さんだった。
膝枕をしていた彼女は、ほんの少しだけ微笑んで、創の髪を優しく撫でていた。
「お疲れ様、創。体育祭、楽しかった?」
「……俺、寝てた……? いや、それより……ここで俺は……?」
周囲を見渡そうとする創に、清華はその頬を両手で軽く包み込む。
これまでで一番距離を詰めて、目を見つめ合わせる。
「もう、何も考えなくていいよ。今日は、頑張ったね。とても……とても、ね」
その声には、珍しく揺れる感情が滲んでいた。
「俺、なにか聞きたいことがあったような気がする。 なんだっけ……」
創の言葉に、清華は目を伏せる。そしてもう一度、創の額を撫でながら小さく呟いた。
「創は今のままで大丈夫だから。 今を見ていればいいから」
夜風が廊下の隙間からそっと入り込み、二人の間をすり抜けていく。
誰もいない放課後の校舎。世界から切り離されたような、静かな空間。
そしてその中心には、少女の膝の上で微睡む少年と、彼を守るようにそっと佇む彼女の姿があった――。