自業自得も良い所でしょうにね
それ言ってて悲しくならねぇ?
う……し、仕方ないじゃない。悪いとは、思ってるわよ…
素直クールって良いよなぁ…
いきなりどうしたのよ
いや、こっちの話。
■ ■
晴れ渡る空の下、二人の冒険者達が門を潜りて草原へと足を踏み出す。
此処に来るまで数週間。バイトをやってはクビになりバイトをやってはクビになりを繰り返し、遂にはバイトをせず人助けで得たお金によって事なきを得るという、何ともなスタート。
だが、過程はどうあれ至れた事は確かな事実。今日ようやく、転生者カズマと女神アクアは冒険者として最初の一歩を踏み出したのである!
「やっと装備が整ったー! と言っても俺だけなんだけど……」
「問題ないわ。あたしは特に必要なものないもの」
着慣れた緑のジャージから一変……とまではいかなかった。とは言え、その装いはジャージのそれとは全く異なる質感の、実にファンタジーなものに変わっていた。
緑色のマントを上から羽織り、少し小振りの直剣を腰の後ろに差した装備を見れば、如何にも駆け出しの冒険者であるという事が目に見えて分かるだろう。
だが、それも仕方なしというものだ。何せ彼の職業は―――『冒険者』なのだから。
「そうですよね、だってアークプリーストだもんね! 俺は所詮
「……また嫌味になっちゃったかしら。ごめんなさい」
「自覚無しなのが本当にもう……あ、すいません別にそういう訳じゃないんですごめんなさい八つ当たりしてすんませんでしただからそんな顔しないでください心が痛いですぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「そ、そんな必死にならなくていいわよ……でも、そうね。期待していた職業とは違ったんだもの、そうなるのも仕方ないわ」
「その慰めがさらに心を痛くする……」
自分はなんて小さな男なんだ……と、カズマの自己肯定感がどんどん地に落ちていく。健全な青年には、やはり慰めが一番効く様だ。それも八つ当たりへの理解なら尚更である。
『冒険者』―――それは、ギルドに所属する『冒険者』という意味合いのものではなく、『剣士』や『戦士』、『魔術師』といった
一言で表せば、『最弱職』。特にこれといってステータスが高い訳ではなく、寧ろ他の職業と比べてもかなり低い。特徴的なスキルが備わっている訳でもないという、ゲームで言うなら縛りプレイを目的としなければ余程選ばれる事のないジョブである。
残念な事に、カズマに適正がある職業はその冒険者以外に無かった。慰めでルナから『商人』をオススメされる始末だ。そこからさらに畳み掛ける様に、彼の初期ステータスは運を除いてその殆どが平均のやや下気味であった。
なんと哀れな事だろう。あぁ、若き冒険者よ。弱過ぎるとは情けない!
そんなステータスだから、ギルドの先輩冒険者達はゲラゲラ笑いながらそれを酒のつまみにしていた。……途中までは。
「いや、内心分かってはいたよ? そりゃだって女神様だもん。出力が落ちてるとは言えども神様だもん。けどさ? だからって最初からステータスカンストしてんのはおかしくね?」
そう―――本題はここからである。
冒険者の職業とステータスは、その全てがギルドの水晶に手を翳す事で映し出される。そういう魔道具があるのだ。ことこの部分に関しては、一切の例外はない。
勿論それはアクアも同じ事であったのだが―――そこから先があまりにもバグっていた。
『え、なっ……最初からステータスがカンストしてる!? え、こわっ! 何これこっっわ!?』
『ルナさん口調バグってますよ!? そんなに凄いステータス……こっっわ!!!』
まず映し出されるステータスは、最初からカンストしてしまっていた。筋力は人並み以上、魔力と知力はアークウィザード並と、どれもがハイスペック。まぁ、その代わりとして運はかなり低かったが。
だが、そんな要素なんて帳消しに出来る程に、彼女のステータスはあまりにも高過ぎた。そんな訳で、先輩達は流石にカズマが可哀想になったので、遂には色々と奢って話を聞くという始末になった。
アクセルの住民達からすれば、二人はいつも一緒だった訳である。幼馴染か何かだろうと思っても何ら仕方ない。だって当の本人達は、特に自分達の関係についてあれこれ説明してないのだから。
では、幼馴染フィルターが掛かっている住民達から見て、いざ冒険者判定をやってみたその結果がどう映るか? 意気揚々とやってみたら自分は最弱職、なのに向こうはステータスカンストのアークプリースト。劣等感マシマシ過ぎて嘔吐も辞さないレベルである。
これは酷い。あまりにも酷い。初手から心を折るどころか跡形もなく潰さんばかりの負けイベントに、同情が湧かない訳がなかった。
『まぁ、なんだ……その、あんまり落ち込むなよ? な?』
『そうそう。たまに居るんだよなー、ああいう天才って奴がさ。こればっかりは仕方ねぇよ、気に病むんじゃねぇ』
『ほら飲め飲め。さっきは笑って悪かったな、話聞いてやるよ』
『私も似た経験あるから分かるわ……辛いわよね、こういう差って』
『おう手のひら返しがすげぇなアンタら。ありがたく頂きますけどさ』
これ幸いなのは、カズマはアクアが女神である事を知っていた事か。何となく心の何処かでは、絶対ステータスたけぇんだろうなーとは思っていたが、まさかそれ程とは予想していなかっただけだ。
別にそこまでショックな訳ではなかったのだが、周りからはそうは映らなかったらしい。お陰で親交も増えてカズマ的には願ったり叶ったりだった。
が、しかし。
「……そういうものよ。神様は」
(あ、やっべー。地雷踏んじまった)
そこで曇るのがこの女神様である。
水の女神なのに。いや、水の女神だからこそ、その部分で彼女はまたもや、自分が人とは天地の差を有する存在である事を再認識させられる。
神と人は切っても切れない関係にある、とはよく言ったものだが、その切り離せない関係にこそウンザリとする神だって存在する。
神が人を産んだのか、人が神を生んだのか。そんな事は心底どうだっていい。重要なのは、神と人とでは、そこに決して埋め尽くす事が出来ない程の深い溝がある、という事だ。
「えーはい、もう俺黙ってますね! なんかもう口開く度にアクアの地雷踏みまくってる様な気がします!」
「いや、これはあたしが勝手に気にしてるだけで、別にカズマが気にする必要は……」
「無理に決まってんだろふざけんな! 自分の発言の所為で仲間の地雷踏み抜いてんのに気にしないとか、それもう鋼のメンタルどころか心ねぇだろ!? カズマさん、ちゃんと人の心あるから!」
「そ、そう……なんかゴリ押しされた様な気がするけど、まぁ良いか」
困ったらゴリ押しだ。カズマは勢いのある男、もうそれだけで乗り切るしかない。
だってあんな状態からフォローもクソもねぇじゃん? 何喋ったって地雷踏み抜くじゃん? だったらもう勢いで呑み込むしかないじゃん? そんな精神のカズマだった。
カズマは童帝である。カズマには女の扱いというものが分からぬ。だからこそ、カズマは女というものに人一倍敏感であった。
「この鬱憤はモンスターで晴らす! アクア先生、補足プリーズ!」
「今回の討伐対象はジャイアントトード。文字通り、大きなカエルね。柔らかい皮膚は打撃を無効化するから、斬撃か魔法が有効よ。今回の場合はカズマにアドバンテージがあるわ」
「カエルかぁ……大きいとは言うけどさ、それってどんくらいなんだ?」
「一軒家よりはデカイわね」
「いや無理だろ!?」
早々に弱音が出た。さっきまでのやる気は何処へやら、カズマは急に怖気付いてしまった。
ジャイアント、なんて単語が付いているからデカイのは何となく予想していた。けど所詮はカエル、別にそんなデカくない。デカくても精々靴くらいかなーと思っていた。
が、現実は全く違った。相手は一軒家よりもデカイときた。つまり相手は家だ。しかも動くし食べようとしてくる。そんな相手に前衛一人で立ち向かえ?
無理だろ。カズマは断言した。
「俺高校生だったんだよ? 何の訓練も受けてない男なんだよ? しかも最弱職なんだよ? 相手出来る訳ねぇじゃん!!!」
「大丈夫よ、ジャイアントトードの動きはその大きさに比例してかなり遅いわ。それに、奇襲すれば一撃で倒せる程度には弱いの」
「あ、マジ? そんな弱いの?」
「アクセルは駆け出しの街よ。強いモンスターなんてそう多くないわ。それに、あたしも支援魔法でサポートするから、苦戦する事はない筈よ」
これがカズマ一人であったなら厳しくはあっただろうが、彼にはアクアという超優秀なアークプリーストが居るのだ。その点においては、何の問題もないだろう。
それに、デカイとは言ったものの、ジャイアントトードはその大きさが仇となっているのか、動きは大変とろい。大きい分だけ歩幅も大きくはなっているが、奇襲すればそれも問題にはならないだろう。
戦力としてはコチラの方が圧倒的に上だ。アクアが居るというだけで、最弱職のカズマでもアクセルのモンスター達なら十分に相手取れるのだ。
「じゃあ大丈夫…か?」
「大丈夫よ。あたしが居るんだもの、カズマに怪我はさせないわ」
「やだ、アクアさんカッコイイ…!」
「カッコイイって言われるのはちょっと複雑ね……まぁ良いわ。ほら、あと少しでジャイアントトードが居る所まで着くわよ。剣を抜いておきなさい」
「お、おう……。やべ、やっぱ緊張するな。実際に戦うってなると…」
つー……と、冷や汗が垂れる。腰が引け、足と手が僅かに震える。
ゲームの様な世界だが、これは現実。食われれば死ぬし、潰されれば死ぬ。コンテニューは無い。死ねばそこで終わりの、残酷な世界だ。
いや、残酷とは言わないか。何故ならそれこそが本来あるべき世界の形であり、それこそが世界そのものを成り立たせる
つい少し前まで、ただ引きこもるだけだった少年にとっては、それは憧れだけで軽減される程の現実ではない。恐怖は感じて当然だろう。
「……そうよね。まだ子供だもの、ね」
大人にも成り切れていない少年は、何の訓練もせずに死線へと片足を突っ込んでいる。そこには死への恐怖が存在し、まとわりついてしまっている。
だが―――此処には、自分が居る。ただ見送るだけで、何の助けも出せなかった……いや、出そうとすらしなかった忌々しい自分は、もう彼処には居ないのだ。
サポートすると、そう言ったのだ。仲間になると、そう言ったのだ。なら、やれるだけの事をやってやるだけだろう。
女神として、なんて口が裂けても言いたくはないが……こういう時くらいは、そんなくだらない称号が役に立つ。
「カズマ、ちょっとそのままジッとしてなさい」
「え? なんで?」
「緊張してるんでしょ? そんなに体張ってちゃ、勝てるものも勝てないわよ」
「そうは言うけどなぁ、俺これが初陣なんだぞ?」
「分かってるわよ。だからこそ、緊張しちゃダメなの。ほら、こっち向いて」
面と向かう。
こうして見ると、意外と背近いんだな…と、カズマはふと気が付く。ダウナークールな雰囲気から、身長やらが誤認されていたらしい。彼女と自分には、大した身長差が無かった。
高校生の平均より少し低い自分の身長と大して変わらないというのは、かなり意外だった。そんなアクアは少し悩んだ後で―――
「ん」
ぽん、と。
カズマの頭に手を置いて、撫でりと。
「え……あの、アクアさん?」
「不思議なものよね、人間って。頭を撫でられると、みーんな落ち着くの。あたし達の様な神様には、正直よく分からない感覚だけど……」
神の親なんて、どいつもこいつもロクなものじゃない。マトモな男神と女神なんて、それこそ片手で数える程度にしか満たない。神話の世界とは、いつも苦難と穢れた事情ばかりだ。
当然、それはアクアも同じ事。彼女の場合は、自分の親となる神が誰であるのかすらも定かではないのだ。生まれ落ちた時から、彼女は既に水の女神という在り方があった。
しかし、だからこそ―――人のその表現が、とても美しく、そして羨ましいのだ。
「でも、貴方達にとって、これが家族から最も受けた愛情なんだって、あたしは思うわ。どんなに大きくなっても、どんなに歳を取っても、それを憶えてる……それって、本当に素敵な事だと思うの」
「…………」
「しっかりなさい。そして勝つのよ。あたしもサポートするんだから、きっと大丈夫。これからもっと強い相手と戦うんだもの、こんな所で怖気付いてちゃいられないわ」
「……うっす」
「緊張はほぐれたわね?」
「うっす」
「なら良し。ほら行くわよ―――せっかくの冒険者なんでしょ? なら、楽しみなさい!」
そう言って、水の女神とは思えぬ、まさに太陽の様な笑みを浮かべるアクアを前にして――――――
(マジで誰か助けて俺本当にこの人のこと好きになっちまうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
カズマは平静を保つのに精一杯だった。相変わらず、最後まで格好付かない男である。