リアルな異世界に戦慄 「本当にはじめての遠野物語」を自費出版

伊藤恵里奈
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 難解な文語体で地名や人名だらけの「遠野物語」。原文に挑んだものの、挫折した人は少なくない。7年前、岩手県遠野市に移住して地域の魅力を発信する富川岳さん(36)もその一人だった。その富川さんが6月、初心者向けに「本当にはじめての遠野物語」を自費出版した。今では「読み方のコツが分かれば楽しめる」と力説する富川さんが、遠野物語の魅力に気づいたきっかけとは。

 新潟県長岡市生まれ。東京都内の広告会社で勤務し、2016年に地域おこし協力隊として遠野市に移住した。その後、デザインや企画の力で地域の魅力を発信するプロデュース会社「富川屋」をたちあげた。

 「移住するまで遠野物語の存在を知らなかった」

 移住後、軽い気持ちで遠野物語を手にしたものの、10ページで挫折。その後、本棚の奥にあった遠野物語の面白さを教えてくれたのが、元高校教師で地域史研究家の大橋進さん(79)だった。

 大橋さんの第一声は「まずは野に出よう」。遠野物語は学術書でもファンタジーでもない。「実在の人物が登場し、『事件』が起きた場所も特定されている。その現場を訪ねよう」

 カッパが馬を引き込んだ川や座敷わらしが去って没落した家の跡地、山男が目撃された場所などを案内された。加えて遠野の人たちは「うちの先祖はてんぐと仲が良かった」などとさらりと語る。「異世界をとてもリアルに感じられた。妖怪や神が生きる異世界と、現在の遠野が交差した」

 気がつくと魅力にのめりこんでいた。大橋さんと学会で発表をしたり、物語の舞台をめぐるスタディーツアーを企画したり。遠野物語をテーマにした児童劇のプロデュースも手がけた。

 100年以上前、柳田国男は遠野物語の序文で、「願わくはこれを語りて平地人を戦慄(せんりつ)せしめよ」と記した。富川さんは「いまなら間違いなくSNSで『遠野やべぇ』と発信していた」と想像する。

 柳田同様、自分も遠野物語に戦慄した。その奥深さを分かりやすく伝えたい――。挫折経験もふまえて、これまでの研究成果をできるだけ簡潔な文章にし、カラフルな図解をいれた本を企画。柳田に民話を伝えた佐々木喜善にも触れて、柳田が遠野物語を出版した日と同じ、6月14日に出版した。コラムに「先生役」で登場する大橋さんは「富川さんは孫のようで、友人でもある。こうして若者が地域の文化を掘り起こし、広めてくれるのは、ありがたい」と目を細める。

 次なる富川さんの目標は、400年前の伝説の猟師だ。千日間、山中で白いシカを追いかけたルートは、千晩ケ岳(千日間こもった山)などと現在の地名にも残っている。「生涯かけて探究していきたい」

 オールカラー96ページで、1650円(税込み)。オンラインショップ「TONO MADE」(https://tonomade.stores.jp/別ウインドウで開きます)か遠野市の内田書店や盛岡市のさわや書店などでも取り扱っている。(伊藤恵里奈)

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